第90話 盗賊の戦い方
『精霊の工廠』では新たなメンバーと追加された作業台を迎え、気分も新たにして朝礼が行なわれていた。
「さて、ウェイン、パト、リーナ、君達にはこれからユニークスキルを伸ばしてもらう」
「はいはい。ユニークスキルね」
ウェインがめんどくさそうに言った。
アイナはその態度を見て、顔をしかめる。
(こいつ、まだロランさんの鑑定能力信用してないの?いい加減ロランさんの力を認めなさいよ)
「ウェインにはすでに課題を出しているよね。『魔石切削』を使ってAクラスの魔導師向け装備を作ること。今後はそれに加えてユニークスキルで二人と競い合ってもらう。これを見てくれ」
ロランは傍の台に置かれた竪琴と中古の鎧を指し示す。
「まず、パト。君にはこの竪琴の音を直してもらう」
「音を?」
「ああ。これはこの街のとある吟遊詩人から修理を依頼された竪琴だが、音階が狂っている。これを君に直してもらう」
ロランは竪琴を弾き鳴らしてみた。
それは素人が聞いてもズレていると分かる酷い音だった。
「音階を直すって言われても……。僕は音楽なんて触ったことありませんよ」
「なに。やってもらうことは結局錬金術さ」
【スキル『調律』の説明】
錬金術によって楽器の狂った音階を元に戻す。
装備に対してこれを行うと特殊効果が付与されることがある。
「『金属成型』はできるよね?この竪琴に対してやってごらん」
「はあ」
パトはいまいちピンと来ないまま、竪琴をハンマーで打ってみる。
(うっ。なんだ?)
パトは楽器を鳴らして、確かめるまでもなく竪琴の音階が変わったのを感じた。
ロランが竪琴を鳴らしてみると、明らかに音が改善されている。
「うん。良くなってるね」
(不思議な感触だ。まるで打った瞬間、楽器の内部で起こっていることが感覚的に理解できたような……。鉄を打っていた時には決して感じることのなかった感覚だ)
「スキル『調律』を使う感覚は何となく分かってくれたかな? それじゃあ、このまま『竪琴』の音が完全に直るまでやってみてくれ。次、リーナ」
「はい」
「君はこの鎧から鉄を再生するんだ」
「鉄を再生……ですか?」
「そう。それが君のユニークスキル『廃品再生』」
【スキル『廃品再生』の説明】
成型済みの金属を再度精錬することで、金属を復元することができる。
「やり方は単純明快だ。まずこの中古の鎧を精錬窯に入れられる大きさまで破壊する。その上で精錬する。やってみてくれるかい?」
「分かりました。やってみます」
リーナは特に何も疑問を挟まず、取り組み始めた。
まず鎧をハンマーで叩いて、程よい大きさまで破砕し、窯にくべていく。
(素直な子だな。これは扱いやすそうだ)
パトは与えられた作業台の上で、試行錯誤しながら竪琴を打っていた。
(音が変わっているのはなんとなく感覚で分かるけれど、楽器を成型したことなんてないから、イマイチ勝手が分からないな)
パトはため息をついて物思いに耽った(彼は仕事に行き詰まると物思いに耽る癖があった)。
(僕は本当にここに来てよかったのだろうか。勢いで『竜の熾火』を飛び出してしまったけれど、これはれっきとした契約違反だ。いくら冷遇されていたからといって、そんなのって……)
すると、隣の作業台にウェインがやって来て鉄を置いた。
「よお。パト。お前もここに来たのかよ」
「ウェイン……」
