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03「メインクエスト:Grim Maryを討伐せよ」

 ゲーム「イマジナリークロノス」では、メリーズグリムは人形(メリー)黒犬(グリム)でワンセットのエネミーだ。

 HPが共有なので、片方だけにしか攻撃が当たっていなくても両方がダメージを受ける。現実的には有り得ない。だがゲーム的には当然のこと。


 故にこそ、ゲームではなくなった今、黒犬(グリム)が倒されても人形(メリー)は平気で動いているのだろう。

 四階からの落下で頭上のHPゲージは三割ほど削れているようだが、動きに鈍りは見られなかった。


「…………」


 当然、僕は黒犬(グリム)のいない人形(メリー)と戦ったことは無い。だからゲームのモーションから辛うじて攻撃を予測できた黒犬と違い、何をしてくるか分からない――


「死んでね」

「――!」


 人形の、突風のような速度の突進。


 それは見えた。

 反応ができた。

 刀も振るえた。

 相手より早く、攻撃を放った――だが、外した。


「ふふっ――!」

「がはっ……!」


 ガラ空きの胴に人形の鎌が叩き込まれる。吹き飛ばされ、無様に尻餅をついた。ズキズキとした痛みに同期するように視界の上端に表示されていたHPゲージがわずかに削れている。


 細くなった腹部からわずかに血が垂れた。あれほどの衝撃を受けてもこの程度で済んでいるのは、僕の身体が本当にゲームキャラクターと化したからか。


「あらあら、お姉さんったら。そんなに立派な刀を持っているのに、剣術は随分とお粗末なのね」


 人形がパクパクと口を動かし嘲笑う。

 確かに、その通りだ。僕は剣道の心得があるわけでも運動が得意なわけでもない。こんな長い刀、扱えるはずがないのだ。ポインタを合わせれば当たるゲームとは違う。


 ただでさえ身体が変わって、違和感塗れのこの状態。アレに上手く攻撃するには、先程の現象を利用するしかない。


「――《アクセルブレイド》!」


 刀を持っていない左手で、見えないショートカットキーを押し込む。瞬間、身体が勝手に動き、刀を水平に構えて突進した。

 僕のプレイヤーキャラクターが習得していた(スキル)、《アクセルブレイド》。走り抜けざまに敵を切り裂く高速突進斬撃。

 相手はレベル36のフィールドボス。僕がレベル100だったキャラクターの能力(パラメータ)を引き継いでいるのなら、黒犬のように一撃で倒せるはず……!


