【幕間】予想もつかない出来事
『英雄』……いや、元『英雄』である熊谷 杏の目的。それが、この世界に対する復讐であるなどと、誰が予想できるであろうか。
今の彼女は、ただ誰にも予測不能な動きを続けるだけの、不明要素でしかない。誰にも予測できない点で言ってしまえば、災害だ。
その、災害である彼女をどうにか排除する……彼女が呪術の通用しない"適正者"であるならなおのこと。男の計画のためには、不明要素は一つ残らず消しておくに越したことはない。
その男の、計画『死者蘇生』。魔王を復活させ、復活させたその先にあるもの……それは……
「世界をぶっ壊す、ねぇ」
先ほど男が言ったものを、ノットは繰り返す。それを聞いたときは、なにかの冗談かと思ったが……男の目を見るに、どうやら本気だ。
本気で、世界を壊そうとしている。それほどまでに世界を、憎んでいるということなのか。そして、そのために魔王を復活させようとしているのだ。
「あぁ。意外だったかい?」
「まあ、魔王をよみがえらせようって考えてる時点で、大抵のことは受け入れてるつもりだったが……さすがに、予想外だったわ」
「……」
予想外、と言いつつも、ノットの態度は先ほどとそこまで大きく変化はしていない。しかし、その様子を見て反応する者が一人……
ガニムが、先ほどまで引っ込めていた殺気を、再び発生させる。殺気が向かうその矛先は、一つ……
「……なんだよガニム、んなビンビンに刺してきやがって。なんのつもりだ?」
ノットの肌に、ガニムの殺気が突き刺さる。それは、常人であれば殺気だけで肌が切れてしまいそうなほどだ。
しかし、数々の戦場で死線を潜り抜けてきたノットにとって、その殺気は慣れたものだ。
「貴様、よもや今さら抜けるなどとは、言わないだろうな」
「はぁ?」
ガニムの、訳のわからない台詞。しかし、数秒の後、ノットはそれを理解する。
「……あぁー、そういうことか。おいおい、まさか私が、ビビるとでも思ったのか? こいつの真の目的を聞いて、逃げ出すとでも?」
「……」
「私は雇われだ。確かにあんたのいうように、一途な忠誠心なんざ持ち合わせてない。けどな……雇われには雇われ、通すべき筋はある。それが暗殺者の、私の流儀だ」
雇われ、傭兵……さまざまな言い方はあれど、ノットを一言で言い表す言葉はただ一つ……暗殺者だ。"疾風"の名で、裏の世界では知らぬ者がいないほど。
知らぬ者がいない、とはいっても、"疾風"という暗殺者が知れ渡っているわけであって、"疾風"イコールノットだと知れているわけでは、ない。
「彼女の言うとおりさ、ガニム。そもそも、ワタシの真の目的を話して逃げるような者なら、初めから協力を仰いでいない」
「……失礼しました、主よ」
男の言葉に、ガニムは頭を下げ、殺意を静める。主の選んだ人物なのだ、たとえ自分が気に入らなくても、受け入れないわけにはいかない……それが、主に従う自分の役割だ。
自分の感情より、主の決定が大事であり、それに疑問を挟む余地すらない。
「キミは、依頼を途中で投げ出したことはない……そうだねノット」
「あぁ。この世界、信用第一なんでな……たとえどんな依頼内容だろうが、後からなにが判明しようが、受け取った金の分はちゃんと働くさ」
ノットもノットで、自分の中にある信念に従って生きている。暗殺者という、表立っては行動できない身分ながら、それでも信念というものは、ある。
それを、男は見抜いていた。だからこそ、ノットを選んだのだ。なにを明かそうと、ノットが途中で仕事を投げ出すようなことは、ない。
「それに、面白そうだしな」
そしてノットが退かないもう一つの理由が……これだ。面白そう……それはノットにとって、報償金と同等かそれ以上に、重視すべきことでもあった。
「面白そう、か。相変わらず野蛮な」
「あぁ?」
「やれやれ……ま、キミたちはそれが自然体なんだろうね」
この二人の仲は点で悪いが、その力は強大だ。この二人だけで、国一つ滅ぼすことだって容易い。
現にノットは、今は亡きバーチと共に、規模は小さいが村一つを滅ぼしている。
「ちっ……で、あんたのその目的のために『英雄』が邪魔ってか」
「あぁ。どんな行動を起こすかわかったもんじゃないからね」
すべてが男の思うように動けばいいが……そういうわけには、いかない。特に『英雄』のような強大な力を持った者など、放置しているわけにもいくまい。
「しかし、よかったという点もある。まさか、あの『剣星』と『魔女』を殺してくれるとは」
なにをするかわからない……それはまさに、彼女がその身をもって行動している。かつて仲間であったはずの『剣星』と『魔女』を、その手にかけている。
そこにどんな意図があるにせよ、脅威が減ることは、いいことだ。
「世界でも選りすぐりの実力者……それを葬ってくれたのはありがたい。が、そろそろ彼女にも退場してもらわなとな」
『剣星』と『魔女』を葬る……それは男にとってもメリットのあることとはいえ、あまり手放しにも喜べない。なぜなら、あの二人を殺せるということは……『英雄』の力が、その二人を上回っていることを意味している。
そんな危険な存在、これ以上手がつけられなくなる前に、手を打たないといけないだろう。
「退場って、どうやって……私でも、正面からは厳しいぞ?」
「ご命令とあらば、俺が……」
「いや、それには及ばない。『英雄』である彼女に、うってつけの相手を選んでおいた」
今の『英雄』を、正面から崩すのは難しい……が、不可能ではない。そして、不可能ではないことをやってのける人物を、男は知っている。
「彼女でも、決して敵わない人物がいる……それを、使う」
「? 使うったって……誰だいそりゃ……」
思い当たる節が、ノットにはない。首をかしげる彼女であるが、男は構わずに続ける。
「今はもういない……が、この度蘇生に成功した、ある人物だ」
「……それは」
パチン、と、男が指を鳴らす。
それに反応するように、部屋の奥から、一人の人影が、ゆっくりと現れる……
「かつて『英雄』の師だったという人物……『剛腕』の名を持つ、魔王との対決で命を落とした男のことさ」
……魔王討伐の中でその命を散らした、『剛腕』ターベルト・フランクニル……確かに死んだはずの男が、そこにいた。




