第97話 将帥の器
『ファング・ドラゴン』を討伐したモニカ達は、『精霊の工廠』へと帰還した。
モニカの持ち帰った竜核をロランが鑑定したところ、例の狼竜はやはりAクラスモンスタ―だった。
ロランはモニカに惜しみない賞賛を与える。
モニカはそれだけで胸元がじんわりと温かくなるのであった。
その後、ロランによって新種の竜族がクエスト受付所に登録され、そのモンスタ―は正式に『ファング・ドラゴン』と命名された。
後日、モニカにはダブルAの称号が贈られることになる。
レオンからの用件は意外な申し出だった。
「クエストを出して欲しい?」
「ああ、『魔導院の守護者』と『三日月の騎士』の同盟で割りを食った奴らが結構いてな。そいつらが『竜の熾火』の装備代では高すぎてもうこれ以上やっていけねえって言うんだ。最近、ウチのギルドが結構堅調に稼いでいるのを聞きつけたみたいでな。『精霊の工廠』の装備に鞍替えしたがってはいるんだが、いかんせんその費用が足りないみたいでよ」
「なるほど」
「うちのギルドとも何かと懇意にしている奴らでな。なんとか助けてやりてえ。『精霊の工廠』の方で何かクエストを募るとかできねえかな」
「ふむ」
ロランはレオンとの話を聞きながら、ディランとの話を思い出していた。
「『炎を弾く鉱石』が足りない?」
「ああ、そうなんだよ」
ディランはほとほと困ったように言った。
彼は『精霊の工廠』の材料調達も任されている。
「先日、『三日月の騎士』が撤退する際、ほとんどを持って帰ったみたいでな。『竜の熾火』も在庫をことごとく使い果たしたみたいだし。街の市場ではどこもかしこも売り切れだ。参ったよ。お手上げだ」
(『炎を弾く鉱石』の不足。『竜の熾火』の求心力の低下。これは仕掛けるチャンスかもしれないな)
「分かったよ。レオン。『精霊の工廠』の方でどうにか冒険者向けのクエストを工面してみる」
「本当か? 恩にきるぜ」
「それで? そのクエストが欲しいって言っている冒険者ギルドは? どのくらいの人数がいるんだい?」
「それがだな。これまた突飛な話なんで、聞いて驚かないで欲しいんだが……」
「50人分の装備?」
『精霊の工廠』の会議室。
所属する錬金術師達が一堂に会した場で、アイナはたまげたように言った。
「これまた、急な話ですね」
「ああ、だが、これはチャンスだ」
「チャンス?」
「単純に冒険者達の多くを『竜の熾火』からウチに鞍替えさせることができるのもあるし、何より今、市場で『炎を弾く鉱石』が不足しているんだ。『炎を弾く鉱石』は対『火竜』用装備において必須の素材。外部ギルドを主な収益源にしている『竜の熾火』にとっても必要不可欠なはずだ。この際に『火山のダンジョン』から『炎を弾く鉱石』を取り尽くせば、『竜の熾火』に対して優位に立てるかもしれない」
「なるほど」
「で、どうかな?みんな作れそう?」
「うーん。そうですね。全員をフル稼働すればどうにかって感じでしょうか」
アイナはそう言いながら会議に参加している者達を見回す。
「やりましょう」
パトが言った。
彼はどうにかロランに恩返しをしたいと思っていた。
(この案件をこなせば『精霊の工廠』の売上を大幅に上げることができる。これはロランさんに恩返しするチャンスだ)
「パトがやるなら、私も……」
リーナが同調した。
「僕も問題ありません」
「俺も特に異存はないっすよ」
ロディ、アイズも追従した。
「俺はやめといたほうがいいと思うけどなぁ。地元の冒険者の奴らてんで頼りにならないし」
ウェインが言った。
「よし。全員、オッケーだね。それじゃ、早速取り掛かろうか」
「「「「「はい」」」」」
「おいっ」
「ウェイン、あんたは今、特に仕事ないでしょ。協力しなさいよ」
「ぐっ……」
かくして『精霊の工廠』は全員体制でこのプロジェクトに取り掛かった。
アイナの指揮下、全員このチャンスに精力的に取り組んだ。
中でもパトの献身ぶりは凄まじく、自分のノルマだけでなく他の人間の作業まで手伝う有様だった。
こうして装備の製造は急ピッチで進められ、冒険者達に引き渡す日が訪れた。
アイナ達が工房で製造に取り組んでいる間、ロランは冒険者間の調整作業に当たっていた。
それぞれの予定と状態、ニーズを聞き出して、ダンジョンに突入する日取りを決めていく。
彼はこの企画を『精霊の工廠』主導の同盟として、『暁の盾』と繋がりのあるギルドだけでなく、広く島中の冒険者達に参加を呼びかけた。
