09「デイリークエスト:校舎探索」
六、七限はつつがなく終了し、その頃には僕も平静を取り戻していた。MPも十分というほどではないが、まだ余裕がある。授業が終わり、放課後のチャイムが鳴った。
「三日月先輩って知ってる?」
僕はMPドリンクをちびちびと飲みながら、教科書を片付けている司へ問いかけた。こいつは生徒会の庶務なのだ。
「うん? 副会長のことか?」
「そうそう、どんな人かなと」
「巨乳」
「おい」
「人気者だよ、美人だし。無口だけど、お淑やかな感じで良いって男子の先輩方が言ってたぞ」
「無口?」
めちゃくちゃ喋ってたぞ、あの人。オタク特有の早口がMG42のように火を噴いていた。
「勉強も運動も出来て先生からの覚えも良くて、生徒会の仕事で色んな部活動に顔出してるから生徒に対しても顔が広い。ま、完璧だよな。欠点を言うならちょっと人見知りするとか、そんぐらいか?」
「人見知り……?」
初手からあの超至近距離で喋ってきてたのに、人見知り? ……普段どうなのか気になるな、こうなると。
「普段? よく文庫本読んでるな。高そうな革のカバーかけてるから、何読んでるか知らねえけど」
ああなるほど、ラノベか。
「というかどうした、秋? 惚れたのか?」
「いや、僕恋愛とか興味ないし。というかあの人むしろ苦手な方」
主に性格面で。ついでに言うと僕は綺麗系より可愛い系の女の子が好きである。
「ふーん、前は黒髪ロングストレートモフモフしたいとか言ってたのにな」
「言ってないだろ。いや、言ってたとしてもそんな気持ち悪い言い方はしてない」
確かにロングヘアの女の子は好きだが、触りたいだけなら今は自給自足出来る(別に嬉しくもないが)。それに、もしあの人の髪を撫でたいだの触りたいだの言ったら、見返りに何を要求されるかわからない。
などと噂をすれば影。件の三日月先輩が教室の外で手招きしていた。
僕の方を向いているようだったが、司は自分に対してだと思ったのだろう。先輩に向かって話しかけた。
「生徒会の用事ですか、副会長?」
「……ううん」
先輩はにっこりと笑いながら黙って首を横に振る。そうしていると確かに物静かな美人なのでずっとそうしていて欲しい。
「あき……朝田君に、用事があるんです」
「え? 副会長、こいつと知り合いなんですか?」
知り合いっちゃ知り合いだが。
僕は鞄を手に取り、教室を出る。三日月先輩は僕の手を掴み、ぐいっと物陰まで引っ張った。そのまま耳元に顔を寄せてくる。やっぱり近いってこの人。
先輩は今までで一番のシリアス顔をして、真剣な声音で小さく囁いた。
「……この作品の主人公って、日暮君だったの?」
かと思ったらこれである。この作品も何もと言った感じだ。現実と空想の区別がついていない。いや、なぜか現実の方も空想とごっちゃになっているので仕方ないと言えなくはないが。
「いい加減ラノベから離れてください。あと、なんであいつが主人公なんですか」
「冴えないイケメン風な上にバカなお人好しだもん。ヒロインのアキちゃんとも仲いいし」
「言われようが酷い。というか僕は別にヒロインじゃないです」
「またまたぁ」
つんつんと僕の頬を突いてくる。このオタク、面倒くさい。呼び方も変えてくれないし。
「男だと思ってたアイツが実は、っていう定番のアレでしょ? 今ってどれぐらいフラグ立ってる? ラッキースケベは終わった?」
「フラグも何も無いですから。それと、僕は本当に男だし、恋愛にも男にも興味ないです」
「口ではそう言いつつも、朱忌が司のことを想っているのは誰の目からも明らかだった」
「地の文風に言っても無駄なので。というか、司なら彼女の一人ぐらいいるはずですし」
「ははーん、素直じゃないなあもう」
ははーん、じゃないが。くそ、言葉選びミスった。
「でも、日暮君って結構鈍感系じゃん。確かに意外とモテてて、生徒会の会計の子とかがそれとなくアタックしてるけど、全然気づかないし」
「中学の頃から変わってないんですね、アイツ……」
「だからまだまだいけるって、アキちゃんなら十分メインヒロインのポジション狙えるよきっと」
不要すぎるポジションだ。僕は話の腰を折って先輩へと問いかける。
「というか、何の用事なんですか。もしかして、もう怪しい生徒の目星がついたとか?」
「流石にまだ無理かな。新聞部の暗躍隊に頼んだから、明日には上がってくると思うけど」
なんだ、新聞部の暗躍隊って。前から怪しいことをしている部活だったのだが、いつの間にかわけのわからないことになっているらしい。
「まだちゃんとした説明もらってないから、情報部にお邪魔しようと思って。下校時間までには帰るから、ね?」
「……昼に言いましたけど、僕にもわからないことだらけですよ」
「それなら私の方でも色々調べて見るからさ」
「うーん……」
司の言う通り、先輩は学内に顔が利くようだ。せっかく協力してくれるというなら、断るのも勿体無い。僕は先輩と一緒に旧校舎の四階へと向かった。
※
そういうわけで部室にて先輩と話をしていたのだが、これがもう僕の口下手と相まって意思の疎通が全く上手くいかない。この人、思い込みが激し過ぎる。
理解は早いのだが、簡単に歪曲して伝わってしまう。僕は正しく伝えることを早々に諦め、ちゃんと伝わりそうな情報だけを口にした。
