第85話 ちょうどいい競争相手
『精霊の工廠』では今日も今日とてアイナとウェインが競争していた。
その日は剣を10本作るのがノルマだった。
ウェインとアイナは5本目の剣に取り掛かっていた。
(よし。今日はアイナのスピードについていけてる。このままいけばいけるぜ)
ウェインは最後の一打を加えて、剣を完成させる。
しかし、出来栄えは剣Cとしては少々微妙な出来だった。
(ちょっと微妙か? 耐久、足りてるかな? 足りてるよな? よし、次の剣に……)
「ウェイン!」
ロランに呼びかけられて、ウェインはビクッとした。
「な、なんだよ」
「その剣はDクラスだ。耐久が足りない」
「なっ、そんなはずねえって。何かの間違いだろ」
「間違いもなにもない。ギルド長としてそんなクオリティの剣を市場に出すわけにはいかない。やり直しだ」
「くっ……」
ウェインは仕方なく、新しく鉄を用意する。
(くそっ、ロランのせいで時間とられちまったぜ)
ウェインはなんとかアイナに追いつこうと、ハンマーを打つスピードを早める。
しかし、躍起になってアイナのスピードに追いつこうとすればするほど、振り下ろしの精度は低くなっていった。
「ウェイン、雑になってるぞ。もっとゆっくり丁寧にするんだ」
「いや、ちゃんと丁寧にやってますよ。大丈夫です。これでちゃんと要件満たしますから」
しかし、ウェインは今度は満足にハンマーを握れなくなる。
(なんだ? 指先に力が……)
ウェインは打点にハンマーを振り下ろすことができず、いたずらに鉄を削ってしまう。
「くっ」
【ウェイン・メルツァのステータス】
腕力:20(↘︎20)ー70
耐久:40ー70
(腕力が落ちてきている。ステータスが不安定なのは相変わらずか)
ウェインの成型する鉄はどんどんみすぼらしくなっていく。
見かねたロランは口を出すことにした。
「ウェイン、腕力が落ちているぞ。耐久が不安定だから、ステータスが落ちやすくなり、パフォーマンスが安定しないんだ。耐久が安定するまではロディに作業を手伝ってもらえ」
「いいんだよ、俺はこれで。俺は一人でやった方が……、こっちの方が調子が出るんだよ」
(やっぱり。アドバイスを素直に聞くようなタイプじゃないか)
ロディは白けたような目でウェインのことを見る。
(あーあ、せっかくロランがアドバイスしてくれたのに突っぱねちゃって。どんどん調子を落としていってるし。どうするんだよ。速さも質も足りないとなれば、いよいよ自分の立場を悪くするだけだぞ。分かってるのか?)
ウェインはそのまま無理して一人で作り続けたが、結局、出来上がったのはEクラスの剣だった。
そうこうしているうちにアイナは剣C10本を作り終えてしまう。
「はい、終わり。ロディ、これ片付けといて」
「あ、うん」
「休憩室行ってくるわ」
アイナはハンマーをロディに預けて作業場を後にする。
「くそっ」
ウェインは自分のEクラスの剣を作業台に叩きつけた。
剣は作業台の上で無残に折れて粉々になる。
ロディは顔をしかめた。
(こいつ態度悪すぎるよ。サポートするこっちの身にもなれっての)
「何をするんだ、ウェイン。危ないじゃないか」
ロランがそう言うも、ウェインはそれには答えず、仕切り直しとばかりにその場から離れて行く。
「待てよ」
ロランはウェインの肩を掴んで押し留める。
「なんだよ」
ウェインは今にも噛み付きそうな顔でロランを睨む。
「なぜ、そんなに焦っている?」
「……」
「ひょっとして『竜の熾火』を退職したことと何か関係してるのか?」
「っ。焦ってなんていねえよ。離せ!」
ウェインはロランの手を振り払った。
「おい、どこへ行く」
「付いてくんじゃねぇ」
ウェインは作業場から出てぎりっと歯を食いしばる。
(なぜだ? なぜ、俺はあの女ごときに勝てない? 俺があいつにスキルやステータスで劣っているっていうのか? いや、そんなはずはない。今日は調子が悪いだけだ。明日こそは必ず………)
ロランはロディと一緒に散らかった作業台の上を片付けた。
(ウェインの奴、完全に空回ってるな。このままじゃ、工房全体に悪影響を及ぼすことになる。何か手を打たないと)
「ロラン。ちょっといいか?」
ロランは自分を呼ぶ声に振り向いた。
見ると、作業場の入口にディランが立っている。
その表情はあまり芳しいものではなかった。
「商店が装備を買い取ってくれない? 一体どうして……」
「どうも彼らは整備のことを気にしているようだ」
「整備?」
「この島の武器屋は装備代だけじゃなく、整備料も収入にすることでやりくりしている。大抵の武器屋は錬金術師も従業員として抱えていて、消耗した武具の整備も請け負っているんだ。だが、この『外装強化』された青い鎧は……」
「アイナにしか整備できない……か」
「そういうことだ。装備を小売に流通させるにはユニークスキルではなく、普通のスキルしか持たない錬金術師でも整備できるものにしなければならない」
「なるほど」
(製品の差別化さえすれば、容易に売れると思っていたが、ユニークスキルで製品を作ったことがかえって仇になったか)
「分かった。それについてはこちらでなんとかしてみるよ。小売への販路拡大は一旦控えよう。ディラン、君は再び冒険者ギルドへの営業に取り掛かってくれ」
「分かった」
「アイナ、ロディ。ちょっといいかい?」
ロランは午後の作業に取り掛かろうとする二人に声をかけた。
「はい。なんでしょう?」
