第87話 組織の理論
首尾よくメデスから追加の予算を獲得したエドガーは、再び『精霊の工廠』潰しを進めていた。
「シャルル、パト、リーナ。全員いるか? いるな。よし。それじゃあ、会議を始めるぞ」
パトは会議に参加している顔ぶれを見て、首を傾げた。
(ウェインがいない? どうして?)
パトの疑問をよそにエドガーは会議を進める。
「先日、『暁の盾』と『天馬の矢』の討伐を依頼した『竜騎士の庵』だが、なんとあいつら返り討ちにされやがった。情けねぇ」
「『竜騎士の庵』がやられたんですか? 一体どうして? 『暁の盾』も『天馬の矢』もCクラス冒険者しかいない零細ギルドですよね?」
リーナが言った。
「それがどうもこっちにも問題があったようでな」
「どういうことですか?」
「なんとこっちの渡した装備に欠陥があった。ウェインの奴が作った装備だ。これを見ろ」
エドガーは例の鎧を台の上に置く。
「これは……」
パトは鎧の装甲の薄さを見て絶句する。
「ウェインがこれを? ひどい……」
リーナもその唇を両手で覆った。
「味方に後ろから刺されたんじゃあ、さしものBクラス戦士ブレダも形無しだ。ったく、ウェインの野郎、やってくれるぜ」
「まあ、そういうわけで今回は特別に追加で予算が降りることになった。ただし、次同じ失敗をすることは許されねーぞ。いいな?」
「あの、それで今、ウェインはどこに? 最近、ギルド内でも彼の姿を見かけませんが……」
パトが聞いた。
「ウェインは解雇された。当然だよな? あいつは俺達を裏切って利敵行為に走ったんだからよ」
「なぜ、ウェインはそんなことを?」
「ああ? 知らねーよ。そんなもん。ウェイン本人にでも聞いてみないことにはな!」
「聞くところによると『精霊の工廠』に買収されたそうだね」
シャルルが助け舟を出すように言った。
「おお、そうだ。あいつ敵の『精霊の工廠』に買収されたんだよ」
エドガーが思い出したように言った。
(ウェインが裏切った? そんなまさか。でも……。上司がそう言っているのだから、反論するべきじゃない……よな? 部下が上司の言うことをいちいち疑ってかかっていたら組織は成り立たない。いや、しかし……)
パトは考え直す。
(ウェインがあんな鎧を作るなんて考えられない。ウェインは確かに負けん気が強すぎてトラブルを起こしがちだけど、それでもわざと負けるなんて、そんなことする奴じゃない)
「『精霊の工廠』は思ったより厄介な連中だぜ。なにせ、ウェインを買収して裏切らせようってんだからな。お前らも気を付けろよ。どこに裏切り者が潜んでいるかわかったもんじゃねえ」
(どうする? このままだとウェインは裏切り者の汚名を着せられてしまう。親友があらぬ嫌疑で追い落とされようとしているのに、それを見て見ぬ振りをするのは、それは友情に背くことではないだろうか)
パトがそんなことを思い悩んでいるとリーナが袖を引っ張った。
(リーナ?)
(パト、ダメだよ。エドガーに口答えしちゃ。自分の立場を悪くするだけだわ。気持ちは分かるけれどここは抑えて)
パトは視線だけでリーナの言いたいことを汲み取った。
結局、口をつぐみ押し黙ることにする。
「なんだパト。その目は? なんか文句でもあんのか?」
「いえ、ありません」
その後、パトはエドガーが何を言っても、他のメンバーがどれだけ議論を戦わせたとしても、一言も発することなく沈黙を貫いた。
「それじゃあ、具体的な指示は追って出す。お前らはそれまでしっかり準備しとけよ」
エドガーが最後にそう言って会議は締めくくられた。
エドガーとシャルルは連れ添って廊下を歩いた。
「大丈夫?」
「あん? 何がだ?」
「あのずっと黙りこくってた彼だよ」
「パトか」
エドガーは苦々しい顔をする。
「口では異存がない風に言っていたけど、本心では不満タラタラですって顔に書いてあったよ」
「あいつはああいう奴なんだよ。いつも余計なこと考えてて目の前のことに集中できねぇ」
「気難し屋さんか」
「全く。何考えてるのか分からねぇ。扱いにくい奴だよ」
一方その頃、『精霊の工廠』には『暁の盾』が『アースクラフト』を集め終えて帰ってきていた。
