第10話 『弓射』と『守盾』、羞恥心は置いてきた
「アーンズー!」
「ごふぁ!?」
それは、唐突に訪れた。
ある日の昼下がり……やかましいくらいの声で、誰かが私の名前を呼ぶ。それが誰か、確認するまでもなくわかっている。
声で……というより、こんな大声で私の名前を呼ぶのは一人しかいない。そしてその人物に今、私は頭からタックルされた。腹部に。もろに入った。油断していたからめちゃくちゃ痛い。
尻餅をつき、その場に倒れてしまうと……私にタックルしてきた人物は、ぐりぐりと、顔を押し付けている。なんだかくすぐったい気持ちになってしまう。
「ちょ、ちょっとサシェ、落ち着いて……」
今私にタックルをかましてきた彼女は、サシェ・カンバーナ。私たち勇者パーティーの仲間の一人で、『弓射』と呼ばれている人物だ。
狙った獲物は、逃したことがないらしい。その理由は、ずっと山の中という野生に近いところで暮らしてきたために、身に付いた技術だからとのこと。
その日その日を生き抜くために、自分で獲物を狩る……そう、自給自足ってやつだ。
野生の中で育ってきたサシェは、その……うん、野性味に満ちた性格をしている。羞恥とかそんなものは二の次だ。今私に抱きついてきたのだって、まるで好物めがけて突進する獣のよう。
「んー、やっぱりアンズは変なにおいする……」
「変なにおい!?」
そして、においに敏感でもある。すりすり顔を寄せてきて、くんくんにおいを嗅ぐ。
「わわ、私変なにおいなの!? やだぁ、やだよぉ……」
「うーん……やっぱり、この世界とは違うにおい」
「や……へ?」
私の首筋辺りをすんすんやっているこの人は、変なところで鋭い。いや、鋭いもなにも私がこの世界の人間じゃないって知ってるはずだけど……
いや、それよりも!
「に、においで世界が違うことまでわかるの!?」
「この世界のものとは根本的に違う……うん、違う」
どうやら……世界が違う、ということまでにおいがわかるらしい。どんな鼻をしているんだ?
「じゃあ、私が臭い訳じゃないんだね!?」
「? うん」
ともかく……はぁ、良かったぁ。私が臭いんじゃないんだね。花の女子高生にとって、臭いなんて言われた日には死んじゃうよぉ!
……そう安心しといてなんだけど、サシェ、なんか変なにおいがするような……や、そんなこと思っちゃダメだ。サシェだって女の子なんだから。
でもやっぱ、なんかすんごいあれなにおいがサシェの体から……なんか、あれだよ。ちょっとやっぱりにおうっていうか……
「あの、サシェ? ところでなんで体泥だらけなの?」
そこで、サシェの様子がいつもと違うことに気づく。サシェの体、服についているものがある。泥、だろうか。まさか、サシェの体についているこの泥がにおいの原因……?
「あぁ、これイノーシーシの糞だよ。さっき思い切り転んじゃったから……」
「ひぃぃやぁあああ!?」
なんでもない風に話すサシェ。それは知りたくなかった事実……サシェの体を汚しているのは、泥ではなく動物の糞だという。道理でにおうわけだ! ひいぃい!
ていうか、なんでそんな体で人にタックルしてくるかなぁ!?
「と、とにかく離れて……!」
「えー、なんでー」
糞がつくからだよ! この人はどうして気にしてないの!? 野性の中で育ったから、動物の糞くらいなんでもないってか!?
ちなみにイノーシーシというのは、名前はすごく聞き慣れたものだ。その実態は、私の世界でいうイノシシの体に、まるで獅子のように立派な鬣が生えた動物で……って、そんなことはどうでもいい!
とにかく、抱きついて離れない状況のサシェをなんとかしないとぉ! 誰か来ちゃう! こんなとこ誰かに見られでもしたら……
「……なに、してるの?」
いやぁー、見られたー! 心配した矢先にこれだよ! しかも、同じ勇者パーティーの人じゃーん!
