【番外編】チョコに想いを込めて:上
「ばれんたいん?」
「なにそれおいしいの?」
魔王討伐に出発するより前の話……街中を歩く中、店頭に並んでいるチョコを発見した。この世界にもチョコがあるのか、なんて思ったとたん、自然と私はその言葉を口にしていた。
『バレンタイン』という、一つの言葉を。
「あー、やっぱりこの世界にはそういう文化ないのか。サシェのは、当たらずも遠からずって感じだけど」
「?」
私のいた世界では年に一度、女性が男性にチョコを送るバレンタインデーという習慣がある。それは、好きな人に渡すというのが一番の目的であるが、友達やお世話になってる人、といった、誰にでも渡せるイベントになっている。
それに、女の子同士でやり取りするのも、最近では少なくない。
「……っていうのが、バレンタイン」
バレンタインデーの概要を、さらっと説明する。
「へぇ、なんだか素敵なイベントね!」
バレンタインの概要を理解したのか、笑みを浮かべつつエリシアは手を叩く。エリシアは、こういうイベント事大好きなのだ。
それに、イベント事大好きなのは、もう一人……
「好きな人! なら、アンズやエリシア、グレゴにボルゴにターベル! みんな大好き!」
「サシェは純粋でいいなぁ」
「そだねー」
とはいえ、サシェも間違ってはいけない。好きな人とはいっても、それは異性に対する好き、という点に留まる必要はない。友チョコのような、ラブでなくライクな相手にチョコを送ることは、なんら問題はない。
それに、サシェの場合恋愛的な意味で誰かを好きになるってのは、いまいち想像つかないや。
「でも、そうなると結構な数になっちゃうね。パーティーの仲間に、ウィル王子や、お世話になってるお城の人、街の人にもあげた方が……」
「そこばかりは本人の気持ち次第だし、本命でも友でもないなら義理チョコって言って、こんな小さなチョコでもいいんだよ」
「ホンメー……トモ?」
バレンタインデーに渡すチョコは、大きく分けて本命チョコ、友チョコ、義理チョコがある。それぞれ字の如くではあるが、一応説明をするならば……
「本命チョコは、自分が一番好きな人にあげるチョコ。たとえば、あの人いいなって片思い中の相手にあげると、自分の気持ちを伝えるきっかけ作りにもなれるの!」
「おぉ!」
「友チョコは、友達にあげるチョコ。私がエリシアやサシェにあげるのが、それかな」
「わーい、アンズからもらえる!」
「で、義理チョコはそのどちらにも属さないチョコ。誰かで言うなら……ウィルや、お城、街の人たちかな。好きではあるけど恋愛的な意味じゃないし、友達でもない。これからもよろしく、って意味で送る場合が多いよ」
一通り、チョコのパターンを伝える。自分でも、今までなんとなしに使っていたが……改めて確認すると、バレンタインのチョコっていろんな形があるなぁ。
「なるほどね。そんなにいっぱい意味があるなんて……」
「困っちゃうよねー。私のいた世界じゃ、クラスの男子にあげる子とかもいたから、かなりの量を用意してたよ」
もちろん、私はそんなことはしないが……本命チョコと友チョコしか、あげたことはない。男子からは、よくチョコをせがまれたりもしたけど。
まあ私、これでも男子からの人気はそこそこあったしね!
「でも、ずるい。男の子ばっかりチョコもらって、私もいっぱいもらいたい!」
サシェの言い分も、わかる。女の子同士は友チョコとかでチョコを貰える可能性があるとはいえ、基本あげるばかりだ。
そう、バレンタインデーならば……
「ふっふっふ。サシェさん、ご安心を」
「なんのキャラよそれ」
「バレンタインデーは、確かに女性が男性にチョコをあげる日……けれどその後、あるのよ! バレンタインでチョコを貰った男性が女性にお返しをする、ホワイトデーというイベントが!」
「お、お返し!?」
あげてばかりのバレンタインデー……その内容に肩を落としていたサシェであったが、お返しという言葉を聞いた瞬間、目を輝かせる。
現金な子だなぁ。
「そう! しかもホワイトデーにお返しされるものは基本、バレンタインデーに貰ったものの三倍返しが基本と言われているのよ!」
「さ、三倍……ごくり」
「しかも、こっちではチョコやお菓子以外に、物を返してくれることもあるんだよ」
自分でも、なんでこんなに詳しいんだろう……そんな疑問を抱きつつ、説明していく。
「三倍、三倍……!」
「まあお父さんや彼氏は、三倍なんてキツいからあまり高価なものは勘弁してくれって言ってたけど……って、聞いてない」
すでに、サシェの目は欲にまみれてしまっている。この子、いろいろ正直すぎるなほんとに。
エリシアもエリシアで、期待は隠せていないらしい。
「三倍返し、なんて素晴らしい! グレゴのやつにめっちゃせびってやろう!」
「かわいそうだからあんまりはやめたげてね」
趣旨を理解してくれたのかどうかはわからないが……まあ、本人たちが嬉しそうならそれでいいだろう。うん。
「でも、この世界にはバレンタインって習慣はないみたいだし……普段の感謝の気持ちを込めて、みんなにチョコを送るってのはどうかな」
この世界に、バレンタインデーというものはない。だが、わざわざバレンタインデーというものをこの世界で浸透させる必要もない。要は仲間内で、お世話になっている感謝の気持ちとしてチョコを渡す……それだけのこと。
それに、私のいた世界ではこういうイベントがある、という体で渡せば、感謝の気持ちをあまり恥ずかしがる必要もないはずだ。
「それいい! そうとなれば、早速チョコを買いに……」
「待った。せっかくだからさ……作ってみない? チョコを」
「チョコを……」
「作る? ……面白そう!」
チョコを買って送るのは手っ取り早い。しかし、作って送るというのは、自分の気持ちをより込めることができて、いい。それに、超喜んでくれる。これ経験談。
二人もチョコ作りに興味を持ってくれたようで、私たちはチョコではなく、チョコ作りに必要な材料を、買うことにした。
「アンズはチョコ作れるの?」
「もちろん! これでも、向こうじゃ私の手作りチョコを彼氏にあげてたんだから!」
「おぉ!」
えっへん、と胸を張る私を、サシェはキラキラした目で見ている。なんか、むず痒いけど照れる。
もちろん、彼氏のためだけに、ってのはもったいないから、余った材料で作ったチョコは、友達やお父さんにもあげたけどね。お父さん、泣いて喜んでたっけなぁ。
「それで、チョコをあげる相手だけど……お世話になってるっていってもさすがに国中の人間に配るわけにいかないし、身内間で済ませた方がいいと、私は思う」
「まあ、すごい数になるもんね」
「だから私は、二人を除けば、グレゴ、ボルゴ、師匠、あとはウィルくらいかな……私はこの世界に来たばかりだし、それくらいしか思い付かないや」
お世話になってる人が、それ以外まったくいないわけじゃないけど……パッと思い付くのは、やはりお馴染みのメンバーになってしまう。
エリシアとサシェも、基本は同じだろう。ただ、この世界の人間だし、プラスアルファで人数は増えていきそうだ。
「チョコをあげる人、か……」
「ま、それを考えながら、材料も一緒に買っていこうよ」
「おぉ!」
贈り物を買う場合、どんなものを誰に買うか……というのも、買い物の醍醐味だ。少なくとも私は、そう思っている。
そんなわけで……チョコ作りのため、材料を買うために店のあちこちを、見て回る。おいしいチョコを、作るために!




