あるはずのないもの
なにがどうなって、こうなったのか……ほんの数秒前までつながっていたはずのノットの右腕は、失われてしまっている。
その右腕を奪ったのは、私……正確に言うと、私の中にある呪術の力。もっと正確に言うと、これは元々エリシアのものだった呪術の力だけど。
ともかく、ノットの右腕は……失われた。
「くそっ……痛くねえのが逆に気持ち悪いな」
切断……と言っていいのかもはやわからないけど、とにかく腕のなくなった部分である切断面を抑え、ノットが言う。
腕がなくなったということは、相応の痛みがあっておかしくないはずだ。なのに、痛みがないようだ。
あるはずの痛みがないというのは、痛みがなくてラッキー、という気持ちよりも、一周回って気持ち悪さのほうが上回るみたいだ。
私も実際に右腕が千切れているから、その気持ちはわかる……とはいっても、当時の私は無我夢中で、右腕が千切れる痛みはほとんど感じていなかったんだけどね。
「ちっ、やってくれる……!」
……図らずも、私とノットは共に右腕を失った仲となったわけか。
全然嬉しくないお揃いだ。
「変わった呪術使いやがる……」
「呪術ってそもそも変わったものだと思うけど?」
右腕は失われたため、残っているのは左腕だけだ。片手が失われたことで、ノットの戦力は大きくダウンしているはず……特に、指パッチンなんて手がないとできないんだから。
右手がなくなっても左手がある。とはいえ、さっきのように両手で放つ動きはできなくなった。そもそも炎はもう効かない。短剣も、両刀ではなくなった。ならば、ノットが次に取る行動は……
カランッ……
短剣を投げ捨て、屈んで地面に手を置く。なにをしているのか……と見ていたが、手を引くとなにかが手に掴まれている。それは、長い棒のようなもので……
「……剣?」
手にしていたのは、柄の部分。それは地面から引き抜かれ、全体を現す……銀色に光るそれは、間違いなく剣だ。短剣でなく、長剣。
今、地面から出てきたよな……もしかして、グレゴの故郷ガルバ村のように、地面の中に剣が埋まっていたんじゃないだろうな。まああそこは正確には、剣が地面に突き刺さっていたんだけど。
「んー、やっぱ手に馴染むな」
だけど、ノットの反応を見るに、それは自分の愛用のものを見るような目だ。グレゴがよく、自分の剣を愛でるときにしていた目だ。
となると、あれはこの地面に埋まっていたというより……地面から引き抜いたように見せかけた、のだろうか。ノットが使っていた短剣やクナイを、なにもない空間から引っ張り出したのと同じ原理で。
魔法だって、四次元的なポケットのようなことはできるんだ。呪術でできたっておかしくはないだろう。
「……」
ただ、獲物がリーチの長いものに変わっただけ……と単純には、油断できない。あの剣を手にしたノットの、どこか余裕めいたものはなんだろう。それに、あの剣に感じる違和感も。
まさか、あの剣も『呪剣』じゃないだろうな。コルマ・アルファードや私が使っていた、斬った者の自我を奪うもの。ガルバ村でレバニルが使って……いや使われていた、斬った者の体を崩壊させるもの。
すでに二本の『呪剣』を目にしているんだ。三本目があってもおかしくない……けど。なんだか、あの剣に感じる違和感は、それだけではないような……
「……日本刀?」
剣を見て、自分でも意識をしないうちに口から出た言葉……そうだ、感じていた違和感はこれだ。
あの剣は、日本刀に似ている。もちろん日本刀なんて直接見たことはなく、歴史の教科書に載っているくらいだ。かっこいいなってめっちゃ見てたのを覚えている。
いや、それ以前に……日本刀もこの世界の剣も、なにが違うと言われれば明確には答えられない。剣は剣だ。グレゴの愛剣である大剣のように大きく形の違うものでもない限り、ぶっちゃけ剣の違いなんてわからない。
かっこいいと思っても、私は刀マニアではないのだ。
それなのに……なにが違うとは言えないし、直接見たこともないのに……なぜかそれが、日本刀であるような、そんな気がして。
「なんだ、そんな熱心にこいつを見て。もしかしてこの刀身のに見惚れてたのか? 気持ちはわかるよ……よく斬れそうだ、血が映えるだろうさ」
「見惚れてたのはそうだけどその気持ちはわかんない」
刀身の輝きとかではなく、刀身についた血が映えるだろうとは……どんな悪趣味だそれは。
「その剣……よく、斬れそうだね。どこで手にいれたのさ」
「まあ今までこいつで斬れなかった奴はいないからな。いいもん貰ったもんさ。入手経路なんて教えねえけどな」
やっぱり、その剣で今までも人を斬ってきたのか……でも、重要なのはそこじゃない。
ノットは答えを拒絶したつもりなんだろうが、確かに言った……その剣は、貰い物だと。つまり、ノットに日本刀を渡した人物がいる。
もっともそれが本当に日本刀ならの話だけど。もし本当に、日本刀だったら……
「っら!」
「!」
しかし、私がなにを考えるよりも、先に斬り込んでくる。先ほどの短剣と同じように刀身が赤く光り、内に炎の熱を宿す。
ただ、先ほどと違うのは……剣の周りの地面が、渇いていることだ。そこに水があったら、干上がってしまうんじゃないかと思えるほどの熱。それが、あの剣の周りにある。
リーチも、熱さも増しているということか……今までそれをしなかったのは、あれがその熱に耐えうるものということか? あの……日本刀もどきが。




