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異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した  作者: 白い彗星
勇者パーティーの旅 ~魔王へと至る道~

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第32話 サシェ・カンバーナ



 ――――――



「うらぁああああ!!」



 魔物や魔獣を倒し、倒し、倒し……倒して、倒す。増え続けるそいつらを、果たして全滅させることができるのかと、何度思っただろう。


 けれど、始まりがあれば終わりもある。そいつらは次第に、ゆっくりだけど確実に、数を減らしていく。


 やがて、全ての魔物、魔獣を倒し終えたのは……どれだけの時間が、経った頃だろうか。魔物、魔獣は倒しても、死体は残らない……だから、辺りに残っているものはなにもない。


 傷ついた、私たちを除いて。



「はっ、はぁ……はぁ……」


「っふぅ……」


「どうやら……片はついたようだな」



 私もグレゴも、消耗してしまっている。あの師匠でさえ、息切れを起こしているのだ。


 数もそうだが、時間が経つにつれ消耗戦になっていくので苦戦させられた。私たちは五人しかいないが、大群は減るどころか増え続けていたのだ。


 ようやく倒し終えたが、息を整えるので精一杯。手は痺れるし、あちこちから血も流れている。本来なら、エリシアの回復魔法を受けてからゆっくりと休みたいところだ。


 だけど、そんな暇はない!



「サシェを……捜さ、ないと!」



 ここから連れ去られてしまった、仲間を……サシェを、捜さなければならない。


 そのためにも、軽くでいい。エリシアに回復魔法をお願いするが……



「ごめん……魔力が、もうあまりないの。まだなにがあるかわからないし、空にするわけには……」



 とのことだ。エリシアも、魔力を相当消耗したらしい。なにせ、魔獣の魔法をほとんど打ち消していたのは、エリシアなのだから。


 だから、仕方ない。この状態のまま、捜すしかない。サシェを拐った鳥型の魔獣を捕まえて、サシェを取り返した後にじっくりと羽根をむしりとって、最後に焼き鳥にしてやる! 食べないけど。


 そんな決意を固めながら、サシェを探すための手がかりを見つけようと辺りを見回して……



「うぁ!」



 どこかから、なにかが打ち付けられたような音と声が聞こえる。まさか、魔物が残って……いや、あいつらはしゃべれない。


 それにこの声は、今捜している最中の求めていたもので……



「サシェ!?」



 少し離れた所に、サシェが倒れていた。


 今までそこにいなかったのに、いったいどこから……? しかも、その近くにはあの鳥型の魔獣も一緒に倒れている。


 どちらも、満身創痍の姿で倒れている。本当になにがあったのか……いや、そんなことは後だ。ともかく、サシェの具合を確かめて……



「サシェ!」



 私が動き出すよりも前に、ボルゴが走り出していた。ボルゴも少なからずダメージを負っているというのに、誰よりも早く彼女の近くに駆け寄っていく。


 私たちも、急ぎ駆け寄る。



「サシェ、サシェ! 無事か!?」



 必死に呼び掛けるボルゴの後ろで、倒れているサシェの姿を改めて確認する。近づいてよりわかったけど……これは、ひどい。


 体は傷だらけ、アザも多いし、所々血も出ている。それに……右腕が、曲がっちゃいけない方向に曲がっている。これまでに見たことのない……いや、見たくなかった姿だ。


 まったくの素人の私でもわかる……このまま放っておいたら、サシェは……



「エリシア!」


「は、はい!」



 その姿に唖然としていたエリシアだったが、師匠の一声で我にかえる。そうだ、今必要なのは、迅速な治療。それができるのは、まだわずかでも魔力の残っているエリシアだけだ。


 それを理解しているから、エリシアの行動も早い。残った魔力を総動員して、サシェの治療へと移る。


 温かく強い光が、サシェの側にしゃがんだエリシアから輝き……それがサシェの体を包み込んでいく。傍らのボルゴは、サシェの姿を心配そうに見つめていて……



「ぐっ……ぁ……」



 その瞬間、声を漏らしたのは……サシェでは、ない。サシェと一緒に倒れていた、鳥型の魔獣だ。鳴き声ではない、魔獣が……確かにしゃべった。


 うそ、魔獣が……しゃべった?



「ま、さか……『弓射(きゅうしゃ)』一人に、このワタシが……! ……あの大群も、押し退ける、とは……」


「貴様……」



 魔獣がしゃべる、というこれまでになかった事態。けれど、それに狼狽える余裕も時間もない。グレゴは、まだ息のある魔獣の喉元へと剣を向ける。


 しかし、もう満身創痍の魔獣にとってそれは脅しにもならない。怯むことなく、渇いた笑みを鳴らす。



「くはは……だが、もうその女は……助からん……」


「黙れ! 言葉を話すとはいえ、ただの魔獣にサシェがやられるわけが……」


「魔獣……? くははは……ワタシを、あんな下等な生き物と、同列に見るなよ人間……」



 回復はエリシアに任せ、ボルゴも見守っている。本当は私も見守っていたいけど、私にできることはない。なら、この魔獣が変な動きをしないか見張るだけ。この魔獣を……


 魔獣じゃないと、こいつは言う。ならば、こいつはいったい……?



