幕引き
幕を引こうと、バーチは言った。しかし、いくら体の構造が異常だとはいえ、今戦況はユーデリアの父親に傾いている。
なのに、どこからあんな余裕が生まれてくるのか? 奴の言う、『呪術』というのが関係しているのか?
バーチの体をあんな異常なものにし、『呪剣」の力も呪術によるものだという。呪術って、なんなんだ?
『貴様、なにをするつもりだ……!』
『終わらせるのさ、なにもかもな』
実際に対峙したときも、この映像でも……おそらく、バーチは魔法を使えないのだろうと感じる。
もはやバーチに、手札は残ってないと思うのだが……まだ、隠し札があるというのだろうか?
『お前は、強い。それは認める。だが、強すぎる……ゆえに、不要だ』
『……? なにを……』
『だが、お前の血を引く氷狼ならば……将来性は、期待できる』
ぞわっ……
なん、だろう……これは、過去の映像。私は干渉できない世界。なのに、今背筋に、悪寒が走ったような?
バーチの言葉を聞いた瞬間、ユーデリアの父親は背後……自分の家族へと、視線を巡らせる。それは、身の安全を心配してのものだ。
周りはもはや血の海だが、息子と娘、そして妻は、無傷だ。ユーデリアの父親の背後は、この場で最も安全な場所と言える。
『貴様、なにをするつもりだ……』
『なにを? ……こうするのさ!』
ザクッ……
「……ぇ?」
……ドサッ
『お、おぉおおお!?』
巨体が、地面に膝をつく。それは、巨体を支える足が、一本なくなったからだ。
胴体から離れた足は、力なく地面に転がり……それにより、バランスを崩したユーデリアの父親は、体勢を保てなくなった。
四本あった足は三本になり、足を根本から切り取られ、切り口からはおびただしい量の血が流れていく。
『いやぁああ! あなたぁああ!!』
愛する夫の壮絶な姿に、妻は叫ぶ。あまりの光景、そして出来事に、子供の目を隠すことも忘れてしまっている。
ユーデリアと、幼い妹は、その無惨な姿を見せつけられて……
『お父さん!!』
『いやぁあああ!!』
幼い二つの声が、響き渡る。そして悲劇は、それだけでは終わらない。
『あ、ぐっ……』
バーチの手により、首を持ち上げられる妹……ユリア。苦しそうな声を漏らし、顔は青ざめている。
バーチは今の一瞬で、ユーデリアの父親の足を切り落とし、ユーデリアたちの目の前まで移動し、妹の首を持ち上げたのだ。
恐るべき速さ。この速さこそが、バーチの余裕の理由だったのか?
『ユリア! ユリアを離せ!』
妹の危機に、ユーデリアは果敢に立ち向かう。が、そんなものバーチにとって抵抗にすらならない。そのままかわされ、足蹴にされてしまう。
『ユリア! ユーデリア!』
子供たちの危機に、今まで子供たちを守っていた母親が激しい憎悪の瞳で、バーチを睨み付ける。
しかしバーチは、ユリアを持ち上げていない方のに持った短剣を見せびらかし、母親の動きを止める。妙な動きをすれば、娘がどうなっても知らない……そんな脅迫を、しているかのようだ。
あの短剣は、マルゴニア王国で見たものと同じだ。あの小さな剣で、ユーデリアの父親の巨体の足を、切り落としたっていうのか?
『っ、卑怯な……!』
当然、ユーデリアの父親も動けない。足を切り落とされた以上に、人質……それも、自分の娘を取られているのだ。たとえ五体満足でも、動けやしないだろう。
切り口はすでに、自身の冷気により凍らせ、出血しないように処置をしている。判断の早さはさすがだ。
『卑怯? くはは、今さらだな』
『うえぇええ……ぅ!?』
『うるさい。黙ってようか』
泣き叫ぶユリアを、バーチは彼女の首を絞めることで無理やり黙らせる。首を持ち上げているのだ、その気になれば、幼い少女の首をへし折るなんて、容易い。
それがわかっているから、父親も母親も、手出しできない。
『娘を離せ!』
『離せと言われて、離すと思うか? それに、もうお前に興味はない。あるのは……』
と、バーチはユリアに、そしてユーデリアに視線を向ける。その視線の意味するものが、なんなのかはわからない。だけど、先ほどの言葉が、よみがえる。
「お前の血を、引く氷狼ならば……」
バーチが、ユーデリアの父親を指して言った言葉だ。血を引く、つまり彼の子供。あれだけ強い氷狼の子供ならば、その将来は彼を凌ぐ程の氷狼になるかもしれない。
だけど、今はまだ弱い。将来性に期待が持てる氷狼を、狙っているのか。
まさか、奴隷にするために?
『貴様っ……!』
ユーデリアの父親のことを、強すぎる、と言った。きっと、現段階で彼を奴隷にするのは難しいと、判断したのだろう。
だからこそ、その子供へと狙いは定まる。
『子供たちに手出しは……!』
『お前はもう不要だと、言ったろう?』
ズババババッ!
『ゴァアアアア!!』
突如として、ユーデリアの父親の体がなにかに切り刻まれる。それにより、体には無数の切り口ができ、その叫び声が殺傷力を物語っている。
彼の体を切り刻まむもの……それは、ひとりでに飛び回る『呪剣』によるものだ。高速で動くそれが、巨体を刻み続ける。
一度切りつけるだけで、呪いを与える剣。それが、何度も何度も何度も何度も切りつけられていく。いや、もはや呪いとか関係ない。
あんなに、切り刻まれてしまっては……
『ゴ、ァ……』
冷気が、死んでいく。
『あ、ぁ……』
巨体は、力なく倒れていく。ズシン……と鳴る地響きは、周囲の戦況にも影響を与える。
仲間がやられたことの落胆。敵の主戦力を倒したことの喜び。敵味方で、その反応は大きく違う。
中でも、身内の反応は凄まじいものだ。夫の、父親の、あまりに無惨な姿……それは、三人に絶望を与えていく。
『あ……ぁ……ぁ……』
その中で、驚愕と絶望に目を見開くユーデリアは涙を流し……死んでいた冷気が再び、舞い始める。彼を中心として、感情の見えない力が渦巻いていく。




