vs水の精霊
体から流れる血が操られ、私の体を縛っていく。水分であるというのに、その硬度はまるで鉄のように硬い……水柱を鞭のようにするだけでなく、水の硬度も変えられるってことか。
まさか、自分の血で、こんなことをされるなんて思っていなかった……!
「もはや動けまい。人間よ」
鉄の硬度を誇る拘束具に、水の精霊は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。いや、表情とかは見えないんだけどさ。
確かに、この硬さは常人では破れないだろう。常人、ならば。
「ふんっ……ぬ!」
バキッ
「!」
力を入れ、力任せに拘束具を解く……いや、砕いていく。縛られている状態から、腕を思い切り開く。
本当に鉄になっているのか……少なくとも、本来血とは思えないような音を立てて、それは砕けていく。
「バカな……お主、本当に人間か……!?」
「失礼な……まあ、それは自分でも最近疑問には思ってきているところだよ」
人の力で、鉄を砕くなんてことはまずできないだろう。それも、縛られた状態から、力任せになんてことは。
驚愕するのも、無理はないか。
「腐っても、『英雄』というわけか……」
苦々しげに、水の精霊は言う。こんなところでも、英雄英雄か……
別に今さら、なんとも思わないけど。
「あんたが精霊とか、なんだとか……私にとっては、どうでもいい」
「どっ……どうでも、だと!?」
「私にとって重要なのは……あんたも、この世界の住人ってことだけ」
もっとも、精霊だから住"人"はおかしいのかもしれないけど……この世界に、存在しているってことには変わりない。
ならば私にとって、殺すべき対象だ。私を殺そうとしたんだから、それはなおのこと。
「お主……本当に、なにが目的で……」
「どうでもいいでしょそんなこと」
わざわざばか正直に、こんなことをしている理由を話してやる必要はない。そんなことをしている時間は、もはや無駄だろう。
それよりも、こいつをどう殺すか。そもそも、精霊って存在は死ぬのだろうか。
「お主っ……今の行いを、悔いるつもりはないというのだな。反省し、償うと。その気になれば、わらわはお主の身体中の水分を操り、殺すこともできる。今のうちなら……」
「身体中の水分ねぇ……確かに、私の血をも操れるなら、私の体内の水を操って、内側から殺す、なんてこともできるか。なら、やりなよ」
「っ……」
もし、私が挑発したように、体内の水にまで影響が及ぶのなら……私に、勝ち目はない。
人間の体のほとんどは、水でできている。だから、水を自在に操ることのできる相手が現れた今、本来なら勝ち目はないと言ってもいい。
ただ……そうはできないだろうと、そういう確信めいたものが、あった。
「できないんでしょ。目に見える水しか、あんたは操ることはできない……雨を降らすことはできても、人の体内の水まで操れなんて、しないんだ」
「……」
もし、体内の水を操るなんてことができるなら……わざわざ水柱を仕掛けてくるより、最初からそうした方が確実に、私を殺せる。
もちろん、最初は殺すつもりはなくても、だ。その機会は、いくらでもあった。なのにやらないってことは、つまりできないってことだろう。
「もしかして、脅せば私が怯むと思った? 身体中の水分で死ぬなんて壮絶な死に方をしたくないなら、悔いて詫びろ……そう言えば、私が引き下がると?」
もしも、そう思われていたとしたら……
「そうなら、あんたは勘違いしてるよ。今さら……いや、最初から死が怖くて、こんなことはやってられないよ」
「? なにを……」
きっと、人を見下したようなあんたには、私の気持ちは理解できないよ。
「精霊だかなんだか知らないけど、こんなので足止めをくう時間がもったいない。早々に、消えて」
「っ、さっきから、なんと傲慢な……!」
瞬間、黒い腕が大きさを増していく。それは、私の意思がどう考えるよりも先に……水の精霊へと、迫っていく。そこに敵対する者がいるからか、それとも別の理由からか。
この黒い腕は、水なんかものともせずに向かっていく。とはいえ、水の精霊だって防戦一方なわけじゃない。
湖から上がる水しぶきが、凶器となり辺りを飛び回す。それを、黒い腕は凄まじい速さで打ち落としていく。
「ええいっ、目障りな……そのような呪われた術、やはり忌々しい!」
気のせいだろうか……黒い腕が……呪術が、現れてから、暴れまわっているのを見てから、水の精霊ウンディーネの様子が、少し変わったような気がする。
精霊というだけに、おそらくこの世界で長い間生きてきたのだろう。呪術が生まれたのだって遥か昔っていうし、もしかしたら精霊と呪術、なにか関係があるのかもしれないな。
「ま、私にはどうでもいいけど……」
その辺りの事情は、知ったこっちゃない。気持ちの悪いこの腕だけど、私の体から生えてしまっている以上、もう利用してやるしかないのだから。
……形勢は、呪術の方が上。ただ、手数は圧倒的に向こうの方が上だ。攻撃手段は黒い腕しかないし、私自身だって合間に狙われている。
それをかわすのは難しくない。それに、そうしているうちに黒い腕は水の精霊へと迫っていき、向こうは本体を守るのに徐々に追い詰められていく。
「ええい、忌々しい力……わらわが、この手で滅ぼしてくれる!」
痺れを切らしたかのように、湖の水がすべて宙に浮かび……それが、大きな竜の姿へと、型どっていく。




