ガラス
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「ほらはやく、おねえちゃん!」
「わかったってば。」
「ほらほら!」
「わかってるって。」
サクサクサク…… 草を踏みしめる音。
「みてみて!おねえちゃん!」
「ん?なあに?見せてごらん?……えっ⁉」
少女の見つめた先には、ぐつぐつと燃えたぎる、不思議な岩がありました。いいえ、岩全体が燃えているのではありません。
岩の真ん中、少し窪んでいる部分だけが、音も立てず静かに、夕陽の色に染まっていたのです。
「なにこれ……」
「すごいでしょー?おねえちゃん、またどうせあおの想像だと思った?」
この妹のあおは、しょっちゅうひとりで歩き回っては、変なものを見つけてきて、おねえちゃんを引き回す常習犯でした。
「うん。」と真剣に答えたおねえちゃんに、
「もう!」
と、あおはわざとらしく頬を膨らませました。
「でも、あお、これはすごいよ、ほんとに。」
そう言っておねえちゃんはあおに顔を向けて、にっこり笑いました。久しぶりに見たおねえちゃんの笑顔にあおは思わずつられてしまいました。
「ふっ」
「はははははは!」
見つめあっていると、なんだかおかしくて、ふたりとも笑いだしてしまいました。
「ふふっ」
あおはおねえちゃんのその涙がにじみ出てきた目を見てそっと笑います。
「あおいー!おねえちゃんー!」
遠くでふたりを呼ぶ声がします。おねえちゃんは、はっとして、声のする方を見ました。そうして駆け出そうとして、なにかを思い出したかのように立ち止まりました。
「おねえちゃん?」
あおが声をかけるとおねえちゃんは振り返ってこっちを見ました。いたずらっ子のような笑顔で。そしておねえちゃんはこっちへ来て、あおと目線を合わせるようにしゃがんで、あおの手を取りました。
「あーお。」
「ん?」
おねえちゃんの目は、近くで見ると思った以上にきらきらしています。なんだか、どきどきしました。
「これは、」そう言っておねえちゃんはだいだい色の岩に目をやります、「このぐつぐつ岩は、ふたりだけのひみつだよ。」
「ぐつぐつ岩?変なのー」
「えーそう?」
それでも、ひみつという言葉が、なんだか懐かしくあおを揺さぶりました。少し前まではこうして、おねえちゃんとふたりで走り回っていた気がします。ひみつをたくさん持ちながら。
「うん!」
ちょっと張り切りすぎたあおの声に、おねえちゃんがくすっと笑いました。あおもなんだか懐かしくて、くすくすっと笑ってしまいました。
「おねえちゃん、」
「ん?」そう言っておねえちゃんは、おでこをこつんとあおのおでこにぶつけました。
「なんか昔みたいだね。」
「ん、そうだね。」
なんだか今日はおねえちゃんが近く感じて、うれしくて、笑いが止まりませんね。
「あお!おねえちゃん!どこにいるの!」
おねえちゃんもあおもはっとして、おねえちゃんは立ち上がって、走り出そうとしました。あおもそのあとを追います。
「待って!」
「ほら。」
よろけそうなあおにおねえちゃんが手を差し出して、ふたりはもう一度笑いあいました。そして少女たちは駆け出したのでした。
あおのおねえちゃんはもう大きくて、少し離れた町の学校に通っています。あおのいる村は、とっても小さな村だけど、きれいな海があって、毎年夏になると、町からいろんな人が遊びに来ます。あおぐらいの子どもたちや、おねえちゃんぐらいの恋人たち、おじいさん、おばあさんまでも。そりゃあたくさんの人が遊びに来るのです。
