第92話 竜音
『竜の熾火』に梯子を外されたユガンは、急遽『三日月の騎士』に所属する冒険者を集めて会議を開き、意見を募った。
『竜の熾火』が信用できないこの状況で、当初の計画通りいくのは不安がある。
そこでみんなにより良い案がないか意見を募りたい。
隊員達は口々に意見を述べた。
地元の冒険者達にもっと厳しくして重い負荷を課すべきだ。
『竜の熾火』からもっと良い条件を引き出すべく交渉するべきだ。
などなど、意見は出るもののいずれも他者の変化に頼る案ばかりで、不確定要素に期待するアイディアだった。
ユガンは歯噛みする。
(くそっ。まさかこんなことになるとは。そもそも俺は指揮は苦手だってのに上層部の奴ら面倒ごとを押し付けやがって。あー、もう)
『三日月の騎士』は夜遅くまで会議を続けたが、捗々しい結果は得られなかった。
ところ変わって『精霊の工廠』。
アイナが工房に顔を出すと、パトとすれ違った。
「あら? 早いわね。おはよ……うっ」
アイナが声をかけるとパトはどんよりした目を向けてくる。
まぶたは垂れ下がり、目の下にはクマができていて、睡眠不足であることが容易に想像できた。
「あ、おはようございます」
パトはいかにも覇気のない暗い声で挨拶を返した。
(く、暗い……)
「ちょっと、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「すみません。寝不足でして」
「今日は休んだら? 私の方からロランさんの方に言っておこうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
パトはフラフラと心許ない足取りで自分の作業場へと歩いていく。
(大丈夫かしら)
アイナは心配そうにパトを見送った。
(うーん。悪い子ではなさそうなんだけど、ちょっと暗いところがねー。どうにも苦手だわ)
作業を開始してもパトの気分は晴れなかった。
彼の心を悩ませるのは『三日月の騎士』に関することだった。
(はあ。『三日月の騎士』が帰ってきた。次は『巨大な火竜』を狩りに行くつもりなんだろうな。でも、今のままじゃ……)
パトはそんなことを考えながら、ため息をついた。
(ダメだ。どうしても他人のことを考えてしまう。自分のことに集中しなきゃいけないっていうのに。分かってるけれど、でも……)
パトはうっかり指を金槌で叩いてしまう。
「イテッ」
「おい、大丈夫か?」
通りかかったロディが声をかける。
「怪我してるじゃないか。治療しておいで」
「え、でも……」
「ここは俺が片付けとくから」
「はい。すみません」
パトが休憩室で治療していると、誰かが入ってきた。
「やあ、大丈夫かい?」
「あ、ロランさん」
「浮かない顔だね。何か悩み事?」
「……いえ、なんでもありません」
「そうか」
ロランはうつむくパトを見て、どうしたものかと思案を巡らせる。
(なかなか心を開いてくれないな。あまり自分のことについて語るのは好きじゃないタイプか。とはいえ、悩みを抱えたままだと、スキルの発展が阻害されてしまう。何か心を開く方法はないものか……)
ロランは質問を変えてみることにした。
「君は確か以前、『竜の熾火』で働いていたんだよね?」
「ええ」
「実は僕も以前、『竜の熾火』と取引しようと思っていてさ。断られちゃったけどね。今でも少し引っかかっているんだ。その……上手く言えないんだけど、『竜の熾火』は何か問題を抱えているギルドなんじゃないかって」
「……」
「よければ聞かせてくれないかな。『竜の熾火』で働いていた時のこと。あのギルドの日常はどういう感じだったのか」
「分かりました。では、話させていただきます。あくまで僕の主観ではありますが……」
パトはそれまでの寡黙さが嘘のように、『竜の熾火』についてつらつらと話し始めた。
『竜の熾火』には将来のことよりも目先の利益を優先して意思決定する傾向がある。