「死、ねぇええ!」


 叫ぶ。同時に、ギィンと大きな金属音が響いた。


「危ないわ、びっくりしたじゃない」


 人形は、鎌を盾に斬撃を防いでいた。頭の上にあるHPゲージは、二割程しか削れていない。だが、二割は削れている。なら、もう一度。


「やらせないわ」


 そう思ってもう一度キーを押そうとした瞬間、人形が跳んだ。

 壁を蹴り、床を蹴り、天井を蹴り。縦横無尽に廊下を飛び回る。


「……!」


 動きが追い切れない。咄嗟に刀を振るうが、刃は何も無い空間を薙いだ。相手は五十センチもない人形、的が小さすぎる。


「えい」

「ぐっ……!」


 僕の周囲を飛び回りながら、人形は鎌を回す。一秒ごとにいく筋もの切り傷が全身に刻まれていった。思ったほど痛くはない。だが……


「頑丈ね。だけど、いつかは死ぬでしょう?」


 人形の言葉通り、視界に映る僕のHPゲージがみるみる削れていく。あれがゼロになればどうなるかは想像に難くない。つまりは、死ぬ。


 しかしどうにもできない。こちらの攻撃は当たらないのに、相手は油断なく僕に追いすがりこちらを逃がさない。


「あはははっ」


 ガツン、と鎌で顎を殴られた。意識が飛びかける。それまで数ポイントしか減っていなかったHPが数百ほど一気に削れた。


「くそ……!」


 こいつは、スキルを一撃当てれば倒せる。速すぎて当てられないだけで。ゲームならすぐに勝てていた。これがゲームなら、僕が負けるはずが……

 混濁する意識の中に子供のような言い訳が溢れる。頭を何度も攻撃され、ふと思った。


「……あ」


 ――これは、そういうゲームだ。


 そう思うと、俄然頭が冴えてきた。

 敵に攻撃スキルを当てれば倒せる。しかし、相手は速すぎて狙いが定まらない。僕はキャラクターの性能を持っているようだが、それを扱いこなせない。現実化したこの状況で他のスキルを試していくのはリスクが高い。相手の残りHPはおよそ半分。と、なると――


「《アクセルブレイド》!」


 刀を構え、突進。人形は当然のようにそれを回避し、引き離した僕に追いすがる。


「当たらないし、逃がさないわ」


 そうだ、相手の方が速い。だが、そもそも僕の目的は人形じゃない。

 僕は身の丈に余る刀を、廊下に設置されていた消火器に向かって振り下ろす。

 流石に、止まっている物なら上手く命中させられた。金属製であるはずの消火器がまるで豆腐のように真っ二つに切断され、周囲に白煙が爆ぜる。


「よし!」

「きゃっ……!?」


 周囲に立ち込める煙。人形の驚く声を聞きながら、口と鼻を抑え、目を瞑り煙を突っ切った。見えなくたって、何度も通ったことのある廊下だ。歩幅や走る速度が変わっているのは厄介だが、上手く人形から見えない場所に逃げ込めた。


「ふぅ……」


 心肺機能が強化されているらしく、全力で走ったにもかかわらずほとんど息は切れていない。好都合だ。

 壁に背を預けていると、どこからか古臭い電子音が鳴り響いた。


「《光はなくとも》」


 チャージで発動する瞬間移動の背後攻撃。発動中は壁をもすり抜けて攻撃してくる。これがある限り逃げることはできない。ゲームではフィールド外に出れば追ってこなかったが、現実いまはどこまでが一つのフィールドか分からない。


「《影は後ろに》」


 ここからが、勝負だ。

 一歩横にずれる。僕の背中を夜空の月が照らし出した。


「《私は死神、グリムのメリー》……!?」


 そして、人形が僕の背後にやってくる――窓に背を向けた(・・・・・・・)僕の後ろに。

 当然、人形が瞬間移動したのは窓の外。空中だ。


「これなら、避けられないだろ――!」


 見えないショートカットキーを押し込む。振り返って窓から外へと飛び出した僕は、あり得ないような勢いで加速し、人形に向かって刀を振るう。


「く、ぅ!」


 人形は、攻撃に振るおうとした鎌を、防御に使用する。ギィ、ンと夜空に火花が舞い、人形の身体が弾き飛ばされた。

 表示されていた人形のHPゲージが二割削れる。だが、まだ死んではいない。

 けれど、これで詰みだ。僕と人形は同時に四階から地面へと落下した。


 校庭に大きな衝撃音が響く。


「ぐ……!」


 臓腑に衝撃が響き、激痛が全身を支配する。見れば、自分のHPが二割ほど削れていた。

 なんとか頭を持ち上げ、人形の落下した場所を見た。


「……はは」


 計算通り。残っていた三割のHPを落下ダメージで失い、白い炎を上げて透過していく人形を見ながら、僕は校庭に大の字になった。



《LevelUP!「宵神(ヨイガミ) 朱忌(アキ)」のレベルが「切断能力者(ディバイダー):100→101」に変化しました》


 急に聞こえてきた小気味良いファンファーレとともに、脳にそんな声が響いた。ゲームのレベル上限は100だったはずだが、これも現実化による影響だろうか。


「びっくりした……ていうか、レベルアップ時の全回復ぐらいしてくれよ。不親切だな」


 でも、そういえばあのゲームの仕様もそんな感じだったっけ。

 怪我を治療するためにアイテム使用のショートカットキーを叩く。HP自動回復スキルによるものか、数秒ごとにじわじわとHPゲージが戻り、痛みも和らいでいるものの流石にこのままでは辛い。

