不気味な力を宿す腕
それなりに高い位置から、地面へと落下し……体を打ち付けたエルドリエは、その場から動くことはできない。思いの外、体に走る痛みは大きいようだ。
だが、そんなことは関係ない。むしろ、体の痛みにより動けない今こそ、エルドリエを問い詰めるチャンスだ。
「ぐ、く……!」
背中から思い切り打ち付けたか。受け身も魔法による防御もなく、地面はコンクリートに近い硬さ……そりゃ痛いだろう。
しかも、彼女は目が見えないのだ。魔力を持つ人間のことは、目が見えなくとも感じ取れると言うが……受け身以前の問題だったのかもしれないな、これは。
しかし、魔力を感じ取るだけならば……もしも私が、エリシアの魔力を手に入れなかったら、エルドリエにこんなにも苦戦させられることはなかっただろう。
「あ……ぅっ」
「さて、と。おとなしくしててもらうよ」
痛むであろう体を我慢して、エルドリエは起き上がろうとする……が、私がそれを妨害する。彼女の右肩を踏みつけ、無理やり地面へと押し倒す。
彼女の体は思ったよりもずいぶん軽かった。抵抗する間もない、というのもあったのかもしれないが、平均的な同世代の人間に比べ、体の力は弱いであろうことを感じた。
娘を失った母親が……その後夫も失い、どうやって生活してきたのか。想像するのは、そう難しいことじゃない。
きっと、普通の人よりも食事は喉を通ることはなく、栄養面にも影響が出る。それだけじゃない、外に出る機会だって、減るかもしれない。目が見えないなら、なおさらだ。
「……関係ないよ」
自分に言い聞かせるように、呟く。この女がどんな思いで今日まで過ごしてこようと、私にとってはなんの関係もない。元々、誰がどんな人生を送ってようが、関係なく殺してきたんだ。
友達の母親だからって、気持ちが揺るぐことはない。
「教えてよ……この、腕のこと」
この、とは言っても今は無くなっているけど……それでも、エルドリエはこの腕を指して、なにかを知っているような素振りを見せて……
……素振りを、見せて……?
「……なんで、この腕のこと、わかったの?」
考えてみれば……エルドリエは、目が見えないのだ。さっきから何度も自分で確認していたではないか……なんで、気づかなかった?
エルドリエは視覚情報がない……できるのは、魔力を感じ取ってそこになにがあるかを想像することだけ……そのはずだ。
この腕が魔法に関するものなら、それも可能だろう。だけど、この腕は先ほど出現した……魔力を封じられている、あの空間で。つまり、あの腕に魔力は含まれていない。
私自身、あの腕からは魔力を感じなかった。まあ、あの腕が出現した時は、魔力を感じようと考えるような余裕もなかったけど。
「や、やめ、て……」
目の前のエルドリエが、弱々しく言い放つ。それは、私に怯えているのか……それとも、私の右肩から生えた、あの腕に怯えているのか。
おそらくは、後者だろう。あの腕についてなにかを知っているから、こんなに怯える。こんなに感情を露にする。
「教えろ。この腕はなんだ。知ってること、全部言って」
エルドリエがこれを怯えている理由は、腕の正体を聞けばわかることだ。欠損し失われた本来の右腕、それが元々ついていた右肩から、突如生えた謎の腕。
質量があり、触れるかと思いきや触れないときもある。それに、真っ黒でありながら少し透けていて、私以外の他の人間には見えない。極めつけは腕とは形ばかりの、自由自在に伸び縮みするものだってことだ。
千切れば相応の痛みがあったり、まるで私の体の一部のように存在している。冗談じゃない、こんな不気味なもの、私の一部であってたまるか。
「さあ、早く。焦らされるのは、もう飽きたの」
初めて腕が出現し、これがなんであるか正体が掴めずに今日まで来た。私から生えているくせに私の言うことは聞かないそれに、頭を悩ませるときもあった。
その悩みを打ち切るためにも、エルドリエの発言は、とても重要なものとなる。エルドリエは、しばらく口を閉じていたが、やがてゆっくりと開き……
「それは……エリシアの、負の魔法。……いいえ、呪術と呼ばれる、失われた術よ」
……こう、答えた。
「……」
呪術だと……予想は、している部分もあった。魔法ではない、こんな不気味な力……真っ先に頭に浮かぶのが、呪術という力のこと。
だけど、まさか自分の体からそんな得体の知れないものが生えているなんて、そんなこと、思いたくもなかった。だから、必死に切り離して考えてきたのに……
いや、それもショックだが……今気になる単語が、出てきた。エリシアの、と言ったか? エリシアの、負の魔法? それに、失われた術?
どういう、ことだ? 呪術って、昔にあった術なのか?
昔、呪術という力が存在し、それが今となっては失われている……そう、聞こえた。今は存在しない術……だからこそ、今ここで出現したことに驚いた。それなら、納得はできるが……
「エリシアの、って、どういうこと?」
私が気になったのは、むしろそっちだ。エリシアの、負の魔法……それも、呪術だと。
これを一つにして考えると、エリシアが呪術という力を生み出してしまい、私がエリシアの魔力の源を食べたことで、呪術の力まで引き継いでしまった、ということで辻褄は合うが……
え、私エリシアから、魔力だけでなく呪術も奪い取ったってこと? そりゃ、直前に自我を失うほどの異変があったとしても、あんなすごい魔法を使えるようになるなんて、そんなうまいだけの話はないと思っていたけど……
「エリシアが、呪術を?」
エリシアと一緒に過ごして、旅をして……だけど、呪術なんて禍々しいものを持っていると、そんな気配は全然なかった。もしもこんな力があれば、なにかしら異変はありそうなものなのに。
私の疑問に対し……エルドリエは、再びゆっくりと、口を開いた。
「呪術、は……遥か昔、確かに存在していた力よ。そして、あの子……エリシアが生み出してしまった、恐ろしい一つの力。それこそが、エリシアはこの村で異端と呼ばれるようになった、最も大きな理由よ」