そのため、冒険者の状況によってコロコロ態度を変え、あっちの味方についたかと思えば、こっちの味方につくといったことも日常茶飯事である。
それは『竜の熾火』のメインの客が島の外から来た冒険者であることに遠因がある。
一定期間しかこの島に留まれない外部冒険者達は、『竜の熾火』に梯子を外されても苦情を言い続けることはできず、泣き寝入りするほかない。
また、『竜の熾火』の競争至上主義もこの問題をより深刻にしている。
『竜の熾火』では短い期間の間に成果を出すことが求められるため、他人を蹴落とす社風が根付いており、コロコロ担当者が変わるため、役職持ちは保身に走って部下をないがしろにしがちだ。
そればかりか、目先の利益のため本来パートナーであるはずの冒険者を泣かせることを美徳とする風潮すらある。
さらには盗賊ギルドとの関係も根深く、地元ギルドも外部ギルドに依存する割に非協力的な傾向があり、このままでは『三日月の騎士』とて無惨な結果に終わるかもしれない。
自分はそのことを憂慮しており……。
そこまで言ってパトはハッとした。
(しまった。喋りすぎたか)
「すみません。ついつい話し込んでしまって」
「いや、いいんだよ」
(『竜の熾火』の問題点のことになると急に饒舌になった。なるほど。ネガティブなことから目を反らせないタイプか。これは……使えるな)
「パト、君面白いね」
「えっ?」
「僕も『竜の熾火』のその辺りの事情について知りたいと思っていたんだ」
「……」
「僕は『竜の熾火』を始めとしたこの島の問題を解決したいと思っている、協力してくれるかな?」
ロランは『精霊の工廠』の問題点についても聞いてみることにした。
『竜の熾火』での働き方を引きずっているウェインがなかなか協力的になってくれない。
どうすればいいか?
パトはウェインがクビになることを恐れているのではないかと答えた。
故に、クビにならないことを保証すれば、ウェインもスキル向上に集中できるのではないか。
それを聞いたロランは早速、全員を集めて、契約期間の延長と契約期間中よほどの職務規定違反がない限りクビになることはないことを宣告した。
ウェインはなぜ突然待遇が向上したのか不思議に思いつつも、すぐに反応して変化の兆しを見せた。
(契約期間延長すんのか。スキルアップの時間さえあれば、アイナに勝てるかもしれねぇな。もう少し腰を据えて取り組むか)
その日からウェインの態度は緩和し、それまで見せていたアイナへの露骨な敵意は鳴りを潜め、目に見えてスキル向上に励む時間が増えていくのであった。
パトはロランの対応の早さに驚いた。
(入ってきたばかりの新人の意見をこんなにも早く取り入れてくれるのか)
パトはロランが冒険者を支援したいと言っていたのを思い出す。
(あの言葉が本当だとしたら、この職場は僕にとって理想的な職場かもしれない)
作業場に戻ったパトはやけにスッキリとした顔をしていた。
「パト、もう大丈夫なの?」
アイナが聞く。
「ええ。ありがとうございます」
パトはいつになく晴れやかな気分で竪琴の弦を調節する。
(ロランさん、僕のことを面白いって言ってくれた。あんなことを言われたのは初めてだ。誰かのために働くことができるのなら、僕は……)
【パトリック・ガルシアのユニークスキル】
『調律』:B(↑1)
ロランが『精霊の工廠』で業務に励んでいると、竪琴の修理を依頼してきた吟遊詩人から奇妙な問い合わせが舞い込んできていた。
この竪琴を修理した錬金術師に会わせて欲しい。
ロランは首を傾げた。
「修理した錬金術師に会わせろだなんて。一体どうしたっていうんです?」
「修理された竪琴から本来出ない不思議な音色が出るんだよ。これはもしかしたらモンスターを鎮めることができるという魔法の音色かもしれない」
「魔法の音色……。まさか!」
【竪琴のステータス】
特殊効果:『竜音C』
(やっぱり。特殊効果が付いている!)
