01「システムメニュー:タイトル画面に戻る」
『《アクセル、ブレイドっ》!』
ディスプレイに映るセーラー服の美少女が、敵キャラクターに向かって刀を振り下ろした。
合成音声で作られたダメージボイスとともに迸る血のエフェクト。一ドットだけ残っていたHPゲージが消滅し、敵キャラクターは白い炎を噴き出しながら透過していく。
『やはり、こうなるか……だが、既に布石は打った。人類よ心せよ。我が名は架空者■■■■■■! 魂魄霊界の王、遍く時針の繰り手、虚の神話を顕す者! 汝らに心ある限り――』
「ツイッターに上げとこ」
タン、とキーボードを叩き、スクリーンショットを撮影する。
数時間かかったが、ようやくソロで討伐できた。夏休みじゃなかったら絶対に無理だっただろう。
その後も敵の台詞は続くが、一度見たことのある演出なのでスキップボタンをクリックし、拠点マップ「学院ガイスト」に移動する。
「お、カゲさんいるじゃん」
ふと、画面内にフレンドのキャラクターを発見した。
黒いブレザー制服の上に、ややファンタジックな軽装を纏った女キャラだ。相手もこちらに気づいたのか、ダッシュモーションで近寄ってきた。僕のキャラクターと同じで黒髪ロングなため、並ぶと姉妹っぽく見える。
せっかくなのでメニュー画面のメッセージアイコンをクリックし、ボイスチャットに誘った。
程なくして通話ソフトの着信音が鳴り響く。
「カゲさん、お久しぶりです」
『おう、久しぶり』
出たのは若い男性の声だ。アバターと性別が逆だが、キャラメイクのできるゲームでは別段珍しくもない。僕だってそうだ。
なんと言っても、自分のアバターはゲーム内で一番長い時間見るキャラクターである。男キャラをずっと眺めるより、女キャラを見ている方が楽しいというのは男性にとってごく普通の感覚だろう。
「最近ログインしてなかったけど、何かあったんですか?」
『リアルの方で色々あったんだよ。今日もやっと用事終わって、さっき帰ってきたとこ』
「へえ……お疲れ様です」
『一応一段落ついたけど、しばらくインするのは無理だな。と言っても……』
「今日で、終わりなんですけどね」
キャラクターを操作し、視点を上に向ける。ゲーム内の空には「今までありがとう!」などといった運営からのメッセージが光の粒子で表示されていた。
『俺は途中からキャラメイクしかやってなかったけど、アキは結構ハマってたもんな。個人ランキング十七位だっけ?』
「十日前にソロ一位になりました」
『マジで?』
「過疎ってるしこんなもんですよ。時間はかかったけどさっきボスもソロで倒したんで、後でツイッターにスクショ上げます」
全盛期はそれなりにプレイヤーがいて対人戦も白熱したのだが、今はひどく閑散としている。
サービス終了間際なこともあってか普段よりは人が多いが、キャラクターで埋め尽くされていたマップを知る身としては少し寂しい。
『よくやるなあ……アレ、チーム前提じゃなかったっけ?』
驚いたような呆れたような声がヘッドホンから聞こえてくる。
「他の職はほとんど手付かずな代わりに、ドラグナーはとことん極めましたからね。授業以外の時間全部費やしましたし」
『……お前高校生なのに、勉強とかしなくていいの?』
「地頭がいいので苦労しないんです」
『はは、こやつめ』
カゲさんの苦笑が漏れる。
そういや、カゲさんは何歳ぐらいだろうか。大学生であるのは確定っぽいが……。
まあ、ネットで相手のことを詮索しても仕方ない。僕もカゲさんには自分が高校生であることしか言ってないし。
「そういえば、ボス撃破すると自分の名前言うんですけど、あれってなんなんですかね。■■■■■■ってやつ」
『ん? 何だそれ……クル……ダメだ、発音できない。まあ、次回作に向けた演出とかじゃないか?』
「うーん……出るんですかね、次回作。製作会社結構ヤバいって聞きましたけど」
『アクションは面白いんだから、普通に戦闘重視で出せばよかったのにな。余計なストーリーつけたりとかするから……』
