不運な村
パキンッ……!
「砕けた……!」
腕が、ついに『呪剣』を砕いた。黒い手は、呪われた剣を握りつぶし、破壊する。仮にも素手……多分……で刀を砕くなんて、とんでもない威力だ。
刀身は粉々に砕け、地面へと落下していく。
「……は、なに?」
その光景を、ユーデリアは訳がわからない、とばかりに見つめている。あの腕が見えないユーデリアにとっては、『呪剣』が勝手に砕けたようにしか、見えないだろう。それは、異様に映ったに違いない。
ともあれ……これで、厄介であった『呪剣』は消えた。これで後は、残った村人を一掃するだけ……
ドクッ……
「っ……な、に……?」
突然、胸の奥が苦しくなる。それに、頭も若干痛い。なんだ、これ……どうなってるんだ?
考えられる異常は……あの腕だ。あの腕が出現すると、大抵ろくなことがない。今回も、その例に漏れないんじゃないだろうか。
なにか、妙な違和感が大きくなっていく…………あの『呪剣』を、破壊したから?
「気持ち、悪い……」
体の中に、なにか異物が入ってくるような、嫌な感じ。腕を伝って、どす黒い力が流れ込んでくるのを感じる。
まさか……『呪剣』を同じ腕で破壊したから、呪術繋がりで力を取り込んでいる……のか? 『呪剣』の力が、破壊されたことでこの腕に流れ込んでくる。
それに、砕けたはずの『呪剣』は黒い煙のようになり、腕に吸収されていく。
だとしたら……大丈夫、なのだろうか私は。ただでさえ得たいの知れない物に、さらに得たいの知れない力を取り込んで。
「……今のところは、なんともない……」
気持ち悪いことを除けば、特にこれといった変化はない。腕自体も、見た感じ変化はなさそうだ。ただ力を取り込んで、殺傷力が増した、程度ならばいいんだけど……
勝手に出てきた上に、勝手に変なもの取り込んで……こいつ、本格的にどうにかしないと、いつか変なことになりかねない。
……と、今はこの腕についてのことは後回しだ。村人たちは、それぞれ行動をとっている。ある者は逃げ、ある者は無謀にも立ち向かおうとしている。逃げる物が、村から出てしまう前に殺さないと。
「って、うぁ?」
逃げる者を捕まえる……そう考えた瞬間、驚くべき行動が起こった。今まで一度たりとも私の言うことを聞かなかった腕が、逃げる村人に攻撃を始めたのだ。
攻撃といっても、逃げる村人に並走するように伸び、触れるだけ。それだけで、村人の体からは血が吹き出し倒れる。
「あっ……が、ぁ!」
「ぐぁ……!」
この不可視の腕の前では、そもそも逃げるという行為自体が叶わないと言ってもいい。見えない相手から、どうやって逃げ切れというのだろう。
それに、この腕は自在に伸びるのだ。どこへどれだけ逃げようと、必ず追い付いて触れる。触れるだけで常人を殺す力が、この腕にはある。
「な、なんだ……?」
「おい、どうなってんだ!」
ユーデリアと村人たちの思いは、このときばかりは一緒だろう。いったい、なにが起こっているのか……起きていることが、まったくわからない。
逃げている村人が、突然血を吹き出し倒れた。それは、間違いない異常事態だ。
私は動かなくても、勝手に腕が殺していってくれる。それは、なんとも楽なものであるが……なぜ、今まで言うことを聞かなかったのに、今は私の考えたことを実行するために動くのだ?
それとも、単に腕がやりたいことと、私の考えが一致しただけか……
「なんだよ、なんなんだ!」
「も、もうダメだ……魔物は現れるし、変な奴らも! おまけに、いきなり死んでいく! ちくしょう、俺たちがなにをしたってんだ!」
敵に対しての怒り……というより、村人たちはもはや己の不運を呪っている。村人が、言うとおりだ……日々魔物に襲われ、人が死んでいくほどの貧しい村。
そこに私たちが現れ村人を殺し、結果的にこの村に刺さっていた『呪剣』のせいで、さらに村人が死んだ。そもそも、自分が住んでいる村に『呪剣』が刺さっている、なんて不運以外のなにものでもない。
その間にも、腕は村人を次々に殺していく。逃げていく村人の数はどんどん減っていき、動こうとする物もいなくなる。不可視の腕による殺害は、動くと死ぬ……そのような認識になっても、おかしくはない。
だが、動こうが動くまいが関係ない。あの腕は、無差別に人を殺しているのだから。
「おいっ……その腕を、引っ込めろ!」
このまま無差別の殺人が、無抵抗の村人の数をゼロになるまで続くのか……そう思い始めたところへ、何者かの声が。しかもそれは、不可視のはずの腕を認識しているものだ。
声の方角へと、視線を移す。そこには、声の主が剣を振り上げ、腕……が生えている私へと、迫って来ている。やっぱりこいつ、あの腕が見えている……!
「ぜぇい!」
「っと!」
振り下ろされると剣撃を、かわす。その剣筋は、読みやすいほどにまっすぐだ……が、振り下ろされたそれから放たれる剣圧は、凄まじい。
気をしっかり持っていないと、吹き飛ばされてしまいそうだ……!
「なに、こいつ……!」
「ったく、次から次へと……!」
ザルゴに魔物に、暴走したレバニルとその原因である『呪剣』……それらを片付けたと思ったら、また変なのが出てきた。なんなんだこのおっさんは。
またただの雑魚……ってわけでも、ないみたいだけど。その身から、凄まじい力を感じる。
「くそっ、あの魔物たちも貴様らの仕業か! おかげで手間取った! 我らの村を、隣人を、こんな姿に……!」
……どうやら、今おっさんが来た方角にも、魔物は出現していたらしい。それはそうだ、考えてみれば魔物がこの一帯にしか現れないなんてことは、ないだろう。
そのために、ここへ到着するのが遅れた、か。魔物"たち"と言っていたし、現れた魔物の数は複数……それを全部倒してきたのか。このおっさんなら、魔物くらいわけないだろうな。
それでも、ここへ来るのが遅れたのは……それほど膨大な数だったってことか。で、その魔物たちを放ったのが私たちだと考えてるわけだ。
心外だけど、疑われても仕方ない。
「せや!」
おっさんは、確実に不可視の腕の動きを見ている。腕に向かって斬撃を飛ばすと、突然腕はそれを避けるように動くが……おかげで、村人の虐殺は一旦、中断される。
「許せん……許さんぞ貴様ら! 村を、人を蹂躙した罪、その命を持って償わせてやる! このグラジニ・アルバミアが!」
「……え」
おっさん……今、アルバミアって? アルバミアって、グレゴの……




