11「メインクエスト:魔眼の少女(1/2)」
8ヶ月ぶり……? そんな馬鹿な……。
思わず教室を飛び出してきてしまったが、このまま兼ヶ井を放置するわけにもいかない。
司は僕の友達だ。他人の意思を勝手に歪めるなんて許せない。……いや僕もやってるけど、別に兼ヶ井と違って相手に迷惑なんてかけてない。
ひとまず、部室に行って対策を考えよう。話し合いをするにせよ殴り合いをするにせよ、最低限あいつを人目のない所に連れ出す必要がある。……だが、以前見た人気ぶりから考えて一人になっている時間は少ないだろうし、下手な誘い出しでは警戒される。
上手い方法がないかと考えつつ、マップで人を避けながら旧校舎の四階に辿り着く。が、部室のある場所に青い光点が映っていることに気づいた。
部室の扉に手をかけると、当然のように鍵は開いていた。
「あ、遅いよアキちゃん」
部室の中では、三日月先輩が我が物顔でラノベを読みふけっていた。
「……なんでいるんですか」
「生徒会室には各部室のマスターキーあるんだよね。……なんか浮かない顔だけど、どうしたの?」
「他のプレイヤー……超能力者が見つかりました」
「え、もう? 展開早いね」
先輩は本を閉じ、興味津々といった様子でこちらを向く。
「誰だったの? 男子、女子?」
「女子です。兼ヶ井静鳴っていう、有り得ないような金髪ツインテールの」
「ああ、夏休み前に受賞してたあの子ね。でも、有り得ないって、何が? 金髪ツインテールぐらい、別に普通……だよね?」
……この人の場合、精神操作の影響受けてるのか受けてないのかわからんな。
僕はメニュー画面を操作し、インベントリから半透明の白い指輪を取り出す。
精神攻撃に耐性を得る指輪【アウェイクニングパール】。あまりレア度の高くない防具だが、防御力が0の分、耐性上昇率は大きい。
「先輩、これ着けてみてください。精神操作への耐性が上がる指輪です」
「ほんと!? なんで昨日渡してくれなかったの、もう!」
渡してたら絶対あのまま学校に居残ったでしょうが。
サイズが合うか不安だったが、指輪はぴったりと先輩の薬指に収まった。……まあ、右手だからいいか。
「……今考えたら金髪ツインテールとかめちゃくちゃ正統派ツンデレヒロインじゃない!」
「着ける前とあんまり変わってないから困る……」
この人に付き合っていたら時間がどれだけあっても足りない。僕は掻い摘んで先程あったことを話した。
「なるほどね……さながら大兎をヒメアに取られた遥ちゃんといったところ」
「何の話ですか?」
「ん、ごめんごめん、あんまり他所の作品の話するとこの作品の出版社に迷惑かかるもんね」
謎の自己完結と配慮を見せる先輩。まるでコミュニケーションが成り立っている気がしない。なんでこの人が学校で人気者なのか純粋に疑問である。
先輩はおもむろにスマホを取り出し、ぎこちない人差し指操作で文字を打ち始めた。
「……何してるんですか?」
「日暮君含めた生徒会役員達に仕事内容の変更通知。それと、放送部の部長さんに校内放送のお願い」
ほどなくして、校内放送が流れ始めた。
《一年四組の兼ヶ井静鳴さん。生徒会副会長より夏期絵画コンクールでの受賞に関し個人連絡があります。昼休み中に生徒会室にお越しください》
先輩はスマホをポケットにしまい、ドヤ顔で腕を組んだ。
「はい。これで今は生徒会室に人はいないし、こう言えばわざわざ誰かと一緒に来ることも無いでしょ? アキちゃんと兼ヶ井さん、二人きりでいくらでも話し合いができるってもんよ……って、どうしたの?」
……ここまでスマートに誘い出してくれるとは思わなかった。
「ただのラノベバカじゃなかったんですね……」
「ちょっとアキちゃん?」
僕はふくれっ面で睨みつけてくる先輩を努めて無視し、生徒会室へと向かった。
※
先輩に鍵を開けてもらって生徒会室へと入る。
どうやら、兼ヶ井はまだ来ていないようだ。
「最悪、戦闘になる可能性も考えて、先輩には離れていて欲しいんですけど……」
「大丈夫、今日は制服の下に着てきたの、鎖帷子」