 パッ、と手の中に赤い缶――【HP回復ドリンク】が出てくる。そのまま数秒待つが、特に変化はない。


「……あ、自動で使用されないのか」


 どこまでがゲームシステムに則っていて、どこまでがそうじゃないのか曖昧だ。僕はプルタブを立てて、缶の中身を飲み干した。


 エナジードリンクに似た味の、よく冷えた飲料が喉を潤す。一瞬で痛みがなくなり、全身につけられていた切り傷も跡形もなく消え去った。


「……なんか、ヤバい薬品とかだったらどうしよう」


 大丈夫だよな? 副作用とかないよな? と思いながら、ポケットに空き缶を……あれ、ポケットどこだろ。


 セーラー服なんて初めて着たので、どこにポケットがあるのかわからない。胸ポケットに入れるわけにもいかないし。試しに手に缶を持ったままアイテム回収のショートカットキーを押してみると、空き缶は音も立てずに消え去った。


 このショートカットキーも謎だ。何も無いところにキーボードがあると想像して指を動かしているのだが、それにしてはキーボードを押し込んだ感触が指先に感じられる。


「ブラインドタッチできないと辛そうだな、これ」


 呟きつつ、メニュー画面のキーを入力する。目の前に半透明の光で構成された画面表示(インターフェイス)が展開された。


 ゆっくりと回るセーラー服を着た美少女の3Dモデル。表示されたキャラ名やレベル。どれも記憶にあるものと同じだ。


「お」


 メニュー画面はタッチパネル感覚で扱えるらしい。試しにアイテム欄を見ていくと、ゲームにはなかったアイテムが表示されていた。


アイテム:入手順

【男子生徒の携帯端末】

【血で汚れた鈴森高校男子制服】

【安物の財布……


 僕がさっきまで持っていた物は、ここに移動していたらしい。【男子生徒の携帯端末】を選択してみると、手元に見覚えのあるスマートフォンが現れた。


 一瞬サイズが違う気もしたが、僕の手が小さくなっているのだと気づく。

 ボタンを押すとしっかりと電源がつくが、ロック画面が解除されない。……もしかして指紋が変わってるのだろうか。

 指紋認証からパスワード入力に切り替え、ロックを解除。データなどがそのままになっていることを確認し、ひとまず通報のために電話アプリで110番を……


「……いや、バラしていいのか?」


 僕の肉体が常人からかけ離れていることは一連の戦いで理解した。いいや肉体だけじゃない。ゲームに準じた能力、アイテム。全てがオーバーテクノロジー。それを世間に知られればどうなるか。


「……やめとこ」


 青年漫画で、異常な力に目覚めた主人公が生きたまま解剖されるシーンを思い出し、血の気が引いた。


 元の姿に戻れないかとメニュー画面からログアウトの項目をタップしてみるが、当然のように文字色が灰色。選択不可だ。

 恐る恐る強制終了のショートカットキーも押してみるが、反応はない。


 ひとまずスマホを仕舞い、校舎内に入る。

 他にゲーム内のエネミーはいないようだが、匿名で警察への連絡だけはしておこう。学校が立ち入り禁止になれば、もしまた学校内にあんなのが現れても、少しは安全になるはずだ。


 本当に他人の安全を想うなら、警察や世間に包み隠さず話して協力するべきなのだろうが……僕は自分の日常を犠牲にしてまで他人に尽くす気にはなれない。偽善だとは思うが、これが僕の良心にできる精一杯だ。


「……はぁ」


 メニュー画面から【安物の財布】を選択する。校舎内に設置されている公衆電話に十円玉を投入しながら、僕はため息をつくのだった。

朝田 秋/Shu Asada

 HP:0/106 MP:190/190

 MainClass:一般市民Lv1


宵神 朱忌/Aki Yoigami

 HP:13267/17651 MP:4954/5002

 MainClass:切断能力者Lv101

  SubClass:射出能力者Lv100 

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