第86話 Aクラスの世界
『精霊の工廠』では今日も今日とて若い錬金術師達が切磋琢磨していた。
(よし。今日こそはノルマをこなせるぜ)
ウェインはまだ就業時間が残っているにもかかわらず、10個目の剣Cを完成させようとしていた。
(アイズはまだ9個目の剣だ。よし。こいつには勝ったな。こいつを倒せば次はアイナだ。あいつを倒しさえすれば、ロランもこの俺をギルドのエースとして認めざるを得まい!)
ウェインは再度アイズの作業台をチラリと見た。
アイズは剣Bを作っていた。
(なにっ?)
【アイズ・ガルナーのスキルとステータス】
・スキル
『金属成型』:B(↑1)
・ステータス
腕力:50(↑10)ー70(↑10)
耐久:50(↑10)ー70(↑10)
「アイズ。その剣、Bクラスじゃないか」
「はい。ロランさんのアドバイスのおかげでスキルアップしたみたいっす」
「君も明日からはロディのサポートなしでいけそうだね」
「いやー、まさかこんなにあっさりスキルアップするとは」
ウェインは愕然とした。
(マジかよ。こいつ、入った頃はせいぜいCクラスの『金属成型』だったのに。もう、Bクラスになったってのか? 俺がスキルをCクラスからBクラスに上げるまでには、数年の期間を要したってのに。それをコイツは数日で……)
ロランはウェインの方を振り返った。
「おっ、ウェイン。今日はノルマ達成できそうじゃないか。その調子だよ」
(くっ、この野郎)
【ウェイン・メルツァのステータス】
腕力:60(↑10)ー70
耐久:60(↑10)ー70
俊敏:40(↑10)−50
(ウェイン、ようやくステータスを万全に戻したか。アイズもいい具合にスキルとステータスをアップさせた。引き続き、ウェインの『ちょうどいい競争相手』になってくれるだろう)
「ロランさーん」
アイナがついたてを超えてこちらに顔を出してきた。
「アイナ、どうした?」
「モニカさん用の装備ちょっと作ってみたんですけど、見ていただけますか?」
「ああ、今行く」
ウェインは気づかれないようロランの後ろからついていき、アイナの作業場を盗み見る。
(あれがアイナの作った弓矢か。流石に質のいい弓矢を作りやがるな)
【アイナの作った弓矢】
威力:90(『コーティング』により↑20)
耐久:90(『コーティング』により↑20)
特殊効果:弾力
「なるほど。弓矢に弾力を付加して威力と耐久を上げたのか」
「はい」
「威力90に耐久90か。でも、これじゃ『銀製鉄破弓』には届かない」
「そうなんですよね」
「鉱石一番いいの使っていいから。もうちょっと頑張ってみようか」
「はい」
ウェインはその会話を聞いて歯噛みする。
(くっ、こいつら。威力90の弓矢で足りないだと? 威力100越えの装備作る気かよ。こんな弱小ギルドの分際でなめやがって)
ウェインは自分の作業台に戻って作業を再開させる。
「あれ? ウェインさん。今日の仕事終わったんじゃ?」
アイズが不思議そうに言った。
「るせぇ」
(俺はこんな奴らに負けてる場合じゃねぇんだよ!)
「ウェインのやつ、今日はノルマを達成したんですね」
アイナは、ウェインが自分の作業場に戻ったのを見越してからロランにそう言った(ウェインが盗み見していたのはアイナとロランにはバレバレだった)。
「ああ、そうみたいだね。さすがに『竜の熾火』で働いてただけのことはある。本来の調子を取り戻してきたようだ」
「私もうかうかしてられませんね」
アイナはすぐさま新しい弓矢の製作に取り掛かるのであった。
(ウェインの競争心が工房全体にいい影響を及ぼしてきたな。やはりこのタイミングでウェインをとっておいて正解だった)
ロディは設計図を書いていた。
(アイナはAクラスの装備を作ろうと懸命に頑張ってる。俺もスキル『製品設計』でサポートしなきゃな)
ロディが紙に線を引いていると、まだ白紙の部分にぼんやりと線が浮かび上がってくるのが見えた。
(なんだ? まだ、何も書いていないのに設計のイメージが湧いてくる。このイメージ通りに線を引けば、いい設計図が書けそうな気がする。これは一体……)
ロディがそのイメージ通りに線を引いていくと、Aクラス装備の設計図が完成した。
ロランはロディのスキルを鑑定してみる。
(これは……嬉しい誤算だな。ロディの方が先にAクラスになったか)
【ロディ・リービットのスキル】
『製品設計』:A(↑1)
その頃、『竜の熾火』にて。
「ギルド長、こちら認可の方よろしくお願いします」
エドガーは『精霊の工廠』対策に当てる追加予算の申請書をメデスに提出した。
「追加の予算か。まあ、今回は事情が事情だからな。やむをえん」
メデスは億劫そうにエドガーの提出してきた書類にサインした。
(ふー。一時はどうなることかと思ったが、これでまた新しい装備を作ることができる。待ってろよ『精霊の工廠』。次こそは完膚なきまでに叩き潰してやるぜ!)