「公式サイトにストーリー載ってましたけど、多分アレ誰も覚えてないですよね」
『アキは覚えてるのか?』
「覚えてるわけないじゃないですか」
しかし、ストーリーはともかく、設定はそこそこ凝っていた。良いシナリオライターがいれば化けたとか言っている記事も、どこかのゲームサイトに投稿されていたはずだ。
『さっきも言ったけどしばらく忙しいし、今日はそろそろ寝るかな』
「すいません、付き合わせて。ゆっくり休んでください」
『大丈夫大丈夫。暇になったらツイッターか何かで生存報告するから、その時はまた誘ってくれ』
ボイスチャットが終了する。それから一呼吸おいてカゲさんのキャラクターが手を振るモーションをし、透過しながらログアウトした。
「はぁ……」
ぼんやりと部屋の天井を眺めた。開始当初から遊んでいたゲームが終了するというのは、なかなか堪える。
特に「イマジナリークロノス」は今まで遊んだ中でも特に入れ込んだネトゲだ。ストーリーは先述の通りだが、戦闘システムは非常にレベルが高い。キャラメイクも要素が多く、カゲさんのようにキャラメイクだけで時間を潰すプレイヤーも多かった。
初期作成以外でキャラクターの外見を変更するには課金が必要なので、僕も少ない小遣いで課金したものだ。
「そういや、余ってる課金ポイントってどうなるんだ?」
別ウィンドウで公式サイトのショップページを開く。
どうやら、今日零時にサイトが閉鎖されると同時に、親会社が運営している各種サービス用のネットマネーに自動で還元されるらしい。僕の課金ポイントは五百円分残っていたので地味にありがたい。使うかどうかは分からないが。
立ち上げたブラウザでSNSにスクリーンショットを投稿しつつ、ゲーム内のフレンドにメッセージを送る。と言っても、どちらも全盛期ほどの反応はない。スクリーンショットのいいね数は四、フレンドの方はほとんどログインしていない状況だ。
そうしている内にこのゲームの舞台となる「異能超常統合学院ガイスト」の理事長NPCが運営からのメッセージを代弁する。が、誰も聞いていない。ゲーム内でも校長の話というのは耳に入らない物らしい。
名残惜しくマップに設置された大画面モニターのランキングを眺めていると、徐々に画面が暗くなり出した。チャット欄がプレイヤー達のカウントダウンで溢れ――暗転。
イベントムービーを纏めたエンドロールとクレジットが流れ、最後にタイトル画面をバックに文章が表示された。
《サービス終了のお知らせ》
《「MMORPG・イマジナリークロノス」は2026年8月25日0:00をもちまして、サービスを終了いたしました》
《長らく「イマジナリークロノス」をご愛顧いただきましたプレイヤーの皆様には、開発・運営一同心より御礼申し上げます。誠にありがとうございました》
《(ゲーム終了)》
しばしの余韻を感じた後、ゲーム終了のボタンをクリックする。
ディスプレイから文字列が消え、壁紙にしていた子猫の写真が表示される。
「ふぅ」
パソコンの電源を落とし、ベッドに寝転がる。天井を見ながら夏休み残り一週間の予定を立てようとするが、何も思い浮かばない。
「課題、七月中に終わらせるんじゃなかったな……」
もうやることは特にない。だが、普段から平気で夜更かししている僕にとって、日付の変わり目は就寝時刻として早過ぎる。次にやるゲームでも探すかと、スマホを取り出してゲームサイトを漁り始めた。
※
十日前の夢を見ていたらしい。
「おーい、秋。起きろー」
「ん」
目を開ける。
幼馴染の日暮 司が前の席に座りながらこちらを伺っていた。
「もうホームルーム終わったぞ。お前、どんだけ寝る気だよ」
「だって昨日四時まで起きてたし」
「新学期四日目だからって夜更かししすぎだろ」
「夏休み明けじゃなくても大体こんなもんなんだが」
起き上がると、頭の上に乗っかっていたプリントがパサリと落ちた。
どうやら、新学期試験の結果が返ってきていたらしい。各教科の学年順位やらが纏めてある。
「珍しいな、秋が六位か」
「は?」
少し眠気が覚めた僕は落ちていたプリントを拾い、眺める。