「どうせエドガーの野郎にはめられたんだろ。ったく、どうしようもねえよなあの野郎」
「僕は……その……あそこの働き方に耐えられなくなって」
「はあ? なんだそりゃ。まあ、でもそうか。そりゃ耐えられねーよな。お前、エドガーに目を付けられてたし」
「……」
「まあでも、ここも似たり寄ったりだぜ。あのギルド長、ロランは指示も育成方針も無茶苦茶だしよぉ」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ。俺はアイツのせいで酷い目にあってだな。ったく、世の中どこもかしこもクソッタレな職場ばっかりだな。ホントに」
「……それはそうとウェイン。君、ギルド長に魔石の加工をするよう命じられてたんじゃ」
「あ? いいんだよ。俺はエドガーのやつに勝たなきゃいけないんだ。ロランの指示に従ってる暇なんてねえよ。だいたいなんだよ『魔石切削』って。そんなスキル『竜の熾火』でも見なかったっつーの。だいたいユニークスキルなんてそう簡単に発現するわけねーだろ。鑑定士に錬金術の何が分かるってんだ。お前もその点気をつけなきゃ……」
そう言いかけた時、精錬窯の方でリーナの声がした。
「ロランさーん。鉄の再生出来ましたー」
「どれどれ? おお。これ鉄Cじゃないか。よく出来たね」
ロランはリーナの持ってきた鉄をしげしげと眺める。
(あの鎧は元々鉄Bで作られたもの。流石に元の品質を再生するのは無理だったか。とはいえ、これなら十分再利用できる)
【リーナ・ハートのユニークスキル】
『廃品再生』:C(↑2)
(やはり、まだ手を付けていないスキルは伸びるのが早いな。少し手解きを受けただけでEクラスからあっさりとCクラスだ)
「凄いよ。リーナ。この出来なら中古品をもらい受けるだけで、鉄をいくらでも節約することができる」
「はい。まさか自分でもこんなことができるなんて」
「この調子でどんどん『廃品再生』していこう」
パトはリーナの再生した鉄を見て感心した。
「凄いな。あんなボロボロの鎧から完璧に鉄を再生するなんて。あんなスキル初めて見た」
(リーナにあんなスキルが宿っていたなんて。そしてそれを初対面で見抜いたSクラス鑑定士ロラン。『竜の熾火』では詐欺師扱いされていたけれど、腕は確かなのかも)
「ねえ。ウェイン、ロランさんって……、ウェイン?」
パトがウェインに話しかけようとすると、ウェインは異様な勢いで打っていた鉄を片付け、魔石削りに取り掛かっていた。
ザラついていた魔石は瞬く間に滑らかに削られ、キラキラとした輝きをその身に纏った。
そうしてウェインは肩で息をしながらも、削り終わった魔石をロランに提出する。
「はぁはぁ。よお。ロラン、『魔石切削』出来たぜ。鑑定しろよ」
「どれどれ? なんだやれば出来るじゃないか。ちゃんとユニークスキルの効果出てるよ」
【嵐の魔石】
魔力:50(↑40)
「たりめーだ。俺にかかりゃこんなもん朝飯前だよ」
「ただ、Aクラスの杖の部品としてはまだ物足りないね。引き続きやっていこうか」
そう言いながら、ロランはウェインに新しい魔石を渡した。
「チッ。待ってろよ。Aクラス装備なんざすぐに作ってやるからよ!」
ウェインは作業台に戻ると今までの怠慢が嘘のように魔石削りに取り組む。
(ただでさえアイナに負け越してんだ。リーナにまで負けてたまるかよ!)
