第9話 花売りの少女
ロランはランジュの希望した人員を確保するため、クエスト受付所に来ていた。
「あっ。ロラン様。いらっしゃいませ」
以前、横柄な態度で接してきた若い受付嬢はすっかり恐縮した様子で、必要以上に慇懃な態度で接してきた。
椅子に座っていたのにわざわざ立ち上がってペコペコと頭を下げる。
ロランが『精霊の工廠』の代表になって以来、ずっとこの調子だった。
リリアンヌがロランを無下にしないよう圧力をかけてくれたのだ。
受付嬢は上司と一緒に大慌てでロランの下を訪れて謝罪した。
『魔法樹の守人』は『金色の鷹』に比べれば劣るとはいえ、大口のお客なので、クエスト受付所としては失うわけにはいかなかった。
受付嬢は『金色の鷹』の依頼だったとはいえ、調子に乗りすぎた事を詫び、それ以来すっかり恐縮した様子で接してくるようになった。
彼女の謝り方があまりにも必死だったので、ロランの方が恐縮してしまうほどだった。
「本日はどういったご用件でしょうか」
「えっと、今日は、スキル『鉱石採掘』がB以上の人を5人、スキル『アイテム収納』がC以上の人を5人探しに来たんだけれど」
「は、かしこまりました。少々お待ちください」
彼女は尋常ではない速さでファイルをパラパラとめくり、ロランの要求を満たす、錬金術師とアイテム収納士を探した。
「いらっしゃいますよスキル『アイテム保有C』の方が、5人いらっしゃいます」
「じゃあ、すぐに面接の手はずを整えてくれ」
「は、かしこまりました」
彼女はスラスラと書類を記入する。
「『鉱山採掘』の方はどうですか?」
「っ。申し訳ございませんッ。現在、『鉱山採掘』でB以上の方の求人は出されておりませんッ」
彼女は平身低頭謝って来た。
「あ、いや、居ないならしょうがないですよ。頭をあげてください。何もそこまでしなくても」
ロランは驚いて彼女を制した。
その後も彼女は懇切丁寧を通り越し、勢い余ってへりくだるような接客態度に終始するのであった。
(でも弱ったな。『鉱山採掘B』の人間を5人揃えないと、ランジュの要望を満たせない。
やっぱり『鉱山採掘B』の人員ともなるとフリーの人なんて滅多にいないよなぁ)
ロランがクエスト受付所を出て、人員の調達について悩みながら歩いていると、既に街には夜の帳が降りていた。
店々には光が灯り、みんな仕事帰りに酒場に寄っていた。
(僕も久しぶりに酒場に寄ってみるか)
ロランは冒険者の頃、いつも酒場で情報交換して、冒険のヒントを得ていたことを思い出した。
久しぶりに酒場のウェスタンドアをくぐる。
するとばったり『金色の鷹』時代、交流のあった錬金術ギルドの人と出会う。
「あなたは、ロランさんではありませんか」
「ゼンスさん。お久しぶりです」
二人は久しぶりに会ったということで、旧交を温めるため一緒のテーブルで飲むことにした。
「と、なるとロランさんは、今はもう『金色の鷹』の会員ではないのですか?」
「はい。恥ずかしながら追放されてしまいまして」
「そうですか。では、あなたにならルキウスへの愚痴を言っても問題ありませんね」
ゼンスはお酒の勢いも相まって、ルキウスへの不満を吐露し始めた。
「全く。たまったもんじゃありませんぜ。鉄Aを200ゴールドで納品しろと言い出したと思いきや、『アースクラフト』を作れる精錬士を謹慎させろと言い出しやがった。おまけに今度は最高級の嫁入り道具を銀細工で作れと言い出す始末」
「銀細工?」
「なんだか、さる貴族のお偉いさんが嫁入りの記念に銀細工の品評会を開くんだそうで。そこに出品するための作品を作れということです。まあ要するに貴族のご機嫌とりに我々をコキ使おうという魂胆でしょうよ。ハイクラスの精錬士を締め出しておきながら、一体どうやって最高級の銀細工を作れっていうんだか」