「ワタシはもう、助からん……が、いい気に、ならない、ことだ。ワタシは……四天王の中でも、最弱……」



 自分が助からないことを悟っているそいつは、弱々しい口調でなおも笑う。その台詞、自分で言う奴初めて見た……


 いや、そうじゃなくて。四天王? なんだ、それ……聞いたこともない。それがなんなのか、問いただそうとする前にそいつは……息絶え、その場から消滅する。



「くっ……エリシア!」



 魔獣……いや曰く四天王は、消滅した。だから今治療中のエリシアへと視線を向けるが、それを受けたエリシアは首を横に振る。



「外見も、だけど……中身が、それ以上に、ぼろぼろなの。残った私の魔力じゃ…………」



 涙を流し、それでも魔力を込めるエリシア。だが、その言葉は嘘でないことを裏付けるように、サシェの体は回復しない。外見だけなら、すっかり元通りなのに。


 体の外より内が深刻だという。内臓はぐちゃぐちゃで、骨も折れて大事な臓器に突き刺さっていると。万全ならともかく、今のエリシアの魔力じゃ治せない。



「そんな……」


「このっ……この、役立たず……!」



 自分の力で救えない悲壮感に、エリシアはただ自分を責め続ける。彼女にかける言葉が、見つからない。



「ぁ……う……」


「! サシェ!?」



 それでも、小さく声を漏らすほどには回復したサシェ。ゆっくりと、口を動かす。



「エリ、シアの、せいじゃ、ない…………自分を、せ、めちゃ……ダメ……」


「サシェ……」



 先ほどの言葉を聞いていたのだろう。自分を責めるエリシアに、それはダメだと、優しく微笑む。今、彼女の体には激痛が走っているはずなのに。


 それからも、なにかを言おうとするが……声が小さくて、聞き取れない。だからエリシアは、耳をサシェの口元まで近づけて……言葉を、聞き逃さないように聞く。


 途中、涙を流していた。なにを、言われたのだろう。それからうなずくと起き上がり、次にグレゴの名を呼ぶ。どうやら、もう大きな声も出せないから……一人一人に、言葉を伝えているようだ。


 グレゴ、師匠……次に、私の番が回ってきた。嫌だよ、こんなの……だって、まるで最期のお別れみたいじゃないか……



「アンズ……あり、がとね……」



 私の耳元で、サシェは言う。その口元からは血が流れ、しゃべるのも苦しそうだ。こんな状態で話ができているのは、少なからずエリシアの回復魔法が効いているのか、それとも……



「サシェ……?」


「わた、しと……とも、だちに……なっ、て、くれ……て…………ありがと」


「! そ、そんなの……私、だって……!」



 なにを、言っているんだサシェは。そんなの、私の方こそ、ありがとうだ……!


 本当なら、もっと言葉を交わしたい。伝えたいことだっていっぱいある。でも……残された時間は、長くない。私より、一番サシェと話したい人が残っている。


 だから、私は……一番伝えたい言葉を、伝える。



「ありがとう、サシェ……大好き」


「……ぅん……私も、大好き……」



 それだけを伝え……ボルゴへと、順番を渡す。ボルゴは、すでに涙で顔がぐしゃぐしゃだ。


 エリシアは泣きじゃくり、グレゴも師匠も涙を流している。サシェの口元に耳を近づけるボルゴ……もう本当に、助からないの?


 だって、こんなことって……私たちは、全員で生きて帰ろうって。それが、こんな……私たちの知らないところでこんなぼろぼろになって、もう手の施しようがない状態で……そんなの、あんまりで……



「アンズ」



 ふと、頭に手が置かれる。それは、師匠のものだ。私の考えていたことが伝わったのかはわからない……でも、その手の大きさに、温かさに、流れる涙が止まらなくて……



「…………」



 サシェとボルゴが、なにを話しているかは聞こえない。聞いちゃいけないとも思った。けれど、きっと特別なことはなにもない……サシェがからかって、ボルゴがそれに慌てて……そんな、いつも通りの会話をしてるんだと、思った。


 ほんの数秒か、数分か……わからない。やがて、ボルゴが顔を上げる。その目には、悲しみの中に密かに優しさもあって。


 サシェと、視線を交わし……再び顔を近づける。サシェは目を閉じて……ボルゴはサシェの唇へと、そっと口付けた。


 それは、どんな味がしたのだろう。涙の味か、血の味か……それとも、二人だけの幸せの味だろうか。流れ落ちたボルゴの涙が、サシェの目から流れる涙と重なり……地面に、落ちていった。


 サシェの涙は、きっと痛みによるものではない。幸せによるものだと……勝手に、私はそう思った。ボルゴとの口付け……だけではないだろう。


 みんなとなにを話していたか、聞こえなかった。それでも、みんなが離れる瞬間……サシェは、笑っていた。その表情に、確かに幸せを浮かべていた。


 だから、この涙もきっと……



「っ……」



 声をあげて泣きたくなるのを、必死に耐えた。グレゴも師匠も、エリシアだって耐えているんだ。


 だから、今このとき……サシェの、幸せな時間を邪魔しちゃいけない。


 サシェとボルゴが交わした、最初で最期の口付け……それは、誰の心の中にも忘れることはないだろう。この先、なにがあったとしても。

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