メリットはない
「お、ら、らぁい!」
その男は、他の村人同様に痩せ細っている。だがその動きは、日々死人が出るこの村にいるとは思えないほどの活発さだ。
左の手に持つのは、一本の剣。どうやら左利きであるようだ。その剣で、襲い来る魔物を一匹一匹斬っていく。
むしろ、自分から斬りに行っている。なんとまあ、好戦的な人物であろうか。
「全部、オイラ一人で片付けてやらぁ!」
私は、剣士の中の剣士、『剣星』グレゴと共に旅をしてきたのだ。そのグレゴと比べてしまえば、どんな剣使いだって劣る。月とすっぽん……いや隕石と砂粒だ。
つまり、今魔物を斬りつけている男も、その例に漏れないってことだ。それどころか、斬り伏せた魔物は死んでおらず、向かってくる。それをまた斬り、それでもまだ死んでおらず……の繰り返しだ。
意気揚々な態度ではあるが、結局魔物に一つの致命傷も与えられていない。とはいえ、それでもただ逃げ惑う人々の中では、戦えてる方だろう。
「ぜぇ、ぜぇ……なかなか、やるじゃねぇか」
複数の魔物相手に、よく善戦している方だろう。だが、結局一匹も倒せてはいない。
しかも、動きが大きいせいで、無駄に疲労が溜まっているようだ。待ってれば魔物から向かってくるものを、わざわざ自分から、それもあっちこっち移動していればそりゃ疲れる。
剣を持っていても、その戦い方は素人だ。ただ本人も、魔物からの致命的な攻撃は受けていないことから、反射神経はいいのだろう。
戦い方は素人だが、複数の魔物相手にちゃんと渡り合えている。もちろん、この均衡が長く続くとは、思ってないけど。
「あぁ、このままでは……旅のお方。失礼を承知でお願い申し上げます。あの子を、レバニルをお助けください! そして、先ほど見せた動き……素人目にもわかりますぞ、貴女はきっと、武術を得意としているのでしょう。それも、かなり極めておられる。その力を持って、魔物を撃退してくれませんか!」
と、ナタニアは私にお願いをする。あの魔物を、倒してくれと。
あの男、レバニルというのか。彼だけでは魔物には勝てないと判断し、旅人である私へと助けを乞う。なるほど、状況判断能力はあるようだ。
……相手が私であることを、除けば。
「……確かにあの人じゃ、魔物を全滅どころか一匹も倒すことはできないだろうね。逆に私なら、たとえ一人でも魔物を全滅させられる」
「おぉ、それなら……」
「でも……私には、なんの利点もないよね」
もしも、勇者時代の私だったら、困っている人がいたら迷わず助けていただろう。頼まれればもちろん、むしろ私の方から、助けると言っていたはずだ。
だけど、もうそんなことをする必要はない。誰かが困っていたって、私の知った話ではない。
「っ、そ、それは……もちろん、相応のお礼は、させていただきます」
しかしナタニアは、私の言う利点を、報奨だと勘違いしたらしい。確かにそれは大事だが、私が言っているのはそれじゃあない。
もし仮に、私が魔物を倒してこの村の人たちを助けたとして……それでバイバイ、とはならない。全部壊すのだから、当然この村もだ。村人たちもだ。
どうせ私自ら壊すんだ。そんな相手を助けて、利点……メリットなんて、あるはずがない。
だから……
ザシュッ……
ナタニアの喉を、手刀でかっ切る。当然、傷口はぱっくりと割れ、そこからは血が吹き出す。
「……ぇ……」
その行為に、周りはすぐには気づかない。本人すら、それに気づくのは数秒を要してのことだ。
喉から、本来あり得ないほどの血が吹き出し、ナタニアは力を失い膝から崩れ落ちていく。その目には、なぜ……という困惑の感情が見てとれた。
「そ、村長!?」
ナタニアが倒れたことで、ようやくその事態に頭が追い付いたザルゴが、声を荒げる。それによって、周囲にいた人たちも異変に気づき、悲鳴を上げる。
ナタニアが、村長が、隣人が。見るも無惨な姿へと変化している。動揺を隠せない人たちはただ怯えるのみだが、ナタニアを死に陥れた私を、睨み付ける人物がいた。
「貴様……なんのつもりだ!」
ザルゴは、目に涙を溜めながらも、私を見ていた。その視線は、私の目を見ると共に、手にも注がれていた。
この手についた、真っ赤な血を。
「答えろ! なんの、つもりだ!」
先ほどの言葉を、復唱する。そんなに大きな声で言わなくったって、聞こえるっての。
ただ、その言葉に対する適切な答えを、私は持っていない。なんせ、なんのつもりもどんな理由も、ないのだから。
「別に……ただ、時期が早まっただけだよ」
「はぁ?」
手についた血を振り払いつつ、私は答える。あぁ、片手しかないから、こうやって振るって血を飛ばすのが一番簡単なんだよな。もう片方の手でハンカチを持って拭う、なんてできないし。
いやそもそも、ハンカチで血なんか拭えないんだけどさ。
「時期、だと? なにを訳のわからないことを……」
うん、だろうね。私だって、この村に魔物が現れ、あろうことか魔物退治を頼まれる、なんてことがなければ、もう少し生かしておいたと思うのに。
……うん。ナタニアが早死にしたのは、魔物のせいだよ。
「なんだ、もうみんな殺していいのか?」
「ありゃ、我慢してくれてたんだ。偉い偉い」
「殺すぞ」
すでに体から冷気を出しているユーデリアは、村人へと殺意を向けつつ獣型に変化しつつある。もう、ヤル気満々ってことか。
「く、そ……ただでさえ、魔物だっているのに……」
「うん、御愁傷様。恨むなら、自分たちの運のなさを恨んでね!」




