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第89話 働ける場所

 ギルバートの下にウィリクから手紙が届いた。


『竜の熾火』支店の様子について綴られたものだ。


 手紙には以下のように書かれていた。


 担当者のエドガーは支店を離れた。


 その後はリーナという若い娘が責任者となって店を仕切っているが、彼女はあろうことか『精霊の工廠』と取引を行なっている。


 そればかりかロランは堂々と『竜の熾火』支店に出入りしている。


『竜の熾火』支店はすでにロランに籠絡されたと見ていいだろう。


 早急な対策を求む。


 ギルバートは手紙を地面に投げ捨てて、地団駄を踏んだ。


「あーもう! なんでこいつらはこんなにやることなすことトンチンカンなんだよ。使えねーな。せっかく俺が作戦を考えてわざわざ教えてやったっていうのによ!」


 ギルバートはしばらく肩で息をした後、深く息を吐いて気を鎮める。


(『竜の熾火』の奴ら、まだ『精霊の工廠』潰しを仕事の片手間程度に考えているようだな。こうなったらお前らの仲を徹底的に拗らせてやるよ。お前らが本気で潰し合うまでな!)




 ロランは折を見て、ウェインを呼び出した。


 ウェインは気だるそうに頭をかきながらギルド長室に入ってきた。


「なんだってんだよ、急に呼び出して。こっちは忙しいってのに」


「ウェイン。君に新しい仕事を頼みたいと思う」


「新しい仕事?」


「Aクラス魔導師用装備だ」


「なに?」


 気だるそうにしていたウェインの目に鋭さが戻る。


「Aクラス魔導師だと?」


「先日、『精霊の工廠』にきた新しい仕事を覚えているかい? Cクラス魔導師用装備、あれは繋ぎに過ぎない。ウィルとラナはいずれAクラスの魔導師になる。その時、アイナのスキルだけでは物足りなくなるだろう」


「ほお」


「これを見てくれ」


 ロランは一個の緑色の魔石を取り出した。


「これは『嵐の魔石』。『爆風魔法』の威力を高める効果がある」


「知ってるぜ。ただ、それは加工によってほとんど魔法の威力を向上させられないモンだろ。だから魔導師向けの装備を作るなら銀細工の方が……」


「ところがそうでもない。君のユニークスキル『魔石切削(カッティング)』を使えば、話は変わる」


【『魔石切削(カッティング)』の説明】

 魔石を削ることで魔石の威力を高めることができる。


「『魔石切削(カッティング)』は魔石を削ることでその潜在能力を発揮させるユニークスキルだ。これを使えば、リゼッタの『火槍(ジャベリン)』よりも強力な装備が作れるだろう」


「ホントかよ。そんなスキル持ってる奴、『竜の熾火』でも見なかったぜ」


「そりゃそうさ。なにせユニークスキルだからね。錬金術師の中でも、限られた者にしか発現しないスキルだ」


「ユニークスキル……ねえ」


 ウェインは苦笑いしながら言った。


「この島では伝統的に魔導師が弱い。そのためか錬金術師達の間でも魔導師向けの装備を軽視する傾向がある。ウェイン、君が歴史を変えるんだ。魔導師向け装備の第一人者、その先駆者となって」


 ウェインは歴史を変えるという文言にわずかに反応した。


(やはり反応するのはそこか。ウェインが求めているのはスケール。歴史を変えるくらいインパクトのある仕事でなければ彼のやる気を引き出すことはできない)


「ま、あんたがAクラス装備を作るのに拘ってるのはよく分かったよ。俺がAクラス魔導師用装備を作るのはいいとしよう」


 ウェインはすでに自分がAクラス錬金術師になるのが決まったかのような態度で言った。


「それで? その後の待遇は? まさかAクラス錬金術師を平のままにしておくなんてことはないよな?」


「無論、Aクラスの錬金術師になった暁には相応の待遇を用意するつもりだ。給与面でも……」


「役職は?」


「役職?」


「俺にAクラス錬金術師になって欲しいんだろ? ならそれ相応のポストを用意してもらわないと困る。俺がAクラス錬金術師になった暁には、アイナよりも上の地位に就かせてもらえるんだろうな?」