「鎖帷子」
「前に針金で手作りしたんだよね」
何をどうしたら女子高生が鎖帷子を手作りしてそれを学校に着てくるのだろうか。先輩がセーラー服の裾を持ち上げ、シャツの上に纏った鎖の鎧を見せつける。随分と様になっており、素人の手作りとは思えない。
「……まあいいか。多分相手も学校で荒っぽいことはしないでしょうし」
だが、念のために装備を戦闘用の一式に切り替えておく。髪が伸び、学ランが黒セーラーに変化した。コンタクトレンズも装備品と認識されたのか、自動で外れてインベントリへと回収される。
突如として姿が変わった僕に先輩がきゃーきゃーと楽しそうに纏わりついてくるのを躱していると、生徒会室の扉からコンコンというノックの音が響いた。
先輩はさっと椅子に座り、だらしなく緩んでいた表情を優等生然とした微笑に切り替える。なんだこの変わり身の早さは。
万が一兼ヶ井以外が入ってきた場合に備え、僕はロッカーの陰へと隠れる。もし無関係な生徒だった場合、生徒会室でふざけたコスプレをしていると思われるわけだし。
先輩の「どうぞ」という声に一拍遅れて、部屋の扉が開いた。
「失礼しまーすっ。コンクールの件について、って言われたんですけど……」
宝石のような青い瞳に、歩調に合わせて揺れる、鮮やか過ぎる金のツインテール。兼ヶ井だ。
可愛らしい声と仕草は、現実離れしたその容姿によく似合っている。しかし、こうして見るとどうにも胡散臭い。というか、わざとらしい。
「兼ヶ井さん、急に呼び出してごめんなさい。あんまり他の生徒には聞かれたくない話なんだけど……とりあえず座ってもらえる?」
先輩は内鍵をかけ、にっこりと笑いながら着席を促す。一見平然とした態度だが、瞳はメジャーリーガーを見た野球少年のようにキラッキラだ。
少しばかり戸惑いを見せる兼ヶ井だが、朗らかな表情を崩すことはない。少なくとも、自分に問題があって呼び出されたのではないと思ったのだろう。「はい」とにこやかに返事をしてパイプ椅子に座る。
こほん、と咳払いをして、先輩はスカートのポケットに手を入れる。
「まどろっこしいと読者を退屈させそうだから、直球で聞くけど――あなた、超能力者?」
「――!」
瞬間、兼ヶ井の青い瞳が紫色に輝いた。
同時に、先輩は凄まじい反射神経で顔の前に手鏡を翳す。しかし、兼ヶ井に変化はない。先輩の行動に少しぎょっとするだけだ。
「くっ……『自分の目を見て自分にメロメロ』作戦は失敗ね……」
この短時間で対策を考案して実行する辺り無駄に頭の回転が早い。
先輩の作戦は失敗したが、指輪のおかげで精神攻撃は無効化されているようだ。わずかではあるが、兼ヶ井の表情に困惑と焦りが見て取れた。
「……三日月先輩、なんですか、サイキッカーって。ラノベの読みすぎじゃないですか?」
「違うわ」
いや、そうだろ。……いや、確かに今回だけは違うけど。
「……兼ヶ井も、プレイヤーなんだろ?」
そう言いつつ、僕はロッカーの陰から出る。
兼ヶ井は一瞬、零れそうなほど大きく目を見開いて、即座にこちらに右手を向けた。
「《ショックボルト》!」
兼ヶ井の手から僕に向けて発射される、青い電撃弾。ダメージを与えられない代わりに高確率で麻痺状態を与える、全クラス使用可能な汎用スキルだ。
しかし、それは服の袖で受け止めるだけで四散した。……七分丈だったのでもうちょっとで生身の部分に当たりそうだった。危ない。
まあ、まともな話し合いにはならないと思ったけれど……こいつ、即座に手を出してきやがった。
「装備の麻痺耐性を最大まで上げてる、無駄だ。知っていることは洗いざらい話してもらうし、これ以上司にも関わらせない。……動けば、撃つ」
僕はライフルを兼ヶ井に向ける。撃っても一撃で倒すことは出来ないが、防具のない今なら当たりさえすれば大ダメージだ。
もしここまで言って動くならひとまず脚を吹き飛ばそう。どうせ、HP回復ドリンクを飲ませれば治る。
「……」
兼ヶ井の顔色が変わる。眩しいほどに明るかった表情が見る間に暗く染まり、穏やかな目つきが刃のように鋭く尖る。
