第99話 発覚
『精霊の工廠』同盟を崩すことができなかったロドは、特に何の戦果もなく『白狼』のアジトに帰ることとなった。
ロド達が手ぶらで帰ってくるのを見て、ジャミルは激怒した。
「なんだこの有様は!?地元の雑魚冒険者相手に戦果なし?ロド!お前がついていながら何をやっている!」
「いや、なんつーかさ。すげー戦いづらい相手だった。こっちの嫌なことを的確にやってくるっていうか……」
「ハァ?」
「あのよぉ、ロド」
ザインが苦々しい顔をしながら会話に割って入ってくる。
「戦いづらいとか、嫌なこと的確にやってくるとか。そういうのは俺らが言われてしかるべき言葉じゃねーのか?それをよりにもよって俺達が地元の冒険者に対して言わなきゃならないって……、どういうことだよ?」
「いや、違うんだよ。その……そうだ。相手にも『竜音』を使える奴がいたんだって!」
「何? 『竜音』を?」
「そう。それに青い鎧。なんかやたら硬くってさあ」
「青い鎧。そう言えば、魔導院の奴らと戦った時もいましたね。奮戦する青鎧が。確か奴の装備にも金槌を持った精霊の紋章が刻まれていたような。あれが『精霊の工廠』の紋章だったのかも……」
下っ端の一人が言った。
ザインは不安げな顔をジャミルに向けた。
「なあ、ジャミル。これって……」
「チッ」
(『精霊の工廠』。一体どこの馬の骨がバカをやっているのかと思ったが。どうやら只者じゃねーようだな)
「おお、お前、やればできんじゃん。そうだよ。それでいいんだよ」
『竜の熾火』の工房の一室で、ギルバートは剣を作っている錬金術師にそう声をかけた。
「うわぁ。凄い。本当に出来た」
その下級職員の青年は、感動したように言った。
彼の手にはBクラスの剣が握られていた。
彼はこれまでCクラスの装備までしか作ったことがなく、Bクラスの装備を作れたことがなかった。
ギルバートの指導を受けた今日という日までは。
「ギルバートさんのおかげです。ありがとうございます」
「おっ、クレオもついにBクラス装備作れるようになったか」
「ああ。ギルバートさんの指導の賜物だよ」
「へへっ。ホントすげえよな。ギルバートさんは」
「ああ、ギルバートさんが来てからというもの、俺達の成長速度半端ないぜ」
「俺達、以前まではリストラ待った無しの落ちこぼれ部署だったっていうのにな」
「ホント、ギルバートさんさまさまだぜ」
その場にいる者は全員ギルバートを尊敬の眼差しで見つめた。
ギルバートはギルバートで満更でもなさそうにする。
「いいかお前ら、夢を諦めんなよ。諦めたらそこでおしまいだ。人は成長できる。変われるんだよ!それを忘れるな」
「「「「はい!」」」」
「ギルバートさん、俺の精錬した鉄、ちょっと見てもらっていいっすか?」
「おお、見せてみな」
「ギルバートさん、スキルのことで聞きたいことがあるんすけど」
「ギルバートさん、ちょっと悩みがあって」
「お前らギルバートさんのこと好きすぎだろー(笑)」
室内にドッと笑いが巻き起こった。
「おい、みんな大変だ」
突然、部屋のドアが開いて、職員が一人駆け込んでくる。
「どうしたんだよ?そんなに慌てて」
「『霰の騎士』の一団が鉱石を求めてこの島にやって来るってよ」
「『霰の騎士』!?っていうとギルバートさんの所属ギルドの?」
「ああ、そうだよ。ついにギルバートさんの仲間がこの島に上陸するんだ」
「うおおマジか」
「もう明日には船が着くらしいぜ」
「……」
「いやぁ。とうとう来ちゃったか」
「ギルバートさんに教えてもらえるのも今日が最後っすね」
「分かってはいたけど、ちょっと残念だなぁ」
「バカヤロウ! お前らいつまでもギルバートさんに頼ってんじゃねえ。これからは俺達がギルバートさんを支えるんだよ」
「そうだよな。いつまでもギルバートさんに甘えてるわけにもいかねえよな」
「よーし。お前らギルバートさんが男を立てられるように最高の装備を作ろうぜ!」
「「「「おおー!!!」」」」
職員達が和気藹々とした雰囲気で作業をし続ける中、肝心のギルバートはというと、一人醒めた顔であらぬ方向を見ているのであった。
程なくして『霰の騎士』が『火竜の島』に上陸してきた。
彼らは歴代の外部から訪れたギルドがやってきたように、広場で演説を行った後、『竜の熾火』へと向かった。
メデスの歓待を受ける。
「ようこそいらっしゃいました。『霰の騎士』御一行様。当ギルドはあなた方のことを歓迎いたしますよ」
「うむ。わざわざギルド長自らの出迎え感謝する」
髭面の戦士の大男は満足そうに言った。
「私はセンドリック。『霰の騎士』第一部隊の隊長である」
「メデスと申します」
「では、早速、商談に移ろうか」
メデスはようやく来た至福の時にウキウキした。
(ようやく上客がやってきおったわ。ギルバート殿とすでに契約の折り合いはついておるからな。あとは装備さえ納めれば大金が転がり込んでくる)
ところが、いざ交渉の席につくと、話の噛み合わないところがいくつも出てきた。
特に予算の点では金額に大きな隔たりがあり、お互い相手が何を言っているのか分からず首をひねった。
「そんなはずはありませんよ。センドリック殿」
メデスはセンドリックの口から出てきた余りにも少ない予算を一笑に付しながら言った。
「あなた方から派遣された冒険者、ギルバート殿からは確かにこの品目、この予算でと承っております」
「ギルバート? おい、お前。知ってるか?」
センドリックは傍らの副官に尋ねてみた。
「いえ、存じ上げませんな。そのような名前の者は我がギルドには居ませんよ」
メデスは首をひねった。
(はて? どうしたことか。何か行き違いでもあったのかな?)