「……それとこれとは話が別だ」


【ウェイン・メルツァのスキル】

『工房管理』:D→C


「Aクラスの装備を作ったからと言って、管理系の仕事ができるというわけじゃないからね。ポストを約束することはできない。ただ、給与の増額など待遇の向上は約束するよ」


「とはいえ、Aクラスの錬金術師が役職なしというのも聞こえが悪いだろう? アイナよりも上のポストか、最低でもアイナのポストを譲ってもらわないことには……」


「ウェイン。なぜ、そんなにも工房(アトリエ)内の下らない小競り合いにこだわる?」


「なに?」


「Aクラスになるんだろ? ならそんな小さなプライドに拘らず、この島で一番の錬金術師になってみせろよ」


「……っ」




『竜の熾火』にはまたボロボロにされた『竜騎士の庵』が帰ってきた。


 流石のエドガーも呆然とする。


(なんだよ、これ。Bクラス装備に防御付与を付けたのが、なんでこんなにボコボコにされてんだよ。こんな芸当Aクラス冒険者でもなけりゃ……。いやそれだけじゃない、Aクラス冒険者がAクラス以上の装備を身につけでもしない限り出来ないだろ。敵は弱小錬金術ギルドと零細冒険者ギルドなはずだろ? 一体どうなってんだよ)


 ギルドから新たに追加された予算は使い果たしてしまった。


 任務は失敗したのだ。


 メデスのエドガーに対する評価は一段と下がるだろう。


(俺が負けたって言うのかよ。俺が……)


 エドガーはしばらくの間、自分のミスを認められず黙り込んで、拳を握りしめ、ボロボロになった鎧に目を落とし続ける。


 そんな彼の様子を前に、周囲にいる部下達も声をかけることができない。


 しばらくの間、誰もが口を(つぐ)んで、気不味い空気が流れたが、おもむろにエドガーが顔を上げた。


 パトの方を振り向いたかと思うと、睨みつける。


「お前のせいだ」


「えっ?」


「お前が敵にAクラス弓使い(アーチャー)がいるとか変なこと言ったから、チーム全体の士気が落ちて、こんなことになったんだよ」


「なっ、なんでそうなるんですか」


「うるさい。ギルド長にはそう伝えるからな。お前らも口裏合わせろよ」


 その場にいた他の者達は同意するそぶりをした。


 エドガーはその場を離れて、ギルド長室の方に向かおうとする。


 パトは慌てて、エドガーを追いかけ肩を掴んだ。


「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ」


「何しやがる。離せ!」


 エドガーはパトを乱暴に振り払った。


 パトは壁に叩きつけられる。


 エドガーはそのまま何事もなかったかのように歩いていこうとする。


(この野郎……)


 パトはその表情に憎悪を浮かべたかと思うと、エドガーに飛びかかった。




 リーナは『精霊の工廠』についての調査報告書を提出するために、『竜の熾火』本部に帰ってきていた。


(支店の経営を任された時はどうなることかと思ったけれど、今回もなんとかエドガーに目を付けられず、上手いこと乗り切れそうね)


『竜の熾火』の錬金術師達の間で、エドガーの悪辣さは知れ渡っていた。


 とはいえ彼に目をつけられれば厄介なので、表立って彼に歯向かう者もいない。


 エドガーと仕事をする時は、目立ち過ぎずかといってミスもせず、事なかれ主義に徹するのが上策であった。


 無論、リーナも彼に不満を覚えないではない。


 しかし、彼女は彼を引きずり下ろすに当たって決して自分は首謀者になるまいと決めていた。


 それはババ抜きのようなものだった。


 いずれ誰かがエドガーに反旗をひるがえすだろう。


 しかし、それはエドガーを引きずり下ろす代わりに、自分の経歴も台無しにすることを意味した。


 その役目は御免被りたい。


(ここは我慢よ。エドガーが失脚するまで耐えることができれば、いずれ私とパトにも運が巡ってくるはず)


 リーナがそんなことを考えながら廊下を歩いていると、ガシャンと何かが落ちる音と争い合う男性の声が聞こえてきた。


(この声、エドガーと……パト?)


 リーナが急いで声の方に駆けつけると果たしてエドガーとパトが揉み合っていた。


 シャルルが間に入って止めようとしているところだった。


「何してる。よせよ」


「パトどうしたの? 落ち着いて」


 シャルルはエドガーを、リーナはパトをそれぞれ押し留める。


 そこに折悪くメデスが通りかかった。


「おい、なんだ。この騒ぎは? お前達何をやっとるんだ?」


 エドガーとパトは互いに決まりの悪そうな顔をした。


「一体どうしたというんだ? お前達は錬金術師だろ。なのになぜ鉄を打たずに人間同士で殴り合いをしている? 一体どういう経緯でこうなった? 黙ってては分からんではないか。誰か説明せんか」


