終わりの時
「くっ……!」
腕が消えたことにより、なんとも表現しがたい痛みが、右肩に走る。こっちの言うことは聞かないくせに、失われたら私にダメージが来るっていうのか……勘弁してくれ……!
痛い……が、あの時ほどじゃない。左目に痛みが走った、あの時ほどでは。あの時の痛みは、今回と違って痛みの理由がわからないかは怖い。
まったく……大丈夫か、私の体は。
「左目は他人のもの……右腕は千切れて、そっから変なものが生えてくるし」
どんどん、自分が変わってきているのは、理解している。この世界に戻ってきて……いや、復讐を決めた、あの日から。
外見じゃない、内側が……だ。人を殺した……以前に、私はもうあの頃には戻れないのだろうと、私自身、理解していた。
だから、私はもう……人では、ないのかもしれない。あの謎の腕も、もしかしたら私のそういう気持ちを汲み取って、出現したものかもしれない。
普通の人間に、あんなものは生えないし。
「さっきのはお前の仕業か、ガキィ!」
不可視の腕は、男たちには見えなかった……だけど、ユーデリアの冷気により実体を捉え、消すことに成功。直後に、痛みに異変を訴える相手がいれば……二つを結びつけるのも、わかる。
勘のいい男は、私とあの腕が関係がある、と気づいたようだ。
「ふざけやがって!」
……ふざけてるつもりは、ないんだけどな。私だって、あの腕の正体はわからないし、私の意思とは関係なしに動いたのだ。
私とあの腕に関わりがないとは言わないけど、先ほどの行為に私はまったく関与していない。
ま、それを言ったところで男たちの怒りは、収まるはずもないけどね。
「いいよ、ならかかってきなよ……」
「言われるまでもねぇよ!」
残った男たちの数は、最初に比べたら三分の一ほど。しかも、ほとんどが傷を負い、その身にダメージを重ねている。
ただ……私自身のこの痛みは我慢できるとしても、ユーデリアという不確定要素がある。いい加減、目を覚ましてほしいものだけど……
「すぐに殺して……うっ!?」
怒りに、今にも炎を放ってきそうな男……だが、突然胸を押さえて、その場に膝をつく。なにが起こったのか、周りも……本人すらも、わかっていないようだ。
しかし、異変は直後に形となって表れる。男の身に纏っていた呪術の炎……それが、急激に勢いを増して燃え出したのだ。
その炎は、まさか呪術の威力が増すものではないのか? その心配は……なかった。
「ぐぉ、あぁああ!? あつ、熱いいぃいいい!」
炎の勢いに呑まれた男が、苦しげに叫び声を上げる。それは、演技なんかではない……本気で、そう思っている。
その光景は……先ほど、別の男の呪術の炎を受けて消えた男……を思わせる。
その身に纏う炎は、そのうち自らをも呑み込んで燃やし尽くすのではないか……男たちのその疑念は、このタイミングで正解が明らかとなった。
「ぐぉおお! ふざ、けんじゃねぇ!」
その炎は、己の身をも燃え尽くす……それが明かになり、苦悶の表情ながらも男は怒りを露にする。それはおそらく、呪術という力を授けた、"あの男"に対してのものだろう。
燃える。その炎は熱く、男の体には徐々に、そして確実な変化が訪れる。体のあちこちは黒く……炭になり、ボロボロとその場から崩れ落ちていく。
もはや、理不尽を叫ぼうとも意味はない。ただ、自身の体が燃え尽きるのを待つのみで……
「ぐぁ!?」
「うぉあ!」
その男、だけではない。周りの男たちも、次々と炎が身を大きく包んでいき……残っていた男たちは全員、燃え尽きていく。
男たちの、声が響いていく。そこにはもう、私やユーデリアに対する敵意はない……ただ、痛みと苦しみに悶え、"あの男"に対する恨みだけ。
ここで、残った男たちが一斉に燃え出したということは……このタイミングが、呪術の力を得てから終わりの時までの、カウントダウン。
ざっと、十分といったところか。まあ戦闘中時間を測る余裕はさすがにないから、体内時計だけど。
「ガルルルァ……!」
その光景を見つめるユーデリアは、いったいなにを思っているのだろうか。先ほどまで暴れまわっていたのが嘘のように、その場でおとなしくなり、燃える男たちを見ている。
……燃える、人間。それは、奇しくも過去にこの村で起こった出来事と、よく似ていた。呪術使いノットの手により、村人は、ユーデリアの仲間は、生きたまま燃やされてしまったのだから。
ただ、ノットの炎は、人間を塵一つ残さず消し去るほどではなかった。黒焦げになった、遺体がその場に残っていた。
あるいは、わざとそうしたのかもしれない。この炎のように、存在ごと消すことが出来たかもしれないが……遺体を残しておいた方が、残された者に対するダメージがでかいと、そう思ったのかもしれない。
「……」
……あいつらなら、平気でやりそうなことだ。
「くそ、くそぉおおお……!」
為す術なく、燃え尽きていく男たち。中には、未だ敵意を殺さず、私に対して、最後の悪あがきとして炎を放ってくる者もいるが……
「……ふっ」
気持ちが定まっていない、ブレブレの攻撃なんて、簡単に消し飛ばせる。拳を打ち、その際の衝撃だけで。まるで、蝋燭の灯のように。
どうやら魔法も呪術も、そういう部分は同じらしい。集中して放ったときと、ブレブレの気持ちで放ったとき……その威力は、まるで違う。
やがて、燃える男たちは……それぞれの想いを抱いたまま、その場から消滅していく。悲しみを、後悔を、怒りをその場に残して。
「あぁぁぁ……」
怨念のようなその声は、次第に聞こえなくなっていく。聞こえなくなり……完全に声が途絶えたそこには、もう男たちの姿は、なかった。
「……これが、呪術……」
呪術を使った、これが代償。凄まじい力を手にいれた代わりに、その持続時間は十分かそこら。
それを考えれば、ノットの呪術は与えられたものではなく、本人のものだと考えるべきだろう。
「ガル、ル……」
ドサッ……
その、直後だ。先ほどの光景をじっと見ていたユーデリアは……まるで緊張の糸が切れたかのように、いきなりその場に、倒れた。