そして、そんな忙しい季節になると、いつも週末にしか帰ってこないおねえちゃんもこっちで暮らすようになって、いっしょにお店を手伝うのです。あおたちの家は、みんなの大好きな……
「ついたよ。」
「うん。」
「私たちの、海の家に。」
海の家です。きゅうりもとまとも、野菜が美味しい、海の家です。家は大きいので、民泊もやったりしています。
「あ、やっと帰ってきたわね、あんたたち。」お母さんの強い声がします。
「ごめんね。」とあお。
「ごめん、お母さん。」とおねえちゃん。
言いながらおねえちゃんは壁に掛けてあるエプロンを着ます。あおもマネして、ひとまわりかふたまわり小さいエプロンを着ます。
「もうお店始まるわよ、準備して。」
「はーい!」そう言っておねえちゃんは私ににっこりほほえんで、お店に入って行きました。
また、忙しいお店の時間がはじまるみたいです。そして、あおのつまらない時間もはじまるようです。
そう思ってあおが今日はなにをしようかと考えていると、おねえちゃんがまた戻ってきて、
「あおー、さっきのことだけど、また夕方見に行こうか。気になるから。」と言いました。
あおはうれしくて、にっこりして、「うん。」とうなづきました。あ、でも……
「ばれないかなぁ、みんなに。」
そうおねえちゃんに言ったつもりでしたが、おねえちゃんはもうとっくに、お店の中に入っていました。
どうしよう……
岩場なんて危ないので、あまり行く人はいませんが、それでも、誰も行かないとは限りません。あおは心配になりました。
せっかくのおねえちゃんとのひみつなのに。
でもそうか、とあおは思いました。
あおが見張りをしよう。
そう思うとあおは、いちもくさんにかけて行きました。
「あおー、気をつけなさいよー」
お母さんのすかさずかけたその声が聞こえないほど、あおはすっごく楽しみでした。
あおが目を開けると、もうそこは真っ赤な夕暮れでした。
眠ってしまったのでしょうか……
お昼間、燃える岩を見ていたあおは、岩があまりにも熱いことにびっくりしていました。もしあおが、おねえちゃんがいないときみたいに、ビーチサンダルを履いていなかったら、やけどをしていたとこでした。履いていてそれでもどうしても熱いので、あおは岩を降りて、草の生えた地面に座って、首を伸ばしてみますと、だいだい色の岩がかろうじて見えました。そうやって見ているとやはり疲れるので、あおは座り方を変えたり、首を回したりして、ずっと見張っていたのですが……やはり……
眠ってしまったのでした。
でもそれは当然のことだったのです、考えてみると。
あおはここのところ、おねえちゃんが来る今日の日が楽しみで楽しみで、ずっと眠れずにいたのでした。そして眠れないあたまで窓の外を見ては、この星空をおねえちゃんに見せてあげようと、さぞかし楽しそうに笑っていたのでした。おねえちゃんのいる町のほうでは、最近星が見えないというので……
おねえちゃん、どうしているのかな。
そうずっと思っていたのでした。
あおは、そのすこし軽くなった体を起こすと、岩のほうへ歩いて行きました。岩はさっきまでの熱さが嘘のように冷めきって、びくっとするくらいでした。あおは、すべてがだいだい色に染まったこの夕焼けで、あのだいだい色のぐつぐつ岩を探していました。でも、困ったことに見あたらないのです。どこを探しても。
なんで……
あおは急に恐ろしくなりました。夢だったのかなぁ……
もし、あのぐつぐつ岩が夢なら、おねえちゃんと会えたこと、それも全部また、夢だったのかな……
でもそうなのかもしれない、とそうあおは思いました。実はあおは聞いてしまっていたのです。お母さんとお父さんが、おねえちゃんの手紙の話をしているところを。
