【追憶番外編】とある人物のとある罪
……今から何十、何百年……いやそれどころではないほどにはるか昔の時。いつの間にか忘れ去られた、誰も知らない物語。禁術と呼ばれる術が生まれるに至った、最初の物語。
一人の、男がいた。男は平凡な人間で、魔法は使えないが魔法のことに興味を抱く、好奇心の強い人物だった。
そんな男には、一人の幼なじみがいた。彼女は人間ではなく獣人であると同時に、優秀な魔法使いでもあった。村でも一、二を争う実力を持っていた。そんな幼なじみがいることが、男にとっては誇らしかった。
男は、魔法に興味津々。そして幼なじみの獣人は、男に対して特別な感情を抱いていた。そんな彼女が、男のために一肌脱ぐのは必然であった。
魔法の研究をしたいと言われれば目の前で魔法を披露して見せ、どんな魔法でどんなことができるのか聞かれれば実際に試してみた。男を宙に浮かしたり、火傷しない程度の火を浴びせたり、自ら体を張ったこともあった。
男は自分が魔法は使えないが、一生懸命に研究に打ち込んでいた。そんな男の姿が、彼女にはとても輝いて見えていた。
やがて、年月が経ち二人は子供から大人へ、成長していく。その間も二人の関係に変化は訪れなかったが、間柄は変わらず続いていた。魔法研究に熱心な男が、幼なじみの力を借りて研究する。
彼女は、優秀な魔法使いだった。この時代にはまだ魔王や勇者など、世界の命運がどうこうなるような存在はおらず、当然魔物もいない。戦う相手は、いない……いや、正確には人同士の争いは、あったが。
それはしかし、兵士とかそんな固い人間の話。二人には、この村には関係のないこと。従って、魔法はただ日常生活を有意義にするために、使われることが多かった。
家事に、料理に、力仕事に……あらゆる面で、魔法は役に立ち、それを研究していった。
そんなある日……幼なじみである獣人の彼女が、死んだ。突然の病であり、原因は不明。回復魔法であれば怪我は容易に治せるが、これは魔法を使う余地のない、衰弱死と言うものだ。
村の人間は、一同に悲しんだ。村の仲間が死んだのだから当然だが、別の理由として、魔法が失われた事実に悲しんだ。この村ではすでに、彼女の魔法が生活の大部分を支えていたのだ。
優秀であるがゆえに彼女に頼り、大きな負担をかけてきた。あるいは、それが彼女の死へと、繋がったのかもしれない。
人々は、悲しんだ。とりわけ男は、人一倍に悲しんだ。それは幼なじみが死んだことに対してか、それとも魔法を研究することが難しくなったからか……おそらく、後者の理由が大きかっただろう。
彼女ほどの魔法使いはいない。それは実力という意味ではなく、男の研究に付き合ってくれるという意味でだ。わざわざ、意義のない研究に付き合ってくれるお人好しはいない。
悲しんで、悲しんで、悲しんで……男は、思い付いた。
『そうだ、彼女を生き返らせよう』
人を生き返らせる魔法なんて、聞いたことがない。魔法でもないだろう。それに、男は魔法が使えない。それでも、やる以外の選択肢はなかった。
再び彼女に会い、魔法の研究に付き合ってもらうために。男は、ありとあらゆる方法で死者を生き返らせる方法を探した。
誰かに聞くか。いや、そもそも死者を生き返らせるなんて、世の中の理に反している。これは一人で、誰にも気づかれないようにやらなければならない。
男は、あらゆる方法を試した。何日も、何年も何十年も。残りの人生を、ただ彼女を生き返らせるための方法を探すその一点のみで。
『……これで、どうだ』
もう何百、いや何千にも及ぶ、死者を生き返らせる試み。ただの一度も成功の兆しすら見せなかったそれは、ついに形を持って成功する。
何十年も時間を費やした男は、もはやなにをどう試して成功したのか、わからなくなっていた。きっと、もう一度同じことをしろと言われても無理だろう。
だが、それでいい。ただ一人、生き返らせることができれば、それでよかったのだから。
『……ここ、は?』
彼女は、当時の姿のままだった。死んだあと、遺体は埋められていたが……誰にもバレないよう掘り起こし、腐らないように慎重に保管していた。とはいえ、何十年も無傷で保管しできるはずもない、魔法が使えれば、また違っただろうが。
死体は腐敗し、とても見れたものではない。所々白骨化し、死体を隠していた家からは腐臭が漂っていた。だがそれは、ごみの山にカモフラージュしてごまかしていた。
