第13話 あくまでも軽い一撃
「てやぁあああ!」
サシェの行動を皮切りに、私は走り出した。私だけではない、ほとんど同時のタイミングで魔物もだ。
複数の魔物が、一斉に襲いかかってくる。慌てるな、怖がるな……たとえ相手が何匹でも、私ならやれる! 修行の日々を思い出せ!
「ガァアアア!」
「っとぉ!」
横から噛みついてくる魔物の攻撃を、とっさに身を捻って避ける。いくら体を鍛えていても、あんな鋭い牙に噛みつかれたらひとたまりもない。
魔物は、ほとんどが四足歩行の獣型だ。訓練では人相手であることが多かったため、慣れてはいない相手だ。だけど、冷静に見れば動き方を読むことはできる。
次々飛びかかってくる魔物を、体を少し動かすだけで避けていく。自分でも驚くくらいに落ち着いているし、魔物の動きが遅く見える。
だけど、避けているだけじゃ当然勝つことはできない。だから、反撃に出る!
「……そこ!」
避けた魔物の、足を掴む。うわぉ、毛深い……昔犬の足を触ったことあるけど、それよりもさらに毛深い!
そのまま、魔物の足を引っ張り……他の魔物に向けて、思い切り魔物を突き飛ばす。衝突された魔物を巻き込み、二体の魔物は転がっていく。
「危ない! アンズ!」
背後に、気配を感じる。同時に、エリシアから私に危険を伝える声が届く。
「くっ、私が……」
「いや、大丈夫だ」
エリシアは、どうやら魔法で私の背後に迫る魔物を倒そうとしてくれているようだ。けど、それを大丈夫だと言って師匠が止めている。
うん、大丈夫だよエリシア。だって、魔物がどう動くのか、私にはわかっているから。
その場でしゃがむ。すると、頭上を魔物が通りすぎていく……のを見逃さず、思い切り右腕を突き上げる。するとなににも拒まれないそれは、魔物の腹へとアッパーを決める。
「グギャ!?」
「せぇえい!」
上空に打ち上げようとした魔物の体重は、軽くない。むしろ重い。が、この程度で音を上げるほど軟な鍛え方はしていない!
拳に感じる重量……それを気合いで振りきり、拳を思い切り振り上げる。すると魔物は上空へと打ち上がり、拳に感じていた重量もなくなる。
それを見届け、私はその場でジャンプ。打ち上がった魔物へと追い付き、体を前転させると今度はその背中に踵落としをお見舞いする。
「っ!?」
声にならない鳴き声を上げ、魔物は地面へと打ち付けられる。動かなくなった魔物は、黒い霧となってその場から消えてしまう。
これが、魔物が絶命した証だ。魔物は、絶命するとその場に体は残らずに、黒い霧となって姿を消す。先ほどサシェが仕留めた魔物も、同様に消えた。
これも、魔物の謎の一つ。どういう生体なのか気になるところだけど、この世界に来たばかりの私が考えてもわかることではない。だから今はただ、目の前の魔物を倒すことだけを考える!
残る魔物は……ざっと七体! なんか増えてる! 数は結構いるが、落ち着いて対処すれば問題はない! 一体一体、確実に仕留める!
「次!」
地面に着地すると同時、私は近くにいた魔物に狙いを定める。手で砂をわしづかみ、それを投げつける。魔物に目潰しが効くのかはわからなかったが、目を閉じて後ずさりしていることから効果はあるようだ。
その魔物へと近づき、横顔に蹴りを打ち込む。ボールのように転がっていく魔物に、追撃するために駆け出すが、私と並走するように走る魔物が一体。
転がっていった魔物を助けるため、とかではないだろうが、私を狙っているのは確かだ。だから私は、その場で立ち止まる。すると、並走していた魔物は驚いたが急には止まれなかった。
足を止めるために、一瞬の隙が生まれる。私はその隙を見逃すことなく、その場で踏み込んでからの飛び出しての急加速で一気に魔物の懐に入り込み、無防備な腹に拳を打ち込む。
「はぁああ!」
拳を振り向ける先は、転がってった魔物がいるところだ。そこへ魔物をぶっ飛ばし、二体がまとめて転がった。その場へと、私は走り高跳びの要領でジャンプ! ……からの……
「これでも、くらえ!」
上空から勢いをつけての、回転しながら両足踵落としを魔物の脳天にくらわせる。それにより、魔物は黒い霧となって消える。
ううん、私……結構踵落としの才能あるのかも。いや、踵落としの才能ってなんだよ。
っと、これであと五体だ! まだまだいける……と気合いを入れたところで……
「ありゃ?」
残った五体の魔物は、私とは逆方向に駆けていく。もしや、私が一方的に魔物を倒すからさすがに危機的本能が働いたのだろうか?