おねえちゃんは頭が良くて、もうすぐ、だいがくというところに行けるようです。でもそのだいがくというところはとっても遠くて、もし行ってしまったら、今のように、おねえちゃんが週末に家に戻ってくることはできなくなるのだそうです。
そんなのやだって叫びたかったけど、あおはおねえちゃんの勉強好きを知っていました。隙あらば本を読んでいたことも。ほんとうはあおなんかと遊ぶよりも、ずっと本を読んでいたいことも。
なんかそう思うと、あおはいつもいつも悲しくなるのでした。
おねえちゃんが毎晩読んでくれたおとぎ話には、とふとそう思います。おとぎ話では、仲の良い姉妹ははなればなれになっても、それでもずっと、心は一緒だよとそう言います。そしていつかはまた一緒になって、幸せに暮らすのです。
あおはそうなればいいなぁといつも思っていました。もちろん、離れ離れになりたいわけではないけれど。でも、おねえちゃんが戻ってきて、また毎晩のように海のさざ波を聴きながら、そのおねえちゃんの優しい物語を聞ける日が、またいつかきたらなとそう願っているのです。
ふと、あおの足が何かにすべりました。あおはさすがに転びませんでしたが、それでもびっくりして、その足もとを見ました。そこには、夕陽の光を反射して、きらきら光るものがあったのです。
「え……」
あおはお昼間のおねえちゃんのようにびっくりして、声も出ませんでした。顔を地面に寄せて、おそるおそるさわってみると、それはやっぱり昼間のぐつぐつ岩とは違います。けれども、そこはやっぱり昼間見た、あの岩のくぼみにそっくりだったのです!
「わぁ……」
あおにはおねえちゃんのように計算式とかごちゃごちゃした英語が読めるわけではなかったけれど、それでもこれは、数字みたいに、なにか神秘的なものなんだなと思いました。このきらきらは、こんな田舎にあるようなものではないから。それでも不思議と、このきらきらは、海の涼しげな色を、夕陽のあたたかな色を、その姿に映しているような気が、あおにはしたのです。まるで、海も夕陽もなければ、あなたは存在しないかのように……
「わぁ、それ、天然のガラスかしら?」
わぁ!
びっくりして振り返ると、おねえちゃんがいました。おねえちゃんは、また目をきらきらさせながら、ぐつぐつ岩を見ています。
「そういえば聞いたことがあるわ。ガラスは一種の石灰からできているって。」
え?
「そうね、ここの地層はそういえば、石灰だったのね。海辺だし。」
あおはおねえちゃんの言っていることが全然わからなかったけど、それでもおねえちゃんのかがやくひとみをみると、もうなんでもいいやと思えるくらい幸せでした。
あおがおねえちゃんをじっと見ているのに気づいて、おねえちゃんははっとしたように、「あ、ごめんね。あおにはまだむずかしいね。」とそう言いました。
いつもなら、うんと素直にうなずくあおでしたが、なぜか今日は、どうしても、そう言えませんでした。なんか、おねえちゃんだけ先を歩いて、ずるいような気がしたのです。
「むずかしくないもん!あおももう、たし算引き算ぐらいできるし、文字だってかけるんだよ。英語はまだ書けないけど……でも……」
「ふふっ」
おねえちゃんは突然のように笑って、あおのあたまに手をのせました。そして、小さくごめんとつぶやいて、あおにもわかるように言うとねとそう話しだしました。
「ガラスなのよ、これ、多分。」
「ガラス?」
「そう、ガラス。」
「あの、窓とかにある?」
「そうだよ、そのガラス。」
「へー」