『天馬の矢』とウィル・ラナの魔導師兄妹、吟遊詩人のニコラにも声を掛けたところ、みんな喜んで『精霊の工廠』主導の同盟に参加してくれるということだった。
ただ、その上で一つだけ問題があった。
これだけの大規模な部隊を率いる隊長を誰にするかという問題が。
『暁の盾』と『天馬の矢』、魔導師兄妹、ニコラは集まって、誰を隊長にするか話し合った。
「どうする?これだけの数のギルド、束ねられる奴がこの島にいるかどうか」
「モニカ・ヴェルマーレに打診してみるか?」
「彼女は部隊の指揮なんて柄じゃないし、打診しても断られると思うよ」
ロランが言った。
「うーむ。それじゃあ誰に頼むか」
会議の場は沈黙に包まれた。
「中途半端な者に任せても混乱を招くだけだ。ここは僕が引き受けよう」
そうロランが言うと、その場にいた者達は全員ロランの方をキョトンとして見た。
彼らはまさかロランが隊長に立候補するとは思っていなかったのだ。
「この同盟は『精霊の工廠』が主導したものだしね。僕が最後まで責任を持って引き受けるよ」
ロランは本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべながらそう言うのであった。
そうして、いよいよダンジョン突入の日がやってきた。
『精霊の工廠』に集まった冒険者達は、配られた青色の鎧に体を通していく。
「これが『精霊の工廠』の装備か」
「へえー。思ったよりしっかりした作りだな」
冒険者達は口々に感想を言い合いながら、装備を身につけていく。
ロランはそんな様子を見ながら、冒険者達のスキルとステータスを鑑定していた。
(どの冒険者もよくてCクラスってとこか。となれば使えるのはやはりこの7人……)
【レオンのスキル・ステータス】
『剣技』:C
腕力:70-80
【エリオのスキル・ステータス】
『盾防御』:B
耐久:80-90
【ジェフのスキル・ステータス】
『弓射撃』:C
俊敏:70-80
【セシルのスキル・ステータス】
『短剣』:C
体力:100-120
【ハンス・ベルガモットのスキル・ステータス】
『弓射撃』:B
『抜き足』:B
『魔法射撃』:B
俊敏:70-80
【クレア・ベルガモットのスキル・ステータス】
『弓射撃』:B
『抜き足』B
『遠視』:B
『連射』:B
俊敏:60-70
【アリス・ベルガモットのスキル・ステータス】
『弓射撃』:B
『抜き足』:B
『速射』:B
『憎悪集中』:B
俊敏:80-90
(エリオ、ハンス、クレア、アリスについては掛け値無しにBクラスの実力。レオン、ジェフ、セシルもステータスだけ見れば十分Bクラス。スキルがBクラスになるのも時間の問題だろう)
「ロランさん、冒険者の皆さまへの装備配布完了しました」
アイナが言った。
「よし。それじゃあダンジョンに入っていこうか。『暁の盾』と『天馬の矢』はちょっと来てくれ」
レオン達とハンス達が集まってくる。
「ダンジョンに入るに当たって、目下の課題は『火竜』への対処だが、部隊の人数が人数だ。モニカ一人で全員をカバーすることはできない。そこでここは『暁の盾』と『天馬の矢』にも主力として『火竜』に対応してもらいたい」
レオン、エリオ、ジェフ、セシルは緊張に顔を強張らせた。
彼らはまだ単独で『火竜』を倒したことがなかった。
ロランはそんな4人に向かって微笑む。
「大丈夫だよ。君達の力なら十分、『火竜』に対抗できる」
ロランは4人に戦術を授けて、ダンジョンに入る前の演説を行った。
「みんな。『精霊の工廠』の主導する同盟に参加してくれてありがとう。今回、同盟の指揮をさせてもらうロランだ。以後よろしく。僕達がみんなに採取して欲しいと思っているのは『炎を弾く鉱石』だ」
ロランが赤い光沢を放つ『炎を弾く鉱石』を掲げてみせる。
「持ち帰った『炎を弾く鉱石』は必ず我々『精霊の工廠』が買い取ることを約束しよう。また、働きのよいギルドには特別に俸給を与える。僕からは以上だ」
集まった地元の冒険者達は首を傾げた。
今まで同盟を組んだことのあるギルドに比べれば随分あっさりした演説だった。
力を誇示することも、先行きについて語ることもしない。
そもそも演説しているロランという人物、これからダンジョンで同盟を率いるであろうこの人物は一体どういう素性の者なのか?
