結界
魔獣を倒した私たちは、止めていた足を再び進め……次なる場所へと向かっていた。
氷狼の村から出発したこの数日、近隣には他の村や町は見当たらなかった。ユーデリア曰く、氷狼は人目につかないところで生活を始めたため、近くになにもないのはむしろ当然のことなのだと。
といっても、数日もなにもないとは……どれだけ辺境の地に暮らしていたんだか。氷狼たちは他の種族と交流することなく、生活していたのだ。
「……辺境の地……か」
氷狼という生き物がいると知ったのも、この世界に戻ってきてからのこと。だから、あんな場所に村があった事実を、知るよしもない。
……だからこそ。過去、氷狼の村を襲った連中がどうやって、氷狼の村の場所を突き止めたのかが、わからない。正しくは、連中の背後にいた"あの人"か。
そいつは、私たちが氷狼の村に行くことも推測していたようだし……結構、頭の切れる人物であろうことは、間違いない。
「……」
呪術の恐ろしさを、なにも知らない男たちを使い捨てるような奴だ。残虐で、なにをする男かもわからない。
なにをするかわからないってことは……使い捨てた男たちに、なにか仕掛けていたかもしれない。例えば、男たちの視界をジャックして、私たちの姿を見ていた。そういう可能性だってある。
飛躍しすぎな考えかとも思う。だけど、私自身、この目に理解できないようなことが起こった。だから、ついついそういうことを考えてしまうのだ。
「……お、なんか見えたぞ」
と、そこへユーデリアが言葉を漏らす。その視線の先に、これまでなにもなかった景色の中に確実な変化があった。
あれは……村か。今までの殺風景な景色が、ようやく 終わりを迎えたってことだ。
あそこが、次のターゲットということだ……
「っ……」
「ん、どうかしたのか?」
「いや……なんでもない」
……なんだろう、今……左目が、ざわざわってしたような。疼くというか、痒いというか……変な、感じ。
幸い、また痛み出すとか、過去が見えるとかそんな事態にが起こることはない。だが、常にざわざわしている感じが落ち着かない。
その違和感を抱きながらも、村へと近づいていく。人の気配はあるようだし、氷狼の村のように、村人が死んでいるということはなさそうだ。
誰かを手にかけるのは、氷狼の村を出て以来の数日ぶりだ……まあ、氷狼の村では呪術の男たちは自滅に近かったから、正確に私が手をかけたとは言いがたいところもあるかもしれないけど。
「食料とかも、調達しないとな」
氷狼の村はもう滅んだ村だったし、以降人の住んでる場所には立ち寄ることはなかった。なので、食料などの物資もその間調達する手段はなかった。
それでも、野草や木の実など、自然の力で食べ物に困ることはなかった。以前師匠に習った、サバイバル術も役に立ったことだし。
魔王討伐の旅以降にも、サバイバル術が役に立つときが来るとは、思わなかったな。
「やっとあんな質素な食事からおさらばか」
「そうなるといいねー」
今の会話だけだと、まるっきり強盗だな。間違ってはないんだろうけど。
そんなことを考えながら……ついに、村へとたどり着く。それと、同時に……不思議なことに、左目のざわざわも大きくなる。
痛みでも、景色の違いでもない……この感じは、いったい……?
「……ま、考えても仕方ないか」
違和感はあるけど、だからといってたいした支障があるわけでもない。気にしなければしないで、問題はないものだ。
左目の違和感を振り払いつつ、ユーデリアが一歩を踏み出すのを見る。そして、彼は村へと最初の一歩を踏み入れて……
バチッ
「! わっ……」
地に足をつけるその直前。まるで、なにかに弾かれたかのように、足を引く。その動きは、まるで踏んではいけないものがそこにあることに気づいた瞬間、みたいな感じだ。
実際は、踏んではいけないものなんてない。ユーデリアが、なぜか足を引っ込めただけだ。
「どしたの」
「……なんか、ある」
そのユーデリアの行動の意味がわからず、問いかけるものの……ユーデリア本人も、そこになにがあるのかわかっていない様子だ。どういう意味だ。
ただ、本人はとぼけている様子ではない。本当に、そこになにかあるのだろう。
「じゃ、次は私が」
そこになにがあるのかはわからないけど……なにかあるとわかっていれば、心の持ちようも違う。それに、足を踏み入れても死ぬようなものはないようだし。
いざ、一歩を踏み出して……
バチチッ……バチッ
「っ?」
足を踏み入れた瞬間……そこに、確かになにかがあった。それは、感じだ。だけど、ユーデリアのように足を弾かれることはなく……村に、足を踏み入れることができた。
ユーデリアの言っていたことがわかった……なにかが、あった。これは、そう……まるで……
「結界?」
以前、エリシアが使っていた。旅の途中、休憩する際に、エリシアが魔法を使って、魔物が入ってこれないような結界を作ってくれた。
異物を弾く、力。今のは、その時の感覚によく似ている。そして、ユーデリアは弾かれたのに、私がこうして入れたということは……
「結界が、破れた?」
「なあ、どうなってるんだ? 結界?」
「……多分、もう入れると思うよ」
今の感覚は、結界をすり抜けた、というものではなく、結界を破った、と表現した方が気になる。
ならば、ユーデリアも入れるはずだ。予想通り、先ほど弾かれたユーデリアは、今度はすんなりと入ることができた。それに……
「今度はあの変な感覚、なかったな」
結界に弾かれたであろう感覚は、今度は感じていない。やはり、さっき結界が破れたと考えるべきだろう。
なんで私が結界を破れたのか……それも、結界があることを意識するわけでもなく。やはり、この左目のおかげか……膨大な魔力のあるこの左目の前には、大抵の結界は効果がないのか……
「何者だ、お前たち!」
結界を破り、村の敷地内へ足を踏み入れた……からだろうか。村の奥から、何人かの人間が出てくる。
きっと、結界を破ったことで、センサー的ななにかが働いたのだろう。結果、村人へ異変が伝わった。
これまで訪れたとこと違い、防衛意識が高いようだ。なら、それなりに楽しませてくれるかな……
「あの結界を破るとは……ただの魔法術師じゃないな。この村になんの用だ!」
「並の魔法術師じゃない、か……半分正解で半分不正解かな」
「なにをぼそぼそと……!」
ずいぶんと、自分たちの結界……つまり魔法に自信があるようだ。ならば、こちらも魔法を使って押し潰してやろう。
魔力を、昂らせる。本来のエリシアの魔力の半分とはいえ、それでも並の魔法術師では手も足も出ない威力だ。これで一気に……
「! この、魔力……まるで、エリシアの……」
「……ん?」
一気に押し潰す……つもりだった。だが、そうする前に……村人の一人から、予想もしない名前が飛び出した。