あおには不思議でした。あんなかたくて、しっかりしたものが、こんなにも海色に、夕陽の色に染まるものでしょうか……あんなかたいものは、こうやって神さまが創り出した神秘的なものじゃなくて、だれか知らない大人たちが、森を崩したりしてガチャガチャいろいろ積み合わせて、作ったものだと思っていました。
「ふふふ」
おねえちゃんが笑っています。
「なぁに?」あおはちょっと不思議そうに問いました。
「ううん、ちょっとね。ずいぶん不思議そうね。」
「うん。だってさ、」そう言ってあおは叫びたくなりました。なぜか色々なことをいっぺんに。
急におねえちゃんがぼやけて、大粒の涙があおの頬をつたいました。おねえちゃんのそのあわてた顔すら見えないくらい、涙はどんどん溢れてきます。
「急にどしたの、あお。」
おねえちゃんはあおをたぐいよせて、ぐっと抱きしめました。久しぶりにかぐおねえちゃんのにおいでしたが、それもまたどこか、むかしのおねえちゃんとは違うような気がします。どこか遠い気がします。
「おねえちゃん!」あおは、これまでしたことのないくらいつよく、その名を呼びました。
「なに、あお!」
おねえちゃんはびっくりしたようでしたが、それでも力強く、あおを抱きしめていてくれました。
「どうしてそんなこと言うの?」
「え?」
「どうして……」
「どうしたの、あお?」
「おねえちゃん!」
あおはたくさん叫びたいことがあるのに、それがぜんぶうまく言葉にならなくて、喉のおくに引っかかっているのを感じました。いらいらとか、よくわからないものがいっぱい混じりあって、あおはどうしようもなく、おねえちゃんをひきはなしました。
「え…」
ふいをつかれたおねえちゃんが、びっくりして目を見張ります。あおがいままで自分からおねえちゃんをはなれたことはなかったのに。
「なんで、おねえちゃんはこれがガラスだと思うの!」
「なんでって……」
あおはかまわず続けます。
「これはガラスじゃないの!これがガラスな訳がないじゃない!」
あおは精いっぱい大きな声で言いました。さっきまでびっくりしていたおねえちゃんも今では落ち着いて、なんだか、立場が逆転したみたいです。
「なんでそう思うの?」
びっくりするほど低いおねえちゃんの声が響いて、あおはなんだか、我に返りました。ああ、あの気持ちはなんだったんだろう。
「なんでって……」
これじゃあまるで、さっきのおねえちゃんです。気をとりなおしてあおは、ゆっくり話し出しました。
「だって、おねえちゃん、このぐつぐつ岩は、」そう言ってあおはもう一度、ぐつぐつ岩を見ました。
やっぱり。
「このぐつぐつ岩には、優しいにおいがするの!」
そう言ってあおは得意げにおねえちゃんを見ましたが、おねえちゃんはわからないといったようにあおを見つめていました。
「あのね、このぐつぐつ岩は、海とか、草とか、岩とか、そういうあおたちの仲間なの!でもガラスなんて……
あんな汚くて、かたくて、しっかりしてるのは違う!ガラスは違うの!わたしたちの仲間じゃないの!」
おねえちゃんはまだわからなそうにしています。あおは悲しくなってきました。どうしてわからないの、おねえちゃん。こんなあたりまえのことが……
「海に来る人たちだって違う。へんなビニールとかいう汚いものを、あおたちのともだちの海とか、砂浜に捨てていく。もうどうでもいいみたいに。それで、あおたちのともだちが困ってるのに、気にしないみたいに。かめさんとか、魚がどうなったって、あの人たちはどうでもいいの!」
あおはおねえちゃんの静かな顔を見て、力なくこう言いました。
「どうしてわかんないの、おねえちゃん……」
おねえちゃんは静かにあおを見て、そして、静かに、吐き捨てたのです。