この場にいる誰一人として彼の職業も能力も知らない。
せいぜい分かるのは『精霊の工廠』の人間で、『暁の盾』と深い関係にあるということくらいである。
彼らは少々不安に感じながらもロランについてダンジョンに入っていった。
「ったく、なんで俺らまでダンジョン探索に随行するんだよ」
ウェインがぶつくさ言いながらツルハシを持って歩く。
同盟には地元の冒険者達だけでなく、『精霊の工廠』の錬金術師達も付き従っていた。
彼らも最低限の武具鎧を身に付けている。
「ウェイン。僕はどうにかロランさんに恩返ししたい」
パトが言った。
同盟に随行したいと言い出したのは他でもない彼である。
「そのためにはこの機会にどうにか『鉱石採掘』という形で少しでも貢献したいんだ」
「だからって何も錬金術師がダンジョンに入らなくても……」
「君にとっても『竜の熾火』に打撃を与えるチャンスなはずだ。あれだけ『竜の熾火』に復讐したがってたのは他でもない君だろう?ここは力を合わせて頑張ろうよ」
「にしてもよぉ」
「文句あんなら帰ればいいでしょ。あんたは工房で留守番ってことで」
アイナが言った。
「チッ。分かったよ。付いてきゃいいんだろ。付いてきゃ」
(大体、冒険者に付いていくったって、ロランの奴、部隊の指揮なんてできんのかよ)
そんな風にしてダンジョン内を探索しているとモニカの『鷹の目』に敵影が映った。
「ロランさん、『火竜』来ます。右からです」
(右か。『暁の盾』の守っているところだな)
「ジェフ『火竜』が来るよ」
「ああ、こっちの『遠視』でも捉えたぜ」
ジェフはすかさずポジションを取って、弓を構える。
そこは岩陰なので、飛来してくる『火竜』に対して不意打ちを食らわせることができる。
後ろにはエリオとレオン、セシルが付く。
ロランもその場に駆けつけた。
やがて『火竜』が姿を現した。
突然現れた『火竜』に同盟の冒険者達は動揺する。
「うわぁ。『火竜』だ」
「に、逃げろ」
ジェフは『火竜』が『火の息』を吐く前に矢を放った。
矢は『火竜』の翼に命中する。
怒った『火竜』は高度を急速に下げて突進してくる。
エリオは盾を構えながら、ロランに言われたことを思い出した。
「『盾突撃』?」
「ああ、エリオのスキル『盾突撃』。それが現状君達の持つ中で最も『火竜』に対して有効な攻撃手段だ」
【エリオのスキル】
『盾突撃』:C→A
「スキル『盾突撃』。殺傷能力は低いが、高確率で敵を昏倒させることができる」
「でも、『火竜』は空を飛んでいるのよ。物理攻撃を当てることなんてできないんじゃ?」
セシルが言った。
「うん。だからまず最初はジェフの『遠視』と『弓射撃』を使う。『火竜』にはダメージを与えると怒って突進してくる性質がある。だから、とにかくなんとしても出会い頭に矢を当てて、そして突進してきた『火竜』に『盾突撃』を食らわせて、昏倒させるんだ」
「うーん。できるかな」
「大丈夫。僕は以前、『盾突撃』を指導したことがあるんだ。その時になったらタイミングを指示するよ」
(いよいよその時が来た。果たして僕に上手くできるのか?)