そして、兼ヶ井は覚悟を決めたように片手で見えないキーボードを叩いた。
「……《身代幻影》!」
「《レイ・シュート》!」
兼ヶ井が口の中でスキル名を呟くと同時、僕は一切の躊躇なくライフルから赤い光弾を放つ。
放たれた赤光が彼女に突き刺さる。――だが、次の瞬間兼ヶ井の身体は霧となって消えた。
「っ、身代わり――」
「せいッ!」
同時に、脇腹に回し蹴りが叩き込まれる。しかし、防具の上からなのであまり痛くはない。
蹴られながら刀に持ち替え、足元に向けて一閃。兼ヶ井の足首に命中するが、ダメージをあまり与えられていない。
見れば、兼ヶ井の服装が首から下をぴっちりと覆うボディスーツに変わっていた。羽織るようにしてブレザージャケット型の白い制服を上から着ており、妙な色気がある。MMORPG「イマジナリークロノス」に登場する、異常管理学園ポルターの星幽学科制服だ。彼女は顔をしかめつつ、僕の顎先に右フックを放つ。
頭はまずい。防具を身に着けていないからダメージや状態異常がほぼそのまま通ってしまう。咄嗟に首をふって回避するが、次の瞬間、刀を振り抜いた腕を掴まれ、一本背負いに地面へと叩きつけられる。
「ぐっ……!」
HPが削れる。だが、所詮はスキルを使用しない通常攻撃、致命的なダメージではない。僕は倒れた姿勢のまま、不可視のキーを押し込む。
「《ウィンドクロウ》!」
刀を構えた。肉体が最速最適の動きをもってその場から跳び上がる。抉り込むような下からの鋭い一撃を兼ヶ井は手の甲で逸らし、弾いた。……素人に出来るような動きじゃない。こいつのステータス、技量重視の能力構成か……!?
跳び上がった勢いで天井に刃が突き刺さる。即座に引き抜くが、その隙に兼ヶ井は僕の腕を取り、諸共地面に転がりながら関節を極めた。
「降参して。記憶操作を受け入れなければへし折るわ」
凍えるような兼ヶ井の低い声。それはさっきまでの可愛らしい声とはまるでかけ離れていた。
だが、その低い声も、結局どこか作ったようにわざとらしい。
「すぐに武器を捨てて――」
「《フライングエッジ》」
僕は、武器を念力で操るスキルで掴まれていた自分の手首を切り落とした。
兼ヶ井と先輩が目を見開くが、この程度ならHP回復で治る。先日のRDウルフで実験済みだ。
このスキルは攻撃力が低いために、全身を防具で覆っている兼ヶ井にそのまま使っても通用しない。だが、露出部位が多い装備を纏った僕の方になら大ダメージを与える事ができる。相手が動揺していたのもあって、一瞬で拘束を抜けることに成功した。
「《ショックボルト》!」
激痛を堪えながら腕の断面を兼ヶ井の頭に向け、スキルを発動。一瞬の隙を見せた彼女の顔面に弾丸が命中し、兼ヶ井は昏倒して倒れた。
グロリア・ヴァニティ/Gloria Vanity
(プレイヤー名:兼ヶ井 静鳴)
MainClass:催眠施術師Lv91
SubClass:特殊視覚者Lv13
メインウェポン:アンオブタニウム製指揮棒
強化系スキルの効果を上げる指揮棒型の武器。攻撃力はほとんど無い。
└サブウェポン:ゼロサイト・リリス
特殊条件達成で獲得できるイベント限定装備。ゲーム内では課金以外で瞳の色を変更する方法はないが、このアイテムを装備中は瞳が紫色に変わる。効果は「弱体化系スキルのクールタイム減少」だけだが、アイテム説明文には「とある悪魔の瞳を再現したコンタクトレンズ。その妖しい輝きはあらゆる人間を魅了する」と記されている。
メインユニット:ポルター学園星幽学科女子制服(白)+4
首から下を覆うぴっちりした全身スーツの上に、ブレザージャケットを羽織ったようなコスチューム。ダメージカット性能が高く、状態異常耐性にも優れたレアな防具。
サブユニット1:ステラファイバー製のリボン+1
鮮やかな青色のリボン。体力が20%以下になった際に防御力をアップ。
サブユニット2:プレアデス・バッテリーリング+3
手首につけられた光の円環。MP消費を軽減する。