「どうしたもこうしたも……
わかんないよ、あおの気持ちが……」
あおはびっくりしました。そして同時に、いろいろな気持ちが入り混じって、なんだかおねえちゃんを殴りたいような気持ちになったのです。
「あお。」
おねえちゃんは私を見つめて言いました。
「あおは行ったことがないからわかんないかもしれないけど……」
おねえちゃんは立ち上がりながら続けました。
「おねえちゃんのいる町にはいろんな人がいる。そりゃあ、ああやってゴミとか捨てていくろくでもない大人もいるっちゃいるけど、それでも、おねえちゃんを助けてくれた人もいた。優しい人もいた。だから、
あおが言ってるように、ここに来る人たちがみんなわるい人だとは思わない。」
おねえちゃんはそう言って海を見つめました。
「いま、ここにあるものはぜんぶ、あおの言ってるともだちからできたものなんだよ。家も、ビニールも、もちろん、ガラスも。もとをたどればぜんぶ、あおのともだちからできたもの。自然から生まれたものなんだよ。
あたしもそりゃあ、信じられなかったよ。はじめてあの醜いビニール袋が土の下の方に埋まってる石油からできたなんて聞いた時は。どうやったらあんな醜いものを作り出せるのかわかんなかった、こんなにきれいな自然から。
でもね、勉強して、本を読んでいくと、大人だっていいものをつくってることがあるんだとそう思ったんだよ。ガラスだってね。
あおの見ているあの窓ガラスだけが、ガラスなんじゃないよ。たとえば、町だと、コップだってね、ガラスでできたやつはすっごくきらきらして、きれいなんだよ。」
そう言っておねえちゃんはあおを見ました。でもあおはどうしても、このぐつぐつ岩をガラスだとは言いたくなかったのです。
「でも、そのガラスからは、海のにおいなんかしないでしょ?」
あおは意地悪くそう言いました。
「そうね、でも……」
「おねえちゃんはいつからそっちの味方になったの!」
あおはさっきから、おねえちゃんからの強い裏切りを感じていました。おねえちゃんは、おねえちゃんは……
「あおたちの仲間じゃなかったの。海とか、夕陽とか、わたしたちの世界の人じゃなかったの?」
もうなんか、どうでもいい気がして、あおは走って逃げだそうとしました。それをおねえちゃんは、あおの二の腕をつかんで止めました。
「あお!おねえちゃんが言ってるのはね、そうじゃないの!」
「はなして!」
「やだ!」
そうして、少女は昼間のように見つめ合いました。でもそこから笑いが出ることはありませんでした。いくときか経って、やっと出てきたのは、いろいろな思いを溶かした、涙でした。
「あお、聞いてね。」おねえちゃんが涙声で話しました。
あおはいやだったけど、でもなんか、落ち着いて来ると、おねえちゃんにわるいことをしたような気がして、それで何も言わずに少しだけうなずきました。おねえちゃんは続けます。
「おねえちゃんもね、勉強をはじめたばっかのときは、あおみたいに思ってた。なんだ、あの大人たちはってね。あたしらの自然を壊してんじゃないよってね。でもね、あるとき…… おとぎ話を読んだの。この、ガラスの。
そこにはね、今日のあおとおねえちゃんみたいに、ぐつぐつと燃えるソーダ石灰をひみつにした兄弟がいて、その子たちも、こうやってかたまったガラスを見つけて、それがきれいだと思ったんだって。それで自分たちもつくれないかって、そう思ったんだって。これはもう7000年も前の話なんだけどね。それがガラスのはじまりだったんだって。ね、おとぎ話みたいでしょ〜?」
から元気か、おねえちゃんはそう笑いました。そんなに、おとぎ話のようでしょうか?
