思い出の記憶
『……ンズ……アンズ!』
『ん……あ、あれ……』
『なんだ、寝ていたのか? まあ今日はいい天気だし、このふかふかの芝生のベッドじゃ絶好の昼寝日和だな!』
『えっと……食べるフランクフルトさん、でしたっけ』
『がっはは、そんな間違いをされたのは初めてだ! うまそうだな! ……ターベルトだ、ターベルト・フランクニル。よろしくな、勇者殿』
『……勇者だなんて、そんなたいそうなものじゃないです。なぜか選ばれちゃっただけで、ごく普通の花の女子高生です』
『ハナノ……ジョシ、セイ?』
『こっちの……いや、向こうの世界の話です。こっちじゃ学校なんかも、ないですもんね』
『あぁ、初めて聞いた』
『……で、フランクニルさん。私になにか、用ですか?』
『む、あぁ……まあ用というほどのものでもないんだがな。ほら、この世界に来たばかりで、不安も多いだろう。ここは年上として、いろいろフォローしてやろうと思ってな』
『……フランクニルさんって、結構おせっかい?』
『否定はせん……し、よく言われる。あと、フランクニルじゃなくてターベルトでいいぞ。この先、旅を共にする仲間なんだからな、遠慮せずに呼ぶといい。なんならあだ名つけてくれてもいいぞ、ターさんとか』
『旅、仲間、か……はぁ、なんでこんなことに』
『うむ、あだ名の方はスルーときたか……そんなに、不安か?』
『そりゃそうですよ。なんで、私が……私より、もっと適任がいると思うけど』
『けど、その中からアンズが選ばれたんだ。誇っていいと思うぞ』
『なにを誇るんですか。私は別に、運動が得意ってわけでも勉強ができるわけでもないのに』
『だが、選ばれた。きっと、アンズにしか出来ないことがあるからだろう。アンズだから、選ばれたんだ』
『……』
『よし、立てアンズ。走るぞ!』
『へっ、なんで?』
『考えがまとまらんときは、走るに限る。体を動かせば、頭もすっきりするぞ! ほら、行くぞ!』
『ちょ、ちょっと待ってよぉ!』
…………
「……ん」
目を、覚ます。目の前に映るのは、見慣れない天井……いや、壁と言った方がいいか。それも、コンクリートではなく土の。
今私たちが、身を休めるために利用しているのは……洞窟だ。大きな洞窟があり、そこでいつの間にか眠ってしまったようだ。
水の精霊であるウンディーネとの戦いからしばらくが経った。今日に至るまで、ウンディーネはおろか他の精霊とも、会っていない。
その代わりに、魔物なんかとはたくさん会ったけど。鬱陶しいことこの上ないよ。
「ふぁ、あ……」
壁にもたれていたはずだけど、いつの間にか地面に横になってしまっていたらしい。体が痛い。
隣では、コアが。少し離れたところではユーデリアが、気持ち良さそうに眠っている。人間型でも、獣みたいに体を丸くするんだな。
……体を痛い。のに、夢を見た。久しぶりだ、夢なんて……いや、正確には、悪夢でない夢なんて、か。こんな生活を続けていると、悪夢というジャンルの夢をよく見る。
殺した人間の、顔を思い出したり……そいつらが、なにか恨み言を言っているのだ。
だけど、今回見た夢は……悪夢なんかではなく、穏やかな、夢だ。私がこの世界に召喚されたばかりの頃の、何気ない日常の時間。
「……師匠」
この世界に召喚され、いきなり魔王討伐なんて大役を任せられ、その場でオーケーはしたけど呆然としていた私に、気さくに話しかけてくれたのが師匠だ。
うざったいくらいに絡んできていたが、今思えば、私を少しでも元気付けようと、してくれたんだろうな。
……なんで今、そんなことを思い出すのだろうか。ホームシック、っていうんで、家族のことを思い出すならまだわかるけど。
……お母さんやお父さん、あこのことは、思い出さないなぁ。意識的にも、無意識的にも。
あんまり、幸せだった頃の時間を思い出すと、辛くなるから……かもしれないな。
「……まだ暗い」
外を見ると、まだ暗く、夜であることがわかった。朝までぐっすり、というわけではないが……不思議と、気分は爽やかだ。
水の精霊との対峙以来、左手が黒くなる現象は起きていない。もはや、あの出来事は単なる気のせいだったのではないか、と思ってしまうほどだ。
だけど、ちゃんと、覚えてる。あの嫌な感覚も、なにもかも。
「……寝よ」
考えても、仕方ないことだ。というか、そんなもの夜の数だけ考えてきた。どうにもならないことを、毎晩自問自答して……結局答えは、出ない。
答えが出ないことを、考えても仕方ない。寝よう。
コアの背を枕に、寝転がる。動物の体ってのは、なんていうか……暖かいのだ。ふかふかしているし、たまにこうして枕にさせてもらう。
「ぶぉおおお……」
「ぐがー……」
「……ったく」
コアもユーデリアも、のんきにいびきをかいている。それが、なんだかおかしくて笑ってしまう。
このまま寝たら……また、幸せだった頃の夢を見れるだろうか。それとも、今度こそいつものような悪夢を、見るだろうか。
そんなことを、ぼんやり考える。この世界に来たばかりの頃の、でもいいけど、願わくば、元の世界で幸せだった頃の夢を、見たいな。
そんなの見てもむなしくなるだけだけど……たまには、幸せな記憶を、思い出しても……バチは、当たらないだろう。
そんなことを、ぼんやり考える。考えているうちに……いつの間にか私の意識は、眠りへと落ちていった。