「……ん、なんかこの辺、くさ……」
「ふん!」
その先の言葉は、言わせない。しがみつくサシェのせいで動けないけど、動かせる部位はある。私は近くにあった石を手に取り、彼に向かって思い切りぶん投げた。
「うぉ!? あぶな!」
「ちっ」
「今舌打ちしたよねっ?」
くっ、これが頭に当たれば記憶を消し去れると思ったんだけど……私もビックリの速度で、守りの力を展開させたよこの人。
ボルゴ・ニャルランド……『守盾』の名を冠する、勇者パーティーのメンバーの一人。その名の通り、守りに特化した力を持つ……というか、防御しかできないらしい。
その力で、石から身を守ったか。なんて無駄な反応速度。
「あ、危ないなぁアンズ。当たったら怪我じゃすまないよ」
「人のこと臭いって言うからだよ。記憶飛んでくれないかなって」
「キミとは言ってないよまだ。それに、それは記憶どころか命飛ぶね」
引っ込み思案な性格で、あまり話さない。サシェとはいろんな意味で正反対とも言えるが、そんなの関係なしにサシェはバンバン彼に絡みにいってる。
まあ彼女の場合、それは誰彼構わずなんだけど。
そして引っ込み思案な彼も、最近じゃよく話すようになった。サシェに影響されたのだろうか。
「ところで、なにこのにおい……」
「サシェが糞つけて帰ってきたの」
下手な誤解を与えそうな発言ではあったが、サシェの性格はボルゴも承知している。これだけでも、だいたいの事情は察したらしい。
「とにかく、体と服洗いなよ」
「そう、だね。確か向こうに水浴び場があったっけ。そこで汚れを落とそうか」
「水浴びするー!」
人に糞をつけておいてハイテンションなサシェだが、もうそんな彼女の姿には慣れた。だから、彼女がこんなところでいきなり服を脱いでいくのも慣れて……
「なに脱ごうとしてるの!?」
止めたときには、しかしサシェはすでに下着姿になってしまっていた。上下黒の、微妙に過激なタイプ……って、これは私とエリシアが選んだやつだ。
なぜ脱ぎ出すのか? サシェには羞恥心がないからだ。そしてサシェは、下着をつけたことがないのだという。今まで野生児のようだったのだから、そういった習慣もなかったのだろう。
しかし、女の子としてそれはいけないと感じた私とエリシアは、サシェの下着を選んだ。下着を着てくれと説得するのに、その日一日を費やした。
あ、危なかった……下着がなかったら、今頃サシェはすっぽんぽんだよ。いきなり脱ぎ出すのを知ってたから下着を買った、というのも理由に大きい。裸を見られるよりはマシだろう。元々は下着すら着ていなかったんだもん。
いきなり脱ぎ出すのも困りものだが、それ以上に困るのが……こんな誰が見てるともわからない外でも、目の前に男がいても羞恥心の欠片もないことだ。
「そこ! 見ない!」
「ごご、ごめん!」
後ろを向いて視界からサシェを消したボルゴだが……あれは、見たな。耳まで赤いし、それが証拠だ。
いきなり脱いだのがサシェなだけにボルゴに悪いところはないが……いやいや、乙女の肌を見たんだからそれだけで重罪だよ!
サシェはスレンダーで、とてもきれいだ。悪く言えば凹凸のない体だが、それを補って余りあるほどに、サシェの体は美しい。そんなサシェの下着姿を見たんだ、これは罰金だよ罰金!
まあでも、その前に……
「サシェ! とりあえず服着て! 早く!」
「えー」
「えーじゃない! 脱ぐのは水浴び場についてから! ボルゴは絶対こっち向かないこと!」
「わ、わかってるよ!」
一癖も二癖もある勇者パーティーのメンバーだけど……その中でも一番厄介なのは、間違いなくサシェだろうなぁ!
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