「エドガー、同じ轍を踏まないよう気をつけろよ。ウェインのような人間をプロジェクトに関わらせないよう人選はくれぐれも慎重にな。もし同じ失敗をすれば、次はないと思え」
「は。重々承知しております」
「とりあえず追加予算の件はこれでいいな。さて、『精霊の工廠』潰しの件で実はギルバート殿から新しい提案をいただいてな」
「新しい提案?」
「ギルバート殿はワシらのやり方が手緩いと思っているようだ。『精霊の工廠』の顧客である冒険者ギルドを叩くだけでは足りない。『精霊の工廠』に直接打撃を与える必要がある、とのたまってきおった」
「というと?」
「なに、簡単なことだ。『精霊の工廠』の工房のすぐ側に『竜の熾火』も支店を置くのだ。それにより奴らの顧客を奪うと共に、監視を強化することで奴らの動向を素早く察知し、何か動きがあれば即応できるようにするのだ」
「なるほど」
「余計な費用がかかってしまうことになるが、ギルバート殿の頼みとあらば断るわけにもいくまい。そこでこの件なのだが、どうする? 流石に支店を経営するとなると、お前一人では手に余るかもしれん。誰か共同で事に当たるようスタッフを手配しようか? 例えば、リゼッタとか……」
「なっ、ダメですよ。リゼッタなんかに任せては。アイツに支店の経営なんてできるわけありませんよ。銀細工しかできない銀細工バカだってのに。支店の経営も俺が担当します」
「しかし、いいのか? お前はただでさえ『三日月の騎士』向けに火槍の製造を受け持っておる上に、『暁の盾』と『天馬の矢』を潰すための装備も作らなければならんのだぞ? 流石に仕事を持ちすぎではないか?」
「大丈夫ですよ。部下を使って上手くやりくりしてみせますって。ここは俺に任せて下さい」
「そうか。まあ、お前がそこまで言うのであれば任せよう」
「はい。粉骨砕身働いて、必ずや期待に応えてみせます!」
翌日、ウェインは欠伸をしながら、『精霊の工廠』までの道を歩いていた。
(はぁーあ。今日も今日とてCクラス装備の製造か。ここ全然高ランクの仕事させてもらえねーな。ん? あれは……)
ウェインは『精霊の工廠』の真向かいの建物に新しい店が入っていることに気づいた。
看板には見慣れた紋章、竜の息吹で温められた炉の紋章が施されている。
(あれは『竜の熾火』の紋章!? てことはまさか……)
ウェインが近づくと、数名の人間が荷物の搬入作業に当たっているのが見える。
その中にはウェインのよく見知っている人物もいた。
(あれは……エドガー!!)