「すみません。その……『精霊の工廠』対策で、ちょっと意見の衝突がありまして、二人とも気が立って、ついこのようなことに」


 シャルルが弁明した。


「意見の衝突? 一体何を争うことがあるというんだ? 『精霊の工廠』なんぞただの弱小ギルドじゃないか。お前達の手にかかれば一捻りだろう?」


「こいつが相手にAクラス弓使い(アーチャー)がいるとかわけわかんないこと言い始めたんですよ」


 エドガーが言った。


「おかげで現場は大混乱ですよ。普通にやれば勝てるのに。こいつが混乱を起こしたせいで、これじゃ勝てるものも勝てないですよ」


「でも、実際に……」


「よし。分かった。おい、お前」


 メデスはパトが喋るのを遮って、連れ添っていた鑑定士を呼んだ。


「は。なんでしょうか」


「二人のスキルを鑑定しろ。将来の伸び代も含めてな」


 鑑定士は二人のスキルを鑑定した。


「エドガーのスキルは

『金属成型』:A→A

『鉱石精錬』:B→B

『製品設計』:B→B

『銀細工』 :B→B

 です。パトリックのスキルは

『金属成型』:B→B

『鉱石精錬』:C→C

『製品設計』:B→B

『銀細工』 :C→B

 となっております」


「そうか。つまり、現時点のスキルでも将来的なスキルでもエドガーの方が上だと。そういうことだな?」


「……そうなりますね」


「よし。パト」


「はい」


「お前は降格だ」


「なっ、なんでですか?」


「事情はどうあれお前達は問題を起こしたんだ。問題が起きた以上誰かが責任を取らなければならん。二度と同じことが起こらんように。分かるな? 今回の件はこれで終わりだ。以降、誰も蒸し返すことは許さん。さ、分かったら仕事に戻れ」


 メデスはそれだけ言うとその場を立ち去る。


 その場にいたもの達は、持ち場に戻って行った。


 そこに残されたのは、失意に沈んだパトと、その様子を心配そうに見守るリーナだけだった。


「パト、大丈夫?」


 リーナが声を掛けるもパトは返事もせずその場に座り込んだままでいた。


 しかし、おもむろに立ち上がった。


「リーナ。僕はもうこのギルドにはいられない」


「えっ? そんな……。なにも降格したくらいでそこまで思い詰めることないじゃない。あなたならまたすぐ上級職員になれるわ」


「降格するくらいどうってことはない。僕はウェインを見捨ててしまった。僕には分かっていたんだ。一度目の失敗がウェインのせいじゃないこと。なのに僕は彼が濡れ衣を着せられるのを見て見ぬ振りしていた。このギルドでは常にそういう風に他人を蹴落としていかないと生き残れないんだ。僕にはもう、ここで自分を偽りながら、これ以上働き続けるのは無理だ。だからここを離れる」


「でも、契約期間はまだ終わってないでしょう? 契約違反になっちゃうわ。どうするつもりなの?」


「分からない。この島を離れるかも」


「そんな……」


「君はここに残るといい。君は冷静で上手く自分を抑えることができるから、ここでもやっていけると思う。それじゃ」


 パトはそれだけ言うと出口の方に向かった。


 リーナは呆然と立ち尽くした。


 すると、そこに騒ぎの最初から実は傍観していたギルバートがいかにも今通りかかった風を装って歩み寄ってくる。


「もし、お嬢さん。どうしたのかね?」


「あ、ギルバートさん……」


「例のパトリックと言ったかな? 先ほど彼が工房(アトリエ)を立ち去るのを見かけたが……」


「パトが……パトがこのギルドを辞めるって」


「なんだって? それは一大事だ」


「契約違反をすれば違約金を払わなければいけないのに。『竜の熾火』で契約違反をしたなんてしれたら、この島じゃどこに行っても雇ってもらえない」


「彼の錬金術師としてのキャリアは終わったも同然というわけか」


「彼は、パトは不器用で気難しくて、でも誠実で優しい人なんです。決して理由もなく暴力を振るうような人じゃありません。今回の件だって、きっとエドガーの方から理不尽なことを言い出したはず。錬金術師としても、確かに今は伸び悩んでいるけれども、それは他人のこととかついつい余計なことを考えてしまうからで、きっと将来は必ず大成するはず。このまま、終わってはいい人ではないんです。なのに……」