ゼンスはやり切れなさそうにエールを煽った。
(ルキウスはそこまで無茶な要求をしているのか。ゼンスさんも大変だな。この街で最大手の錬金術ギルドだって言うのに)
ロランは思わず彼に同情した。
「現場は大混乱ですよ。ロラン殿もご存知でしょう? スキルのランクを上げるのにどれだけお金がかかるか」
「ええ、もちろん」
一度身につけたスキルは中々劣化しないが、スキルを上げるのにはそれなりのお金がかかる。
ゼンスも職人のスキルを上げるためそれなりの先行投資をしているはずだが、その費用は全てゼンスのギルド持ちで、ルキウスが負担することは一切無いだろう。
「今、ルキウスの配下の人間が、我々の窯を監視していてね。『アースクラフト』を精錬できる『鉱石精錬B』以上の者は釜に近づけない状態ですよ。あともう少しで『鉱石精錬A』を身につけそうだった精錬士も一切訓練することができなくなって。帰ってきた頃には一からやり直しです」
(ルキウスもルキウスだな。いくらダンジョンを一つ『魔法樹の守人』にかっさらわれたからって。自分の支配下にあるギルドの錬金術師をこんな風に締め付けるなんて)
ロランはゼンスのことがますます気の毒になってきた。
その時、名案が思い浮かぶ。
「あ、そうだ。ゼンスさん。良ければウチで作っている鉄を買いませんか? 鉄Aを100ゴールドで構いませんよ。そうすれば200ゴールドでも全然採算は取れるでしょう?」
「鉄Aを100ゴールド? そりゃあ助かりますが、いや、しかしいいんですか? そんな値段で」
「ええ、作ったのはいいものの、ホラ、ルキウスの奴が錬金術関連の市場を支配しているじゃないですか。なので誰も買い取ってくれないまま、倉庫で塩漬けにしている状態なんですよ」
「なるほど。いや、しかしなんだか悪いですな。我々もルキウス側だというのに」
「その代わりと言っては何ですが、『鉱石採掘B』以上のスタッフ5人をこちらに出向させてくださいませんか? もちろん給与の方はこちらで持たせていただきますよ」
「はあ。そりゃあ一向に構いませんが」
ゼンスはちょうどルキウスに精錬を絞られて、採掘スタッフも持て余しており、どうしようか悩んでいるところだった。
「では決まりですね。そうだ。どうせなら謹慎させられている精錬士もうちに出向という形でどうでしょう。それで鉄Aや銀細工の材料もウチで精錬を引き受けさせていただきますよ」
「いや、それは勿論願ったり叶ったりですが。しかしいいのですかねそんな至れり尽くせりで」
「ええ、ただルキウスにこのことはバレないようにしていただけますか? 今、私はルキウスに目をつけられている所でして、ゼンスさんから外注を受けているとバレればお互いにマズい事になると思うんです」
「ふむ。そうですか」
(何かあるな)
流石のゼンスもロランの話に裏があることに気づいた。
しかし、ゼンスもまさか『精霊の工廠』に、一人で『アースクラフト』を月に100個も精錬できる者がいるとは思いも寄らない。
それに今は、手段を選んでいる場合ではなかった。
このままでは彼の工房はものすごい費用を抱え、多数の職員をクビにしなければならなくなり、下手をすれば破産してしまう。
「分かりました。全てロランさんの言う通りにしましょう」
二人は明日どこか人目に付かない場所で落ち合って、詳細を打ち合わせする事に決めた。
酒場を後にしたロランはホッと肩の荷が下りたような気分だった。
(ふー。どうにか人員を調達する目処はついたな。在庫も処理できそうだし、これでランジュの管理スキルも伸ばすことができるぞ)
ロランはアーリエだけでなく、ランジュのスキルも磨き続けられるように気を配らなければならなかった。
