いるはずのないもの
……氷狼の村を去ってから、早くも数日が経っていた。この間、特に特出すべき出来事はなく、私とユーデリアは毎日のように村や町を破壊していた。
この世界に戻ってきた当初は、復讐に燃えていた。しかし復讐の炎は、復讐の原因の大元を占めるマルゴニア王国、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアを消したことで、初めの頃よりも鎮まっていた。
ただ……それでも、復讐の炎が完全に消えたわけではない。初めの頃ほど積極的に殺しにいかなくなっただけで、この世界で笑ってる連中を見るとムカッとするし、殺したくなる。ていうか実際に殺した。
そうした毎日を送っていると、だんだん殺しに躊躇がなくなってくるものだ。それはやっぱり、おかしいことなんだろうな。まあ私は、最初から躊躇なんてなかったけど。
「ヒィイイン」
「よーしよしコア。ちょっと休憩しようか」
この数日、特に変わったことはない……が、強いて挙げるとするなら、それはこのボニーに名前をつけたことだ。コアと、そう名付けたのは私だ。
ユーデリアは、ネーミングについて微妙な顔をしていたが、コアは結構喜んでくれた。
ちなみに、コアというネーミングの理由はというと……
「……あこから取っただけなんて、安直すぎるかな」
あこ。もうこの世……正確には元いた世界……にはいない、私の妹だ。あこという名前を、ひっくり返しただけのシンプルなネーミング。
妹の名前を、動物に付けるなんて……この理由を聞いたら、ユーデリアはどう思うだろう。気持ち悪いとバカにするか、それとも……
「それにしても、ボクらこれじゃ泥棒だよな」
コアを休ませるついでに、私たちも休憩。前に滅ぼした村で奪ってきた食料を、口に運ぶ。
ユーデリアの言う通り、これでは泥棒と違いはない。いや、物を盗むどころか破壊と殺人の限りを尽くしていくのだから、泥棒の方がよっぽどかわいいか。
「んっ……ぷはっ」
ごくごくと、ユーデリアは水を飲んでいる。氷狼の冷気ならば、水を自分で作れないのかと思わなくはないが、そうしないってことは出来ないんだろう。
殺人を犯し、盗みを働き、日々の生活を過ごしている。この世界に戻ってきた時点で、どんなことをする覚悟も、どんな結末になる覚悟もあったが……こりゃ、死んだら確実に地獄行きだな。
しかも、それがわかっていて止まるつもりはないのだ。私も、そしてユーデリアも。
「けど、そろそろうまいもんが食いたいな。次人がいるとこ見つけたら、襲う前にどっかの店で飯食おうよ」
「んー、そだねー」
きっとこの会話も、端から聞いたらネジの外れた会話もなのだろう。
次の村、町か。ただ……最近、私たちの活動によりいろんな場所が滅んでいる。それにより、近隣の危機管理力が上がっているようだ。外から来る人間を、簡単に通さないとかね。
もちろん、すんなり通してくれなければ力付くで通るだけだし、どんなに腕っぷしのある用心棒がいたって負ける気はしない。どんな用心棒だって、グレゴに敵いはしない。
まあ、負ける気はしないって言っても例外はある。例えば……
「呪術……」
未だ謎の多い力、呪術。その力を使う存在が、この先いつ現れないとも限らない。
チンピラみたいな男たちですら、呪術を使えばあんなに厄介な存在になるのだ。もしも、戦いに慣れた人物が、あの力を手にしたら……
「……どう、なるんだろ」
あの日、氷狼の村での一件以来、呪術という力が私たちの前に立ちふさがることはなかった。その力を使う人間も、その力にすれば、手がかりすらも。
それは、まあ喜ばしいことなんだろうな。いちいちあんな力を相手にしてたら、身が持たないしね。
……呪術といえば。あの謎の腕も、あの一件以来出てこない。どれだけ念じても、だ。
あの時みたいに、ピンチにならないと出てこないのだろうか。けど、あれは……ピンチに表れるお助けアイテム、みたいな恩恵をもたらすようなものじゃない。
「……はぁ」
あれこそ呪術と言っても、いいくらいだ。自分の右肩から、変な腕が生えた……これを呪いじゃなくて、なんと言えばいい。
それを思うと、ため息が出てしまう。
「どうした、ため息なんて。幸せが逃げるぞ」
「ずいぶんかわいいこと言うんだねキミ」
幸せねぇ……私の幸せは、この復讐を始めてから……いや、その前からもうなくなってるよ。
家族を失った、あの日から……
「……!」
「っ、この気配……」
「ブルル……!」
感傷に浸りつつあった、その時……とたんに、背筋を悪寒のようなものが走る。なんだ、この感覚……?
「……気づいた?」
「あぁ……」
この妙な気配に、ユーデリアも気づいたらしい。それどころか、コアすらもその気配を察知し、気配を感じた方角へと睨みつけている。ちゃんと、威嚇の呻きとポーズのおまけ付きで。
賢い子だな、ホントに。威嚇を向ける方角には大きな岩があり、その向こうに気配の正体がいるのだろう。
「なんだこれ。殺気……とも違う」
「……この、気配って……」
ユーデリアの言うように、この気配は殺気ではない。どころか、純粋な敵意なのかすら怪しい。背筋を誰かに撫でられてるような、嫌な感じ。
そう、嫌な感じだ……この感じを、私は、知っている? この気配の正体に、心当たりが……
「……アン?」
「いや……まさか。そんなわけ、ないよ。だって……この、感じは……」
一度や二度じゃない。何度も、何度も……命のやり取りをするほどに感じた、気配。殺気とも敵意とも言いがたい、でもそのどちらでもある。
そしてこの、ぞわぞわした感じ。何度も味わった、何度も潜り抜けてきた……もう感じることのない、感じるはずのない気配。
これは……この、禍々しいほどの気配は……
「グルルル……!」
「ま……もの……?」
漆黒の体毛に身を包み、鋭い牙を覗かせた四足歩行の生き物が……獲物を前に、赤い眼光を輝かせる。狼……というには歪な姿の生物が、そこにいた。
尻尾は二股に分かれ、背中からは人の腕のようなものが二本生えている。黒く、邪悪な生物……それは間違いなく、魔物だ。
魔王を倒し、この世から一匹残らず消えたはずの魔物が……そこに、いた。




