第20話 『剣星』vs『剣豪』
ついにグレゴとヴラメさんの勝負が、始まった。大剣を構えるグレゴは、凄まじい剣気を持って場を制圧する。
常人であれば、その剣気を浴びただけで戦意を失い、呑まれてしまうだろう。現に、今の今までヴラメさんコールが場を占めていたのに、とたんに静まり返ってしまった。
すごいな、グレゴ……というか、知らない地でこんなに人に囲まれての戦いなんて、初めてじゃないだろうか。それによって緊張してるとかは、全然ないだろうけど。
これまでは、魔物を相手に戦うだけだった。そこでは当然、観客なんてものはいない。いるのは、共に戦う仲間だけだ。
グレゴにとっては、観客がいるもいないも同じ。ただ、目の前の相手に全力を以って挑むのみ。
「はっ!」
その場で踏み込んだ状態から、足をバネのように伸ばして一気に飛び出す。それはまさにロケットスタート……鍛えてきたグレゴだからこそ出せる速度だ。
正面に見据えるヴラメさんの懐に入り、一気に斬る。剣を、ななめ下から上に斬り上げるスタイルで。
ちなみに、ここには回復魔法含め魔法術師としてエキスパートの『魔女』エリシアがいる。この試合は殺しあいではないが、万一相手を傷つけてしまった場合は、エリシアに治してもらうことで二人に了解は貰っている。
もちろん、一流の戦士なら、回復役がいると知ってても相手に深手を負わせることはしない。グレゴだって、致命傷になるような傷は与えないはず。
だけど、グレゴのその動きは、確実にヴラメさんに深手を与えるもので……
キンッ……!
まさか、この一太刀で勝負が決まってしまったんじゃないか……その不安は、直後に響く金属の音により否定される。
常人……いやそれ以上の強者にも目で追うことすら、まず不可能な一太刀。私たちはともかく、集まった観客の中に今の動きを追えたがどれだけいるか……おそらくいないだろう。
それほどまでに完璧な動き。常人以上の実力を持った強者、さらにそれよりも上の次元に立つ者でないと見切ることはできないだろう。
だから、その点で言えば、目の前の光景に不思議はない。かつて師匠と肩を並べ、マルゴニア王国の騎士団長にまで登り詰めた男……『剣豪』と呼ばれた男なら、グレゴの動きに対応できても不思議じゃない。
だが……それは、彼が現役だった場合の話だ。いかに今も強い実力があるとわかっていても、騎士団を引退し、それ以来剣も握ってない以上彼に、今の動きに反応できるとは思えなかった。
それがたとえ、真正面からの一太刀とはいえ。
「いい動きだね、グレゴくん」
「っ……やはり、追ってきますか」
剣と剣が、ぶつかり合う。鈍い金属音が反響し、火花が散る。
両手で持つほどの大剣を、ヴラメさんは片手剣で軽々受け止めている。それは簡単に見えて、全然そうではない。並々ならぬ以上の実力が必要だ。
ただ一太刀を受け止めただけ。だけど、それはとても剣から距離を置いていた人間にできる芸当ではない。
「ふっ……!」
グレゴは一旦距離をとり、再度距離を詰める。一度交わった剣は何度も、打ち合い続ける。
しかしそれは、主にグレゴが剣を振るい、ヴラメさんがそれを受け止める……いや受け流すといった光景だ。
きちんと受け止めたのは、最初の一太刀だけ。あとは、受け止めるように見せて受け流す。受け止めるのは相応の力が必要で、受け流すには力を受け流すテクニックが必要だ。
さらに、グレゴの剣撃をさばくスピード。グレゴの獲物は大剣なので、それだけ動きも遅くなるはずだが……それを感じさせないほどスピードがある。だが、ヴラメさんの動きはそれをも凌駕している。
いくら大剣と普通の剣という、大きさの違いがあるとはいっても……グレゴの動きに、ついていくなんて。
……いや。
「……くっ」
少しずつだが、グレゴの動きが鈍くなっている。ヴラメさんからの、反撃が始まったからだ。グレゴの猛攻は、徐々に逆転していく。ヴラメさんに、反撃するだけの余裕ができた……?
「ヴラメめ、ようやく勘を取り戻してきたか」
二人の剣撃を見、師匠は小さく笑う。その言葉に、私は驚きを隠せない。
勘を、取り戻してきた? つまり、さっきまでのは、久しぶりに剣を握ったから、剣の感覚を取り戻そうとしていただけ? グレゴの剣撃を、あしらうような様子を見せておいて?
「筋は悪くない。が、まだ荒削りだな」
現在、剣の頂点に立つ男を相手にして「まだ荒削り」と言う。今剣を振るう者達にとって、『剣星』とはまさに憧れの象徴。そんな人物に指摘できる者が、いったい何人いることか。
グレゴの見立ては、間違ってなかった。私の心配は、間違っていた。ヴラメさん……いやヴラメ・サラマンという男は、剣を置いて引退してなおその実力が衰えることはない。
というか、グレゴの剣を一太刀でも防いだ時点で、今でもマルゴニア王国の騎士団上位……いやトップに立てる。それこそ、また騎士団の団長に返り咲きたいと言っても二つ返事でオーケーだろう。
むしろ向こうから戻ってきてくれと言ってきても不思議じゃないくらいだ。
「なら、これはどうです!?」
ヴラメさんの猛攻の一瞬の隙をつき、距離をとる。あの猛攻の隙を見つけるとは、グレゴもやはりすごい。
剣とは、基本的に接近戦だ。剣同士の打ち合いとなれば、基本的に近距離での戦いになるのは間違いない。だがそれは、並の剣士ならばの話。
後方に下がり、グレゴは横一線の一太刀を放つ。本来ならば、剣のリーチ外にいる相手にはかすることすらないもの。
一線したそれからは、なにも生まれることはない。なにもない空間を斬ったところで、そこからなにも生まれることはないのだ。だが、グレゴのそれは一味違う。
剣を振るうことによって発生する剣圧……うちわで風を発生させる原理と似ているが、威力は段違いだ。それもグレゴほどの使い手が発生させるともなれば、なおさらだ。
その剣圧は衝撃の『波』となり、飛ぶ斬撃となってヴラメさんを襲う。私の知っているものだと、それは鎌鼬に近い。
本来鎌鼬とは、つむじ風に乗って現れ人を切りつける妖怪とされる。また、その現象をそうとも呼ぶ。
「あっ……」
それは剣の衝撃から発生する波だ、見ることも難しい代物だ。だがそれを、ヴラメさんはなんの戸惑いもなく切り裂いた。飛ぶ斬撃を、軽く剣を振るっただけで打ち破ったのだ。
この人は本当に、引退してから剣すら握らないでいたのか? いや……剣を握ってようがいまいが、グレゴの動きについていけることが異常なのだ。グレゴほどの使い手はこの集落にはいない……グレゴの動きは、今日初めて見るはずなのに。
さすがのグレゴも、飛ぶ斬撃を防がれたのは驚いたようだ。目を見開き、冷や汗を流している。
「うん、これも悪くない……これはちょっと、楽しくなってきたかな」
「……!?」
初めは乗り気でなかったヴラメさんは、今は笑みを浮かべている。彼が言うように、この勝負が楽しくなってきたのか。
そして、その直後……場を制圧していた『剣星』の剣気を、『剣豪』の剣気が圧倒していく。
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