知性がないとはいえ、生き物としての本能は残っているのだろうか。絶命したら黒い霧になる時点で、生き物かどうかも怪しいけど。
魔物たちは、駆けていく。だが逃げるのではない……私以外の、勇者パーティーメンバー五人を襲うために、駆け出していた。やはり、魔物には知性がないらしい。
だって、その先にいるのは……私よりもよっぽど、怖い人たちだから。
「おっ、なんだアンズに任せといてみたが……俺らに、相手してほしいのか? 魔物ども」
師匠が、笑う。わぉ、離れていても満面の笑みなのがよくわかる。
やはり奴らには知性はないのかもしれない。だって、師匠のあの笑顔を見たら、私でも逃げ出すもの。直感的に危険を感じて、裸足で逃げ出すよ。
「五体か。へへ、ならちょうど一人一匹……」
「俺を師匠と呼んでくれるアンズが頑張ったんだ。なら俺も、情けないとこは見せられないわな」
剣を抜くグレゴは、残る魔物の数を見て、ここにいる私を除いた五体のメンバーと数合わせがちょうどいいと笑う。
しかしそれを遮るように一歩前に出る師匠は、ぶんぶんと軽く腕を振り回している。あ、これまずい……
「た、ターベルトさん? ちょっと、あんまり派手にやらないでくださいよ? ほら、五人と五体でちょうど一人一匹……」
「あぁわかってる。なぁに、かるーく一振りだけだ」
いや、違う。あ、いや別に違わないんだけど……違う。師匠は軽くのつもりでも、それは一般的な軽くにならないことを、私は知っている。
グレゴもそれをわかっているから、軽く軽くと念を押す。だけど、なぜか火がついてしまったらしい師匠にその言葉が届いているかどうか。
とにかくわかっているのは……師匠の真正面上にいては、私も巻き込まれる可能性があるってことだ!
「ふん……ぬらぁああ!」
右腕の筋肉を膨張させ、振りかぶる……そして雄々しい掛け声と共に右腕を振り抜く。眼前にまで魔物が迫っていた……というわけではなく、拳に当たるものはなにもない。
いや、それをより正確に言うならば……拳は当たった、空気に。それは一般に見れば、拳が空を切った、とでも言うのだろうが……師匠の場合は違う。
拳は空気を打ち抜き、打ち抜かれた空気が衝撃波となって爆発する。いつだったかテレビで見た、ダンボールの空気砲というやつを思い出す。箱に穴を開けておき、箱の側面を叩くことで穴から風が出てくるという……まああんな感じだ。
師匠は拳を振り抜くだけで衝撃を起こし、その衝撃波は迫っていた魔物五体をいっぺんに吹き飛ばす。もし移動していなければ、私も巻き込まれていただろう。
吹き飛ばされた魔物はそれぞれ雄叫びを上げ、あるものは岩にぶつかり、あるものは吹き飛んでいる最中に、黒い霧となり消滅する。
五体いた魔物は師匠のたった一振りにより、文字通り跡形もなく消し飛んだ。
「ふぅ……」
「ふぅ……じゃないですよ! 言ったじゃないすか! 一人一匹だから派手にやらないでって!」
「うん? だから軽くやったつもりなんだが……すまんすまん」
いや、軽くで地面は抉れないと思う。というか普通は、本気でやっても空気を打ち抜くなんてことはできないと思う。
「うひゃー……やっぱすごいなターベルトさん……」
「あははー! アンズもすごいしターベルもすごい!」
「僕たち必要なのかな?」
五体の魔物を消し飛ばし、地面を抉った師匠の『軽い』一撃に喜ぶサシェを除き、私たち四人はただ唖然とするしかなかった。
「すまんって、次からは気を付けるから、な?」
サシェがターベルトを「ターベル」って呼んでますが、それはあだ名のようなものなので間違いではないです!