ウェインは敵意を込めてエドガーを睨む。
エドガーはそんなウェインの視線には気付かず店の奥へと入っていくのであった。
ディランは慌ただしくドアを開けて、ロランの部屋に駆け込んだ。
「ロラン、いるか?」
「ディラン。どうしたんだい? そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないだろ。表見なかったのかよ?」
「見たよ。『竜の熾火』の支店だろ?」
「見たのなら、なんでそんなに悠長にしてるんだよ。あいつらついにこっちを本腰入れて潰しにきたんだ。このままじゃあいつらに見込み客を取られちまうぞ」
「それなら大丈夫だよ。大した問題じゃない」
「なに?」
「考えてもみなよ。ウチは立地の良さで勝負してるんじゃないんだ。ウチは冒険者ギルドに適切なサポートを施すパートナーシップのクオリティが強みだ。そもそも『暁の盾』にしろ、『天馬の矢』にしろ、『竜の熾火』の作る装備に不満を覚えてこっちに来たんだ。今さら支店を建てたくらいで靡いたりはしないさ。これまで通りパートナーシップを充実させていけば問題ないよ」
「な、なるほど」
「客を取られる心配がないとすれば、残る懸念は情報戦にまつわることだ。もし向こうが本気でこっちを監視して、情報収集しようというなら厄介だが、今のところ、作業している人間の中に情報収集系のスキルが高い者はいない」
(!? もう、敵のスキル鑑定を済ませていたのか)
「なんというか……お前も仕事が早いな」
「支店を構えられることは大した脅威じゃない。問題は……。ディラン。時間に余裕があればでいいんだが、君の方で敵情視察して来てくれないかい?」
「俺が?」
「ああ。情報奪取のスキルに関しては君の方が上だからね」
【ディランのスキル】
『情報奪取』:A
「それは構わないが、しかし、なぜだ? 特に脅威ではないんだろ?」
「ああ。脅威ではない。だが、それはそれでおかしい。なぜ『竜の熾火』がこんな無駄なことばかりしているのか。どうにもやることなすこと場当たり的な印象が否めない。まるで誰かに言われてイヤイヤやっている感じだ。『竜の熾火』内で何か異変が起きているのかもしれない」
「なるほど。その異変を突き止めれば反撃のチャンスに繋がる。そういうことだな?」
「ああ。ただし、あくまで余裕があればだ。まずは既存のギルドとの関係を強化するとともに新しい冒険者ギルドに営業をかけ、武器屋への販路も拡大し、市場での存在感を高める。敵情視察は二の次だ」
「分かったぜ」
ディランは帽子を被りなおして、早速、営業に出かける。
ディランへの指示を終えると、ロランは作業場に降りて行って、錬金術師達を相手に朝礼を行なった。
「みんなこれを見てくれ。ロディが昨日作成してくれたAクラス装備の設計図だ」
ロランは設計図をボードに貼り付けて、みんなに見えるようにした。
「Aクラス装備の設計図……ですか?」
アイナが首を傾げた。
「そう。ロディのスキル『製品設計』は本来、冒険者と装備の適応率を上げるためのスキルだ。だが、Aクラスの『製品設計』は錬金術師の装備製造をサポートし、スキルアップを促してくれる。この設計書通りに作れば、『金属成型』Bの錬金術師でもAクラスの装備を作れるはずだ。明日にはレオンとモニカ達が『アースクラフト』を集めて帰ってくる。それまでに……」
「おいおい、ギルド長さんよぉ。何、悠長に今日の業務について話してんだよ」
ウェインが口を挟んだ。
「なんだい、ウェイン? 何か気になることでも?」
「気になることも何もねえだろ。あんたの目は節穴かよ。今まさにウチの目の前に軒を構えようとしているアイツら。『竜の熾火』の紋章が見えないのかよ?」
ウェインは作業場の壁、壁の向こうには『竜の熾火』の支店がある、に向かって指差した。
ロランはため息をついた。
「それについては後で話そうと思ってたよ。ただ、大して重要なことでもないから後回しにしてただけだ」
「大して重要じゃないだと?」
「そうだよ。それについてはこっちで対策を立ててるから君達は心配する必要はない」
「心配する必要はない? なに寝言ほざいてんだ!」
ウェインは立ち上がって息巻いた。
まるで一大事がすぐそこに迫っているかのように。
「ウェイン?」
「分からねぇのか? 俺が『精霊の工廠』に加入したからだこのタイミングでの出店。奴らの狙いは明白だ。奴らは俺を追って来たんだよ! 俺を潰すために!」
「いや、それは違うと思うよ」
「えっ!? ち、違うの?」
「違うよ。『精霊の工廠』は以前から『竜の熾火』に攻撃されているんだ。今回の出店もその一環だと思われる。君のことは関係ないと思うよ」
「えっ? いや、でも……」
「だいたい、君に用事があるなら、わざわざ支店を構えたりせず、直接君に問い合わせするだろう?」
「えっ、あ、そうか。それもそうだな。うむ」
(そうだ。『竜の熾火』が『精霊の工廠』と揉めてるから、俺は奴らを困らせるためにここに来たんだっけ。すっかり忘れてたぜ。くそっ、それにしてもどいつもこいつも俺の存在を無視しやがって……)