折しも、ハンスら『天馬の矢』もほぼ時を同じくして帰ってきた。
「よし。『アースクラフト』きっちり集めてきたようだね」
ロランは彼らの背嚢に詰められた『アースクラフト』を見て言った。
「ああ、お前の要求通りの数を集めてきたぜ」
「さあ、次はいよいよステータスを伸ばす鍛錬だな一体俺達は何をやればいいんだ?」
ジェフが意気込んで聞いてきた。
早く強くなりたくて仕方がない様子だった。
ロランは苦笑した。
「無論、君達の強化プランは用意してあるよ。ただ、今はまず休みを取って、ステータスの回復に努めてくれ。後のことは追って伝えるよ。アイナ」
「はい」
「『アースクラフト』と彼らの装備を工房に運んでおいて」
「はい。やっておきます」
「僕はもう少し彼らと打ち合わせがあるから。後のことは任せていいかな?」
「はい。任せてください!」
ロランがそう言うと、アイナは指揮を執り始める。
「さ、みんな、冒険者の皆様から装備とアイテムを受け取って。ロランさんが打ち合わせしているうちに私たちは整備をやれるところまでやっておくよ」
『精霊の工廠』の工員達は冒険者達の装備とアイテム袋を受け取ると早速作業に移る。
アイナは装備の消耗具合を見て、ロディ達に指示を出す。
「ロディ、装備を工房内に運んで。鎧は全部、『外装強化』が必要だから、私の作業台の近く、に並べておいて。『竜穿弓』も私が整備するから私の作業台に」
「分かった。このアイテム袋に入ってるやつはどうする?」
「それは『アースクラフト』だから、ロランさんが後で外部に精錬を依頼するやつね。ロランさんの机のそばに置いといて」
「分かった」
ロディは重い装備と『アースクラフト』のたんまり入った袋を荷車に乗せて工房に運んで行く。
「『竜穿弓』については矢の補充が必要ね。アイズ、『赤矢』の製作やってみよっか」
「え? 『赤矢』ですか? 俺が作っていいんすか?」
「ええ。矢は沢山必要だから、俊敏が高くて、手数の多いあなたが作ったほうが早いでしょう? 『外装強化』は私がやるから、あなたは骨組みだけ作って」
「うーん。できるかなぁ?」
「大丈夫よ。あなた『金属成型』Bなんでしょ? 私は『金属成型』Cの時に作ってたし、いけるわよ」
「分かりました。やってみます」
「ウェイン。あんたは店舗向け装備の作業。鎧の枠組みで今日中にやらなきゃいけない分があったでしょう? あれやっといて」
「チッ。はいはい」
「間に緑の『外装強化』挟む鎧よ。分かってる?」
「分かってら。いちいち細かい指示出すんじゃねーよ」
ウェインはブツクサ言いながら作業に入る。
アイナが自分の作業場に戻ると鎧と塗料、ブラシ、そして支援魔法用の杖が並べられてある。
(よし。ロディはちゃんと並べといてくれたようね)
アイナが鎧の『外装強化』部分を削ったり、塗り直したりして、メンテナンスしているとアイズがやってくる。
「アイナさん、すみません」
「ん?」
「やっぱできなかったっす」
アイズが形の崩れた矢を差し出してくる。
「そっか。それじゃあ、ロディー」
「んー? なに?」
アイナが呼ぶと、ロディがついたての向こうからやってくる。
「アイズのために『赤矢』用の設計図書いてあげて」
「分かった」
「アイズ。とりあえず、ロディの設計図を下にやってみよっか。それでできなかったら、また言って。細かく技術指導するから」
「了解っす」
ついたての向こうでは、それまでウェインの作業を手伝っていたロディが、一旦離れようとしていた。
「というわけで、ウェイン。俺はアイズのサポートのために一旦離れるぞ」
(くっ。どいつもこいつもアイナの言う事聞きやがって。俺もメインスタッフなんだぞ。少しは俺のこともだなぁ。くそっ)
ウェインは面白くなさそうに鉄を叩いた。
ロランは『アースクラフト』精錬の発注書を書きながら、アイナの仕事ぶりを見ていた。
(アイナは人を使うのも上手くなってきたな。これならもう少し責任の重い仕事を任せてもいいかもな)
ロランはアイナ達が問題なさそうなのを見ると、レオン達との打ち合わせに戻った。
「それでどうだった? あれ以降、他のギルドから攻撃されたことは?」
