本物のような偽物のような本物
「し、しょう……?」
いるはずのない人が、そこいにいた。死んだはずの人が、そこにいた。
そんなはずはない。いるはずがない。なにかの間違い……そうだ、今朝の夢をまだ、引きずっているに違いない。そう思って、目を擦る。
……消えない。目をつぶり、擦る。何度も、何度も、何度も。でも、消えない。そこにいるのが、師匠……ターベルト・フランクニルであると、認識してしまう。
「おい、どうしたんだアン」
私の行動を不審に思ったのか、ユーデリアが声をかけてくる。かけてくるんだけど……なんでか、すぐに反応できない。
今まで、いろんな目にあってきた。いきなり異世界に召喚され、世界の危機を救うことになり、仲間と旅をして、魔物や魔王と戦って、元の世界に帰ったらなにもかもを失っていて、復讐を決めこの世界に戻ってきて……
……死んだはずの人間と、また出会うことになるなんて、思ってもみなかった。
「い、いやいや……あり得ない、でしょ」
自分で自分に、言い聞かせる。師匠は確かに死んだし、死んだ人間が生き返るはずもない。
そんなこと不可能だし。それに、ユーデリアだって言ってたじゃないか。人を生き返らせようとするのは、禁術とされているって……
「……ないわけじゃ、ない……?」
それに対して、確か私はこう考えた。禁術とされているのなら、禁術とされるだけの方法が、あるってことじゃないか……と。
もし目の前の師匠が、誰かの変装とか、師匠を模して作ったものとか、そんなものじゃないとしたら……
「よぅ、アンズ。久しぶりだな」
「っ……」
その、声は……間違いなく、師匠のものだ。何度も聞いた、何度も言葉を交わした、声。これが誰かの変装や、作られたものっていうのはあり得ない。
そう、思ってしまうほどに。この声は、師匠の……
「師匠……」
「なんだ、その顔は。まるで、死人あったみたいな顔して」
もう、会うはずのないと思っていた人物。グレゴやエリシアのように、初めから覚悟していた相手ではない……師匠を、前にして私は、なにをどうすればいいのか、よくわからなくなっていた。
ただ、あのとき死んでしまったはずの師匠がいる事実に、生き返ったのかとかそんな複雑なことを考えることもなく、私は彼に近づいて……
「なにしてんだ、アン!」
ガギンッ
「ぇ……」
鈍い音が、耳に届く。聞き覚えのある、声と共に。
目の前には、藍色の体毛が風になびいている。獣型のユーデリアが、まるでなにかから私を守るように飛び出してきていた。
そのなにかが、なにかというと……
「ぐ、ぅ……なんだ、この力……!」
「ほぉ、氷狼か。珍しいな」
……ユーデリアの額から生える角が、師匠の拳を、受け止めていた。
「ぇ……あ……」
そこで、ようやく気づく。今私は、コアがら降りて無防備に師匠に近づき……そして無防備に、一撃をくらうところだったのだと。
いくら私でも、師匠の一撃を、もろに受けたら死にはしないまでも、しばらくは動けない。
ってことは、ユーデリアが私を守って……?
「ぐぐ……勘違い、するなよ……こいつは、ボク一人じゃ、キツい。アンがやられ、たら……どうしようも、なくやるから……な」
その場で踏ん張りながら、まるで私の心を読んだかのような発言をする。
その台詞はまるでツンデレそのものだが、そうやって冷やかしている場合ではないのは、わかる。
「まだ子供なのに、なかなかのガッツだな。だが……」
「ぐっ……お、ぉお!?」
なんとか踏ん張っていたユーデリアだが、師匠が少し力を入れただけで……簡単に、吹き飛んでしまう。
私の真横を、吹き飛んだ。
「……」
「まだ、経験不足だ」
その立ち振舞い、言動、そして力……まさしく、師匠だ。
「師匠……どうして、ここに。あのとき……死んだんじゃ……」
魔王との最終決戦のとき。師匠はその命と引き換えに、魔王を倒した。『終拳』という、最強にして最期の業を放ち、魔王を道連れにする形で、この世を去った。
一撃放てば、己の命を代償になんであろうと、この世から消し去る。それが、『終拳』。この世から消し去るのは、使用者本人もだ。だから、師匠の遺体だけは、もうこの世のどこにもない。
そうだ……生き返らせたとかなんとか、それ以前に、師匠には遺体がない。遺体がない人間を、どうやって生き返らせるっていうのか。
……それとも……
「まさか……本当は生きてたなんて、言わないよね」
それは、一つの可能性。私が実際に、あの瞬間の直後に思い描いた、祈り。本当は死んでいないで、どこかで生きているんじゃないかと。
だけど、それはあり得ない。師匠なら……この世界に悪いことが起こっていると知れば、すぐに駆けつけるはずだ。今の今まで音沙汰がなかったなんて、あり得ない。
ならこの師匠は……なんだ。遺体もないのに生き返った……なんておかしな表現だが。
「アンズ……せっかく久しぶりに会ったのに、ずいぶん怖い顔してるじゃないか」
……あぁ、どうしよう。その声も、表情も、仕草も。どうしようもなく師匠なのに、師匠じゃない。本当の師匠なら、私がこんなことをしていたら、すぐにぶん殴ってでも止めるはずなのに。
それを、こんな穏やかな顔して……
「あんた、誰だ」
「おかしなことを言うな。俺の顔を忘れたのか?」
そこにいるのは、師匠だけど……師匠じゃない。いや、正確には……私の知ってる、師匠じゃない!
動いたのは、同時だった。踏み込み、ほぼ同時に相手の目の前まで到達すると……私は左手を、師匠は右手を、それぞれ放ち……二つの拳が、衝突した。




