拳の連打
「そらそら、そらぁ!」
がむしゃらに、何度も何度も拳を打ち込んでくる。それを避けるのはそう難しいことではないが、なにせ師匠の一撃は重い……少しでも、当たるわけにはいかない。
ただ、私の体もだんだん動かなくなっている。目も、思ったより動かない。息も荒い。疲労が溜まっている。……終わりが、見えない。
「わっ……」
ふと、足を滑らせて体勢を崩す。転ばないようになんとか踏ん張るものの、一瞬の隙が生まれ、師匠の次の一撃に対応するのが遅れてしまう。
師匠の拳は、私の腹部へと打ち込まれ……
パシッ……!
……てしまう直前、なにかが拳を受け止めたような、音が聞こえてくる。受け止めたのは私ではない、そもそも反応が間に合っていなかったのだから。
その正体がなにかは、考えるまでもなく……見れば、すぐにわかることだった。師匠の拳を受け止めているのは、黒い手だ……私の、右肩から生えた。
「こ、れは……」
さっき、師匠やグレゴを足止めする際に放ち、結果として返り討ちにあった、呪術の腕。返り討ちにあい消滅してしまった……はずなのだが、また生えてきている。
別に、右肩から生えることに今さら疑問はない。しかし今までは、一度消滅してしまったらそのまま……消滅したままだったはずだ。
今回のように、一度の戦闘の中で二回も出てきたことはない。今までは時間を置けば、別の戦闘ならば、復活していたが。
別に、復活しろと念じたわけでもない。そもそも私の言うことなんて聞かないし。謎だが……まあ、戦える手段が増えるのは悪いことではない。むしろ現状ではいいことだ。
「またしても……!」
「悪いね師匠」
この呪術の右腕は、師匠の腕力と同等かそれ以上の力がある。呪術ってのはそれほどの力があるものなのか……いや、素でアレの師匠のほうがおかしいんだけどさ。
とにかく、今度は師匠に隙ができる。だから、私は右腕でしっかりと師匠の拳を押さえ込んだまま、師匠の顔へと左拳を打ち込む。
「ぐふっ……!」
「!」
私は吹き飛ばすつもりで、頬を殴ったが……師匠はその場に踏みとどまる。口から血を流しているが、その目は死んでいない。睨むようにして、私を見て……
「へぶっ!」
私がしたのと同じように、今度は師匠の拳が私の頬へと直撃。重い一撃を、受けてしまう……なんて、バカ力だ……!
しかし、ここで踏ん張らなければ……私は……!
「ぬ……ぅうぅうう!」
「ぐおっ……!」
拳のめり込んだ頬……本来ならば吹っ飛ばされても仕方ないほどの威力。それでも私は、力任せに拳を押し返していく。
続いて、顔を無理矢理動かしてから師匠の額に向けて、頭突きを放つ。互いの額と額がぶつかり、あまりの痛さにお互い悶絶……互いに、後ずさりしてしまう。
「くぅっ、いっ……たぁ!」
「ぐく、この……石頭……め!」
互いに悶絶するが、それも数秒としない時間……すぐに、お互いに拳を放つ。拳と拳は衝突し、すぐに突き放し……また逆の拳を打ち、衝突。突き放し、衝突、突き放し、衝突……
互いに、力の限りに両の拳を打ち出し、それが一つ一つ衝突していく。まるで、一撃が衝突する度に拳が砕けそうな感覚に陥る。
それでも、お互いに拳を交互に繰り出し素早く打ち付ける連打を、止めはしない。
「うぉおおおおおお!!」
「らぁあああああい!!」
拳が痛い……それどころか、拳から腕を伝って、全身に痺れが発生している。少しでも気を抜けば……この連打を、もろに浴びることになる。
そんなことには……
「っ、な……んだこれは!?」
しかし永遠に続くかと思われた拳の連打にも、唐突に終わりが訪れる。困惑の声を漏らしたのは、師匠だ。いや、声を漏らしていないだけで、私だって困惑している。
呪術の右腕……それが、形を変えていったのだ。それは、まるで右肩から生えている腕が、何本にも分裂したかのように……って、まるでじゃない。実際に、腕が何本かに分かれている。
たとえば、尻尾が二股に分かれている……なんていう表現があるとする。妖怪みたいな存在はそうだろう。だけど、この腕は二股なんてレベルじゃない。
師匠の左右の腕、左右の足……それぞれに、一本ずつ。四股に分かれた黒い腕は、師匠の四肢の動きを封じた。
「っ……」
もうこんなの、腕ではない。い、腕じゃないのは前々からわかっていたことだ。まるでゴムのように伸びたり、自由自在に動いたり……ただ、腕の形を模しているだけのものなのだと。
とはいえ、まさかこうまで腕の形状が変化するとは……気持ち悪!
「ぬぅう……!」
まあこれで、師匠からの連打は止まった。私も、右腕は師匠の動きを止めているため、自由に動かせるのは左手一本。
……充分だ。動きをとることができない師匠、その腹部へと、渾身の力を込めて左拳を、打ち出して……
ヒュッ……ザクッ
「っ!?」
腹部へと狙いは一直線だった。だが、左腕に急に激しい痛みが走る。
腕には……矢が、突き刺さっていた。これは、サシェの……!
「はぁ、はぁ……当たった……!」
チラッと確認すると、何事かを呟いているサシェの姿があった。おそらく、今まで手を出してこなかったのは、さすがのサシェでも私と師匠の拳の打ち合いに隙を見出だせなかったから。
一歩間違えれば、師匠に矢が当たることになる。だけど、師匠が動けず私がとどめをさしにいく今ならば、狙えると踏んで……
的確な狙い……矢が突き刺さったのは、黒い左手の、黒に侵食されていない腕の部分。黒い部分に当たっても、痛みがないかもと判断したのだろう。
その判断は正しい。今、燃えるような痛みが腕を走っている。腕の勢いが、落ちていく……
「っ、ぁああぁあああ!」
それを私は、気合いで耐える。声を上げ、痛みを振り払い……勢いが殺されかけた腕を、強引に振り抜いていく。
そして……
ドゴォッ……!
「っ、が……っ!」
師匠の腹部へと、渾身の一撃がおみまいされた。




