新たな悩みの種
このガルバ村は、『剣星』グレゴ・アルバミアの故郷。その確信を得たとき、私の心は少しばかり動揺した。なんせ、かつての仲間の故郷を立て続けに訪れたのだ……こんな偶然、そうそうあるもんじゃない。
エリシアもグレゴも、マルゴニア王国に集まっていた。だからといって、マルゴニア王国の近くに住んでいた、というわけではない。
その証拠に、ラーゴ村もガルバ村も、マルゴニア王国とは距離がある。そりゃ、この世界の村すべてを壊すつもりなんだから、いつかはたどり着くんだろうけど……
こうも短期間に訪れることになるなんて、まるでなにかに導かれているようにすら感じる。
……もしかしたら、死んだみんなが私を呪っているとかね。その影響で、二人に所縁深い場所に来てしまった……あり得ない話じゃ、ない。
私は別に呪いなんて信じてない。けど、呪術という力がある以上、字面的にもまったくの否定はできない。ま、仮に呪いなんてものがあっても、止まるつもりはない。呪いが怖くて復讐できるかって話だ。
「俺も、いつかじっちゃんみたいに立派な剣を作ってみたいぜ」
こう語るザルゴのおじいさんが、グレゴが使っていた大剣"グレニア"を作った人物か……
"グレニア"は、グレゴの身長ほどもある大剣だ。剣の腕を鍛え、貧しい故郷を裕福にするために、王国の騎士団に入る……それがグレゴから聞いた、マルゴニア王国に訪れた理由だ。
結局、グレゴは騎士団に入るどころか、元々持っていた剣の才能に加え頭角を表し、『剣星』と呼ばれる地位にまで上り詰めたわけだけど。
「……」
……思い返してみて、ふと思う。グレゴは故郷を裕福にするために、王国の騎士団に志願した。そしてその野望は、騎士団にいるよりもずっと貴重な『剣星』という存在となることで、想定以上に果たされたはずだ。
だというのに、この村は貧しいままだ。裕福のゆの字もない。『剣星』になったグレゴは、おかげで故郷にも援助ができるようになったと、喜んでいたのに。
ザルゴは、この村では人が日々死んでいくと言っていた。そして、グレゴも故郷について、毎日人が死ぬほどに貧しかったと言っていた。これでは、なにも変わっていない。
「この村は、ずっと貧しいの?」
気づけば私は、そんなことを聞いていた。その答えを聞いたところで、たいしてなんの解決にもならないことはわかっているのに。
「いえ、一時裕福になった時期がありましてな。外に出た、村の者からの援助により。……ですが、人というのは豊かさを覚えると、ダメですな……その裕福な期間に甘んじ、その結果援助が途絶えた途端、元の生活に逆戻りとは」
……なるほど。どうやら、グレゴはちゃんと故郷に援助はしていたらしい。そのおかげで、確かに村は裕福になった。
しかし、人間というものは贅沢を覚えると、それに甘えてしまう傾向にある。それはこの村の人たちも同じで、だからこそ……グレゴからの援助が途絶え、それからまた元の貧乏生活に戻ってしまった、と。
気になるのは、グレゴの援助が途絶えた理由……まあこれは、考えるまでもないか。
あの生真面目な男が、途中で援助を断ち切ることはないだろう……となれば、残る理由は一つ。グレゴが、もうこの世にはいないからだ。そして、グレゴを死に追いやったのが私だ。
つまり、この村の惨状は……私が巻き起こしたことだと、言えなくもないってことだ。自ら手を下さなくても、村を壊滅させることができるなんて……こういうことも、できるんだな。
「しかも、日々生きるので精一杯なのに……最近、新たな悩みの種が増えましてなぁ」
「悩みの種?」
グレゴからの援助……それがなくなったことにより、村の貧しさは以前のものに戻った。いや、贅沢を覚えたという落差がある分、以前以上に貧しくなったのかもしれない。
しかし、この村には他にも、悩みの種があるらしい。もし私が、正統派な勇者であったならば、その悩みの種を解決するために動くのだろう。
……いや、今の私だって悩みの種をなくしてやるために動くよ。ただし、その方法が残酷というだけのこと。死ねば、悩みなんて亡くなるでしょう。
「えぇ、それは……」
「魔物が出たぞー!」
ナタニアの言葉を遮るようにして誰かが叫ぶのは、予想だにしていなかったもの。そして、おそらくはナタニアの言う、悩みの種と同一であるに違いないと思われるもの。
その言葉に、私は耳を失った。今確かに、"魔物"と……そう、言ったのだ。
「く、また現れよったか! このタイミングで……」
「また?」
悩みの種、というからには、以前から悩ませているものであることには間違いないはずだが……それでも、魔物が以前よりこの村を襲っているという、改めて判明する事実。
私がこの世界に戻ってきてから魔物、いや魔獣を見かけたのは、一度だけだ。けど、この村には何度も、魔物の脅威が牙を剥いている。
……奴等は、滅んだはず。それは間違いない。けど……復活、している?
「魔物、って……確か、全滅したんじゃ……」
あくまで、私は当事者の一人だということは悟らせない形で、問いかける。この世界の人間なら、なにかを知っているかもしれない。
「えぇ。『英雄』様が魔王を討ち、そのおかげでこの世界には平和が訪れました。この村も、貧困とは別の脅威から解放され、みなひとまず安心していたのです。しかし……奴等は……あの日突然、現れた……!」
魔物が消えたはずのこの世界……私がいなくなった後に、いったい、なにが起こったのか。その答えは、ここでは得られないかもしれない。
しかし、少なくとも魔物が再び現れた日に、なにが起こったかを知ることはできる。私たちは魔物が現れたとされる場所に向かいながら、ナタニアの言葉に耳を傾けていた。




