【幕間】精霊と呪術
異世界『ライヴ』。唐突だがこの世界には、精霊というものが存在する。それは生き物ではなく、かといって生きていないわけでもない。生き物というカテゴリーには収まらないだけで、実際にこの世界に生きている。
以前、杏の前に姿を現した精霊がいる。それは水の精霊、ウンディーネ……文字通り、水を操る精霊だ。
さてこの世界には、四種の属性を持つ精霊がいる。四大精霊と呼ばれるそれらは、火、水、地、風を司る存在。それは偶然にも、杏が想像していたそのものだ。
それぞれ、火の精霊、サラマンダー。水の精霊、ウンディーネ。地の精霊、ノーム。風の精霊、シルフ。これも、偶然にも杏が想像していたものが、一致していた形になった。
ちなみに精霊に、性別はない。なので、彼と呼ぶか彼女と呼ぶか、基本的には呼ぶ者の気持ち次第だ。
普通精霊は、人前に姿を現すことはない。そもそも、実体もない。基本的には、属性の存在を仮初めとして魂を宿す。つまり、火は火に、水は水に、それぞれ自らの魂を宿すことができる。
それを行ったのが、杏の前に姿を現した、水の精霊ウンディーネ。湖という、水に自らの魂を宿し彼女と接触した。
杏の行い、この世界での殺戮破壊行為を見逃せなかったのか、ただの気まぐれかはわからない。が、結果として杏の行いを戒めるために、彼女と死闘を繰り広げた。
本来精霊は、人間が手に負えるものではない。いかに仮初めとしているとはいえ、精霊の力は膨大なのだ。人間に、それもたった一人にどうこうできる人間ではない。
杏との戦い。その中でウンディーネは、杏の呪術の力を『忌々しい力』と言った。その理由は、ウンディーネだけでなく精霊全体に言えるものだ。
精霊とは、いつから存在しているのか定かではない存在。そもそも、精霊とは守り神的に語り継がれるだけで、その姿を見た者や、ましてやコンタクトを取れた者などほとんどいない。
ある者は、精霊なんていない。ある者は、この世界ができた瞬間から存在している。ある者は、この世界ができるよりもずっと前から存在している。そんな憶測が飛び交い、文献にもどれとも確証のないものが示されている。
とにかく、はるか昔から存在していたことは間違いない。そして、精霊が呪術を忌み嫌う理由は、そのはるか昔にまで遡る。
詳細は、当事者しかわからない。もちろん、精霊自らが自分たちの失態ともいえる事態を話すわけがないので、真相はわからずじまいだ。
はるか昔……この世界に、呪術というものが生まれた。それは強大な邪悪で、放っておけば世界そのものを崩壊させかねない。だから精霊たちは、呪術を生み出した人間を抹殺するために動き出した。
本来であれば、一瞬で片がつくこと。実際にそうなった。その人間は、精霊相手にまさに手も足も出ず、敗北を喫し……命を落とした。
だが、ただでは死ななかった。命尽きるその直前、呪術の力を使い、精霊本来の力の半分を封印したのだ。
それは精霊たちにとっては想定外。封印の呪いを解除しようにも、呪術の使用者は死に、力は失われた。それどころか、完全に消したはずの呪術の力が、後になって様々な場所で見かけられるようになった。
杏も、その一人である。あの忌々しい呪術という力を、よりによってこの世界を怖そうとしている少女が持っているとは。これは、なんとも恐ろしい事態になっている。
杏自体、あのときまで気づいてはいなかったが……その体は、確実に呪術に蝕まれつつある。ウンディーネはそれを目撃し、そう遠くないうち、彼女は彼女自身の力により身を滅ぼされると、確信をしていた。
とはいえ、その時まで彼女の行いを黙って見ているわけには、当然いかない。この世界を脅威に陥れる存在を、黙って見過ごすことはできない。
思い出してみれば、魔王という邪悪な存在が現れたとき、精霊としての力は完全に失われてしまった。もはや世界に希望はないと思っていたとき、それを覆したのがアンズ・クマガイという少女だ。
アンズと、ウンディーネが対峙した杏という少女は同一人物。一度はこの世界を救った存在だ、本来ならば感謝してもし尽くせないほどに恩がある人物……しかし、状況が、変わった。
彼女がこの世界を壊そうというのなら、彼女を殺して始末をつける。呪術のせいで力の半分が発揮できない状態だが、それに泣き言を言っても仕方がない。それに、彼女が呪術を使う人間ならば、封印を解く方法を知っているかもしれない。
……杏の呪術は、望んで手に入れたものでないことを、精霊たちは知らない……
これからは、一度杏に屈辱を味わわされた水の精霊だけではない。火の精霊、地の精霊、風の精霊も動くことだろう。すべては、この世界の秩序を守るために。
そして、杏にとっても……自らの邪魔をする者は、なんであろうと始末する。それが人間であろうとなかろうと……精霊という、人知を越えた存在であってもだ。
互いが互いを邪魔に思い、そしてぶつかる日は……そう、遠くはないのだろう。