「あの、何かありましたか?」
騒ぎを聞きつけたパトが玄関の方に顔を出す。
ロランはすかさずパトのスキルを鑑定する。
【『調律』の説明】
錬金術によって楽器の狂った音階を元に戻す。
装備に対してこれを行うと特殊効果が付与されることがある。
修理した楽器に『竜音』を付与することができる。
(やはり。『調律』の説明が更新されている。スキルがランクアップするとともに方向性が定まったのか)
「君かね? この竪琴を修理したのは?」
「えっと。はい、そうですけど」
「是非とも詳しく話を聞かせて欲しいのだが……」
「はあ」
ロランは吟遊詩人が熱っぽくパトに話しかけているのを見ながら、この状況をどう捉えるべきか考えた。
(パトのユニークスキルが覚醒しつつある。ここは少し集中的に育成してみるか?)
「『竜音』……ですか?」
作業場でロランに話しかけられたパトは、聞きなれない特殊効果に首を傾げた。
「そう。君のユニークスキル『調律』で調整された楽器は、モンスターの怒りを鎮め、戦闘意欲を削ぐ特殊効果『竜音』を宿すことになる。下層にまで『火竜』が現れて冒険者を脅かしている現況に鑑みて、『竜音』を操れる吟遊詩人を加えたパーティーは、それだけで他の冒険者ギルドに対して優位を持てるだろう。君のユニークスキルで冒険者を助けることができるんだ。それこそ僕達『精霊の工廠』の目指す理想」
(僕のユニークスキルにそんな効果が……)
「もちろん、簡単なことじゃない。『竜音』の音色に合わせて楽器を調整をするのは繊細で神経を擦り減らす作業だ。だが、やってみる価値はある。君が乗り気ならギルドは全力で君をサポートするよ。どうだい? やってみる気はあるかい?」
「……分かりました。やってみます」
早速、パトは『竜音』を鳴らせる竪琴の作成に取り組んだ。
(とはいえ参ったな。ユニークスキルで『竜音』を出すといっても、どうすればより質のいい『竜音』を出せるのか全く分からない。とりあえず今まで通り微調整を繰り返しながらロランさんの鑑定スキルで判定してもらうしかないか)
パトがそんなことを考えながら、竪琴を叩いて弦の張りと響板の形を微調整していると、ロランが誰か連れてきた。
「パト。彼は吟遊詩人のニコラ」
「どうも。ニコラです。よろしく」
「はあ。どうも」
「彼に技術指導してもらおうと思ってね。直に『竜音』を演奏してもらって君が音を覚えれば、いちいち僕の方で鑑定するまでもなく君の方で音の良し悪しを判断できるだろう?」
「なるほど」
「では、早速演奏していきますね。こちらが普通の竪琴。こちらが『竜音』の効果が付与された竪琴です」
ニコラは二つの竪琴を交互に弾いてみせる。
(なるほど。確かに微妙だが音に違いがある気がする)
「どうです? 音の違いが分かりますか?」
「ええ、なんとなくですが」
「よし。それじゃあ、『調律』していこう。ニコラ。彼の『調律』を手伝ってあげてくれ」
「分かりました」
パトは『調律』しては、ニコラに弾いて音を確かめてもらい、自分でも音を聞くということを繰り返した。
そうしてニコラに音の評価もしてもらう。
(だんだん分かってきた。『竜音』の音の深みが。そしてどうすればより良い音が出るのかも)
(パトの方は順調そうだな。どんどん旋律に深みが出ている。これならスキルアップを待たずに『竜音』Bの竪琴が完成するだろう)
ロランがそうしてパトの作業を見守っていると、アイナが近づいてくる。
「ロランさん、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたんだい?」
「ウィルとラナの杖についてなんですけれど。『火竜』の『火の息』対策に『炎を弾く鉱石』を仕込んでみようと思いまして。これロディに書いてもらった設計図です」
アイナはロランに設計図を手渡した。
「……なるほど。確かにこれなら『火の息』の威力を削ぐことができるね」
二人の話し声は作業しているパトの方にも聞こえてきた。
(『火の息』の威力を削ぐ装備。ん? てことは『火竜』対策は解決したのか? 僕の作ってる竪琴必要なくない?)
