村を滅ぼす火
『みんな逃げろ、火事だ!』
村の中から、野太い声が響く。それは、誰のものかはわからない……だが、村の異変を知らせるには、充分なものだった。
その声の大きさに、内容に、切羽詰まった様子に。村人たちは、それぞれ反応を見せる。
なにが起きたか理解しすぐに動く者。混乱からその場に留まる者。逃げるよう隣人に声かけを行う者。獣型に変化し火事の下へ向かう者。
ただの火事ならば、氷狼の冷気によって凍らせれば済む話だ。落ち着いて考えれば、それくらいわかる。なぜ、そうしないのか。
みんながみんな混乱している、とは考えにくい。ならば、こうまで大騒ぎしている理由。それは……
『あっちからも火が上がってるぞ!』
『こっちもだ! どうなってんた!』
あちこちから、火が上がっていくからだ。遠くの家が、近くの家が、草木が、燃え上がる。
生き物とは、本能的に火を恐れる動物だ。それは、いくら人の姿になることが出来る氷狼であっても、変わらないらしい。人々は火に恐れ、子供は泣き出す。
それでも、ここで起こっているのが火事だけだったならば、対処は容易かったはずだ。火事だけ、だったならば。
『おい、なんだお前たち!』
それは、この村の住人以外の存在を指す言葉。その言葉が示す先には……複数の、鎧を来た人間がいた。
あれは、マルゴニア王国の……!? あいつらが、この村に火を放ったってことか!
『あんたら、兵隊か? ならちょうどいい、村にいきなり火が……』
ザクッ……
詰め寄る男性は……その言葉を、最後まで言わせてもらうことなく、命を落とした。フードを被った一人の人物に、首をかっ切られて。
血が吹き出し、力なく倒れていく。側にいた女性が血を浴びて、放心状態から気を取り戻す。
『いっ、いゃあああ! あなた! あなたぁああ!!』
女性は叫び、倒れた男性へと近寄っていく。自らが返り血を浴びているにも関わらず、しゃがみこみ男性の体を揺する。
だが、そんなことをしても男性には反応一つない。当然だ……今の一太刀で、男性の命は完全に断ち切られていたのだから。
『あぁ、あなた…………どうして……どうして、こんな、ことを……!』
その言葉から察するに、男性は女性の主人なのだろう。
悲しみに暮れる女性は、声を涙で震わせ……次第に、怒りに震わせていく。その細く白い腕を、藍色の体毛が覆い隠していき……顔を、体を、人間から獣の体へと変化させていく。
食い縛る歯は鋭い牙へと変化して、その怒りの矛先を、主人を殺した人物へと向けて……
ザシュッ……
完全な氷狼へと変化する前に、男によって命を散らされた。
力を失った女性はそのまま重力に逆らうことなく、地面へと倒れる。その際、主人と重なるように地面へと倒れていたのが、せめてもの救いだっただろうか。
最期は、二人一緒にいられて。
『きっ、貴様ぁああああ!!』
村に共に住む人が、隣人が殺され……村人たちは、怒りを露にする。もはやそこにいるのが、王国の兵士であろうと関係ない。
仲間の仇をとってやると言わんばかりに、次々に獣型へと変化していく。
『仲間の敵討ち……か。短絡的な思考だな』
言いながら、夫婦の氷狼を葬った人物が呆れたような言葉を漏らす。自分がやった行いを、悔いた様子もなく。
その人物は、ゆっくりフードを脱ぎ……素顔を、露にする。その正体は……
「……バーチ……!」
男の顔は、忘れるはずがない。マルゴニア王国で、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの側近として存在していた男。ユーデリアの故郷……つまりこの村を滅ぼした張本人。
名を、バーチ。ユーデリアの復讐の直接的な対象だった男だ。
『おいおい、なにしてんだよ。これじゃ処分するのが面倒になっただけじゃねえか』
さらに……バーチの隣に、フードを被った人物が新たに並ぶ。誰だ……バーチと、同じ格好?
兵士のように、鎧で身を固めているわけでもない。マルゴニア王国の人間じゃ、ないのか?
『わざわざ氷狼を獣状態にさせなくても、人間の姿の時に隙をついて殺しときゃ楽なのによ。あんな派手にしやがって』
『なぁに。伝説の生き物、氷狼とヤってみたいと思っていたんだよ……本気の殺し合いをね』
『そーかい、この戦闘バカが』
バーチと、親しみさえ感じる会話をしている。いったい何者だ……声色から判断すると、女か?
『わざわざ素顔さらす必要もないだろ』
『なぁに、フードで見えにくくなって戦いに支障が出るのも嫌なのでね』
『戦闘バカじゃねぇ、変態だ』
そうしているうちにも、村人は次々と獣型へと変化していく。これだけの数の氷狼……まさに、圧巻だ。
『貴様ら……どうやって、この村の居場所を知った!』
村人の一人が、吠える。大人である分、ユーデリアよりも一回り以上大きい。それが何人、何十人といるのだ。こりゃあ、並の人間じゃ太刀打ちすら出来ないだろう。
しかし、バーチとフードの人物は臆する様子もない。後ろのマルゴニア王国の兵士たちは、ともかくとして。
『はんっ。それに答える義理は、ないね』
なぜこの村の居場所がわかったのか……その質問に答える者は、いない。代わりに、フードの人物が答えるのは別の言葉だ。
それと同時に、右手の指をパチンと鳴らす。すると……
『!? ぎゃ、あぁああ!?』
村人の中から、悲鳴が上がる。それはなぜか……わざわざ確認するまでもない。なぜなら、村人の集団から火の手が上がっているからだ。
村人の集団は当然、火の手から逃れるためにその場から離れていく。数々の悲鳴が上がる中わかったのは……一番最初に聞こえた悲鳴と、火の手はどうやら同じ所から起こっているらしい。
そして、火の手プラス悲鳴の原因はというと……
『あぁああ! あつ、熱いぃい! 助げて、ぐ……!』
「人が……燃えてる……?」
火の元……それは、村人の一人が燃えているせいであった。村人は、その火から逃れるために、道を開ける。
なんで、人が燃えている? 魔法によるものか? いや、誰も魔法を撃った気配はなかったし……
『はっ、最初からこうすりゃいいのさ』
「……あいつか?」
先ほど指を鳴らしたあのフードの人物。あいつが、なにかしたのか?
さらに、もう一度指を鳴らす。すると、今度は別の村人から火の手が上がる。
『ぅ、あぁああ!?』
村人自体、なにが起こったのかわかっていない様子だ。ただ、指を鳴らしただけで……
……まるで、体の内側から燃えていくような。
「なんだ、あいつ……?」




