現れる魔物
「『英雄』様が魔王を討ち、世界から魔物が消えたことが伝えられ、各地は喜びに湧きました。これまで、魔物に襲われる村や人は絶えず、みな死の恐怖に震えていたからです」
魔物が闊歩していた時期。それは私も、直接目にしているから聞かされなくてもわかる。
魔物は、知性も理性も持ち合わせていない、邪悪な獣だ。獲物と見定めたものなら獣であろうと、人間であろうとその牙を剥く。
時には、同じ魔物同士でさえ食らうこともあるほどの……この世に存在する価値すら見出だせない生き物だ。
その魔物、そして魔獣という、魔法を使う魔物は、魔王が誕生した際に共に誕生したと言われている。ゆえに、魔王を殺せば魔物も魔獣もすべて消滅する……はずだった。
「しかし、平和は長くは続かなかった……魔王が討たれたと報告があり、しばらくの時が経った日のこと。奴等は、再び現れた……」
魔物の消滅……それを確認したからこそ、私も元の世界に戻った。だけど、結果的に魔物は消滅しては、いなかった。
「理由はわかりません。しかし、再び現れた魔物は以前にも増して凶暴で、そして強かった。平和だった村は、再び絶望へと落とされました」
……以前にも増して凶暴で強い、か。私たちがこの間目撃し戦った魔物と、同じ印象だ。再び相手にした魔物、いや魔獣は、以前とは全然違っていた。
戦いの中で姿を変え、進化していった。時間が経てば経つほどに、魔獣の力は増幅し、倒すのにも若干苦労したものだ。考えてみればみるほど、不思議だ……一度は消滅したはずの魔獣が再び現れ、あんな力を手にしているなんて。
……それに……
『ガゥ、ァ……ワ、ワラシ、ハ……』
『ワラ、シ……ナ、ナゼ……』
あの魔獣は、最期の瞬間……喋った。確かに、言葉を口にしたのだ。鳴き声ではなく、意味のある言葉を。
その意味を確認する前に、ユーデリアが凍らせて粉々にしちゃったわけだけど。
「ん?」
「……なんでもない」
本当はいろいろ聞きたかったんだけど……と言っても、今さら仕方がない。
それに、あの魔獣は確かに言葉をしゃべったものの、だからといって意志疎通が可能かは、また別の話だ。一方的にしゃべるだけで、こちらの言葉に対しての応答はない可能性だってある。
むしろ、その可能性が高い。
「あいつが特別なのか、それとも……」
言葉をしゃべる魔獣が、あいつだけ……とは、残念ながら考えにくい。そんな楽観的な考え方をできるほど、能天気な思考はしていない。
まあ、しゃべったからなんだ、という思いもある。あの魔獣は手強かったが、そこにしゃべることができるかどうかの差異はないだろう。
「村長、あそこだ!」
正面……走る先に、人が集まっている場所がある。しかも、そこからは悲鳴や怒号などの、激しい声が聞こえていて……
間違いない、あそこだ!
「旅のお方、下がっていてください。もしも旅のお方に危害が加わることになれば、申し訳が立ちませぬ」
魔物の気配……それを受けてか、ナタニアは言う。襲ってきたのが魔物であるとはいえ、この村で起こったことに旅人である私たちを巻き込むまいと思ってのことだろう。
まあ、私だってそもそもの話、魔物に襲われている村を助けるつもりなんてない。もう勇者じゃないし、どのみち全部壊すんだし、むしろ魔物に滅ぼしてもらえるなら手間が省けるというもの。
「ガルルルァ!」
……魔物が私に牙を剥いた場合は、放ってはおかないけど。
「ったく……えい!」
人々の集まっている場所から、飛び出してくる黒い影。四足歩行のその獣は、見間違えるはずもない魔物だ。まったく……
私はその突撃を、体を少し横にずらすことでかわす。そのため魔物は私の真横を通り過ぎることになり……過ぎ去る直前に、カウンターとして蹴りをおみまいする。
「ガゥッ……!」
打ち出した蹴りは、魔物の顔面へとめり込み、まるでボールのように後ろに吹き飛んでいく。
「お、おぉ……すごい……」
「あー……」
あらら、つい反射的に体が動いちゃったけど……いきなり襲ってきた魔物を蹴り飛ばすなんて、普通じゃないよね。
……しかし、事態はこれだけでは終わらない。
「ガルルルァアア!」
「グルォロロロ!」
またも聞こえる、それも複数の声。どうやら……現れた魔物は、一匹だけじゃなかったらしい。
これまでに目撃したのがあの一匹であったために、本当に一匹しかいないのかそれとも他にもいるのか、考えていたのがバカらしくなるほどに、あっさり複数体現れたな。
魔物に仲間意識はない。だから、私が魔物の一匹を蹴り飛ばしたからって、他の魔物から狙われるような事態にはならないけど……それでも、人々の視線は違う。
この村の人間ではないが、魔物を一撃で吹き飛ばす人間が現れたのだ。当然といえば当然の反応かもしれないが……
「お、おい今魔物を……」
「あぁ、もしかしたら……」
「はっは、こんなもん、どこの誰ともわからねえ奴に頼る必要はねえよ!」
人々から向けられるのは、久しぶりに期待に満ちた視線。こんな視線、久しぶりだ。
だけど、その視線をかき消すように、一つの声が上がる。それは、なぜだかどこか楽しそうにすら感じる男の声。
「ぅ、らぁ!」
「ギィァア!?」
その男は、手に持った剣で魔物を斬っていく。この貧しい村にいて、それほどまでに機敏な動きをする男に、思わず目を奪われていた。