「ふむ。なるほど。それは確かに救いの手を差し伸べなければなるまい」


「でも、どうすれば……」


「この島で彼を受け入れてくれて、『竜の熾火』の追及からも逃れられるであろう工房(アトリエ)を私は一つだけ知っているよ」


「本当ですか? 一体どこにそんなところが……」


「教えてもいいが、このことギルド長のメデスには内緒にしてくれるかね?」


「はい。決して他言しません」


「よかろう。君達が行くべきギルド、それは『精霊の工廠』だ」


「『精霊の工廠』……」


「『精霊の工廠』はこの島で唯一『竜の熾火』に正面切って戦いを挑んでいる錬金術ギルド。そこに行けば『竜の熾火』といえどもそれ以上君達への賠償を請求することなどできはしないだろう」


(『精霊の工廠』。確かにあそこのギルド長のロランさんは優しそうな人だった。パトのことも受け入れてくれるかも……)


「分かりました。教えてくださりありがとうございます」


 リーナは急いでパトの後を追って行った。


 ギルバートはそれを見送ると、ギルド長室に駆け込んだ。


「メデスさん!」


「どうしたんですかギルバートさん。そんな血相変えて」


「今、工房(アトリエ)内にロランの姿が見えたんですよ」


「なんですと?」


「いや、驚きましたよ。ロランは出禁にしたのではなかったのですか?」


「もちろん。ロランがうちの工房(アトリエ)に入るのは全面的に禁止しています。受付に来ても追い返すように言っておりますし……」


「しかし、あの姿は間違いなくロランでしたよ」


「おかしいですな。受付は何をやっておるのか」


「いやぁ肝が冷えるかと思いました」


「しかし、ロランのやつ、一体何をしに我が工房(アトリエ)に? ここに来たところで、ワシらが取引に応じることはないというのに」


「ロランは先程騒動を起こしていた、なんと言ったかな? そうそう、パトリックだ。パトリックとその親しい友人のリーナという少女に声をかけていたようでした」


「む。パトリックとリーナに……」


「ええ。何やら熱心に誘いをかけているように見えました。あれだけ熱心に一体何を誘いかけていたのか」


「それは確かに少し気になりますな。おい、パトリックとリーナを呼べ」


 ギルド長はパトリックとリーナを自分の部屋まで呼びにやるよう近くの者に言ったが、二人がギルド長室まで来ることはなかった。


 二人は『竜の熾火』の工房(アトリエ)から忽然と姿を消したのだ。


 ほどなくして二人が『精霊の工廠』に加入したことがわかった。


『竜の熾火』は二人に対して契約違反の賠償を求めると共に、『精霊の工廠』に対しても訴訟を起こすことを検討し始めた。


 ギルバートは自らの策略が功を奏したことに満足した。


(自分とこの職員にちょっかいを掛けられたとあらば、流石にメデス(このおっさん)も黙っちゃいないだろ。あの二人はせいぜいBクラスの錬金術師だし、ロランの方に入っても大した戦力にはならないはず。これで一丁あがりだな)




『精霊の工廠』では、ウェインが魔導師用の杖の製作に取り掛かっていた。


(ロランの野郎、島一番の錬金術師になれだぁ? 簡単に言いやがって。たかが鑑定士ごときに、錬金術の何が分かるってんだ)


 傍ではアイナ達が杖Cの製作に取り組んでいた。


 ロランが材料の銀を持ってくる。


「おお、これが杖C用の材料ですか」


「なかなか立派な銀ですね」


「ああ、本来銀の加工は『銀細工』でするものだが、『金属成型』でもできる。『銀細工』ほど細かい装飾にこだわることはできないが、アイナの『金属成型』AならBクラスの杖までは作れるはずだ。この銀を下に、作ってみてくれ」


「分かりました」


 ウェインはアイナに支給された銀を盗み見る。


(なるほど。確かにいい銀だな。あれなら杖Bくらいは造作もなく作れるだろう)


 アイナは早速、ロディとアイズに指示を出した。


「それじゃ、まず設計図を作ろっか。ロディ、設計図をお願い。アイズはロディのサポート。ロディが設計しやすいように試作品を作ってみて」


「了解っす」


 アイズは早速、仕様書を見ながら鉄の成型に取り掛かる(試作品は予算軽減のため銀ではなく鉄を使う)。


「本当に適当に作っていいんすか?」


「ああ、試作品はクオリティよりも速さが大事だ。俊敏(アジリティ)全開で頼む」


「了解っす」


 アイズはとにかく速く作る事だけを考えて、鉄を打った。


 ソコソコの質の杖が出来上がる。


「こんな感じになりましたけど、どうっすか?」


「ああ、上出来だよ」


 ロディの設計イメージが固まる。


(なるほど。やはり実物を見た方が改善点も容易に浮かび上がるな。杖の持ち手の部分はもっとシンプルにできそうだ。魔石を組み込むところはもっと堅牢にした方がよさそうだな)