「ピンとこないか、そっか。」
そう言っておねえちゃんは顔を曇らせて、そしてまたパッと花が咲くように、にっこり笑いました。
「ほらほら、そうだ、あれ、シンデレラだってガラスの靴を履くのよ。ほかにも……」
と言いかけて、おねえちゃんは思いつかないのか、もう一度あおを見てこう言いました。
「とにかくね、このガラスのおとぎ話がそういうほかのおとぎ話のおおもととなってるの。しかもこれは、実話なのよ!すごいでしょう?」
そう言っておねえちゃんは顔を輝かせました。
「なんかそれを知った時にね、思ったの。いまあるすべてのものって、どんなに複雑で醜いものでも、こんなきれいなおとぎ話からはじまったんじゃないかってね。だから……」
おねえちゃんはあおをもう一度しっかりその目に捉えました。
「あのきたない窓ガラスも、シンデレラの靴も、おんなじおとぎ話からできたのよ。それなのに、シンデレラの靴にはすっごくきれいなおとぎ話がいっしょにあって、あの窓ガラスにはないなんておかしいでしょ?おねえちゃんはね、」
おねえちゃんは続けました。
「あの窓ガラスにだって、おとぎ話はあると思った。とびっきり素敵なのじゃないのかもしれないけど、それでも何かあると思った。それで、したいと思ったの、勉強を。知りたいなって思ったの。」
「ふーん」
あおは静かにそう言った。なんとなく、なんとなくだけど、おねえちゃんの言いたいことがわかるかもしれない。
そう思って顔をあげると、おねえちゃんが得意げにあおを見ていました。あおは少し気恥ずかしい思いはしましたが、ゆっくりこう言いました。
「おねえちゃんは、つながってるって言いたいの?窓ガラスも、シンデレラの靴も、みんなぜんぶおなじおとぎ話のつづきだって?」
おねえちゃんはにこっと笑った。
「うん、そうかな。で、たぶんだけど、あおがもし海や岩の仲間なんだったら、おねえちゃんも町の人たちもみんな、あおの仲間なんだよ。少し忘れちゃってるだけで。」
そうなのかなと思って、またあおは黙り込みました。なぜかそれは違うような気がしたのですが。
「だって、結局はあの人たちもみんな、この海が好きできてるんでしょ、ここに。」
「うん……」
ふたりはそういうと、黙って海を見ました。このだいだい色の空気をつくりだしていた太陽は、もう遠くのほうで沈みかかっています。あおはその日の景色を見ながらすべてが、小さな家々までもが、輝くのを感じました。今日の陽の最後の光を浴びて。
「おねえちゃん……」
そう言って見上げると、おねえちゃんは何か決意したような顔立ちですっとあおを見下ろしました。
やっぱり、おねえちゃんはあおの仲間だと、いまあおは心の底から感じた気がします。だって、おねえちゃんはこんなにも、だいだい色に染まって輝いているのですから。
そう思って、そういえばあの家々のきらめきは、あの窓ガラスから放たれているのかと少し疑問に思いました。
「あお?」
「ん?」
「おねえちゃん、きめた。」
「え?」
するとおねえちゃんは昼間したようにしゃがんで、あおに目線を合わせました。
「おねえちゃんはね、大学に行くのやめる。」
「え?」
喜んでいいのか、悲しむべきなのか、よくわからずにあおはちょっと首を傾げました。するとおねえちゃんは、ふふっと吹き出して、「なんて顔してんの。」とおでこをこつんとしました。
自然と笑みがこぼれます。
「そのかわり、おねえちゃんは、」そう言っておねえちゃんは海を見やります、「ここであおとガラスをつくる!」
「え?」
あおはびっくりしておねえちゃんを見つめました。おねえちゃんの振り返ったその顔はやっぱり輝いていて、おねえちゃんはあおを見てこう言いました。
「みんなに教えてあげよ。ガラスからどれだけ優しいにおいがするのか。どれだけガラスが、海色をしているのか。」
あおはもう一度、ぐつぐつ岩、いいえ、ガラスを見ました。もう沈みかけた太陽のわずかな光でも、ガラスはそれを反射して、光り輝いておりました。まるでその美しさを見せつけるかのように。
「うん。」
あおは大きくうなづきました。
おねえちゃんはそんなあおを見て、昼間のように、手を差し伸べました。あおもその手をとって、ふたりの少女は駆け出しました。今度は誰にも呼ばれずに。自分たちから。
もし窓ガラスがあんなに夕陽色に輝くのなら、とあおは思います。それはきっと、あの子たちがおとぎ話から出てきたという証拠じゃないかな。もしかしたら、あおたちの仲間だっていう……
おとぎ話はいつだってあなたのそばにあるのです。あなたが気づいていないだけで。