その後も両者の話し合いは平行線に終わった。
その日、両者はとりあえず装備を『竜の熾火』に預けるということだけ決めて、『霰の騎士』の荒くれ者達は宿へと向かうのであった。
メデスはギルバートを探すことにした。
いつもなら工房のどこかをうろついているところだ。
「おい、お前。ギルバート殿がどこにいるのか知らんか?」
メデスは下級職員の一人に話しかけた。
「いえ、知りませんね」
「おい、お前」
「いえ、分かりません」
その後もメデスは工房内のあちこちを探し回ったが、ギルバートの姿は一向に見当たらない。
(まあ、いいわい。明日ギルバート殿に事情を話してもらえば万事上手くゆくはず)
メデスは、ギルバートの注文とセンドリックの注文で一致している商品の製造から取り掛かることにした。
(とりあえずカルテットと打ち合わせだな)
ところが、カルテットとの打ち合わせでも問題が出てきた。
「何? 『炎を弾く鉱石』が足りない?」
メデスは激怒した。
「何をやっとるんだ貴様らは!錬金術ギルドなのに『鉱石がありません』では話にならんだろうが」
「そうは言っても、本当に市場のどこにもないんですよ」
シャルルが弁明した。
「『三日月の騎士』がまさかあんなに早く帰るとは思いませんでしたし……」
「言い訳を抜かすな。ないならないでさっさと調達すればいいだろうが。地元ギルドでも『白狼』の奴らでも誰でもいいからさっさと集めてこんかいっ。大体、お前らはだなぁ……」
(また始まりやがった)
ラウルは聞きながらウンザリする。
(怒るのはいいけど、話長えんだよ。こっちはこの後、鉱石を調達しなきゃならねえんだから、説教は手短にして切り上げろよ)
メデスがいつ終わるとも知れぬ説教を続けていると、事務員の一人がカルテットの工房に駆け込んで来た。
「大変です!」
「なんだ一体。騒々しいやつだな」
「『精霊の工廠』主導の同盟が、大量の『炎を弾く鉱石』取得に成功して、街へと持って帰ったとのことです」
「『精霊の工廠』?」
メデスはキョトンとした顔になる。
「『精霊の工廠』って言うと、例の詐欺師の?」
カルテットは訝しげに顔を見合わせた。
「少し前に錬金術ギルドが同盟を結成するとかなんとか言ってたが、まさかあれロランの奴がやったのか?」
「しかも、成功して帰って来た?」
「いや、まさか。そんなはずはないだろう。何かの間違いじゃ……」
「大変です」
また別の事務員が駆け込んで来た。
その手にはクエスト受付所発行の機関紙を持っている。
「『精霊の工廠』の職員、アイナ・バークがAクラス錬金術師の認定を受けました」
「アイナ?」
リゼッタが反応した。
『精霊の工廠』で作業していた女性職員を思い出す。
あのBクラスの装備を作るのにも四苦八苦していた彼女。
(彼女がAクラス錬金術師に?)
