繋がっている
「……どうなってんの、これ」
つい先ほどまで騒がしく、緊張の糸が張り巡らされていたこの場は……とたんに、静かになった。騒がしかった男たちはもうこの場にはおらず、暴れていたユーデリアは気を失っている。
今までのことが、まるで嘘のように……静まり返った光景が、そこにあった。
「……なにも、ないや」
そこに、確かに男が……人が、いたはずなんだ。だけど、その場所にはなにもない。人がいた痕跡は、なにも……だ。
燃えカスすらも、残ってはいない。まるで、最初からそこになにもなかったかのようだ。
「呪術、か……」
過去と、現実……この村に来てから、私は魔法とは別の力に触れた。それは、呪術。そしてその力には、これまでも知らずに触れていた。
出来損ないの回復魔法だと思っていたあの力……そして、『呪剣』。前者は、限りなく間違いないとはいえまだ可能性の話だが、後者は間違いない。
なにせ、直接そう言ってたのだから。あの剣は、呪術に関するものだと。
『この力も、あの剣も……すべては、あの人の力の賜物。あぁ、これが『呪術』の力……!』
……と、これがバーチ自身の台詞だ。即死になるような傷が即座に治り、まるで不死身のような体を持っていたバーチの。
その体を、呪いの剣を、総じて呪術と……そう、言ったのだ。それに、ノットの炎も。
不死身のような体に、斬った者の自我を奪う剣……人を急に燃やしたり、傷口だけ治してダメージは回復しない力……呪術の幅は、広い。
様々な属性を持ち、様々な用途で使われる。その点も、魔法とよく似ている。ただ、似て非なるもの。この二つは、もしかしてなにか関係があったり、するんだろうか。
「……おーい、ユーデリアー」
なぜかはわからないが、気絶してしまったユーデリア。一応警戒しながら近づいていく。獣型から、人型に戻っている。
力尽きた……ってことで、いいんだろうか。起きられて、また襲われても面倒だから、少し離れたところから、その辺で拾った小枝で体を突っついていく。
「う、ぅ……」
「まったく、起きたら文句言ってやる」
ユーデリアの暴走……あれのおかげで、ずいぶんと手間を取ってしまった。ユーデリアが完全に敵となったわけではなく、男たちを何人か戦闘不能にした功績はあったものの……
それを差し引いても、ユーデリアが暴走して私にとって面倒なことであったことに変わりはない。トラウマスイッチオン状態だったとしても、それはそれ。これはこれだ。
「……まったく……」
辺りには、なにもない……わけではない。呪術の炎で消えた者は多いが、それがすべてではない。ユーデリアの冷気により凍り、割れ……その破片の数々が、あちこちに散らばっている。
この光景を、ユーデリアが見たらどう思……いや、なんとも思わないだろうな。村を襲撃してきた連中だ……殺してもなんとも思わないに違いない。
「でも、結局こいつらの目的は、聞けなかったな……」
こいつらが生きてようが死のうがどうでもいいが……問題は、こいつらの生死ではない。こいつらが、この村に来た理由……いや、正確には私たちを狙っていた理由が、問題だ。
男たちに、私たちの足取りを追うことは出来なかったはず。ということは、私たちがこの村に来ることを事前に知っていて、この村に狙いを定めていたということか?
……この村に私たちが来ること。それも、可能性の話でしかない……だけど、微かな可能性に賭けたとしたら。
「いや……」
賭ける、なんてそんなことはしないだろう……男たちの背後にいる、"あの男"は。男たちに呪術の力を渡し、たいした説明もなく男たちを無惨に殺したも同然の、奴だ。
きっと、いたらラッキー、程度に考えて男たちを送り込んだのだろう。
私たちがこの村に来ることを考えていたのも、氷村の村の居場所を知っていたのも、男たちに呪術の力を与えたのも……すべては繋がっていて、それが"あの男"であるはずだ。
確証はない。けど、こう考えた方がしっくり来る。
さらに言えば、"あの男"="あの人"は……過去、この村を訪れたバーチの背後にいる人物で、ノットを雇っていた人物でもある。
「全部、繋がってる……?」
氷狼の村、呪術、バーチ、『呪剣』、ノット、男たち……これらはすべて、繋がっている……のか?
だとしたら……私に過去を見せたこの左目は、私になにを訴えていた? なにを教えようとしていた?
過去の光景を見なければ、ここまで多くのことを繋げることは出来なかった。それに、繋がっているそれらが、まさかただ一人の人物を指しているだなんて思いもしない。
過去と現在……"あの人"は、どちらにも干渉している。そして、その中に……私とユーデリアが、"あの人"のターゲットに含まれている。
「……誰だか、知らないけど……面白いよ」
もし私の前に立ちふさがるというのなら……そいつは容赦なく、殺す。私は世界を壊す、"あの人"は私たちを狙ってる……直接会える日が、来るかもしれない。
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアを殺し、マルゴニア王国を滅ぼし……大きな目的は、失われていた。ただ、世界に復讐するという、漠然な目的のみで行動していた。
だけど……私たちを狙っている、敵が現れた。そいつが何者かは、知らない。知らないけど……そいつを、直接殺してやりたい。
変な男たちを使って、私を殺そうとしたんだ……私に殺されたって、文句はないよね。直接やり返さないと、気が済まない。
「……ふがっ」
こっちから探すつもりは、ない。というか、今手がかりはない。
こっちからの手がかりはない……が、また必ず、向こうからなにかしら仕掛けてくるはずだ。私たちが氷狼の村を訪れることを推測した男だ……きっと、また向こうからのコンタクトがあるはずだ。
今度こそ、その手がかりをものにする。そこから辿って、男の居場所を突き止めて、それから……
「いっ、たたたた!」
「ん?」
誰だ、人が楽しい楽しい考え事をしているときに……
……ユーデリアだった。鼻に、小枝が突き刺さっていた。
「な、にしてるアン……!」
「あぁ、ごめんごめん。よく見てなかった」
どうやら、小枝でつんつん突っついていたら、気づかぬうちにユーデリアの鼻の穴に突っ込んでしまっていたらしい。
ユーデリアは起きたが、恨めしげな目を向けられることとなった。説教するつもりだったのに。




