たとえどんな結末でも
エリシアが生み出したといって間違いない、呪術の力。それは村を、人々を、蹂躙するだけ蹂躙して、消えたのだという。しかも村を破壊したどころか、人の命を奪うという暴挙をしておいて。
そして、たちが悪いのが……その時の出来事を、エリシアは覚えていないのだ。気絶していたエリシアが目を覚まし、辺りを見回して……
『……なにか、あったの?』
開口、告げたのがこれだったという。それを聞いた村人たちは、いったいどんな気持ちだったのだろう。
その事実は、エリシアには伝えられていない。エルドリエが、エリシアに真実を伝えることを拒んだのだ。娘が、自分の手でないにしろ人を殺したなど、本人に伝えたくはなかったのだろう。
エルドリエの必死の懇願に、みなうなずいた。ただし、だからといって納得したわけではない。
「……そういう、ことか」
だから、ガルバラはエリシアに対して凄まじい憎しみの感情を向けていたのか。これで、一つ謎が溶けた。母親に危害を加えただけなら、あそこまで恨まれることもないと思っていた。
だが、村人を、いや隣人を殺されたとなると、話は別。村は壊されても修復できるが、人の命は修復することなんてできない。どうにも、できない。
「あいつは、悪魔さ……それ以来、村のみんなは、あいつを徹底的に遠ざけた」
……ガルバラ、結構喋るな。さっきので、顔の骨何本かイってそうなのに。回復でもしたのかな。
それにしても、徹底的に遠ざけた、か……エリシアは、自分が犯した罪を知らない。しかし、村人から距離をとられ続ければ、自分がなにかをしてしまったのではないかと、思うだろう。
それも、取り返しがつかないほど、とてつもないなにかを。
村ではその後、エリシアにとってこれまで以上に、肩身の狭い生活が続いたことだろう。だから、その五年後……一八になって、村を出た。
今の話を聞いた後だと、よくも五年も村にいたものだなと、思うが。
「……じゃあ、やっぱりこの腕は……」
エリシアが無意識に発動させた呪術が腕の形をしていたというのなら、私の右腕から生えたこれは、やはり……
エリシアの目玉を食べたことで、魔力と一緒に引き継がれてしまった。エリシアが無意識に発動させてしまったように、私もなにが原因で発動するのかわからない。
ガルバラには見えず、エルドリエには力を感じるとことだけができる。誰にも、おそらく本人以外には見えない手。
エリシアの魔力のおかげで、以前よりだいぶ楽になったのは間違いない……が、こんな不気味な力まで私のものになってしまうなんて……
「笑えないな」
エリシアの目玉を抉ったあのとき……私自身、正気ではなかった。
もしかしたら、あのとき美味しそうだと感じたものは、エリシアの魔力じゃなく、呪術だったのではないか……そう思ってしまうほどに、今の話は衝撃的だった。
もしも、呪術に惹かれてエリシアを襲ったのだとしたら……私は、いよいよおかしくなっている。魔力だったとしても、あまり変わらない気はするけど。
「……なぜ、エリシアを、殺したの……」
そこへ、エルドリエが言葉を投げ掛けてくる。それは、唐突ではあったが……娘を殺された母親として、当然の問いかけとも言える。
ただ、それを聞かれたところで、納得できるような答えは持ち合わせていない。そもそもが、エリシアの命を奪った瞬間、自分の意思ではなかったのだ。
だが、もともと私がこの世界に戻ってきたのは、全部壊して殺すため。特定の誰かに対して、エリシアに対して、特別な感情を持って接したことはない。
「……別に、意味なんてないよ」
だから、こういう答えでしか返せない。それを受けたエルドリエが、怒りの感情を抱くのも必然だ。
「! 意味が、ない……ですって?」
これは私の復讐だ。私からすべてを奪ったこの世界に対する、この世界に住む人すべてに対する復讐。その気持ちを、わざわざわかってもらおうなんて思わない。
思わないけど……理由を知らない人からしてみれば、私は無差別の殺人犯だ。理由を知ってるか知らないか、たいした違いはないと思うけど。
「この……!」
押さえつけているエルドリエが、体を起こすために力をいれるが……そんな力じゃ、全然足りない。けど、足りないとかそんな問題じゃないんだろう。
今まで、人を殺してきた。だけど、思い返せばこんな風に、殺した相手の親族と向き合って話すことなんてなかった。これほどまでに、強い憎しみを向けられることも。
エルドリエにとって、私はもう、娘の友人ではない。娘を殺しただけの人間だ。それも、たいした理由もなく命を奪われたのだ……この気持ちも当然か。
……そういえば昔テレビで、意味もないのに人を殺した、って犯人が報道されてたな。そのときは、犯人に対して強い嫌悪感を持っていたけど……今の私は、その犯人と同じだ。
「許さない、絶対に……!」
「許さない、か……いいよ別に。この世界に戻ってきたときから、復讐するって決めたときから……」
どんな罰を受けようと、どんな結末が待っていようと……それを受け入れる覚悟は、とうにできているのだから。
独りよがりの復讐だと言われても、ただの殺人に変わりないと言われても、構わない。むしろ、それが正しいのかもしれない。私は、私が正しいことをしてるなんて思っちゃいない。
でも……どうしようも、ない。私は一人だ。家族も友人も、もう誰もいない。私にはもう、失うものなんてない。この感情をコントロールする術を知らない。
思うままに復讐して、そのあと身が滅ぶとしても……
ゴキャッ……!
私は、なんだって受け入れる。
「ぁ、ぎぁ、ああぁああぁあ!?」
「エルドリエ!」
エルドリエの右肩を踏みつけていた足に、力を入れる。瞬間……彼女の右肩の骨は砕け、彼女の口から凄まじい叫び声が上がる。




