08「サブクエスト:フレンドリストの登録」
微妙にラノベじゃないけど「氷○」が好きです。
この人絶対ハ○ヒ好きだな、と思いつつ僕は三日月先輩にいいようにされていた。
めちゃくちゃ距離感が近いので僕は心拍数カンスト状態なのだが、先輩はまるで気にせず「わー」などと言いながら僕の顔を眺めている。勘違いしそうになるからやめていただきたい。
「なるほど、目はカラコン入れてるんだ。よく見たらちょっと地の赤色見えてるね。灼眼だ灼眼。もしくは罪歌?」
「……そですね」
「髪ってこれ切っちゃったの? それともすぐに伸びるの? あのーあの子、ネタバレになるから言えないけど、プラチナ的な」
「先輩ラノベ詳しいですね」
「うん! 中学生の頃に行ってた図書館がラノベ置いててさ、結構古い作品ばっかだったんだけど、そこからハマっちゃって……」
「イチオシは?」
「あー、んー、そうだねえ、うーん……」
たっぷり百秒ほど悩んだ後、先輩は言い切った。
「ハ○ヒかな!」
ですよね。と僕は口の中で呟いた。
ちなみに、○宮ハ○ヒの憂鬱は日常に飽きた少年少女が非日常を求める学園ライトノベルである。
「私、学校じゃ結構真面目ちゃんだと思われてて、こういう話できる人いないんだよね。朱忌ちゃんは何好き?」
「と○るシリーズです。後、朱忌ちゃんって言うのホント勘弁してください……」
「気が向いたら呼び方変えるかも。そうだ、昨日の変身見して!」
「嫌です……別に敵もいないのに……」
「ああ、それもそっか、見せ場じゃないとね」
納得したようにうんうんと頷いた。……普通にセーラー服を着たくないだけなのだが。
「でも、能力の解説とかはしてもらうからね。もし読者がいたらつまらない展開とか言われそうだけど、私、三日月碧里は説明回を要求します!」
説明回が欲しいのは僕の方なのだが。三日前からこっち、原因の一端さえ明かされぬままだというのに。
しかし三日月先輩はウキウキという擬音を撒き散らしていそうなウキウキっぷりで、僕の頭をガッチリと両手で掴み、覗き込むようにしながら質問を投げかけてくる。ああ、近い、やばい、いい匂いする、先輩の胸当たる!
「せ……先輩……あの、当たるので、近いので!」
「あの黒セーラーってどこの制服なの?」
「ええ? えっと……超常統合学院ガイストっていう、超能力者を養成する学校の初代戦闘科制、服……」
とりあえずゲーム内のアイテム説明文をそのまま読み上げたのだが、そこで僕は先輩の目がキラキラと輝いていることに気づく。……しまった、こんなこと言ったらこの人ワクワクしちゃうじゃないか。
「超常統合学院、ガイスト……っ!」
「違うんです、その……ほ、本当は新潟県の田舎高校の制服です!」
「ガイストってどうやったら入れるの!? 転校していい!? 私に超能力者の素養ある!?」
「し、知りませんから、離して……」
僕の方が力はずっと強いので振りほどこうと思えば簡単に振り解けるのだが、まだ手加減は上手くできないし、もしそれで変なところを触ってしまったら痴漢だ。
先輩は僕のことを男装女子だと思っているせいで気兼ねなく距離を詰めてくるが、仮に触った後で本当に男だと気づいたら大変なことになる。
「あの! 先輩は、なんで情報部に!?」
そう言うと、先輩は「ああ」と呟いて少し落ち着いた様子になった。
「ほら、生徒会に提出する夏休み中の活動報告あったでしょう? 先週までが期限のやつ。他の部は提出済みだけど、情報部だけまだだったから」
「……あー、なるほど。先輩、副会長でしたっけ。すいません、遅れて」
金曜日の放課後にでっち上げていた、アレだ。適当に生徒会室へ放り込んでおくつもりだったのに、メリーズグリムのせいですっかり忘れていた。
僕は床に散らばっていたプリントを纏め、先輩に手渡す。先輩はろくに確認もせずポンと生徒会のハンコを押した。いいのか、それで。
「朱忌ちゃんの諸々に比べたら生徒会の業務なんて些事!」
「……あ、はい。その、提出したので生徒会室にお帰りください……」
「一緒にお昼ご飯食べよ」
「話聞いてください。あと僕、金欠でパン買えてないんです」
「じゃあ食堂行こう? 食券奢ってあげるから」
ぐぅ、とお腹が鳴った。……いやいや、それはダメだ。
「えーと、姿を誤魔化すための……その、エネルギー的な……ああもういいや。MP使い切ってて足りないんです。だから昼休み中は休む必要があって」