パトはそんなウェインの様子にクスリと笑うのであった。
(ウェイン、変わってないな。競争になると目の色を変えて)
「ロランさーん。これも鉄に再生できます?」
アイナが大量の錆びた工具類を台車に載せて持ってくる。
「おお? どうしたのそれ?」
「裏の倉庫に置きっ放しになってたんです。リーナのユニークスキルを見て、もしかしたらと思って」
「そうだね。それじゃあリーナ、試してみてくれるかい?」
「はい。分かりました」
(リーナも元気だ。雰囲気のいい工房だな)
ここならしばらくの間は働ける。
パトはそう思って気を取り直すのであった。
【ウェイン・メルツァのユニークスキル】
『魔石切削』:C(↑2)
【パトリック・ガルシアのユニークスキル】
『調律』:C(↑2)
「訴訟?」
ラウルはメデスの口から馴染みのない単語が出てきたのを聞いて訝しげにした。
「うむ。先日、ロランの奴が我々の工房に出入りしていたようでな。せっかく出禁にしたにというのに。その上、奴は我がギルドの職員に契約を破って自らのギルドに加わるよう唆したようなのだ。これは看過できんということで、『精霊の工廠』に対し訴訟を起こすべきだと思ってな」
「いくらなんでも早とちりしすぎじゃねえか? まず、その姿を消した二人を呼び寄せて事実関係を確認してだな……」
「そうもいかん。何を隠そう、これは他でもないギルバート殿の提案でもあるのだ」
ラウルはギルバートの名前を聞いて顔をしかめる。
「おい、またギルバートの提案かよ。いくら上客だからっていいように使われ過ぎじゃねーか? まだ前金も受け取ってないってのに……」
「仕事の額が額だからな。それにギルバート殿も『精霊の工廠』に関してはこれが最後のお願いだとおっしゃられている」
「それにしたって……」
「ラウル、考えてもみろ。実際ロランの口車に乗って契約違反を犯す者が出てきたというのは見過ごせない問題だ。今後も同じことが起こらないとも限らん。我々としても対処するに越したことはないのだよ」
「俺は契約違反した二人を詰めるだけで十分だと思うがなぁ……」
「ラウル。これについてはもう決まったことだ。今になってあれこれ言うのはよせ。それよりも、もうすぐ『三日月の騎士』がダンジョン探索から帰ってくる頃だ。お前はそれに備えて万全の準備をしておけよ」
「分かってるよ」
ラウルは窓の外から『火山のダンジョン』の方を伺う。
(静かだな。やはりユガン殿は当初の予定通り『巨大な火竜』とは戦わなかったのか)
『竜の熾火』と『精霊の工廠』が小競り合いを繰り返している頃、ユガン率いる『三日月の騎士』とて何もせず、ただいたずらに時を過ごしていたわけではない。
すでに彼らは地元ギルドを率いて、一度目のダンジョン探索に向かっていた。
少し時を戻して、彼らの足跡に目を向けてみよう。
『竜の熾火』に到着したユガンと『三日月の騎士』は丁重にもてなされた。
「ようこそいらっしゃいませ。『三日月の騎士』御一行様」
メデスはいつも通り愛嬌のある笑顔で『三日月の騎士』を迎える(彼はいつも初めだけは愛想よく振る舞った)。
「どうもメデス殿、世話になるよ。よお。ラウル。腕は鈍っていないだろうな?」
「もちろんだ。ユガン殿も達者なようで何よりだ」
ラウルもいつにない慇懃さでユガンにそう挨拶した。
彼は基本的に誰に対しても尊大だったが、Sクラス冒険者だけは例外だった。
自分の作った装備を使いこなせる数少ない特別な存在として敬意を払うのだ。
ユガンは魔剣『グラニール』をラウルに預ける。
「それじゃ、こいつの整備は頼んだぜ」
「ああ、任せてくれ」
「それで、ユガン殿。新規に製造する装備についてですが……」
「それについてはちょいと待ってくれ。まずはダンジョンと『巨大な火竜』の動向についてこっちで調査したい」
「それでしたら、我々の方で独自に集めた情報を提供し、その上で装備について提案させていただきますが?」
「ありがとよ。それについてはあとで存分に聞かせてもらうぜ。ただ、『三日月の騎士』の方でも独自に情報を収集しておきたくてな」
