第91話 梯子を外された勇者
「また来たぞ。今度は『火竜』5体だ!」
「『白狼』の弓部隊も来た。今度は後ろからだ」
『三日月の騎士』と『白狼』の消耗戦は続いていた。
その度に『三日月の騎士』が『火竜』の撃退を受け持ち、『白狼』の攻撃を地元ギルドが受け持つ形になる。
しかし、地元ギルドの戦意は頗る低かった。
盾を構えて矢を防御するだけで、決して前に出ようとはしない。
山を降り始めて以来今日で5日目だったが、ずっとその繰り返しで、なかなか『白狼』に決定的な打撃を与えられずにいた。
「何をしている。前に出んか!」
『三日月の騎士』の副官がそう言っても、彼らはジリジリと後退するのみだった。
「下がるな。前へ進め。これ以上下がるなら、次からは同盟から除外するぞ!」
副官がそのように叱咤すると、ようやく彼らは渋々ながら前進する。
しかし、矢が集中し始めると、彼らはすぐに背を向けて後退し始める。
「くっ、ダメだ」
「逃げろ」
彼らは一人、また一人と下がり始め、反対側で『火竜』と戦っている『三日月の騎士』の戦士とおしくら饅頭を始めて、安全を脅かし始める。
そうしてついに『三日月の騎士』の一人が大ダメージを受け、保有していた鉱石が辺りに散らばった。
「チッ。もういい。盗賊の撃退は俺がやる!」
ユガンが飛び出した。
ユガンは剣で矢の雨を捌きながら、敵の方に突進していく。
「ユガンが来たぞ」
「逃げろ!」
盗賊達は蜘蛛の子散らしたように退散した。
結局、敵の弓使いを2〜3人捕虜にしただけで終わる。
(チッ。またこれか。地元ギルドの奴らさえもっと使えりゃあどうとでもなるんだが……。ええい! 焦れったいな。どうにかなんねーのか)
ユガンは『三日月の騎士』や地元ギルドの連中が自分を見ているのに気がついてハッとした。
『三日月の騎士』の冒険者は苛立たしげな顔をしていたし、地元ギルドの冒険者達は不安げにこちらを見ている。
それは立派な分断の兆しだった。
「ふうー。今回も盗賊の親玉は取り逃がした。が、問題はない。みんなよくやってくれた。今後も『火竜』を『三日月の騎士』が、『白狼』の防御を地元ギルドが担当してくれ。それ以外は全て俺がやる」
そういうと、ある者はホッと胸を撫で下ろし、ある者は不満そうにしたが、とりあえず全員持ち場に戻るのであった。
行軍を再開するとユガンはすぐさま副官に耳打ちした。
「おい、さっきの戦いで鉱石を失ったよな?あと残りはどのくらいだ?」
「は。現在、調達目標の90%を保有しております」
「……そうか」
(予定ほど採取できなかったか。とはいえ、これ以上ダンジョン探索時間を長くするわけにはいかねえ)
「残りの10パーセントは2回目の探索で採取する。とにかく、今は鉱石の消失を避けるのが最優先だ。地元ギルドの奴らにはこれ以上何も期待するな。盗賊は俺が全て追い払う」
「かしこまりました」
勝負を決められないことに苛立っているのは、『白狼』の方でも同じだった。
「チッ。なかなか崩せねえなアイツら」
「普段ならそろそろ地元ギルドと外部ギルドの間で軋轢が起こる頃なんだが……」
「今のところ、その兆候は見えねえな」
「ユガンの俊敏も全然落ちる気配がねぇ。やはりバケモンだぜあいつ」
「弓使いの捕虜も15人を超えた。これ以上、消耗するのはまずいぜ。どうする、ジャミル?」
「剣士を弓使いにコンバートさせろ。Dクラスでもいい。とにかく敵を休ませるな」
(ダブルSの冒険者、黒衣の剣士ユガン。流石にやるな。なかなか隙を見せない。……焦るな。こちらの受けた被害も相当だが、向こうにもそれなりの打撃を与えたはず。勝負は奴らが二度目の討伐に向かってからだ)
その後も『三日月の騎士』と『白狼』の戦いは続いたが、どちらも相手に決定的な打撃を与えることはできないまま、街に帰還した。
パトとリーナが『精霊の工廠』で働き始めた翌日のことである。
かくして、時は現在にその針を戻す。
『精霊の工廠』対策に失敗したエドガーはメデスへの報告に頭を悩ませていた。
(パトが出て行ったことで、余計なこと言う奴は居なくなったが、ギルド長への報告どうすっかな。これ以上追加の予算をせびればギルド長からの心象が悪くなっちまうし)
「エドガー。なに難しい顔してんの」
「ん? シャルルか。いや、『精霊の工廠』対策の件、どうしようかと思ってさ」
「君も大変だね。何かと仕事が多くて」
「てめっ。他人事かよ」
