12「メインクエスト:魔眼の少女(2/2)」
その後はHP回復ドリンクで腕を戻し、兼ヶ井を先輩が持ってきていたロープで縛り上げた。ショートカットキーが使えないように、指まで完全に拘束してある。
麻痺状態はそこまで長く続かないはずだが、数分経っても兼ヶ井は気を失ったままだ。弾丸が当たった時に脳震盪でも起こしたのだろうか。
「うっわ……うわ……うわぁ……」
三日月先輩は僕が行った先程の行為にドン引きだった。兼ヶ井を監視しつつ、僕が自分の千切れた手を回収する様子をチラ見している。
「そんなにビビらなくても……ほら、もう治ってるじゃないですか」
「いやあその、普通は治るからって自分の腕斬らないっていうか……」
「HP0にならなきゃ無傷と一緒ですよ」
「あれ、もしかしてこの子現実とゲームの区別ついてない?」
現実とラノベの区別がつかない先輩ほどじゃないだろう。それに、僕はちゃんと変化を把握しながら行動している。だから、ゲームになった現実はゲームのように振舞っていいはずだ。
そんな風に話と監視をしながら荒れた生徒会室を《修復》スキルで直していると、兼ヶ井が小さくうめき声を上げながら目を覚ました。
「……っ! なっ、縛られ……!?」
「起きたか? じゃあ、ひとまず知ってることを全部話してくれ。この後に及んでまだ抵抗する気もないよな?」
「この……素直に言うこと聞くわけ――」
「というか、こっちは元々話をするだけのつもりだったんだ。僕の友達を軽く洗脳されたのは腹が立ったけど、別に最初から殴り合いをしようと思ってたわけじゃない。先に手を出してきたお前が悪い」
兼ヶ井はぐっと唇を噛んでこちらを睨んだ。先輩は「うーん、正論」と言いながら顎に手を当てている。
「……知ってることって、何よ」
「この力や姿に関する心当たり。夏休み前まで普通の女子だったお前がどうしてその姿になったのか、そうなった原因は何なのか。それが知りたい」
僕が言うと、兼ヶ井はこちらを伺いながら、しかめっ面で、嫌々と、しかし少しずつ喋りはじめた。
「……二週間前に、『イマジナリークロノス』っていう、ゲームをやってたの」
兼ヶ井が語ったのは、おおよそ僕が辿ったのと同じ経緯だった。
彼女が今の姿になったのはイマジナリークロノスがサービスを終了した翌日、8月26日。
その日、彼女は美化委員会の当番で校庭にある花壇の水やりに行っていたらしい。普段は用務員さんが行っている仕事だが、用務員さんの非番である水曜日だけは美化委員会が代わりに水やりを行っている。
最初、兼ヶ井はその当番をすっかり忘れていたそうだ。その日は暗くなるまで外に出かけていて、ちょうど帰り道で学校のそばに通りがかった時に、当番だったことを思い出した。
その時間にはもう校門は閉まっていたが、少し校庭に入って、ホースで水を撒いて当番表に丸をつけるだけだ。数分で終わるし、誰かに見られる可能性も低い。そう思って、塀の隙間を抜けて、花壇で手早く水やりを終え、そして――
「気づいたら、この体になってた」
「……気づいたら?」
「そうよ、文句あんの? むしろ私の方が何が起こったか知りたいんだから」
「何も見なかったのか? 怪しい人影とか、怪物とか」
「無い。いいからさっさとこれ解きなさいよ」
眉間にシワを寄せ、チッと舌を打つ兼ヶ井。こいつ猫被ってる時とのギャップ酷いな。最初から胡散臭いとは思っていたが。可愛げの欠片もない。
しかし、何も見なかったとはどういうことだろう。僕の場合はエネミーに丸呑みにされたことによってアバターの姿に変化した。兼ヶ井は気づかない内にエネミーに食われるか殺されるかしたのか?
