新たなる主君
ガルヴェーブと名乗った女の魔族の案内に従い、城内を歩いていく。これだけ大きな城ならば、かなりの人数が内部にいそうではあるが……城に来るまでの道すがらと同じく、人っ子一人見当たらない。
いや、ここでは人ではなく魔族か。
「……もしかして、ここに一人で住んでる、とか?」
「まさか。ここは我ら魔族が暮らす城。本来であればもっと賑わっているのですよ」
ガルヴェーブ……通称ルヴの姿を見て、その声色を聞いて、ケンヤはいくらか余裕ができたのか、自分から話しかけていく。
彼女が言うには、やはりここにはたくさんの魔族が住んでいるようだ。それが見当たらない理由は、わからないが。
とにかく、彼女に案内され、城内を歩き、階段を上り、下り、また上り……一つの扉の前に、たどり着いた。
「こちらです。この先にて、お待ちしております」
「へ? お待ち?」
誰が……とは、聞くまでもないだろう。本来であればもっと賑わっているという城内、なのに誰も見当たらない城内、ケンヤをどこかに案内する姿勢……おそらく、この扉の向こうには城に住まう者たちが、いるのだろう。
さすがにここまで来て、扉の向こうになにがいようと驚きはしない。この異世界という場所で、すでに人外と呼べるものはたくさん見てきた。
この向こうにいるのも、そういう存在だろう。
「落ち着かれたようですね。では、開けさせていただきます」
ケンヤの落ち着きを確認し……ガルヴェーブは、扉を開ける。人一人が潜るには大きすぎる扉だ。重さもそれだけあるはず。現に、扉の開く音は重々しく、鉄の強度を感じさせる。
しかし彼女は、それを片手で、押し開けていく。城内にいたために遮断されていた外の光が、扉の開いた先から差し込んでくる。光と言っても、太陽の光なんてものはないが。
そうして、同時に外の景色も明らかになっていく……その向こう側に、いたのは……
「「「ウォオオオオ!!」」」
……瞬間、聞こえる大声。いや、歓声、と言ったほうが正しいだろうか。よく、テレビで耳にする黄色い声、というやつだ。
まず、扉を開けた先に見えたのは、紫がかった空。視界には空が広がるのみ。しかし、声は聞こえる……下から。どうやらここは、バルコニーのようになっているらしい。
扉の向こうになにがいようと驚きはしない……そのケンヤの決意は、早くも崩れ去りそうであった。足は震え、呼吸が荒くなる。なぜなら……
「……こ、れは……?」
異形の存在……ここに来るまでに見かけた魔物と呼ばれる存在と同じか、それ以上の。ガルヴェーブがよっぽど人だと答えたくなるほどに、異形の者々たちがそこには、いた。
バルコニーから見渡す限り、百、千……いや、もしかしたら万を越える異形で、埋め尽くされていた。バルコニーを二階部分とするなら、異形たちがいるのは一階。飛べもしない限り近づけもしないはずだが、中には羽が生えた者もいる。
これが、魔族……それを理解したケンヤの声は、震えていた。それでも腰を抜かさなかったのは、そっと腰に手を添えてくれているガルヴェーブのおかげだろうか。
「どうか落ち着いて。ここにいる者は、皆あなたに仕える者です」
「え……つ、仕える?」
いったいガルヴェーブは、なにを言っているのだろう。細かい説明はあとですると言っていたが、今からしてくれるのだろうか。
その心の内の疑問を読み取ったかのように、ガルヴェーブは口を開く。要約すると話は、こうだ。
ケンヤを召喚したのは、他ならぬこのガルヴェーブ。ここは、ケンヤの言う異世界である名を『ライヴ』。この地は、魔族の闊歩する土地。人間やそれに属する存在は、ここにはいない。
そして、ケンヤがこの世界に召喚された理由……それは……
「こ、この地を、統べる……って、俺が?」
「はい」
それは、にわかには信じがたいものだった。いや、異世界に召喚されたという事実がすでに信じがたいものではあるのだが。
普通、異世界召喚というのは、たとえば魔王を倒すために勇者として召喚される、というのが物語のセオリーだろう。それが、魔族を統べるために、というのだ。
この世界に来て、魔物しか目にしてこなかったから薄々予想はしていたものの……
「な、なんで俺……」
「適正がある……というのが、一番わかりやすいでしょうか」
魔族を統べる適正なんてどんなのだ、と思うが……ここでもし、それを断ったりなんかしたら殺されないだろうか。
目の前のガルヴェーブは、女性であっても鉄のような扉を片手で開けるほどの怪力の持ち主。さらにここはバルコニーで、飛び降りて逃げようにも下には数えるのも嫌になるくらいの数の魔族がいる。
あんなの、たった一人と敵対しただけでも殺されてしまうこと間違いなしだ。
「我ら魔族には代々、先の未来を予言する一族がおり。その者によると、いずれ人間共は、異世界……つまりケンヤ様の世界から勇者を召喚し、我らを滅ぼすらしいのです」
「! 異世界から、勇者……?」
「はい。ですので、ケンヤ様にはその勇者を食い止めてもらいたいと」
つまりは、異世界には異世界を、ということだろうか。勇者を止めるための、敵対する魔族側なんて……
これではまるで……魔王として、召喚されたみたいではないか。
「いや、でも……俺なんか……」
「我らを統べるお方、魔王様は、すでにご高齢。世継ぎもおらず、我らには新たなる主君が必要なのです」
どうやら、すでに魔王はいるらしい。が、歳であるために後継者を探さなければならない。
世継ぎがいないならば、同じ魔族で選べばいい。わざわざ人間なんて呼ばなくても……そう、思った。だが、先ほども言ったように人間側は異世界から勇者を召喚するらしい。そのために、こちらも異世界から召喚し、その者を新たな主君とする。
それが正しいのかはともあれ、理屈はそういうことだ。そして、もう一つ。
ケンヤには、適正があると言っていた。つまり……ここにいる誰も、次の主君足り得る適正がなかったと、そういうことだろう。
「新たなる主君……それってつまり、次の魔王、ってことだよな……はは」
異世界召喚という、ファンタジーを好む者なら誰でも憧れるであろうシチュエーション……だが。
まさか魔王として召喚されるなんて。ケンヤは、苦笑いを浮かべるしかなかった。