「はは。まあまあ。そうカリカリしないでよ。また、何かあったら手伝うからさ」
「今は人手よりも予算だぜ。鉱石がないと、武器の整備も製造もできねぇ。どうしようもねぇよ」
「鉱石といえば、『三日月の騎士』帰ってきたみたいだよ」
「『三日月の騎士』……」
「うん。迎え入れる体制を整えて準備しとくようにってギルド長が言ってた。……どうしたの?」
シャルルはエドガーがニヤニヤしているのに気づいて怪訝な顔をした。
「いや、やっぱ俺って天才かもと思ってな」
「?」
「まあ、見てな」
(思い付いたぜ。失態を取り戻す方法をな)
街に帰った『三日月の騎士』は探索の疲れを癒す間もなく、住民達に捕まってしまった。
『巨大な火竜』についての説明を求められる。
仕方なく、ユガンは再び演台に立って以下のことを説明した。
ダンジョンに入ったが、『巨大な火竜』の活動している様子はなかった。
そのため地元ギルドと共に鉱石調達を優先した。
次のダンジョン探索においては『巨大な火竜』の討伐に挑戦するつもりだ。
故に地元住民は引き続き、いたずらに騒がず、事態を静観するように。
ユガンが演説を終えた頃、陽は沈みかけていた。
流石に疲れた顔を隠せずグッタリして馬車に乗り込む。
(ったく、ここの島民どもは何かとこっちの体力を削りやがって。ちょっとは落ち着きやがれっての)
「お疲れ様です」
「おお。ったく疲れたぜ。何度も慣れないことさせやがって」
「今日はもう陽も暮れるので宿に帰ることにしましょう。『竜の熾火』に装備を預けるのは明日に」
「そうだな。流石にこれ以上はなにもする気が起きねぇ」
こうして『三日月の騎士』一行は、宿に帰ることになったが、このタイムラグが『白狼』とエドガーの間で情報交換および工作をさせる時間を与えてしまうことになった。
次の日、ユガンは『竜の熾火』に装備の整備を依頼しに行った。
ラウルが直々に迎え、装備を受け取る。
「ご苦労様です。ユガン殿。ダンジョン探索の方はどうでしたか?」
「ああ、とりあえず、目標はほぼ達成したかなってとこだな。次の探索で『巨大な火竜』を仕留められると思う」
「そうですか。流石はダブルSの冒険者といったところですね。では、微力ながら我々も錬金術でサポートさせていただきますよ」
「ああ、それはいいんだけどよ。あの盗賊ギルド、『白狼』って言ったっけ?アイツら何とかなんねえの?背後を脅かされていい加減迷惑なんだが」
「……『白狼』の奴らですか。確かにタチの悪い連中ではありますが……、ユガン殿らしくないですね。たかが盗賊ごときにそのような弱気なことを言われるとは」
「あいつら自体は大したことねえけどよ。こっちが『火竜』と戦ってる時にちょっかいかけてくんのよ。探索中も常に背後を脅かしてきて気を張り続けなきゃなんねーし」
「……まあ、我々もあまり彼らのことはよく思っていないのですがね。ただ、我々にも彼らの活動をどうこうすることはできなくて。こちらも客を選ぶわけにはいきませんし」
「まあ、それもそうか。お前らにする話じゃなかったな。忘れてくれ。じゃ、武器の整備頼んだぜ」
「はい。お任せ下さい」
こうしてユガンはとりあえず『竜の熾火』に装備を預け、ひとまず休息を取るのであった。
しかし、そのあとすぐに『竜の熾火』から通知が届く。
先ほどの依頼を受けるわけにはいかなくなった。
このままでは預かった装備を返却するほかない。
急ぎ工房の方まで来て欲しい、と。
慌てたユガンはすぐに『竜の熾火』に出向いた。
「いやー、申し訳ありませんな。ユガン殿。何度もご足労いただいて」
ユガンを迎えたメデスはニコニコと愛想良く振る舞った。
「いや、それはいいけどよ。どういうことだよ。こっちの依頼を受けられないって」
「いや、本当に申し訳ありません。実はこちらの手違いで鉱石が不足しておりましてな。新規の依頼を受けるに受けられない状態なのですよ」
「新規の依頼って……、三度に分けてダンジョンを探索するっていうのは前から言ってたことだろ? お前ら三度目まできっちりサポートするって言ったよな? 一体どういうことだよ?」
「そのようなこと言われましても。ないものは仕方がないでしょう?」
「ユガンさん、ちょっといいっすか? 提案があるんすけど」
隣に同席していたエドガーが発言した。
「今回の探索で『三日月の騎士』さんも鉱石を採ってきたはずっすよね?それを今回の整備に充てるってのはどうでしょう?」
「はあ?」
流石のユガンも当惑を隠しきれず声に出してしまう。