「それだけじゃありません。この島で初めてダブルAの称号を持つ冒険者が生まれました。モニカ・ヴェルマーレという『魔法樹の守人』所属の冒険者です。彼女は『精霊の工廠』で作られた装備を身につけているとのことです」
メデスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
何が起こっているのかよく分からなかった。
ラウルはジロリとメデスの方をにらむ。
「おい、ギルド長。どういうことだよ」
「あのロランってやつ、偽物じゃなかったの?」
リゼッタが問い詰めるように言った。
「えっ、いや、それは、その……だな」
「あんた、まさか、よく調べもせずにあいつのことを詐欺師と断定したんじゃないだろうな?」
「ってことは……、みすみす上客を逃した上、大手ギルドを敵に回したってこと?」
「ちょっと待って。それじゃあ、あのギルバートって奴は……」
「あ、あのう」
また別の職員が言いにくそうしながら恐る恐る部屋に入ってくる。
「すみません。倉庫が荒らされていまして……、その……装備のいくつかが盗まれたみたいなんですが……」
「はぁ?誰だよ。倉庫の管理をしていたのは」
「最近はギルバートという方に管理の一部を任せていました。それで今朝、ギルバートに倉庫の鍵を預けたのですが……。その……、先程から彼の姿を見かけなくて、どちらにいらっしゃるかご存知ないでしょうか?」
室内の者は全員メデスの方をにらんだ。
「やっぱりあの斧槍野郎がウソつきじゃねーか!」
ラウルは荒々しく机を叩いた。
「結局、ロランと『精霊の工廠』はホンモノで、あのギルバートって奴にまんまと騙されたってわけね」
リゼッタはため息をついた。
メデスは事ここに至ってようやく事態の重さに気づいて、愕然とする。
(バカな。それじゃあ、あいつ……、ギルバートの奴、まさかワシを嵌めたのか?)
「しかし、妙ですね。ギルバートはなぜわざわざあんな回りくどいことを。一体何が狙いで……」
「そんなことはどうでもいい!」
訝しむシャルルにラウルは怒鳴った後、改めてメデスの方に向き直る。
「ギルド長、あんたこの落とし前どうつけるつもりだ? ギルドに不利益を与えたとなれば、たとえあんたとあってもタダじゃ済まさねーぞ。事と次第によっちゃこっちにも考えがあるぜ?」
「どうして、もっとよく調べなかったのよ?」
リゼッタが食ってかかるように言った。
「そ、そうっすよ。だから俺は言ったじゃないっすか。『精霊の工廠』はAクラス弓使いを抱えてるかもしれない。もっとよく調査した方がいいって」
エドガーはここぞとばかり、自分の失態の責任を擦り付けるべく、ラウル側に同調した。
メデスはラウル、リゼッタ、エドガーに囲まれて言葉を失う。
「う、それは、それはだな……」
メデスの額に冷や汗が流れた。
もともとメデスには錬金術師として大した腕はなかった。
港に近い大土地を所有していたから、外部冒険者向けの商売が当たり、その資本でもって優秀な錬金術師を次々と引き抜いてギルドをここまで大きくしたに過ぎない。
しかもカルテットにはギルドへの帰属意識を高める目的で、株式の一部を譲渡していた。
今、彼らにまとまって造反されればまずい。
ギルド長の地位を失うやもしれなかった。
(どうする。どうすれば……)
そうして一触即発の雰囲気が漂う中、シャルルが両者の間に割って入った。
その場にそぐわぬ和やかな面持ちで。
「まあまあ、みんな。そうカリカリせずに」
「シャルル?」
「ギルド長だって人間なんだしさ。ミスくらいするよ。それにロランが本物だからってそんなことどうでもいいじゃない」
「何?」
「こっちに歯向かってくるならやることは一つ。僕達は『竜の熾火』の総力を結集させて『精霊の工廠』を叩き潰せばいい。そうだろ?」
「……」
「ロランが本物の大手ギルド幹部だとしても、僕達だって『竜の熾火』。世界に名だたる錬金術ギルドだよ。今までは本業の片手間に相手してやっただけだけれど、こっからはガチの勝負だ。僕達全員でことに当たれば、S級鑑定士だろうがなんだろうが一捻り。この島に大手錬金術ギルドは二つも要らない。それを分からせてやればいいんだよ。まさかこの中で、ロラン如きに怖気付いている、なんて奴はいないよね?」
「へっ。ま、そうだよな」
エドガーがしたり顔で言った。
「ここはいっちょロランのやつを揉んでやって、外から来た奴と俺達との実力差を見せつけてやるか」
エドガーは胸の前で拳と手の平をガシッと突き合わせながら言った。
「フン」
ラウルは納得しないまでもとりあえずはメデスへの睨みを解除した。
メデスは囲みが解かれてホッとする。
「それで、どうするの?」
リゼッタが醒めた顔をしながら言った。
「『炎を弾く鉱石』よ。『霰の騎士』からの依頼をこなすために必要なのに、今、ロランの奴が全部握ってるんでしょ?しかもあいつ、つい最近ウチとは取引しないって宣言したばかりじゃない」
「当面の問題を解決するには、ロランに頭を下げて『炎を弾く鉱石』を譲ってもらわなければならない、というわけですか」
シャルルは悩ましげに手を額に当てた。
「そういうことだな」
「で、誰がロランに頭を下げに行くの?」
リゼッタがそう言うと、全員またメデスの方を見た。
S級鑑定士第3巻、7月25日(土)に発売です。
詳しくは活動報告にて。
 