(こいつ、どんだけ自意識過剰なのよ)
アイナはちょっと引きながらウェインのことを見るのであった。
「『竜の熾火』のことはもういいね? それじゃ話を戻すよ。とにかく、今、大事なのはAクラス装備を作って、『暁の盾』を支援することだ。それが結局は『竜の熾火』との戦いを制することにも繋がる。そこで、まずアイナ」
「はい」
「なんとしても明日までにモニカ用の装備を間に合わせること」
「分かりました」
「ロディ、アイズ。君達は腕力と俊敏でアイナのサポート。アイナが成型に専念できるようにしてやってくれ」
「「はい」」
「そしてウェイン」
「おう」
「君は通常業務だ」
「おう、任せとけ! ……ってなんでだよ!?」
「アイズもアイナのサポートに回るんだ。通常業務の空いた穴は君が埋めるしかないだろ?」
「通常業務なんてやってる場合じゃねーだろ。俺にも『竜の熾火』対策やらせろよ!」
「今、ウチの工房でAクラス装備を二つも作るのは無理だ。君のユニークスキル『魔石切削』はまだ発展途上」
【ウェイン・メルツァのユニークスキル】
『魔石切削』:E→A
「一方でアイナのユニークスキル『外装強化』はすでにBクラス。それを考えれば今回はアイナに賭けるのが得策ってもんだろ?」
「ぐぬぬ」
「今後、君の力を必要とする時は必ず来る。今はその時に備えてステータスの維持に努めてくれ」
(くっそー。ロランのやつ、あからさまにアイナを依怙贔屓しやがって。俺だって最近はちゃんとノルマこなしてんのに)
ウェインは一人納得いかなそうに歯噛みするのであった。
「さて、仕事の割り振りについてはこれでいいね。次にモニカ用の装備についてだが……、これを見てくれ」
ロランは一つの立派な弓矢を取り出して全員に見えるようにした。
ウェインは見覚えのあるその弓矢に目敏く反応して、にわかに敵意をたぎらせ始める。
(あれは……エドガーの……)
ロランもウェインの表情の変化を見逃さなかった。
(やはり、エドガーの弓矢に反応した。やはりウェインはエドガーと何か確執があるのか?)
「アイナ。この弓は『竜の熾火』カルテットの一人、エドガー・ローグの作品だ」
「カルテットの……」
アイナはその極限まで鍛えられた鉄の弓につい見とれてしまう。
その弓は鋼鉄製で全身真っ黒にも関わらず、黒曜石のような煌めきを帯びていた。
(凄い。『金属成型』だけで鉄の弓をここまで鍛えられるなんて)
「アイナ、君はこの弓矢を超える作品を作るんだ」
「えっ? 私が……この弓をですか?」
「ああ、君のスキルならエドガーを上回る作品が作れるはずだ」
【アイナのスキル・ステータス】
・スキル
『金属成型』:B→A
『外装強化』:B→A
・ステータス
腕力:60ー70
耐久:40ー50
俊敏:70ー80
体力:60-70
魔力:50
(『弾力』の発現に伴って、『外装強化』はBになった。だが、所詮はBクラス。このままでは優秀な錬金術師止まりだ。『精霊の工廠』でエースをはるためには、Aクラス以上になってもらう必要がある。ステータス的にはもうすでに『金属成型』Aの要件を満たしているはず。後一歩、何が足りないのか今回のクエストで見極めさせてもらうよ)
「まあ、そういうわけでウェイン。今回、エドガーを倒すのはアイナに譲ってやってくれ」
ロランはまるで勝ち目の高いゲームの話をするかのように気楽な調子で言った。
(エドガーを倒すだと? こいつ、本気かよ)
ウェインはロランの真意を測りかねて、探るようににらむ。
しかし、ロランはニコニコと愛想よく笑ってみせるだけだった。
ウェインはロランのことが不気味になってきた。
ウェインがエドガーに復讐すると、事あるごとに心の中で唱えているのは半分自分の精神を安定させるための自己欺瞞で、本気でエドガーを倒せると信じているわけではなかった。
しかし、ロランの口ぶりにはウェインも怖気付く凄みがあった。
この頃には流石のウェインもロランがただの鑑定士ではないことに薄々気づいていた。
(こいつは一体……)
「いいね?」
ロランはニッコリと圧のある笑みを浮かべた。
その有無を言わせぬ調子には、「邪魔したら◯すぞ」、という言外の意図が仄めかされていた。
(ふ。アイナにエドガーが倒せるわけねぇさ)
ウェインはそう思うことで自分を納得させ、大人しく引き下がるのであった。
アイナは早速作業に取り掛かるものの、ロディの書いた設計図を訝しげに眺めた。
「本当にこの通りに作って、Aクラスの装備ができるんですか?」
「まあ、いいからやってみなよ」
「これくらいなら、設計図なんてなくても全然作れると思うんだけどなぁ」
「いいから」
「はーい」
アイナはボヤきながらも鉄の塊にスキル『金属成型』を施していく。
するとアイナが4、5回ほど打撃を加えるだけで、四角い塊に過ぎなかった鉄はみるみるうちに湾曲して、弓形に変形していく。
(ホラ。簡単じゃない。これであと1打か2打加えれば……、あれ?)