「何もそのようなこと、わざわざ大手冒険者ギルドの方がなさらずとも。地元のことは地元の者が一番分かっております。どうかここは我々にお任せください」
「悪いがそれは出来ない相談だ」
ユガンはピシャリと言った。
「あんたらのこと疑ってるわけじゃないんだがな。情報には脚色が入るもんだ。特に錬金術ギルドと冒険者ギルドの間ではスタンスにズレがあるだろ? その辺の誤差を修正するために、自分達でも情報源を確保しとく必要があるってわけだ。俺達冒険者にとって誤報は命取りになりかねねーからな。職業柄あんまり他人を信用できねーのよ。悪く思わないでくれ」
「しかし、ここに来た冒険者は我々の製造した装備を使うのが習わしでございます。実際、我々の提案は冒険者様の間でも大変好評でしてな。とりあえず当方としてはまず、『火竜』対策として火槍を……」
「その冒険者の間で大変好評な提案を受け入れて『魔導院の守護者』は大失態を犯したんだろ?」
メデスは少しばかり不愉快そうに頬を引きつらせたが(その変化は相当観察力の高いものでも気づくか気づかないか程度のわずかなものであったが)、どうにかにこやかな笑みを維持した。
「かしこまりました。では、ここでは既存の装備の整備受注と新規に製造する場合の予算提示のみしておくにとどめておきましょう」
「ああ、よろしく頼む」
『三日月の騎士』は『竜の熾火』に装備を預けると、街に情報収集に出かけた。
「さすがにダブルSの称号を持つ冒険者は落ち着いているな。魔導院の青二才供とは年季が違う」
ラウルは感心したように言った。
「ふん。どうだかな。あまりベテランすぎるのも考えものよ。自分の長年の勘とやらばかり信じて、人の言うことを素直に受け取れなくなる」
「何だ? なに不機嫌になってんだよ」
「別に。不機嫌になどなっとらんわい」
『三日月の騎士』が調査し、試算した結果、彼らの資金で『火山のダンジョン』を探索できるのは三度までだと分かった。
そこで、ユガンは1度目の探索でギルドからのノルマである鉱石を採取。
2度目の探索で『巨大な火竜』を討伐。
3度目の探索は予備とした。
問題は地元ギルドとの連携だった。
『三日月の騎士』が『火山のダンジョン』を探索すると聞いて、地元ギルドの冒険者達は手伝わせて欲しい旨伝えるため、彼らの宿に押しかけた。
ある者は以下のように言った。
「『火山のダンジョン』は入り組んだ道のりで地元の人間の道案内がなければとても探索などできません。また、盗賊ギルドの連中との戦闘も考慮に入れなければなりません。我々を道案内として、あるいは盾として、お役立てくださいませ」
また、ある者は以下のように言った。
「鉱石を運び出すにも人出は必要でしょう。『三日月の騎士』は伝統的に身軽さに重きを置くギルドと聞き及んでいます。力仕事は不慣れとお聞きしています。ここは鉱石の採取、運搬、取り扱いに通じている我々を人足としてお使いくださいませ」
さらにある者は以下のように言った。
「地元ギルドを引き込まずに『三日月の騎士』単独でダンジョンに潜ろうものなら、地元ギルド全てを敵に回してしまうことになるでしょう。そうなればいかに『三日月の騎士』といえども、戦果を持ち帰るのは極めて困難といえます。地元ギルドが欲しているのはひとえに稼業を続けるための報酬です。それさえ支払っていただければ、『三日月の騎士』に刃を向けることもないでしょう。とはいえ、有象無象の連中と手を組むのは不安かと思われます。そこで我々の方で信用できる地元ギルドを選別した上で紹介させていただきます。うまく利害を調節してみせましょう。我々にお任せ下さいませんか?」
こうしてあの手この手で海千山千の地元ギルドが『三日月の騎士』に圧力をかけてきたので、『三日月の騎士』としても当初の予定より多くの冒険者ギルドを探索に参加させなければならなくなった。
とはいえユガン達は『魔導院の守護者』と同じように志願してきた地元ギルドの連中全てと同盟を組むようなことはしなかった。