「つまり、一般人だった朱忌ちゃんは超能力者としての才能を見初められ中学二年生の時に学院ガイストに転校させられ、三年前から今日まで訓練ばかりで自由のない生活を送っていたけれど、夏休み明けに大型新人超能力者として敵性体の出現するようになったこの学校に派遣され、初恋の相手である日暮君に再会し、しかし日暮君は朱忌ちゃんが超能力者となっていることどころか、そもそも別れる以前から女の子であることにすら気づいておらず、再会した今も主人公特有の鈍さで気づいていないと、そういうことね!」
「なんでそうなったのか何一つわからないけどじゃあもうそれでいいです。……あ、チャイム」
そうしている内に下校時間近くとなり、残っていた生徒や教師達が校舎から離れていく。全員、どこか焦燥感を感じる表情だ。
見れば、先輩もどこかソワソワとした様子で椅子から腰を浮かせている。
「……多分、ラノベによくある人払いの結界的なやつだよね、これ。昨日は何がなんだかわからなかったけど……」
「僕も、三日ぐらい前にそんな感じになりました」
だが、鬼気迫るような恐怖を感じた僕に比べると、先輩はかなり落ち着いている。《精神誘導》の効きが悪いことと言い、精神攻撃に耐性があるのかもしれない。
僕の方は、特に何ともない。平常だ。恐らくは常時発動の耐性系スキルによるものだろう。
「ぐぐぐ……落ち着かない……」
「校門まで送っていきます」
そうして先輩と別れ、下校時間を一時間ほど過ぎた頃、校舎は完全に無人となった。
マップを見る限り、僕以外の光点はない。待ってたら黒幕的な人物が現れるかもと思ったが、そんなことはなかった。無論、マップに表示されない存在が潜んでいる可能性もあるが、この広い学校内でそれを見つけるのは難しい。当てずっぽうで探すしかない。
昨日と同様、マップを見ながらぶらぶらと校舎内を探索する。二、三時間ほど調べて、何事も無さそうならこのまま帰るつもりだ。僕だってマンガを読んだりゲームをしたりと、高校生らしくタスクには事欠かない。勉強? そんなのはどうでもいい。
ひとまず校庭にやってきた。昨日は移動・補助系のスキルや自己強化スキルの試し打ちがメインだったが、今日は攻撃スキルを使ってみることにする。
敵が現れるかどうかは知らないが、二度あることは三度ある。準備はしておいた方がいい。
僕はメニュー画面を操作し、クラスと装備を変更。学ランが一瞬で黒セーラーへと切り替わり、刀とライフルが現れた。
適当にぶんぶんと刀を素振りしてみる。今更だが、こんな大きな刀なのに苦もなく振り回せる。
とはいえ、剣筋は素人そのもの。「技量」の数値をわずかに上げたおかげで先日よりは上手く振れている気がするが、前に見学した剣道部の試合なんかとは比べるのもおこがましい。
まあ、これは仕方ない。一朝一夕でどうにかなるものでもないし。
僕は早々に素振りをやめ、刀を右手でだけで持ち、左手でキーを叩いた。
「《アクセルブレイド》」
スキルを発動させる。ぐんと僕の身体が自動的に駆動し、剣を構えたまま前方へと突進した。
「《ウィンドクロウ》」
流れる視界の中で、別のキーを叩く。僕は急制動とともに地面を蹴り、刃を突き出して空中へと飛び上がった。
「《スラッシュサーキット》」
そのまま刀を縦横無尽に振るう。刃紋の残像が全方位を埋め尽くす。
たん、という軽い音ともに着地する。が、少しふらつき、たたんと千鳥足のステップを踏んでしまう。
「……酔いそう」
身体が勝手に動いて飛んだり跳ねたり。急な制動でワカメうどんが胃から飛び出しそうになる。
だけど、現実となってもスキルを連携させられるというのは確認できた。
自分で移動し、攻撃できるようになったせいか、キーボードはあっても移動コマンドや通常攻撃コマンドは使えない。そのため連携のパターンはかなり限られるものの、うまく決めれば100レベルプレイヤーのHPを一気に半分持っていくことも不可能ではないだろう。多分。
次に銃。試しに空に向けて何発か撃ってみる。夜のしじまに銃声が響くが、マップに映る学校周辺の住民の動きに変化はない。……これも何者かが施した隠蔽の効果だろうか。
気にはなるが、今は都合がいい。適当に空き缶を並べて早撃ちなども試してみる。
「……クソエイムだなあ」
一人称射撃ゲームならそれなりに自信があるのだが、リアルの射撃は全っ然当たらない。
「《レイ・シュート》」
試しにスキルを使ってみる。赤いエネルギー波が銃口から放たれ、左端に置いた空き缶が吹き飛んだ。本当は真ん中を狙ったのだが、さっきに比べれば射撃精度が上がっている。
飛ばされた空き缶はくるくると夜空を舞い、こん、と赤い狼の頭に落ちた。
「ん?」
先程まで何もなかった場所に、突如としてエネミーが現れている。
赤のペンキで染め上げたような原色の毛並み。赤い光を放つ目。深紅を覗かせる口内――と強そうに説明してみたが、要は真っ赤な狼だ。
RDウルフ。ゲーム内随一の手抜きグラフィックと言われる、レベル17の雑魚エネミー。
「えーと、こんばんわ」
「グルルアァ!」
狼は吠えながらこちらに向かってくる。言葉がわかれば尋問なり何なりの予定を立てていたのだが、動物並の知能では望むべくもない。
だが、良心も痛まないし、戦闘練習にはちょうどいい。僕はサブクラスを射出強化者Lv100から精神感応者Lv1に切り替え、狼と相対した。
《LevelUP!「宵神 朱忌」のレベルが「精神感応者:1→3」に変化しました》
宵神 朱忌/Aki Yoigami
HP:8998/9102 MP:2842/2842
MainClass:切断能力者Lv101
SubClass:精神感応者Lv1→3(HP221UP、MP391UP)