「いや、特に無かった。そっちはどうだ? 『精霊の工廠』の方で何か奴らの動きは掴めたか?」
「向かいの建物を見たかい? 『竜の熾火』の支店が建っていただろう? あれはおそらく次の攻撃を見越しての準備だと思う」
「やはりか。どうする? 予定変更するか?」
「いや、問題ない。このまま計画を続行しよう」
「しかし、いくらなんでも『竜の熾火』から攻撃を受けながら、訓練するというのは無謀じゃないか? 奴らもバカじゃない。次はもっと兵力を充実させてこちらを襲いに来るかもしれんぞ」
「大丈夫。秘策があるからね」
「?」
「まあ、とにかくレオン。君も休みなよ。休むのも仕事のうちだよ」
「ふー。まあ、お前がそう言うのなら、信じるしかないか」
ロランがレオン達との情報交換を終えると、モニカが近づいてきた。
「お疲れ様です。ロランさん」
「ああ、モニカ。君こそお疲れ。休まなくて大丈夫かい?」
「はい。私は採掘作業を免除されていたので、今回は敵からの攻撃も無かったので、ほとんど『鷹の目』で見張るだけでした」
「そっか。なんだか悪いね。休暇中なのにこんなに働いてもらって」
「いえ、そんな。ロランさんが喜んでいただけるなら私はそれで……。でもそうですね。何か頑張ったご褒美をいただけると、嬉しいかな」
「もちろん。君のために特別にご褒美を用意してあるよ」
「本当ですか?」
「ああ、君を驚かせようとこっそり用意を進めていたんだ」
「ええー、そうなんですか? 何かなぁ。楽しみだなぁ」
「今、見せるよ。君のために開発した新装備を!」
「わーい。新装備だー」
モニカはそう言って喜ぶフリをしながら内心ではしょんぼりしていた。
(もう、ロランさんったら。上手いことはぐらかすんだから。私が欲しいのはそういうのじゃないって分かってるくせに)
しかし、実際に運ばれてきた弓矢を見て、モニカは目を見張った。
「これは……」
『暁の盾』と『天馬の矢』が帰還したことで、『竜の熾火』の錬金術師達も動き出した。
「『暁の盾』と『天馬の矢』がダンジョンから帰ってきたようだよ」
「ほう。それで奴らはどうしている?」
「装備を修繕しているようだ。修理が済み次第また、ダンジョンに潜り込むと思われる」
「よし。それじゃあ、奴らが再びダンジョンに潜り込んだところで叩くぞ」
エドガーはパトとリーナも集めて作戦を伝える。
「今回は敵の出方によって兵装を変える。『竜騎士の庵』から聞くところによると、前回は敵に優位なポジションを取られたそうだ。なので、今回は前回よりも兵科を充実させて、俊敏の高い盗賊や弓使いを入れて優位なポジションを確保したり、攻撃魔導師や支援魔導師を入れて白兵戦に厚みを与える」
パトはエドガーの説明を聞きながら、思い悩んでいた。
(言うべきだろうか。言えばエドガーさんは機嫌を損ねるかもしれない。しかし、言わなければ今回の任務も失敗に終わるかもしれない)
「敵が俊敏重視ならこちらは盗賊と弓使いで。敵が重装備でくれば魔導師だ。ふっ。我ながら完璧な作戦だぜ」
(ダメだ。もう我慢できない。言ってしまおう)
「エドガーさん、一つよろしいでしょうか?」
「あん? 何だ?」
「『竜騎士の庵』から返却された装備を見たところ、いくつかの鎧は、弓矢による損害が甚大です。おそらく敵には相当強力な弓使いがいるのだと思われます。何か対策を立てておくべきではないでしょうか?」
「なんだ、お前? 俺の立てた作戦に不満があるってのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「おいおい、パト。今さらそれはないんじゃないの?」
シャルルが割って入ってきた。
「先日の会議でも結論は出ただろ? 前回失敗したのはウェインのせいだ。君も同意したはずだよね?」
「それは……」
「もう既にギルド長にも説明して、その説明を下に新しい予算が降りてるんだ。それを今さら敵に強力な弓使いがいただなんて言われても困るんだよ。それにパト、分かってるのか? 前回『竜騎士の庵』に配った装備には君の作った装備も含まれてるんだぞ? つまり君の責任になりそうなところを僕達が庇ってあげてるというわけ。それとも何か? もう既に解雇された人間を擁護するために、君が前回の失敗の責任を負うっていうの?」