彼の管理スキルを伸ばし、維持するためにはスタッフの調達が急務だったのだ。
(雇う人間が増えると考えることが増えて大変だよ、全く)
とにもかくにも人員の調達に目処がついてプレッシャーから解放されたロランは、再びルキウスに一泡吹かせるための算段について、次の一手を考え始めたのであった。
ロランは夜でも開いている武器屋へと立ち寄った。
現状、錬金術師ギルドはほとんどルキウスの支配下にあるため、街の店に置いてあるものは、全てルキウス支配下の錬金術師達が作った武器だった。
(安いな)
品物を見ながら思った。
どれもこれも破格の安さで、『精霊の工廠』では、どれだけ頑張ってもこれよりも安く武器を作ることはできないだろう。
(ルキウスが安く買い叩いているというのもあるだろうけれど、やはり資本と規模の違いが大きいんだろうな)
一度に大量の商品を注文すれば、それだけ割引を受けられる。
錬金術ギルドの側も受け取った多額の現金で人員と設備を整え、さらに安く製品を作ることができるようになる。
ルキウス配下の10の錬金術ギルドには、総勢500人を超える優秀な錬金術師が配属されている。
500人を超える錬金術師達が日々、安く大量に武器を作る方法を考えてしのぎを削り、市場に供給しているのだ。
一方でロランの工房にはまだ二人しかいない。
今回、スタッフを調達したとしても、20人にも満たない。
(これじゃあ、どれだけ逆立ちしても勝負にならないよな)
実際、リリアンヌもロランから買ってくれるのは『アースクラフト』だけで、通常武器はとなるとルキウス傘下の錬金術ギルドから買わざるを得なかった。
ロランは考える。
ルキウスに対抗するためにはどうすればいいかと。
(『魔法樹の守人』だっていつまでも『アースクラフト』を注文してくれるとは限らない。となるといずれはこの武器の分野で正面対決しなければいけないんだ。でも規模と資本が違いすぎるから、価格競争では勝ち目がない。となると、ルキウス傘下のギルドには作れない、そんな市場の隙間を埋めるような、武器を作るしかない。何か一つ、突出した商品を作らないと。そのためには今のスタッフだけではダメだ。どれだけクオリティが高いものを作れても唯一のものは作れない。もっと特異なスキルを持ったスタッフを見つけないと……)
ロランが考えながら部屋へ戻る道を歩いていると、花を売っている少女を見かける。
彼女はか細い声で、自信なさげに道行く人に声をかけている。
その様はぎこちなくて、明らかに売り子には向いていなかった。
「あの、すみません……、あっ」
彼女は道行く男性に花を持って声をかけようとするが、男は少女に気づきもせず、さっさと立ち去って行く。
少女はションボリとうなだれる。
(可哀想に。向いていない仕事をさせられることほど、人生で悲しいことはない)
ロランはふと思い立って彼女のスキルを鑑定してみることにした。
彼女のスキルは以下の通りだった。
『銀細工』B→S
『製品開発』D→A
『製品設計』E→A
『精霊付加』A→S
ロランは息を飲んだ。
(なっ。『銀細工』、『製品開発』、『製品設計』の潜在能力がどれもA以上!? いや、それよりも『精霊付加』ってなんだこれ? こんなスキル見たことも聞いたこともない。てことはユニークスキル!?)
ロランは『鑑定』を使って『精霊付加』の詳しい説明を表示させる。
『精霊付加』
金銀宝石の中に精霊を閉じ込めるスキル。
特に銀に閉じ込めるのが一般的。
精霊の閉じ込められた金銀宝石には特殊な効果が宿る。
「ちょっ、君」
「はい?」
ロランは思わず花売りの少女に声をかける。
振り向いた少女は流れるような銀髪に深い緑色の目、そして尖った耳を持つエルフの娘だった。
主人公の名前間違い失礼いたしましたm(_ _)m