【追憶編:中】魔法と呪術
五歳の子供……それは周りからかわいがられる年頃であるはずだ。しかし、エリシアに至ってはそうはならなかった。
エリシアは、村一番の魔力を持っていた……それが彼女が、周りからやっかみを持たれる要因だ。年端もいかない子供が、大きすぎる力を持っている……それは、言ってしまえば異端だ。
しかしそれだけであれば、エリシアはただ周りに距離を置かれるだけの少女だった。しかし、その後に起こった出来事が命運を分けた。
彼女は、その大きすぎる魔力が原因で母親に手をかけてしまった。母親の、視力を奪ったのだ。
この出来事が、エリシアと村人の亀裂をさらに大きなものにした。魔力を制御できず、暴走してしまう……しかも村には暴走を止められる力を持った者はいない。そんな危険な存在と、お近づきになりたい物好きはいない。
なんせ、父親からも距離を置かれたのだ。エルドリエに近づくなと、自分たちに近づくなと、怒鳴られた。五歳のエリシアにとって、その環境は耐え難いものであった。
しかし、そんな中でもエルドリエは……エリシアに傷つけられた本人だけは、今までと変わらずエリシアと接した。
いや……今まで以上に、エリシアに愛情を向けていた。
『お母さん、ダメ……私に近づいたら、不幸になるって、みんなが……』
『そんなことないわ。エリシア、自分を責めることはないの……それより、あなたに怪我がなくてよかったわ』
そう言って、エルドリエは優しくエリシアを抱き締めてくれた。ただし、目が見えないので話す方向は検討違いで、エリシアが自ら近づかねば触れあうことさえできない。
自分に近づいたら怪我をする……だが、気にするなと言ってくれる母と触れあうためには近づかなければならない。この矛盾が、エリシアの胸の中にもやもやした感情を残していた。
エルドリエがエリシアに優しく接するのは、あくまでも父親がいないときだ。父親がいるときにエリシアに近づこうものなら、有無を言わされず離される。
それは決して嫌がらせではない。両目を、損傷したのだ……また、なにが起こるかわからない。それを危惧しての、心配から来るものであった。
それから、エリシアの孤独な日々が始まった。人知れず魔法の勉強をし、誰にも迷惑がかからないところで魔力制御の練習をする。
そんな日々が……八年続いた。エリシアは十三歳になり、子供から少女へと成長していた。それは、ちょうど女性の体へと発達していく時期……エリシアもその例に漏れず、美しい少女となっていた。母親の血も、大きかったのだろう。
本来ならば、このような美少女を放っておく男はいないだろう。しかし、エリシアと距離を縮めようなんて村人は、同世代どころか大人の中にもいない。
『はぁ……』
異性も、同性も……近寄ってくる人は、いない。言い寄ってくる者も、友達すらもいない。その理由は、エリシアは痛いほどわかっている。そして、未だに人が近づいてこない理由も……
魔力の制御ができない、強大な力を持った子供。そんな子供が、魔力の制御ができるようになったと言っても、信じてくれる人はいないだろう。
それに……エリシア自身、まだ己の魔力を制御でききっていないのが、最も大きな原因だ。それでは、どれだけ自分が無害だと訴えても説得力がない。
だから、せめて説得力を持たせられるために……魔力の制御の訓練だけは、怠らない。
大きくなったのだから、魔力の制御くらい簡単だろうと思うだろうが……それは、間違いだ。成長するにつれ、なぜだか魔力も大きくなっていった。だから、制御するのも余計に難しくなる。
よって、一日足りとも休むわけにはいかない。それに、時間はいくらあっても足りない。
……そんな、ある日のこと……
『……あれ?』
いつものように、村の隅……周りに被害が及ばないところで、魔力を集中させていた。ここであれば、仮にあの頃のように魔力が暴走しても、被害が及ぶことはない。
だからそれなりに、訓練の成果はあった。それでも、独学ではやはり一歩一歩は小さく遠い。それでも、いつかはこの魔力を自分のものにしようと努力は怠らなかった。
……しかしこの日、なにかが、違った。魔力を体の中で制御するために集中していたとき……体の中に、魔力とは別の力を感じた。それも、魔力とはかなり異質の……
魔力は、基本的に温かく心地のいいものだ。しかし、このとき感じた異質な力は……冷たく、まるで邪悪そのものを宿しているようであった。
『ぅくっ……ぁ……!?』
その力を感じた瞬間……エリシアの体に、異変が起こった。普段は感じることのない心臓の鼓動がやけに大きく感じられ、体の中の邪悪な力がどんどん大きくなっていくのを感じる。
その力を抑えようとしても、抑えることはできないほどに……力は大きく、エリシアの持つ魔力よりも大きな力となって……
『あぁっ、うぅあぁ!』
頭を、胸を、締め付けるような痛みは、やがてエリシアの意識をも奪う。大きく冷たい……どす黒い力に、呑まれていく。
……真っ暗な暗闇の中にいるような……まるで眠っているかのような感覚。ゆえに、なにも感じることはない。しかし、そこに純粋な眠りはなく……悪夢でも見ているかのような、そんな感覚。
いつ眠りが覚めるともわからない。いつ終わりが来るともわからない……しかし、そのときは突然やって来た。
『ん……』
数分か、数時間か……いや、もしかしたら数秒だったかもしれない。それほどに、時間の感覚が狂っていた。しかし、暗闇から目が覚め、ゆっくりと覚醒していく。
光が、まぶしい。何度かまばたきをして、目を擦って、改めて正面を見る。そこには……
『……え?』
先ほどまで見ていた景色とは違う、破壊された建物が、枯れた草木が、倒れている人たちが……そこに、いた。




