第17話 とある集落にて
ある日のこと、私たちはとある集落に到着した。集落とは、人が住む家屋の集合した場所のことだ。国や街とは、また違った雰囲気のある場所だ。
ここに来た理由は、もちろん旅の疲れを癒す、食料調達、情報収集などの目的あるが……それだけではない。師匠の話によると、この集落には古い友人が住んでいるらしい。
その男は、マルゴニア王国の元騎士……それも、騎士団長を務めたほどの人物だという。
当時、師匠と肩を並べるほどの実力を持ち……マルゴニア王国の二枚看板『剛腕』と『剣豪』として広く名を馳せていたらしい。それを聞いて私は、衝撃を受けた。
まだ会ったことのない人物……なんだけど。私としては、師匠と肩を並べたって情報だけで、もう気絶しそうなくらいなんだけど。
というか、師匠ってこう見えてまだ四十歳にもなってないんだよな……いつの話だよ。
「お、あそこだ」
師匠を先導として、私たちはその集落へとたどり着いた。そこでは門番がいて、不審な集団に警戒心を露にしていたが……師匠の顔を見るや、顔色を変える。
「これは、フランクニルさん! ようこそおいでくださいました! どうぞ中に!」
どうやら師匠は、この集落の人には知られているようだ。いわゆる顔パスというやつか……
私たちが勇者パーティーであることよりも、師匠ターベルト・フランクニルという男の顔だけで警戒心は解かれ、集落内へと案内される。師匠すっげ。
「おーいみんなー! フランクニルさんが来たぞー!」
「え、フランクニルさんが!?」
「ターベルトのおっさんが!?」
なんと門番の男は、集落中に轟くような大声をあげて私たち……じゃなく師匠来訪を告げる。
その声に導かれるように、周りの人たちが寄ってくる。その誰もが、師匠に話しかけていて……おおう、すごい人気だ。
師匠がいるというだけで、よそ者である私たちにも好意的だ。この時点でまだ、私たちのことを勇者パーティーだとわかっていないであろうなのにだ。
「おう、みな久しぶりだなぁ!」
さっきの門番の反応からわかりきっていたことだが、どうやら師匠はこの集落じゃ有名人どころか人気者のようだ。
老若男女問わず人々が集まってくる中、師匠は一人一人に笑顔で挨拶して回っている。そんな中で、師匠は誰かを捜しているような素振りを見せていて……
「師匠? 誰か捜してるんですか?」
「ん、あぁ……言ったろ、古い友人がいると。この騒ぎだ、そろそろ来るかと思ってな」
師匠が捜しているのは、この集落にいるという古い友人……『剣豪』と呼ばれた男のようだ。元々この集落に来た目的の半分は、その人物がいるから、というものなのだから。
私も同じくその人物を捜すが、考えてみれば私はその人物の身体的特徴を聞いてない。ので、師匠にその人物の特徴を聞いてみると……
「なぁに、見ればわかるさ」
とのこと。いや、見ればもなにも、捜すための特徴を聞きたいんだけど……
と、そのタイミングで辺りが軽くざわつく。なにか起こったのだろうかと、ざわつく原因を探していると……それは、すぐにわかった。
人の波の中にあって、一目でわかる。そこにいた『原因』は、頭が他の人々よりもひとつ分飛び出ている。ずいぶん背が高い……それに、大柄だ。
その人物は人々を掻き分けるように……いや、正確には人々がその人物の道を作るように退いていく。やがて人々が退いて出来た道は、その人物と師匠とを繋いだ。
「おぉ、久しぶりだなぁターベルト。変わらんなお前は」
「そう言うもお前も、昔から全然変わらんだろヴラメ」
目を合わせるや、二人は懐かしの友人に会ったかのように深い笑みを浮かべる。実際にそうなのだろう、その姿を見て私は確信した。この人が、師匠が捜していた人物だと。
ははぁ、確かにこれは、見ればわかる、だ。
その人物は師匠と同じくらいの体格で、スキンヘッドが眩しく光る強面の男。その上右目には大きな傷が入っていて、その目は固く閉ざされている。隻眼、か……王国の騎士団にいたときについた傷だろうか。
正直、その風貌は怖い。子供が見たら泣いてしまいそうだ。その上、初対面でもわかる……この人の強さ。これはビビらない方がどうかしてる。
「なあ、この人……」
「うん、強いね」
グレゴとサシェも、同じ事を感じたらしい。剣の道を極めたグレゴに野生の勘が働くサシェ……エリシアやボルゴも、その顔色の具合からやはり同じ事を考えているようだ。
こんな和やかな雰囲気なのに、素直に警戒心を解かせてくれない。師匠の友人に、まさかこんなに警戒を抱くことになるなんて。
それにしても周りの人は、この人を見てなんとも思わないのだろうか? 今師匠と肩を組んでいるこの人と、同じ場所に住めているのも不可解だ。慣れただけかな。
もしかしてこの集落の人たち……実はみんなかなり強かったりして? だからこんなゴリラみたいな人が同じ集落にいても平気なんじゃ!?
「お、そっちにいるのはターベルトの仲間か?」
頭の中をいろんな思考が巡っていく最中、ついにその人物が私たちを捉えた。「あぁ」と応える師匠の言葉を聞いてから、一歩一歩私たちに近づいてくる。
ヤバい、冷や汗が止まらない。このまま絞め殺されるんじゃないかという恐怖心すら湧いてくる。
その人物が私に手を伸ばしてきて、反撃するよりも体が強張ってしまい……動けない。まさか頭を潰される!? そんな気持ちが頭の中を占めていた。
「アンズ……!」
誰かが私の名前を呼んだと同時、その人物の大きな手が私の頭に置かれた。うひゃあ、大きい……マジで頭潰される!
最悪の光景が浮かべ、反射的に目をつぶる。来る衝撃に備え、覚悟を決めていたが……次の瞬間、私を襲ったのは予想外のものだった。
「……へ?」
なでなで。なでなで。
その大きな手は、私の頭を撫でていた。あまりの出来事に、理解が追い付かない。なんで私は頭を撫でられているんだろう。
恐る恐る、私は目を開けて……視線を上に。そこには、私の頭を撫でるその人物の笑顔があって……
「よく来ましたなぁ、『勇者』アンズ殿。歓迎しますよ」
……その強面には不釣り合いに思える、笑顔が、そこにはあった。
これが私たちと、師匠の友人である『剣豪』ヴラメ・サラマンの出会いだった。




