運は尽きてない
ザクッ……!
背中に、痛みが走る。それも、少々の痛みではなく、それも一瞬ではない。背中に刺すような……文字通り鋭利な物が、次々と突き刺さっていく。
一応、念のためにと背中方向に渾身の魔力を込め、壁を展開したけど……迫り来る無数の剣を防ぎきるには至らず、壁を割り背中へと、突き刺さる。
ザクッザクッ、ズッ……!
「ぐ、ぅっ……!?」
いちいち嫌な音を立てて、背中に一本、また一本と突き刺さっていく。それを防ぐ術はもはやなく、ただただ背中で受け止めるのみ。
背中を貫き、腹部にまで貫通しているのが、わかる。腹部にまで貫通する……それはつまり……
「がっ、あぁ……ぁぐっ……!」
私を逃がさないように抱き締めているグラジニにも、剣が突き刺さっているということだ。私の背中を貫いた剣は、腹部に届き、密着しているグラジニの腹部にまで達する。
まさに、自分の身を犠牲にして、だ。
「ぅ、ぐっ……いっ、つ……!」
口から、血が流れる。自分で抑えようと思って、抑えられるものではない……声が、腹の底から絞り出される。
今自分の姿がどうなっているのかわからない。けど、見るも無惨なものには違いないだろう……背中に無防備に剣を受けている、姿なんて……
……あ、やばい……ちょっと意識が、ぐらついてきたかも。別に油断してたわけじゃないけど……まさか、ここまで捨て身の手に出るなんて、思いもしなかった。
さすがに、無防備な背中にこうも剣を差し込まれては、このままじゃまずい……
「グルルルァ!」
……あぁ、なんか寒くなってきたかも。これはあれかな、放っといたら死んじゃう的な、危ないやつかもしれないな。でもなんか、寒いし、眠くなってきたような……
「……あれ?」
寒さを感じる……しかし、その直後から、背中に感じていた痛みを感じない。いや、痛み自体は今も感じているけど……
次々剣が突き刺さってくる、あの痛み。加えられる痛みは、なくなっている。これは、なんで……
「ったく、だらしないな」
途切れそうな意識の中でも聞こえる、どこか小生意気で偉そうな声。その声の主は誰か、見なくてもわかる。ってことは……
この寒いのは、私の感覚的な話じゃなくて……実際に、寒いのか。ユーデリアの、冷気によって。
耳を済ませば、辺りを吹雪いている風の音とは別に、ガシャンガシャン、という金属がなにかに当たる音も聞こえてくる。
おそらく、さっきユーデリアがやっていたように、無数の剣を凍らせ、地面に落としたのだろう。だから、剣による追撃もなくなった。
「お、のれ……じゃま、を……!」
グラジニ、まだ、生きてるのか……私が言えた台詞でも、ないけどさ。
とはいえ、こいつも虫の息だ。ただでさえ腹に腹が空いていたのだ、無理もないだろう。
「離れ、ろ!」
「うぅ!?」
動きが、止まった……ならばいつまでも、このおっさんに抱きつかれているわけにもいかない。
力押しに、突き放す。その際、私の背中から貫通してグラジニの腹部に突き刺さっていた剣が、抜ける。生々しい音を立てて、剣の切っ先を血に濡らして。
「かはっ、あ、ぁ……!」
剣が抜かれたことにより、剣が突き刺さっていた場所からは血が吹き出す。痛々しい……身体中に、もはや穴が空いている風だ。
まあ私も、まだ剣が突き刺さったままでひどい有り様になってるんだけど……ただ、剣が背中だけで首や頭に刺さってないのが、不幸中の幸いか。
急所に突き刺さってしまえば、さすがに痛いでは済まない。即死だってありうるのだ。この状態だって、たまたま心臓の位置から外れてはくれたものの。
……たまたま、か。あれだけの剣が降ってきて、突き刺さって、急所はなんとか避けていた。……こんな私でも、まだ運ってやつは尽きてないらしい。
「はぁ、はぁ……っ」
「おいおい、大丈夫かよ」
大丈夫か……か。正直、今にも倒れてしまいそうだ。なんせ、背中に何本と突き刺さった剣が、腹部まで貫通しているのだから。
血を、流しすぎたか……この場合、回復魔法でダメージは回復しても、血まで戻るわけじゃないから、くらくらするんだよな。
そう、いくら重傷でも、死んでなければ回復魔法で治せる……今は、痛みで集中できそうにないから、無理だけど。せめて、痛くなくなるまで時間をかけるか、手っ取り早くこの剣を抜くかしないと。
幸いなのは……剣が突き刺さっていることで血が吹き出るのを防いでいること。そして、先ほどまでの冷気により、傷口が凍り必要以上に血が流れないこと。
「そ、れでまだ、生きている、のか……化け、ものめ……!」
身体中に剣が突き刺さっている私とは対称的に、身体中に穴が空いているグラジニ。生きているのか、とお前にだけは驚かれたくないが……
もう、この男に抗う力は、残っていない。私はゆっくり、近づいていく。
「化け物、か……それも、悪くない、かもね……」
ここまでされて、まだ生きている……今までも化け物と言われることはあったが、これは本格的に認めざるを得ないかもしれないな。
元英雄、化け物……好きに、呼ぶといいさ。
「安心してよ。村人も全員、あなたのところに送ってあげるから」
手を、振り上げて……
「……くそっ」
「だから……じゃあね」
思い切り、振り下ろした。
ザシュッ……!