「あー、うーん、なるほどね。明らかに女の子なのになんでバレないのかなー魔法少女が顔見せても気づかれない理論かなーとか思ったけど、そういう感じだったんだ」
わかった、と言って先輩は部室の外に飛び出していった。
タタタタッと廊下に足音が響き、遠ざかっていく。生徒会副会長が廊下走っていいのだろうか。いや、早く行ってくれるに越したことはないな。
……しかし、嵐のような人だった。朝露のような儚い容姿とは大違いである。
気を抜くと眠くなってきた。僕はサラシを外し、机に突っ伏して目を閉じる。後でまた三日月先輩がやってくるかもしれないが、これはもう仕方ない。
あの人もオタクだし、非日常は世間に隠そうとするはずだ。変に僕を目立たせようとすることは無いだろう……
※
と思ったのが間違いだった。
「あの、先輩」
「何?」
「この制服、どこから……」
「保健室の先生に貸してもらったの、これなら男の子のフリする必要ないもんね」
女の子のフリの方が大変なんですけど、と言う気にはなれなかった。
既に僕らは食堂のある本校舎一階へと来ている。周囲には他の生徒もいる、すれ違う度になぜかチラチラと見られているため、下手なことは口に出来ない。
「……なんか、変ですかね、僕」
「どうしたって注目を集めてしまう見慣れぬ謎の美少女。鉄板だよね」
「あ、そういう……」
どうにも自覚が持てない。確かに鏡は何度か見たし、その度に美少女であるとは思ったが、どうしてもガラスの向こうの他人を見ているような気分になる。なまじ僕の特徴が残っているせいで、決定的な違和が際立ち「あれが僕だ」という印象が薄れるのだ。
「ていうか、目立つってわかってたなら連れてこないでください」
「超能力でなんとかなるんでしょ?」
先輩が小声で僕の耳元に囁く。この人一々近い。ドキドキするし、心臓に悪い。
「そんなに万能じゃないです。先輩にも無効化されたし、まだ使い方よくわかんないし。僕は物理攻撃型なので、ああいう催眠術系の補助スキルは全然使えないんですよ」
「おお……! 一度でいいからこういう非日常感溢れる会話してみたかったんだよね!」
「…………」
ともかく、なんやかんやで僕はセーラー服を着せられていた。戦闘用の黒セーラーではなく、学校指定のちゃんとした制服だ。
装備アイテムと違って一瞬で着替えられなかったので、着方を先輩に教えてもらいながら着替えた。恥ずかしすぎる。脇にファスナーついてるとか知らなかった。スカーフなんかは結ぶのが難しくてぐちゃぐちゃだ。
インベントリ内に回収すれば装備アイテムとして使えるかとも思ったが《他プレイヤーにロックされています》というメッセージが視界内に浮び、回収できなかった。ゲーム内で他人のアイテムを回収しようとした時に出る文章である。
「それにしても、下着まで男物だったのびっくりだよ。こだわってるぅ」
「ええ、まあ……」
適当に濁しておく。気力が枯れて上手い返答が思いつかない。
あれから三分で戻ってきた三日月先輩は「食券買ってきたよ! 行こ!」と言いつつ僕にセーラー服を押し付けてきたのだ。
当然断ったのだが、秘密を握られているという点においてこちらが圧倒的に不利。「超能力のことバラしたりしないし、朝田君だってのも絶対言わないから! 神とラノベに誓うから!」と言われて連れてこられた。もう食券が買われているなら使わないのも勿体ないし。
「髪一瞬で伸びたのすごいよね、変身シーンにしては地味だったけど」
「別に変身したわけじゃないので。というか、変身っていうなら三日前に……いや、なんでもないです」
「何なに? 露骨に言い淀んじゃって。伏線? フラグ?」
「めんどくせえなこの人……」
「なんて?」
「すいません、ちょっと素が」
高校に入ってからはなるべく抑えるようにしているのだが、僕は元来口が悪い。ともあれ、出来るだけ僕であることを隠すためにも髪はロングに切り替えておいた。
カラコンも外そうかと思ったが、校則でカラコンは禁止だ。地の真っ赤な目の方をカラコンと思われる可能性があるのでそのままにしておいた。ややこしい。
多くの生徒で賑わう食堂へと入る。僕は人混みが嫌いなのであんまり来たことはない。
先輩が二枚の食券を差し出す。書いてあるのは「ワカメうどん」という文字。ヘルシーだ。奢ってもらっている立場で失礼なこと極まりないが、男子高校生としては正直物足りない。
食堂の一席に座り、先輩と向かい合ってつるつるとうどんを食べる。
……うーん、MP回復しないな。うどんの汁なら……ダメか。やっぱりカフェインか?