「アキちゃん、つまり兼ヶ井さんは『なんかよくわかんないうちにアイドル顔負けの美少女になって超能力もゲットしちゃって、ウキウキで夏休みデビューで人気者になってちやほやされてテストも余裕でカンニングして満点取って、ノリノリで私ツエーしてたら見事にアキちゃんのかませになった』という理解でオーケー?」
「なんで先輩今日だけめちゃくちゃ物分りいいんですか? 完璧な理解過ぎて逆に兼ヶ井が可哀想なんですけど」
兼ヶ井は三日月先輩を視線で射殺さんばかりに睨んだが、その体は羞恥で震えており、顔は真っ赤かつ涙目になっている。僕はここで初めて兼ヶ井に対して可愛げを覚えた。
「とりあえず、他人の精神弄るのはやめろ。自分の姿を誤魔化すぐらいは僕もやってるからいいけどさ……あと、カンニングもほどほどにした方がいい」
「それはあんたに関係ないでしょ。どうせバレないんだから」
「絶対じゃない。僕たちの他にもプレイヤーがいるかもしれないし、MPが切れたら一般人にもバレる。もしそうなったら非人道的な実験の材料にされたり、戦争の兵器代わりにされるかもしれない。僕らがいくら超人じみてるからって、国家的な権力で家族や知り合いを人質にでもされたらどうにもならないだろ」
「……わかったわよ」
僕の言葉を聞いた兼ヶ井は苦々しい顔をして、不貞腐れたように呟いた。
ひとまずはこれでいいだろう。兼ヶ井がこの状況を生み出した黒幕に類する何かだったならともかく、僕と同じような一般人だと言うのなら軽率な行動を窘めるぐらいがせいぜいだ。
手を縛っていた縄を解く。ふと生徒会室の時計を見れば、昼休みは残り十分程度だった。兼ヶ井がムスッとした顔で愚痴る。
「私、まだお昼食べてないんだけど」
「兼ヶ井が話をややこしくしたのが悪い」
押し黙り、こちらを睨みながら装備を学校のセーラー服に戻す兼ヶ井。それを見て、僕も装備を制服に戻した。髪が短くなり、サラシでぎゅっと胸が押し潰される。苦しさに思わず顔をしかめてしまう。
「……学ラン?」
「あ」
兼ヶ井がこちらを見て目を瞬かせた。顔を覗き込まれ、思わず目を逸らした隙に胸ポケットに入っていた生徒手帳をスり取られた。
「おまっ」
「ふぅん、へぇ。ネカマだったんだ、朝田くん?」
生徒手帳についた顔写真を見ながら、兼ヶ井が笑みを浮かべる。自分が、女体化願望のある変態だと言外に言われていることに気づき、思わず顔が熱くなる。
「ネカマじゃないっ、別にいいだろ女キャラ使ったって!」
「別に照れなくてもいいでしょ? よかったね、可愛い女の子になれて」
「うるさい、返せ馬鹿!」
こいつ、その気がないのを分かってて言ってやがる。生徒手帳を奪い返そうとすると同時に、予鈴が鳴った。
兼ヶ井は僕に手帳を投げ返し、楽しげに生徒会室から出る。扉の前で両手を後ろ手に組み、猫かぶりの可愛らしい表情を浮かべて言った。
「じゃあまたねっ、アキちゃん? 女の子同士、仲良くしよ?」
こ、こいつ、ここぞとばかりに煽りやがって……!
思わず追おうとした瞬間に扉が閉められる。立ち止まって再度扉を開け放った時にはもう、兼ヶ井の姿は見えなくなっていた。
盛大なため息をつく僕に、黙って様子を見ていた三日月先輩が問いかけた。
「……『ねかま』って、何?」
「あー……知らなくていいです……」
《「グロリア・ヴァニティ」からフレンドに申請されました》
※
ネカマ
インターネット上で女性を装う男性のこと。あまりいい意味で使われることは無い。