突如、鉄の塊から光点が消える。
(光点が消えた。まさか、成型限界?)
金属には『金属成型』で鍛えられる限界値があった。
その限界値を超えるとそれ以上はどれだけ叩いても削っても、装備の威力や耐久を高めることはできない。
(ちょっと強く叩きすぎたか。次はダメージを与えすぎないよう細心の注意を払わないと)
アイナは再び『金属成型』で鉄の塊から弓矢を生成していく。
(よーし。今度こそ設計図通りに……あれっ?)
またしても光点が消失した。
(どうして? 今回は正確に打ったはずなのに。まさか時間切れ?)
『金属成型』は最初の一撃を加えると、その時から制限時間が発生する。
そして制限時間を越えれば、どれだけ加工してもそれ以上ステータスが上がることはない。
その後、アイナは2、3度設計図通りの成型を試みるが、なかなかうまくいかなかった。
どうしても一定以上のダメージを与えてしまったり、制限時間を越してしまう。
(簡単だと思ってたけど、意外と難しいわねこれ。腕力1単位の精度とそれを素早くこなす俊敏が求められる。どうしようかな)
アイナは中途半端に仕上がった弓矢を前にして、しばし考え込む。
(しょうがない。『外装強化』でステータスを底上げしよう。最善を尽くせばロランさんも納得してくれるよね)
アイナは弓矢に『外装強化』を施して、ステータスを底上げした。
「これでよし。ロランさん出来ましたー」
しかし、ロランからの返事はにべもないものだった。
「ダメだ」
「えっ? どうしてですか?」
「『外装強化』を使っている。今回は『金属成型』だけでエドガーの弓矢を超えて欲しいんだ」
「でも……これでもエドガーさんの弓矢は超えてるし、いいじゃないですか」
「ダメだ。これではモニカを満足させることはできない」
「……」
「今後、『外装強化』を使うことは一切禁止する。『金属成型』だけでAクラスの弓矢を完成させるんだ」
「うう。はい」
アイナはションボリしながら、作業台に戻っていった。
(柔軟な発想ができるのはアイナのいいところだが、要領が良すぎるのも考えものだな。ほどほどのところで妥協してしまう。錬金術師にはどうしてもクオリティを追求する一徹さが必要だ。さて、ユニークスキルを封じられた状態でどこまでできるか。見せてもらうよ)
アイナは作業工程を紙に書いて、打数と与えるダメージについてまとめてみた。
1打目 :60
2打目 :70
3打目 :30
4打目 :70
〜
10打目:60
(設計図通りのものを作るのに必要な打数とダメージはこんな感じか。どうしてもこの3打目。この急激に威力が下がる3打目で力を込めすぎちゃうのよね)
アイナはこの表を意識しながらもう一度やってみた。
しかし、どうしても成型限界の壁に突き当たってしまう。
(ダメだ。やっぱり力を込めすぎちゃう。かと言って、ゆっくりやると制限時間が過ぎちゃうし……)
アイナは作業台の前で思い悩む。
(どうしよう。何が問題なのかははっきり分かっているのに、どうすればいいのか分からない)
ロランはアイナの様子を注意深く見守っていた。
(自力でここまで課題を特定できたのは流石だな。やはり彼女は『工房管理』Aの器)
【アイナ・バークのスキル】
『工房管理』:B(↑1)
(だが、今はここらが限界か。助け舟を出そう)
「アイズ。君も成型してみてくれ」
ロランが言った。
「え? 俺がですか?」
鉄を運搬していたアイズは手を止めてロランの方を見る。
「他人の作業を見ることで、アイナも何か掴めるかもしれない」
「分かりました。やってみます」
遠くでアイナ達がワイワイしているのを尻目に、ウェインは離れた場所で鉄にハンマーを打ち付けていた。
(くっ、なんか。俺だけすげー疎外感感じるんだが……)
ウェインは鉄に向かってハンマーを振り下ろす。
鳴り響いた打撃音は虚しく工房内に木霊するのであった。
アイズは小気味よく鉄を打っていく。
しかし、設計図通りにはいかない。
「あれ? 上手くいかないっすね」
「早く打ちすぎだよ。もっと腕力を込めないと」
「えー、でもこのくらい早くしないと制限時間になっちゃいますよ」
「そこがこのクエストの難しいところだな」
(あ、分かったかも)
「アイナ、何か分かったかい?」
「はい。ちょっとやってみますね」
(振りを短くすれば、速さを保ちつつ威力を弱めることができる!)