とにもかくにも、彼女は生き返った。腐敗していた体は、傷一つない、健康的な体へと戻っていた。当時の十代のままの姿で、健康的な肌を持っていた。とても、一度死んだとは思えない。とても、生き返っただなんて思えない。
男は、喜び舞い上がった。舞い上がり、彼女を抱き締めたあと、村のみんなに触れ回った。彼女を生き返らせることができた、と。
彼にはもはや、彼女を生き返らせようと思った理由さえ忘れていた。ただ、何十年も費やした時間が報われたことに、自分の努力が報われたことに、誰でもいいから知らせたかったのかもしれない。
『……お前は、なんてことをしていたんだ』
『なんてバチ当たりな!』
『まるで神様に唾するような行為、災いが起きたらどうしてくれる!』
村の人間は誰一人、男の行いを喜んではくれなかった。それどころか、なんてことをしたのだと、周りから責め立てられた。死者を生き返らせるなど、正気の沙汰ではないと。
男は困惑した。なぜ、誰も喜ばない。なぜ、こんなに責められる。きっと彼女の両親が生きていれば、喜んでくれたに違いないのに。
彼女の姿を見せても、誰も喜ばない。それどころか、みな恐怖している。
『あのときの、姿のままだ……』
『く、来るな! お前もだ、なんて愚かなことをしたんだ!』
もう、この村は自分を受け入れてはくれない。生き返った彼女にも、生き返らせた自分にも、村の人間はまるで、化け物でも見るような目を向けている。
そう感じた男は、彼女と逃げることにした。どこか、遠くへ……二人で暮らせれば、それで……
ザクッ……!
『ぇ……』
男の腹には、穴が空いていた。なにかが、突き刺さったような感覚……それは、視線を向ければすぐにわかる。彼女の腕が、男の腹部を貫いていた。
『なん、で……』
男はそのまま、絶命し……倒れた。生涯の半分以上を費やし、ようやく生き返らせることができた彼女に、命を奪われた。……最期、男の目に映った彼女は、笑っていた。
そして彼女の残虐は、それに留まらない。怯え叫ぶ村の人間を、次々に殺していった。その身で、魔法で、使えるものは彼女にとって、これ以上ない凶器となって。
村の人間を殺し尽くした彼女は、村を出ていく。どこか目的地があるのか、わからない。彼女がなにを考えているのか、そもそも生前の記憶があるのかさえわからない。
だが、生前好きだった男を……殺し、挙げ句頭を踏み潰したことにも気づかないほどに、彼女は狂っていた。いや、狂ってしまっていた。それだけは、見てそう感じていた。
村の人間を殺し尽くした……しかし、ただ一人だけ生き残りがいた。男や彼女と同じ時を過ごした、男性だ。彼女が狂ってしまった、いやもしかしたら、彼女を生き返らせようと考えた男が、すでに狂っていたのかもしれないと、思った。
男性は、村から逃げ……逃げて、逃げて、逃げて。そうして別の村にたどり着き、目で見たことを話した。死んだ人間が生き返り、村の人間を殺したと。
『あははははは!』
誰も、信じてはくれない。ならばせめて、記録に残しておこうと、男性は思った。
『生き返った死者が、村を蹂躙した』
『村の人間は皆殺しにされた』
『私も殺されるかもしれない』
『怖い、恐ろしい』
『毎晩夢に見る』
……日記のような、それともただ自分の感情を書きなぐっただけのような、手記。それは男性が毎日、死ぬまで書き続けたもの。
男性が寿命を迎え死んだあと、手記がどうなったのかは誰にもわからない。村のどこかに隠したのか、誰かに託したのか、男性と共に眠ってしまったのか。
それとも、男が彼女の死体を掘り起こしたように、何者かが男性の墓から手記を持っていったかもしれない。
行方のわからなくなった手記……その一ページには、他よりも大きな文字で、文章となってこう書かれていた。
『生き返った獣人の彼女が、今もどこかで死ぬまで殺戮の限りを尽くしているかもしれない。
いやそもそも、生き返った彼女には寿命があるのだろうか。
あぁ、なんて恐ろしい……死んだ者を生き返らせる、なんて行為は神に唾する行為だ。
絶対に試してはいけない。
だが、誰も信じてはくれない。
だからせめて、ここに書き記す。
オリジ村の悲劇を繰り返してはならない。
死者を生き返らせる禁断の行為を……"禁術"を』




