二度目の死
「はぁ、はぁ……」
目の前にいるのは、腹に大きな穴が空いた大男、師匠の姿だ。こんな師匠の姿は、私は見たことがない。いや、おそらく誰も見たことがないんじゃないだろうか。
あの、殺しても死なないような男が、今こうして私の目の前で膝をつき、息を荒くして血を流している。
本当に、これが私が師と仰いだ男なのだろうか。……そう、考えてしまうほどに。みっともない姿に、勝手に失望しているだけなのだろうか。
無理やり死体を動かされ、ある意味では被害者なのだから、そんなことを思っても仕方ないのだけれど。
「アンズ……はは、やっぱり強いなぁ、お前は」
「そうかな……」
今のは……ほとんどが、師匠の自滅みたいなものだ。自滅って言っても、そこに師匠の意思は存在していない。自爆させられた、というのが正しいだろう。
それがなければ、私は……それに、そろそろ体の痛みがぶり返してきた。
ここで、決着をつけよう。
「おかしいな、もう体が……動かん。それに……目も、よく見えなく……」
……これ以上、こんな痛々しい師匠の姿を、見てはいられない。
「師匠……もう、終わらせよう。もう、休んでいいんだよ」
始めこそ、いるはずのない師匠の姿に驚いた。でも、気づいた……師匠は、好きで生き返った訳じゃない。いや、正確には……生き返ったことを、ちっとも嬉しがっていない。
私を殺す、その意識の中に、どれだけ本当の師匠の意思があったのかはわからない。本当の師匠でも、私が破壊行為をしていれば止めに来るだろうし……でも、殺そうとは、しないと思う。ううん、しない。
「いや、俺は……お前を、止めないと……殺さないと、そう……」
誰に、そう指示されたのか……それは生き返らせた人物だ。死者は、生き返らせた人物の言うことを聞かなきゃいけないのか、それともそういう魔法もしくは呪術があるのかは、知らない。
でも師匠の中には、私を殺せという使命が確かにある。それは、体が動かせなくなった今でも。
……もし本当に私を殺したかったんなら、師匠に呪術はいらない。その身一つで、私を殺すには充分だ。むしろ師匠がこうなった大きな理由は、あの呪術が突如解除されたこと、それにより大きく力を奪われたことに、あるだろう。
あの呪術さえなければ……この決着は、違ったものになっていただろう。
「……」
決着……そう、決着をつけるには、私の手で師匠を殺さなければならない。もう死んでいるとはいえ……私の、この手で。
これまでにグレゴやエリシア、大切だった仲間もこの手にかけてきた。今さら誰かを殺すことに躊躇はない。
でも……これは、今までの殺しとは少し違う。自分の師を、この手で殺す? 違う……師匠に、二度目の死を味わわせるということ。
死体も残っていないのに、どうやってか勝手な都合で生き返らせられて、指示を与えられ、そして訳もわからぬことで自滅に追い込まれる。
最期は……また、死を味わう。
「せめて、苦しまないように……」
できるかは、正直わからない。いくら腹に穴が空き、弱っているとは言え……あの師匠だ。一撃の下に、即死させられるなんて思わない。
思わないけど、やらないといけない。それが、私にできるせめてものことだ。そしてそのあとは、今度こそ死体を、誰の目にも届かないところへ……
「ぁ……」
この師匠を殺したら、死体はどうなるんだろう。本来は死体は残っていないのだから、命尽きれば消えてしまうのか……
それとも……もし、死体が残るんだとしたら。以前はできなかった、お墓の下に埋めることが、できるかもしれない。もし、残れば……その点だけは、師匠を生き返らせた人物に感謝してもいいかもしれない。
「ぐっ、ぼぉ……!」
痛みがひどくなっているのか、大きな血の塊を吐く師匠。あまり、考えている場合じゃない……このまま一人で死ぬのを待つのも、選択肢にはある。
だけど、私の手で師匠を殺す……これは、なんとなくやっておかなければならないことだと、思ったのだ。こんな姿にさせられて、こんな形で再会したからこそ……私の手で、引導を渡す。
「はぁ、はは……アンズ……まさかお前に、殺される、なんてな……」
「……私も、そう思うよ」
私の殺気を感じ取ったのか、師匠は渇いた笑みを浮かべる。もう体が動かないどころか、抵抗する気力もないのかもしれない……
せめて一撃の下に……そう思っていたが、不思議となにをどうすれば、一撃で終わらせることができるかが、わかった。
だから、そこに渾身の力で、拳をぶつける。そうすれば、全てが終わる……いや、師匠を終わらせることが、できる。
「はぁ、あぁ、不思議だな……さっきまで、お前を殺さないと、いけないって気持ちに溢れてたのに……今はこうして、お前に終わらせてもらえることが、嬉しい……」
「っ……そう」
「……あぁ、なんで俺は、こんなことを、してるんだろうな……」
それは果たして、本当に思っていることなのかどうかは、わからない。でも、その瞬間の師匠の顔は……私が知っている、師匠の表情だった。
今なら、師匠を生き返らせた人物の情報を聞くことが……
「げぼっ!」
べちゃっ
血の塊が、また吐き出される。どうやら、本格的に時間はないようだ。
拳を、構える。一撃で逝かせてあげられるように、狙いを定めて……
「……こんな形でも、また会えて嬉しかったよ、師匠」
「あぁ……俺もだ、アンズ」
師匠の首を目掛けて、一気に拳を振り抜いた。