そこには、「朝田 秋:総合・学年順位 6位」とはっきり記載されていた。
「ええ……絶対五位以内だと思ってたのに。司は?」
「赤点は一個しかなかったぞ」
「ああ、そう」
しかし、驚いた。
この学年の上位五名は基本的に固定で、六位との間には結構な差があったはずなのだが。
「それなんだが、四組の兼ヶ井が満点だったらしい」
「なんて?」
「満点。全教科」
……いや、いやいや。それはあり得ないだろう。この高校は一応進学校を自称している。偏差値も県内平均よりは高いし、試験の難易度も相応だ。僕でも一夜漬けしなきゃこの順位をキープするのは流石に無理だっていうのに。
「ていうか、兼ヶ井って誰?」
「夏休みデビューしたって噂になってた女子だよ。まだ学校始まって四日目なのに男子十人に告白されて、全員フッたらしい」
「へー……」
全然知らなかった。新聞部あたりでは今頃特集が組まれているのだろうか。あの部は学校の下世話を一身に集めた魔窟だ、さぞ盛り上がっていることだろう。
「ほら、夏休み前に講堂で何か受賞してた」
「あー、そういえば……いやけど、割と地味目な感じじゃなかったっけ。あんま目立ってなかったし」
「だよな。俺もビビった」
僕の記憶にある兼ヶ井さんは、眼鏡をかけたやや野暮ったい感じのある女子生徒なのだが……司がそう言うほどの変化なのだろうか。正直気になる。
とはいえ、今は眠い。
「おい、寝るな。情報部の活動報告出さなきゃって言ってただろ」
「そういやそうだ……」
面倒臭いな、と思いながら鞄を持って立ち上がる。
情報部の部員は実質僕一人なので、やることが多いのだ。
「じゃあ部室行ってくる」
「おう。あ、あんまり長く居残るなよ。夏休み中に学校近くで事件があったってうるせえし、見つかったら指導室行きだぞ」
「事件? また消火器でも爆発した?」
「いや、二年の誰かが知らない間に大怪我してたとか何とか……」
「ま、大丈夫でしょ。あの部室全然人来ないし」
司に向けてヒラヒラと手を振り、教室を出る。
情報部の部室は旧校舎棟の四階。この学校における辺境だ。一年教室からはかなり遠い。
窓を伝っていけば早いのだが、まだ人気も多いので普通に廊下を歩いていく。風紀委員に見つかったら面倒だ。
ふと、廊下の角から騒がしい声が聞こえてきた。
「兼ヶ井さん、サッカー部のマネージャーやらないか?」
「あのさ、今度クラスの何人かでカラオケ行くんだけど、良かったら一緒に――」
一人の女子生徒の前に、男女、学年を問わず何人もの生徒が集まっている。絵に描いたような人気っぷりだ。
……あれが噂の兼ヶ井さんか。角からちらりと様子を伺った僕は、半目だった目を見開く。
とんでもない美少女だ。何かのモデルかと思うほどに整った顔とスタイルの良さ。黄金のような金髪をツインテールに結わえた姿は、まるで人形のようだった。
なんというか、現実離れしている。唖然としていると、彼女の青の瞳がこちらを向いた。
瞬間、焼けるような高揚感が溢れ出し、心拍数が数十ほど上がった気がした。
たたっ、とまるで小鳥のような足取りで兼ヶ井はこちらに近づいてくる。
「朝田くん……だよね?」
何となく作った感じのある声色だ。だが、気にならないほどにその声は彼女の容姿に合っていた。
「あ、はい……」
「やっぱり! あのね、日暮くんってまだ教室にいるかな?」
「あー、多分、いるんじゃないですかね」
別に先輩というわけでもないのに、何となく敬語になってしまう。
「そっか、ありがと。じゃあ、またね」
そう言って、兼ヶ井は教室に向かって歩いていった。
「…………」
なんだろう、違和感がある。
恋愛に興味のない僕が、柄にもなく女子と話して浮かれていることや、兼ヶ井さんが記憶にある姿と変わりすぎて驚いたことでもなく、もっと根本的に。
「……夏休みより前に、見たことないか?」
今の彼女の姿を、どこかで見た覚えがある。思い出そうと記憶を探るが、一向に浮かぶ気配がない。
諦めて頭を振り、僕は思考を中断して部室へと向かった。