「うーん。ここはアイナさんに仕事を譲ったほうがいいのかな。同じ組織の中で役割が被るのは良くないし……」
「ハァ? なに言ってんだオメーは!」
パトが呟いていると、隣で作業していたウェインが食ってかかってきた。
「アイナ如きに遠慮してんじゃねーよ。なんでお前はそこですごすご引き下がるんだ。ロランが作れって言ってるんだから最後までやりゃーいいんだよ。オラ。さっさと完成させろ」
「う、うん。分かった」
パトは慌てて作業を完遂させる。
「ロランさん、できました」
「できたか。どれどれ?」
【竪琴のステータス】
特殊効果:『竜音』B
「うん。『竜音』Bになってるよ。これで試してみよう」
「よっしゃ。これで俺とアイナの勝負は1対1の互角だな」
ウェインがしたり顔で言った。
「ハァ? なんでそうなるのよ。ていうか、竪琴を完成させたのはパトでしょうが。なんであんたにポイント入ってんのよ」
「いいんだよ。パトは俺の弟分みたいなもんだから、俺のポイントで」
「何よ、そのガバガバ判定はぁ。つーか、そんな勝負とかしてねーし」
アイナとウェインがギャースカ言い合いしている傍で、ロランは先ほどのパトとウェインのやり取りを反芻していた。
(パトの手が止まっていた。アイナに遠慮したのか? とことん、他人と競うのが苦手なタイプなんだな。けれども、ウェインが叱咤することによって最後まで完成させた。相性のいいコンビ……なのか? とりあえず当面の間、二人を組ませてみるか)
一方で『三日月の騎士』は再度ダンジョン探索の準備を整え、『火山のダンジョン』に集結しつつあった。
彼らは『竜の熾火』からより良い条件を引き出そうと粘り強く交渉し、可能な限り地元の冒険者を調練したが、芳しい成果は得られなかった。
結局、根本的な解決策は出ないまま、なし崩し的に前回と同じ方法を取ることに決まり、同盟に加える地元ギルドを増やすこと以外特に変化のないまま、ダンジョンに突入することになった。
ユガンは同盟を前にして演説する。
内容は以下のようなものであった。
事の成否を決するのは精神力である。
盗賊ギルドによる妨害については何の問題もない。
前回のダンジョン探索で盗賊ギルドには致命的な打撃を与えている。
あと一息で殲滅できるだろう。
もはや彼らの命運は風前の灯である。
『三日月の騎士』団員および同盟に参加した地元ギルドの面々にあっては、より一層の奮起を期待する。
ユガンの演説に聴衆達は歓声をあげ、冒険者達の士気は高まった。
(やれやれこの俺が根性論に頼らねばならないとはな。これじゃあ暴れん坊のこともバカにできないぜ)
ユガンはそう自嘲せずにはいられなかったが、すぐに気を引き締めた。
(弱気になるな。ここで俺が弱気になれば敵の思う壺だ。盗賊供から召し捕った捕虜は20人に上る。これは奴らにとっても決して軽くない損害のはず。ここはどうにか踏ん張るぜ)
一方、『白狼』の陣営でも第二ラウンドの準備は着々と整いつつあった。
「ジャミル。新規の弓使い補充完了したぜ」
ロドは地元ギルドからかき集めてきた弓使いの一団を指し示しながら言った。
いずれもCクラスの実力を持つ弓使い達である。
これでユガンとの戦いによって出た損害はほぼ補填することができた。
「そうか。よし。よくやった。こっちの準備も整っているぜ。ザイン」
「おうよ」
ジャミルに呼ばれて一人の男が現れる。
そのBクラス魔導師、ザインの腕には『竜頭の籠手』が嵌められていた。
「お、間に合ったんだな。『竜頭の籠手』」
「ああ、セイン・オルベスタの装備していたものに比べると、威力はやや落ちるが性能は折り紙付きだ。なにせあの天才錬金術師ラウルの作ったものだからな。ククッ」
(これでユガンへの対策もバッチリだ。待っていろよ『三日月の騎士』。今度こそてめーらの採取した鉱石、根こそぎぶん取ってやるぜ!)