ギルドの規模と要求してきた報酬、財政状態、実績、冒険者のスキルとステータスを厳しく審査して、足手纏いにならないレベルの冒険者ギルドのみ選別して、同盟を組むことにした(とはいえ、『三日月の騎士』の冒険者に比べれば、その練度は著しく低く、全体の平均低下は避けられなかったが)。
これらの作業を全て終わらせて、全ての手筈を整え、『火山のダンジョン』の前に集合するまで三日かかってしまった。
折しもその日は、モニカ達が『竜の熾火』から送られた一度目の刺客を返り討ちにしていた日である。
ダンジョンに入るに当たって、ユガンは以下のように念押しした。
「これより我々は『火山のダンジョン』の探索を開始する。事前に連絡した通り、我々は三度に分けてダンジョンを攻略する。今回、一度目は鉱石の取得に専念し、『巨大な火竜』の討伐は後回しとする。各ギルド同士、協力しあってダンジョン探索に当たるように」
そうして、『三日月の騎士』とその同盟ギルドはダンジョンへと突入した。
彼らがダンジョンに入ると、すぐに『火竜』が襲来してくる。
同盟に軽く動揺が走る。
「『火竜』だ!」
「くっ、いきなりかよ」
「おい、お前行けよ」
地元ギルドの冒険者達は怖気付いて、互いに戦闘を押し付け合おうとする。
というのも、彼らは対『火竜』用の装備を持ち合わせておらず、まともに戦えば消耗は必至だった。
このような序盤でいきなり疲弊したくはない。
『火竜』はそんな冒険者達の抱く恐怖を見抜いているかのように、ゆったりと周辺を飛んで、圧力をかける。
冒険者達はジリジリと後退りしながら、精神を削られていく。
「ったく、しょうがねえな」
『三日月の騎士』の弓使いと『火槍』を装備した戦士が前に飛び出した。
弓使いの放った矢が『火竜』に当たると、『火竜』は激昂して『弓使い』の方に突進する。
弓使いが素早い動きで走り抜け、囮となり、『火竜』の注意を引き付けているうちに戦士が死角から飛び込み、『火竜』の喉元に火槍を突き立てる。
高温で熱せられた『火槍』の切っ先は、『火竜』の喉を焼き切り貫いた。
冒険者達は歓声を上げる。
「おお、やったぞ」
「さすが、『三日月の騎士』」
(ったく。口ほどにもねえ奴らだな)
ユガンは内心で地元冒険者の調子の良さに呆れていた。
(とはいえ、こいつらを敵に回すのは弊害が大き過ぎる。ここはなんとか、なだめすかして、上手く使わねーとな)
「『火竜』を始めとした竜族には『三日月の騎士』が当たれ。その他の雑魚モンスターや盗賊ギルドには地元ギルドが当たるように」
ユガンは内心の不満を表に出さないよう気をつけながらそう指示を出した。
こうして明確に役割分担した同盟は互いに協力し合って、摩擦なくダンジョンを進んで行く。
ユガンは同盟を指揮しつつも背後への警戒も絶やさなかった。
(この感じ。間違いない。姿は見えないが、盗賊ギルドの連中、俺達の後ろにぴったりつけてやがるな。こちらが隙を見せるのを待っている。いやらしい奴らだぜ)
「どうかしましたか?」
『三日月の騎士』の副官がユガンに話しかける。
「いや、何でもない。先を急ごう」
(確かに戦い辛そうな連中ではあるが、俺達の敵じゃない。向かってくるなら倒すまでだ)
こうしてユガン達は背後に敵を抱えながらも、協力しながらダンジョンを進み一週間程かけて『メタル・ライン』に到達する。
ユガンは鉱石の採取に取り組むよう指示し、地元ギルドにも自由に鉱石を採掘させた。
「ふう。とりあえずはここまでたどり着けたな」
「探索は順調ですね」
「だと……、いいんだがな」
「?」
(盗賊ギルドの奴ら、くっ付いているだけでまるで仕掛けてこねぇ。仕掛けたくても、仕掛けられないのか。あるいは何か狙ってるのか。ま、どっちにしろ帰りには分かることか)
盗賊ギルドとて、ダンジョン探索にそれなりの費用をかけているはずである。
このまま何事もなく終わるとは思えない。
(鉱石を抱えて身重になった今、俺達は奴らからすれば格好の獲物だ。だが、それがどうした? 来るなら来いよ。返り討ちにしてやるぜ)
ユガンは魔剣『グラニール』の柄に手を添えて戦意を充実させるのであった。