 ロディは浮かび上がったイメージを下に設計図を書いていく。


(この分だと設計図はすぐに上がってきそうね)


 アイナは二人の仕事の速さを見てそう判断した。


「ロディ、アイズ。私は『外装強化(コーティング)』の仕事やっとくから、終わったら声かけてね」


「分かった」


「了解っす」


 そうしてロディとアイズは試作品の作製に、アイナは『外装強化(コーティング)』の仕事に取り掛かっていたため、ロランの持ってきた銀は一時誰の目も届かない場所に放置される。


 ウェインはその隙を見逃さながった。


(あの銀を使えば、アイナよりいいものが作れる!)


 ウェインは『嵐の魔石』の『魔石切削(カッティング)』を中断して、銀をくすね自分に支給された鉄と混ぜて杖を作りロランに提出した。


「お前の望み通り、Aクラスの杖を作ってきたぜ」


「これは……『嵐の魔石』を使っていないようだが?」


「ああ、でもその分素材とデザインには拘ってるぜ」


(これで、俺の評価が上がると共に、アイナは銀をなくした管理不行き届きで評価が下がるって寸法よ)


 ロランはウェインの持ってきた杖をアイテム鑑定した。


 ロランの脳裏に杖の作製過程がありありと浮かんでくる。


 そこにはウェインがアイナの作業台から銀をチョロまかしている姿もバッチリ映っていた。


 鑑定が終わるとロランはウェインに厳しい顔を向けた。


「なんだこれは?」


「えっ?」


「誰がアイナの銀を使ってもいいと言った?」


「いや、その……」


「こんなものを成果として認めるわけにはいかない。やり直しだ」


 ウェインは納得いかなそうにしながらギルド長室を後にした。


(くっそお。なんだってんだよ。『竜の熾火』ではこのくらい別に当たり前だったのに。ここまで細かくチェックなんてしなかったし。エドガーなんてよくこの方法で……。ああもう)


 アイナはジトっとした目で廊下を歩くウェインのことを見る。


「ふん。あいつロランさんに怒られてやんの。ザマァないわね」


「ウェイン、またやらかしたのか……」


 ロディは途方にくれたように顔に手を当てた。


「困った奴だな。今回ばかりはロランさんも処罰を下さざるを得ないだろうし」


「自業自得よ。私の仕事を邪魔してくれちゃってさ」


「ふー。やれやれ」


 ロランが少し疲れた顔でギルド長室から出て来る。


「あ、ロランさん。聞きましたよ。ウェインの奴、またやらかしたそうですね」


「ああ、そうなんだよ。すまない」


「そんな。ロランさんは悪くありませんよ」


「明日までには新しく銀を調達してくるから。杖Cの製作は少し待っていてくれ」


「はい」


(島一番の錬金術師になるようにけしかけてもダメだったか。『竜の熾火』で染み付いた足の引っ張り合い精神はなかなか治らないもんだな。何をどうやっても目の前にいる人間との競争にこだわってしまう。なんにしてもウェインには新たに競争相手が必要か)


 ロランが思い悩んでいると、サキがやってきた。


「ロランさん、よろしいですか?」


「サキ、どうしたんだい?」


「食堂の方に『精霊の工廠』の面接を受けたいという錬金術師の方がいらっしゃってて」


「『精霊の工廠』の?」


「はい。先日やってきたリーナという女性の方です。男性と連れ添って今、食堂の方にいらっしゃいます」


「すぐ行くよ」


 ロランは食堂に訪れた錬金術師二人を鑑定した。


【パトリック・ガルシアのユニークスキル】

調律(チューニング)』:E→A


【リーナ・ハートのユニークスキル】

廃品再生(リサイクル)』:E→A


(それぞれ『金属成型』Bに加えて、ユニークスキル持ち。ウェインの競争相手として申し分ない)


 ロランは二人を『精霊の工廠』に雇い入れることにした。

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっとあまりにもツッコミどころが多かったので感想書き直し(苦笑) まずギルバートなんでこんなに用もないのに竜の篝火出入りできてるの。ただの取引先で金銭全然b出さないでいろいろやらせて、普…
[気になる点] いい加減態度を改めないウェインにかなりヘイトがイライラです。
[一言] あ〜あ、貴重な人材を失った上にライバル店に持っていかれちゃった、追放組が活躍して古巣を驚かせる展開を期待してしまいます。
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