アイナは3打目の振りを短くしてリズムよく鉄を打ち付けて行く。
(で、できた?)
(難所を越えたな。あとは一人で乗り越えられるだろう)
ロランはさりげなく下がって、一歩引いた場所から彼女の成長を見守ることにした。
アイナはその後も試行錯誤を繰り返した。
(3打目のコツは掴んだ。後もう少し……。制限時間内に成型を完了させるには、リズムを整えなきゃ。ドン、ドン、コン。こんな感じかな? よし。これでいきましょう)
そして、その瞬間はついに訪れる。
のべ10回目のトライでついに打ち込んだ鉄にAクラスの輝きが放たれる。
【弓Aのステータス】
威力:100
耐久:100
「おおー。凄い」
「やりましたね。アイナさん」
ロディとアイズが拍手する。
(や、やった。でも……)
アイナは自ら鍛えたAクラスの弓矢を前にしてどこか物足りなさを感じた。
『外装強化』と『炎を吸い込む鉱石』を使えば、もっと強化することができる気がする。
(でも、せっかく作ったAクラスの弓矢だし……)
「アイナ。何かアイディアがあるんだろ? 自由にやってごらん」
「ロランさん。でも、この弓矢はやっとできたAクラス……」
「大丈夫だよ。失敗しても怒らないから」
「はい」
アイナには金属の内部が透き通るように見えていた。
金属の密度、研磨度合い、元素の結びつき。
それらの関連が、理屈ではなく肌感覚で分かるのだ。
【アイナ・バークのスキル】
『金属成型』:A(↑1)
(ついにアイナの『金属成型』がAクラスになった。ここから先は僕にも彼女に何が見えてるのか分からない。今、彼女に見えているのは、凡人には決して届かない世界、Aクラスの世界だ!)
アイナはAクラスの弓矢を削り、空いた部分に『外装強化』を施していく。
(この部分に緑の『外装強化』を。そしてこの部分に『炎を吸い込む鉱石』を施せば……)
【弓Aのステータス】
威力:140
耐久:140
「ロランさん、これ……」
「ああ、おめでとう。君はAクラスの錬金術師だ」
【アイナ・バークのスキル】
『金属成型』:A(↑1)
『外装強化』:A(↑1)
(ついに覚醒した。ここでアイナがAクラスになったのはデカイ。これなら出店してきた『竜の熾火』の攻勢をかわすだけじゃなく、返り討ちにすることもできる!)
「やったー」
アイナは手を挙げて喜ぶ。
「よくやったねアイナ」
「はい。私……ロランさんっ!!」
アイナは感極まってついついロランに抱きついた。
(うっ)
アイナの柔らかい体つきの感触がロランの体の至るところを刺激してくる。
「ロランさん、私、私……」
アイナはついつい感情を込めてロランに強く抱きついてしまう。
腕や背中、胸元など彼女の様々な部分が密着してくる。
「あー、えっと。アイナ。そろそろ……」
ロランはアイナの肩をそっと抱いて、優しく離した。
「?」
アイナは不思議そうに首を傾げる。
(ふー。危ない危ない)
長く不遇の時代が続いたため無頓着であったが、最近になって、ようやくロランも自分が結構モテることを自覚しつつあった。
そして、自分が女性に弱いことも。
そのため、部下と、特に女性の部下とあまり親密になり過ぎないよう自分に言い聞かせていた。
なにせ、アイナはなかなかどうして魅力的な娘だった。
活発な雰囲気を醸し出すポニーテール、そして凛とした気の強そうな瞳と可憐な顔立ちが絶妙に調和している。
何より作業服越しに伝わってくるその胸の膨らみときたら、モニカと同じくらい豊かなものだった。