『白狼』の盗賊達もユガンの部隊に対してなかなか攻撃の糸口を掴めず、難儀していた。
「ちっ。あいつらなかなか隙を見せねえな」
「外部ギルドと地元ギルドの間で揉めている様子も見られない」
「さすがはダブルSのユガンといったところか。経験豊富だぜ」
「情報によると今回、ユガンは『巨大な火竜』と戦うつもりはないらしいぜ」
「となれば、鉱石の採取が終わり次第山を降りてくるな。どうする、ジャミル?」
ロドは岩を背もたれにして、寛いでいるジャミルの方を伺う。
ジャミルは薄笑いを浮かべた。
「なあに。帰りは奴らも鉱石をたんまり抱えて、動きが鈍くなる。その時が勝負さ。それに……ククッ。敵を倒すのだけが、戦いじゃない。そのことを外から来た奴にじっくりと教えてやるよ」
1日かけてレアメタルをたんまり採取したユガン達は、山を降りることにした。
そうして、『メタル・ライン』から離れると、すぐに『白狼』が仕掛けてくる。
(殺気! 来たか)
空をつんざく複数の鳴き声が響いてくる。
『火竜』の鳴き声だった。
「『火竜』が来たぞ」
「左からだ!」
「5、6、7体!」
すぐに『三日月の騎士』が左側に展開して、地元冒険者達は右側にシフトする。
それを見て、盗賊達も動き出した。
同盟の右翼に矢が雨あられと降り注いでくる。
地元の冒険者達はここぞとばかりいいところを見せようとして矢襖を防ぐ盾となった。
だが、前に出ようとする者はいなかった。
そればかりかジリジリと後退していく。
「何をしている、前に出て敵を攻撃しろ!」
見かねた『三日月の騎士』副官が叱咤したが、彼らは防御に徹し、決して前に進み出ようとはしなかった。
というのも、彼らはすでに充分な収穫を手にしていたので、これ以上消耗したくなかった。
表向きは『三日月の騎士』のために戦っているものの、本音としてはこのまま、何事もなく街まで引き上げたかった。
全く反撃してこない彼らに対して『白狼』の弓使い部隊は勢いを得て、どんどん前に進み出てくる。
一方で、地元ギルドは下がり続けて、ついには『火竜』と戦っている『三日月の騎士』の戦士と背中が触れ合うほどになった。
このままでは『火竜』と戦っている『三日月の騎士』の隊員にも悪影響を及ぼすことになるだろう。
「チッ。しょうがねえな。ここは俺がいく」
ユガンは剣を抜いて、地元ギルドの戦士達の脇を通り抜けていく。
「ユガンが出てきたぞ」
「アイツに狙いを集中しろ」
盗賊達はユガンに狙いを集中させるが、ユガンは降りしきる矢の雨を剣で弾き返し、どんどん前に進んでいく。
「う、うわぁ」
「逃げろ」
堪らず盗賊達は敗走した。
しかし、ユガンの俊敏からは逃れるべくもない。
ユガンは逃げていく弓使いの背中に迫る。
ところが、いよいよ剣の間合いに入るというところで、盗賊達は武器を投げ捨てて、ユガンの方に向き直る。
「?」
盗賊達は手を上げて、投降の構えをとる。
その上、ニヤニヤと軽薄な笑いを浮かべていた。
「なんだ、お前ら。一体どういうつもりだ?」
「へっへっへ。見ての通りですよ。我々は投降します」
「島の規則により、投降した者への攻撃は禁止されていますよ」
「ルールに則って、武装解除した我々への過剰な追い討ちはおやめいただきたい」
「我々は『三日月の騎士』の捕虜になります。まあ、丁重に扱ってくださいよ」
「チッ」
ユガンは彼らの投げ出した弓矢を破壊した上で、腹を殴りつける。
「う゛っ」
「ぐげっ」
盗賊達は気を失って地面に倒れ伏した。
(ザコを倒しても仕方ねえ、敵の親玉はどこだ?)
しかし、ユガンが索敵を再開した頃には盗賊達は戦域から離脱して、その姿を消していた。
「ユガン様。『火竜』の撃退完了いたしました。盗賊達は?」
「取り逃がした。そこに倒れてる奴ら、そいつらは捕虜だ。手を縛って引きずっとけ」
「は、かしこまりました」
(しかし、これはちょっと厄介だな。敵を退けることはできるが、トドメを刺せない。勝負を決められないとなれば、長期戦を覚悟する必要がありそうだな)