「でも、前回の装備はシャルルさんの言う通りに作っただけで……」
そこまで言ってパトは自分の失言に気づいた。
シャルルは珍しくその整った眉を神経質に歪めていた。
「前回の失敗はウェインのせいだ。敵に強力な弓使いなんていない。いいね?」
「……はい」
「もう、他に言いたいことのある奴はいねーな?よし。それじゃ俺とリーナが『竜の熾火』支店で『精霊の工廠』を見張る役。シャルルとパトが『竜の熾火』に装備を引き渡す役だ。各々自分の持ち場について抜かるなよ」
「ロラン、やはり『竜の熾火』の攻撃に備えて一旦訓練は中止した方がいいんじゃないか?」
レオンが言った。
「そうだぜ。『竜騎士の庵』はこの島で二番手の冒険者ギルド。人数も多ければ、層も厚い。俺達の力だけで跳ね返せるとは思えねえ」
ジェフが言った。
「問題ないよ。モニカ、戦い方は分かってるね」
「はい」
(くっ、マジかよ。訓練の片手間に『竜騎士の庵』を迎え撃つとか。いくらAクラスの弓使いがいるからってナメすぎだろ。こいつ大丈夫かよ)
「大丈夫さ。ジェフ」
「ハンス?」
「ロランのことさ。何か僕達には想像もつかない考えがあるに違いない」
(くっ、どうなっても知らねえぞ)
『暁の盾』と『天馬の矢』は共にダンジョンへと潜って行った。
「あっ、『精霊の工廠』から冒険者達が出発しました。ダンジョンに向かってます」
『精霊の工廠』を見張ってたリーナがエドガーに向かって言った。
「本当か?」
エドガーが監視用の窓から『暁の盾』と『天馬の矢』を確認する。
彼らは自らの武器を布にくるんで隠しているものの、その形からそれぞれの職業は丸わかりだった。
(『弓使い』が5人に盾持ち1人、剣士1人、盗賊1人か。えらく偏った編成だな。まるで対人戦のことなど何も考えていないかのようだぜ。まあ、いい。こっちにとっては好都合だ)
「敵は弓使い偏重の部隊だ。高所さえ押さえれば難なく勝てる。弓使いと盗賊で先回りして高所を確保するとともに行き先を防ぎ、早い段階で白兵戦に持ち込め!」
『竜騎士の庵』の後衛部隊は俊敏の高い者を中心に弓使い用装備と盗賊用装備を身につけた後、急いで『暁の盾』と『天馬の矢』を追いかけて行った。
モニカは『鷹の目』で前方の高所に陣を張っている『竜騎士の庵』の部隊を捉えた。
(!? 前方に弓使いと盗賊の部隊。高所を押さえられてる。先回りされた? ……いや、それだけじゃない)
モニカは『鷹の目』の視点を巡らせて、後方の動きにも気づく。
(後ろからも重装備の戦士部隊。挟み撃ちにする気か)
「皆さん、前方と後方に敵がいます。急いで進路を変えましょう」
モニカ達は脇道に逸れる場所まで後退する。
しかし、『竜騎士の庵』の戦士部隊に先回りされる。
「いたぞ。あいつらだ!」
「逃すな。白兵戦に持ち込め!」
(まんまと敵の注文にハマってしまったか)
「くっ、やばいぞ。逃げ場がない」
流石のハンスも険しい顔つきになる。
(見晴らしのいい平地の細道。隠れる場所も逃げる場所もない。僕達の俊敏も活かせない。どうする?)
「皆さん、私の両脇を固めて下さい」
モニカが言った。
「防御重視で多少装備が削られても構いません。『アースクラフト』がありますからね。左右の斜面から来る敵は任せます。前方の敵は私が全て掃討します」
(火力で圧倒する!)
ブレダ達は隊伍を組んで、前方から突っ込んできた。
モニカは矢を撃ちまくった。
10分後、辺り一面にはうずくまる『竜騎士の庵』の面々がいた。
誰も彼も鎧に穴を開けられ、肩や脇腹、足を負傷している。
モニカ達は無傷である。
モニカは敵が完全に動きを止めたのを見て、弓矢の構えを解いた。
(制圧完了。ふう。どうにか無傷で終えることができたな)
(マジかよ。全く寄せ付けなかった。Aクラス冒険者と適切な武器の組み合わせでこれほどの力が出せるのか)
ジェフはAクラス弓使い(アーチャー)と新しい装備の威力を目の当たりにして、ただただ青ざめるのであった。




