どうして……
「いっ……!」
頭に、強い衝撃が走った。これは、ただ頭をぶつけたとか、そういった類いのものではない……誰かに、殴られたのだ。
背後に、誰かいる。正面には、胸から大量の血を流しているガルヴェーブ。この状況から、ガルヴェーブをあんな目にあわせたのは、背後の誰かだろう。
おそらく、一撃で気を失わせようとしたのだろう、それほどの力だ。だがあいにくと、そんなもので気絶するほど今のケンヤはやわではない。だからその場に踏ん張り、背後へと振り向く。
そこに、立っていたのは……
「……え?」
「う……」
見覚えのある、顔だった。というか、ありすぎる顔だ。この街に来てから、日々の食材を買う店……元の世界で言うなら八百屋さんだろうか……で店長をやっている、魔族だ。
気のいいおっちゃん魔族で、よくケンヤやガルヴェーブにサービスしてくれたものだ。そんな彼が、いったいどうしてケンヤを、気を失わせる勢いで殴ったのか。
おっちゃん本人も、気絶させるつもりて殴ったケンヤが気を失わなかったことで、驚いている。手には、鈍器を持って。
「な、んで……」
殴られた頭を、押さえる。どうして自分を殴ったのか、理解ができない。もし彼が、ガルヴェーブをあんな目にあわせたのだとしたら……
「なんで……どうして!」
次の瞬間、物陰からなにかが動くのを、視界の端で捉える。それは銀色に光る剣をケンヤに向かって振るうが、身を屈めることで斬られるのを回避。
直後、左側から頬に衝撃。誰かに蹴られた。そのまま、蹴り飛ばされ壁へと激突……物が壊れ壁にはヒビが入ってしまったが、すぐに、起き上がる。
手を見ると、べったりと血がついている。先ほど頭を押さえていた手だ……つまり、頭は出血している。痛みはないが、だからといって血が出ていれば確実に状態は悪化する。
が、どうやら悠長にしている暇はなさそうだ。ケンヤの目の前にいるのは……八百屋のおっちゃん始め、薬屋の客、近所のおばさん、よく遊ぶ子供と……他にもいるが、そのどれもがケンヤの知る顔ばかり。
つまりは、この街の魔族が、今ケンヤを殺そうとしている。
「……なんなんだ、なんだよ……どうなってんだ」
なぜ、襲われる。意味がわからない。昨日まで、普通に話していた相手。もしかしたら、先ほどまで話していた相手もいるのかもしれない。
家の中だけではない。外にも……
「なんのつもりだって……? それは、こっちの台詞さ!」
と叫ぶのは、先ほどまで困惑の表情を見せていた八百屋のおっちゃん。まだ困惑の色は濃いが、それでも口を開く。
「ガルヴェーブは……あの女は、あのマド一族って話じゃないか! なんでそんなやつを!」
「! なんで……」
マド一族……その単語に、ケンヤの目は見開かれる。なぜ、今その単語が出るのか。どこで、その情報を得たのか。
……だが、その答え合わせは後だ。マド一族……また、その呪いがのしかかる。せっかく城から逃げ、遠くの地まで来たのに……また、マド一族に縛られる。
まさか、ガルヴェーブをあんな目にあわせたのは……ここにいる、全員で? 血はまだ渇いてはいない、あんなむごい目にあってから時間はそんなに経ってないはず……息はあるはずだ。
急ぎ、手当てをすれば……
「ルヴのことは……黙ってたのは、謝る。けど、こんなこと……」
「黙ってるのは、あの女のことだけじゃねぇだろ。ケンヤお前、やっぱり人間なんだな!」
「!」
言われて、ケンヤは気づく。さっきまで被っていたフードが、脱げていることに。一連の動きのせいで、脱げてしまったらしい。
そりゃ、フードは別に脱げないように縛り付けていたとか、そんなことはしていないのだ。あんな激しい動きをすれば、脱げてしまうのが当たり前。
そしてフードが脱げたということは……ケンヤの顔を隠すものがなくなり、魔族ではあり得ない、人間の顔が露になる。肌の色、目付き、口元、鼻の形、耳……それらすべてが、そこにいるのが人間だと示している。
この、魔族が住まう土地にいるはずのない人間……それは、周囲に害を感じさせるには充分だ。
「俺たちを、騙してたのか……!」
「っ……」
もちろん、そういうつもりはない。だが、人間であることを偽っていたのだ……結果的に、騙していたと取られても仕方のないことだ。
なにより、これが魔族の土地に人間が足を踏み入れるという、事実。今まで受け入れられていたと思っていたのは……元々、人間を召喚するとされていた、あの城だったからだ。
過去に人間と魔族に色々あった、とは聞いたことがある。しかし、こうして悪意を直接向けられると、実感するものがある。
同時に、ガルヴェーブが受けていたのも、この悪意の塊だったのだと……改めて、理解した。自分が直接なにかしたわけではないのに、周囲から向けられる悪意に……押し潰されそうだ。
「あのマド一族の女と、人間! なんでそんなのがここにいるんだ!」
嫌われたものだな……と思う。昨日までは笑いあって話をしていたみんなが、今は殺意を持って接してくる。
しかし、自分への殺意はまだいい……問題は、ガルヴェーブだ。こうしている間にも、秒の時間が過ぎていく間にも、彼女の命は……
「わかった、人間が嫌いって言うなら……どんなことでも、受け入れる。なにされたっていい。だけど、ルヴは助けさせてくれ」
「ふざけるな! だいたい、この女も殺すつもりでヤったんだ……これだけ血が流れりゃ、もうじき死ぬさ」
どうやら、ケンヤの言い分は聞いてくれないらしい。それどころか、このまま放置すればガルヴェーブは、間違いなく死ぬ。
その事実が……ケンヤを、突き動かした。ガルヴェーブを助ける……たとえ、ここにいる魔族たちを、殺すことになっても。