ジェフとのスイッチは完了している。
『火竜』は真っ直ぐエリオの方に爪を立てながら低空飛行で飛んでくる。
「エリオ、今だ!」
ロランはエリオの背中を押した。
エリオは盾を構えながら『火竜』に突進していく。
「う、おおおおっ」
エリオは盾を構えたまま、『火竜』の頭部にぶつかっていった。
体重をもろに乗せた体当たりに『火竜』は昏倒してよろめき、不安定な姿勢のまま地面に着陸する。
「よし。行くぞセシル」
「うん」
セシルとレオンがエリオの両側から追い越して、『火竜』に短剣とロングソードで斬りつける。
エリオもナイフを抜き、『火竜』の腹に突き立てる。
「グ、グギィイイイ」
『火竜』は断末魔の悲鳴と共に事切れて、その場に伏せた。
その場はシンと静まり返る。
地元の冒険者達は狐につままれたような目でその光景を見ていた。
(なんだこいつら……)
(あっさり『火竜』を倒したぞ)
(地元の冒険者なのに。やけに強いな)
ロランはエリオ達の元に駆け寄る。
「エリオ。よくやった。今の『盾突撃』良かったよ」
「うん。思ったより上手くできたよ」
【エリオのスキル】
『盾突撃』:B(↑1)
(早速、『盾突撃』Bになってる。幸先がいいな。これなら後々の探索がだいぶ楽になる)
「ジェフ、レオン、セシル。君達もよくやってくれた。今ので波状攻撃のタイミングは掴めたね?次からも『火竜』が来たらそっちに回すから。頼んだよ」
「お、おう」
レオンもあまりにもあっさり自分達が『火竜』を倒せたことに戸惑いながら返事をした。
「さて……」
ロランはくるりと振り返って、先ほど逃げようとしていた冒険者達の方に厳しい視線を向ける。
「先ほどの戦闘を見て分かったんだが、『火竜』との戦闘に不安を覚えているギルドが多いようだ」
「うっ……」
冒険者達は一様にギクリとして、気まずそうな顔をする。
「今後、ダンジョンの奥へと行けば行くほど『火竜』に遭遇する頻度は上がっていく。複数の『火竜』に別々の方向から襲われることもあるだろう。が、問題はない。今後も『火竜』が来たら、『暁の盾』と『天馬の矢』に回すようにして欲しい。問題は『暁の盾』や『天馬の矢』でカバーできないほどの攻勢にあった場合だ。これだけの大所帯。二つのギルドだけで全てをカバーすることはできない。だからみんなには考えて欲しいんだ。『火竜』に遭遇した時、自分達の力で何ができるのか。敵を撃破しろとまでは言わない。『暁の盾』と『天馬の矢』を支援する方法を考えて欲しいんだ。防御に専念して時間を稼ぐことができるのか。それともただ逃げて他の冒険者に任せるのか。それだけでいい。次の休憩地点までまだ少し距離があるから、それまでに各ギルドで対処法を考えておき、僕に報告できるようにしておいてくれ」
「あ、ああ」
「分かったよ」
地元の冒険者達はロランの対応に戸惑いつつも、それぞれ話し合い考え始めた。
彼の指示は外部から来た冒険者達の投げやりな指示とは明らかに違った。
レオンは探索しながら不思議な気分だった。
(俺達も鍛錬によって向上した。ジェフは俊敏を上げたし、俺もセシルも攻撃力は高くなっている。『火竜』を倒せたとしても驚きはない。だが……、なんだこの安心感は? 決して気を抜いているわけではないのに……)
彼はまるでダンジョンにいるとは思えないほど落ち着き払っていた。
やがて、探索を再開した同盟にまた『火竜』が襲い来る。
今度は左からの攻撃で、そこに陣取っていたハンス達『天馬の矢』が対応し、危なげなく討ち取った。
「ロラン殿。いいのですか?私の『竜音』を使わなくて」
吟遊詩人のニコラが言った。
「ああ、ここは前衛だけで対応する。レオンやハンス達以外の冒険者がどこまでやれるのか見たいしね。それに……」
ロランは後ろの方を振り返る。
(このダンジョンの場合、探索には帰りもある。これだけ派手に動いて、盗賊達が何もせず手をこまねいて見ているとは思えない。必ず仕掛けてくるはず。ニコラの『竜音』及び後衛はそれまで温存だ)
「退屈ですわー。お兄様」
ラナが唇を尖らせながら言った。
「働くのは『暁の盾』と『天馬の矢』ばかり。さっきから見ているだけですよ私達」
「はは。いいじゃないかラナ。ここは彼らに任せよう。それに興味深いと思わないかい?」
「何がですか?」
「ロランの指揮さ」
ウィルがロランに視線をやる。
(たった一度演説しただけで同盟全体を覆っていた不安を払拭し、落ち着きを取り戻した。
これまで外部から来た冒険者とは明らかにタイプが違う。ただの紛れ当たりか、将帥の器か)
ウィルはモニカの方を見た。
今回、彼女はロランの隣に付き従っているだけで、戦う気配を見せない。
(モニカ・ヴェルマーレは温存か。地元の冒険者だけでやるつもりだな。面白い)
「『金色の鷹』のS級鑑定士ロラン。どこまでやれるのか。お手並み拝見といこうじゃないか」
同盟はまだぎこちなさを残しながらも、いつになくまとまった様子で、ダンジョンの奥深くへと進んでいくのであった。