「ふざけんなよ。こっちは鉱石を持ち帰るために遠路はるばるこの島まで来たんだぞ。それをなんでわざわざお前らの仕事のために提供しなきゃらないんだ。一度仕事を請け負ったからには、鉱石も自分達で調達しろよ」
「では、今回のお話はなかったということで。申し訳ありませんが、他の錬金術ギルドを当たっていただきたい」
(くっ、こいつら)
(ふっ、とりあえず第一段階は成功ってとこだな)
エドガーはユガンの表情を見て内心でほくそ笑んだ。
無論、一連のやりとりは芝居である。
『竜の熾火』はそこまで鉱石不足に悩まされてなどいない。
エドガーが以下のようにメデスに進言したのだ。
『竜の熾火』からすれば、『三日月の騎士』の『巨大な火竜』討伐が長引いた方が、儲けが増える。
そこで『白狼』の支援を優先すると共に、『三日月の騎士』の保有する鉱石を供出させるべきだ。
持ち帰る鉱石が足りないとなれば、彼らのダンジョンに潜る回数は増え、『竜の熾火』を利用する回数は増える。
メデスはエドガーの進言を受け入れた。
結局、ユガンは『竜の熾火』の要求に屈し、採取した鉱石をみすみす手放すことになった。
ラウルは鬼のような形相で廊下を歩いていた。
カルテット用の作業室のドアを乱暴に開け、エドガーを見つけるやいなや怒鳴りつけた。
「エドガー。テメェ、どういうつもりだ!」
「あん? ラウルか。どうしたんだよ。そんないきり立って。穏やかじゃねーな」
「どうしたもこうしたもねえ。なに、『三日月の騎士』からの依頼勝手に断ってんだ」
ラウルはエドガーの胸ぐらを掴んで顔を付き合わせた。
「何怒ってんだよ。断ったのはいわゆる駆け引きってやつさ。相手から有利な条件を引き出すため。交渉の一環だよ。事実、『三日月の騎士』はこちらの条件を受け入れた上で、再び依頼をしてくれたぜ」
「それで俺の仕事を邪魔したってわけか?」
ラウルは襟を握りしめる手にますます力を込めた。
「ちょっ、落ち着いてくださいよ。暴力沙汰はダメですよ」
シャルルが間に割って入って言った。
リゼッタは我関せずといった様子で銀をいじり続けている。
「俺の仕事ぉ? 『竜の熾火』の仕事でしょ? この仕事はギルドの総力をあげてカルテット全員で取り組んでた仕事なんだからさ。勝手に自分一人の管轄みたいに言うなよ」
「なるほど。だから、俺に断りも入れず、勝手に仕事を断ったってわけか? お前の言いたいことはそれだけか? なら、歯ぁ食いしばれよ」
ラウルは拳を握りしめて振りかぶる。
「おいおい、ラウルよぉ。何か勘違いしてるようだが、これはギルド長の許可も得て動いてることだぜ? 文句があんなら、ギルド長の方に言ってもらわないとな」
「……」
ラウルはしばらく無言になった後、振り上げた拳を下ろして乱暴につかんでいた胸ぐらを手放した。
そのまま無言で部屋を出て行く。
「大丈夫かい?」
シャルルが心配そうにエドガーに話しかける。
「うっ、ゲホッ。ったく、ラウルの野郎思いっきり掴みやがって」
(だが、これで『三日月の騎士』は余分にうちのギルドに金を払わざるを得なくなる。労せずしてギルドの収入は増えるってわけだ。結果的に儲けを出したんだから、『精霊の工廠』に関する失態も大目に見てくれるだろ)
その後、ラウルはユガンの下に謝罪に訪れた。
自分達のせいで不手際をかけてしまい申し訳ない。
せめて預けられた装備の整備については責任を持ってやらせてもらうので許してほしい。
ユガンはラウルからの謝罪を受け入れたが、『竜の熾火』への不信感をより一層強くした。
(こいつら、一枚岩じゃねえのか)
ユガンは計画の変更を余儀なくされた。
(くっ、どうする?資金的にはあと二回ダンジョン探索できるが、『竜の熾火』が信用できないとなるとそんな悠長なこと言ってられねーぞ。次の探索で鉱石の採取と『巨大な火竜』の討伐を一気にやっちまうか?それとも目標の二倍以上鉱石を採取する?だが、そうなると運ぶ量が増えるから、必然的に同盟に加える地元冒険者の数も増やすことになるぞ。あの使えない連中をさらに増やすのか? バカな。自殺行為だ。くそっ。せめて地元の連中がもうちょっと使えりゃあ。この限られた時間じゃあ育てるなんてのも無理だし……。育てる……)
ユガンはロランの言っていたことを思い出した。
地元の冒険者を育てている。
『竜の熾火』に気を付けろ。
(なるほどな。ようやく分かってきたぜ。ロランの言っていたことの意味が)