「今日、放課後どっか遊びに行こう?」
「いや、用があるので」
「ははーん」
ははーん、じゃないが。いや、多分先輩の予想している通りなのだが。
僕は、夜の学校を調べるつもりだ。二度夜の校舎にゲーム内のエネミーが出たのだから、再度ゲームに関わる何かが出現する可能性は高いだろう。
「ついて行っていい?」
「危ないので、ダメです。昨日とかやばかったじゃないですか」
「ん……まあ、それはそうだけど……」
先輩は困ったように頬をかく。僕は手がかりと精神感応者のレベル上げのために学校に居残る。当然、エネミーとの戦闘が発生する可能性だってある。
僕は一応戦闘能力があるからまだいいが、先輩は危険だ。流れ弾一発で死ぬ可能性大である。
「僕、別に良い人じゃないので。勝手についてきて怪我しても知りませんよ」
「おおっ、生ツンデレだ」
「…………」
「あ、ごめん、謝る、謝りますから。顔怖いよ、ほらにこー」
先輩があわあわと手を振る。その様子が少しおかしくて、僕はため息めいた苦笑を漏らした。
「何かあったら相談しますから、それまで危ないことしないでください」
「そ、そうだね。頼れる先輩は死亡率高いもんね……」
「そういうなら少しは頼れるところ見せて欲しいんですけど」
「えっと……じゃあ、何か困ってることない?」
困ってることならそりゃもういっぱいある。突然女の子になったこと、ゲームの能力が芽生えたこと、学校にゲームのエネミーが現れること、他のプレイヤーがそれを隠そうとして――あ。
「そうだ! 先輩、おかしな生徒とかに心辺りありませんか?」
「朱忌ちゃんみたいな?」
「喧嘩売ってるんですか? 他に超能力者がいないかって話です。突然様子が変わったとか、変なことしてたとか……多分そいつも僕みたいに催眠術使えるんで、意識しなきゃなかなか気づけないと思うんですけど……」
「おお、なるほど! 仲間探しだ!」
「別に仲間とは限りませんけど、まあそんな感じです」
「オッケー、調べてみる! いいね、サポートキャラっぽい!」
その後、スマホのメッセージアプリでお互いのアカウントを登録したところで、昼休みが残り十分しかないことに気づいた。
「やべ……先輩、奢ってくれてありがとうございます、それじゃあ!」
「あ、朱忌ちゃん、ちょっと待って!」
「朱忌ちゃんって呼ばないでください!」
「そうじゃなくて――」
僕は慌てて廊下を駆け抜け、部室に戻る。
ささっと服を着替え、《精神誘導》を発動させながら休み時間残り一分というところでギリギリ教室に駆け込んだ。
「お、秋。なんかさっきの授業中悶えてたけど大丈夫か?」
「悶えてないっての。ちょっと体調悪かっただけで――」
司に言い返していると、ぴこんとスマホが鳴った。
ついさっき登録したばかりの先輩のアカウントからだ。アプリを起動して、メッセージを確認する。
〈朱忌ちゃんさっき走ってた時パンツ見えてたよ〉
「…………~~!?」
なぜか顔が熱くなる。咄嗟に何か返信しようとするが、返すべき文章が何も浮かんでこない。
「おい、そろそろ先生来るから、スマホ片付けた方がいいぞ」
「ぬ、ぐぐ……!」
僕はキー画面の上で彷徨わせていた指を止め、ポケットにスマホを突っ込んだ。
超常統合学院ガイスト
ゲーム内に登場するサイキッカーの学校。プレイヤーはガイストに通う生徒となり、超能力で戦う。過去に怪物たちに潰された、とある日本の高校の跡地に建てられている。ドイツにある異常管理学園ポルターの姉妹校。