「小売への販路拡大の件で少し問題が起こったんだ。ディランによると……」
ロランはディランから聞いたことをそのまま話した。
「なるほど。整備料ですか」
「それは盲点でしたね」
「このままでは小売への販路拡大が頓挫することになる。そこで新しく装備を開発しようと思う。『外装強化』を施しつつ、普通の錬金術師でも整備できる、そんな装備を。そこでアイナ、ロディ。君達は一旦通常業務からは離れて、この新装備の開発に専念して欲しい」
「通常業務から離れて……。でも、それじゃあ通常業務はどうするんですか?」
「ウェインに任せる」
「……大丈夫ですか? アイツに任せて」
アイナはあからさまに不信感を滲ませる。
「ウェインが問題を抱えてるのは分かってるよ。そっちについては僕の方でどうにかする。とにかく君達は新装備の開発に専念して欲しいんだ」
「分かりました」
アイナは早速新装備の開発に取り掛かる。
まずは様々な色の塗料に『外装強化』を施してみることにした。
(新しく装備を開発するとなると、これまでの青い『外装強化』ではダメだ。『反射』以外の新しい特殊効果を探さないと)
アイナは倉庫に保管していた中古の鎧を取り出して、色とりどりの彩色を施し、一つ一つに付与魔法をかけていった。
いくつかは特に何の反応もなく付与魔法が備わるだけだったが、いくつかは硬化したり、ゼリー状になったりした。
(よし。いくつか反応した。何か特殊効果が備わったはず。ロランさんに鑑定してもらった上でロディに回そう)
ロディは設計図を書いていた。
(普通の錬金術師でも整備できる装備……となれば、『外装強化』を外側に出すわけにはいかない。戦闘で外装が削れれば、アイナの『外装強化』でしか直せなくなるから。でも『外装強化』はその名の通り外装を保護するものだ。塗装を外側に出さず、外装を保護する。うーん。矛盾してるな)
ロディが紙と鉛筆の前で頭を掻きながらウンウン唸っていると、ロランとアイナが入ってきた。
「ロディ、調子はどうだい?」
「あ、ロランさん。いやー、難航してますね」
「ふむ。どれどれ。この設計は……『外装強化』を内側に入れようというわけか」
ロディの書いた設計図には鉄の外装と内装の間にアイナの『外装強化』が挟まれている模様が描かれていた。
「ええ。『外装強化』が剥がれるのを補修できないなら、内側に入れてしまおうかと。でも、ダメですね。これじゃ、外装を保護できなくて本末転倒です」
「いや、悪くない着想だよ。これを見てくれ」
ロランはロディに緑色の膜がまとわりついた中古の鎧を見せる。
ロディは緑色の膜に触れた。
「この感触は……ゴム?」
「アイナが新しく発見した『外装強化』の特殊効果『弾力』だ」
【中古鎧のステータス】
威力:10
耐久:30(『外装強化』により↑20)
特殊効果:弾力
「『弾力』ということは柔軟性を表す効果だろう。この特殊効果なら塗装を鎧の内側に挟んでも、『外装強化』による保護機能を引き出せるかもしれない」
「なるほど。早速、試してみます」
「打ち合わせしましょう」
アイナとロディは設計図と新しい特殊効果をもとにあれこれ意見を戦わせ始めた。
(アイナもロディも自分のスキルへの理解が深まってきたな。いい傾向だ。製造力だけでなく、開発スピードも上がってきた。さて、こっちはとりあえず目処がついたし、次はウェインの方か)
ロランはウェインの相方を探すべく、再び人材の募集を行った。
(ウェインが調子を崩しているのは、アイナの俊敏を意識して、無理に作業を速くしようとするためだ。高過ぎる競争心がアダになってる。彼の競争意識をいい方向に作用させるためには、レベルが同じくらいの、ちょうどいい競争相手が必要だ)
すぐにうってつけの人物が現れた。
その青年は黒髪を短く切った硬派な見た目に、飄々とした雰囲気を纏い、体つきはやや小柄で痩せ型なものの、決して非力というわけではなく、バネのある引き締まった筋力を備えており、見るからに敏捷そうであった。
【アイズ・ガルナーのスキルとステータス】
・スキル
『金属成型』:C→B
・ステータス
腕力:40−60
耐久:40−60
(見つけた。調子を崩したウェインと同じくらいの腕力・耐久の錬金術師。しかも……)
【アイズ・ガルナーのステータス】
俊敏:70−90
(俊敏が非常に高い。これならたとえユニークスキルがなくとも、サポートスタッフとして潰しがきくだろう)
「アイズ・ガルナーと申します。先日の『巨大な火竜』の山崩れの騒ぎで、所属していたギルドの工房が被災し、失職しました。俊敏は高いので、手の早さ、足の速さには自信があります。以前所属していた工房では、そこを買われてサポートスタッフを務めていました」
「なるほど。分かりました。では、ウチでもサポートスタッフとして働いてもらうことにしましょう。ただ、もしよろしければなんですが始めだけメインスタッフをしていただけませんか?」
「メインスタッフを?」
「ええ。現在、ウチでは臨時的に『金属成型』のスタッフが不足していまして。いずれ人員は補充するつもりですが、初めのうちだけ『金属成型』を担当していただきたいんですよ。無論、その分の手当ては出すつもりです」
「いいっすけど。俺、腕力そこまで高くないっすよ? 『金属成型』なんてできるかな」
「大丈夫ですよ。うちでもしっかりサポートしますので。無茶はさせません」
「分かりました。いいですよ」
こうして、次の日からアイズが『精霊の工廠』に入ることになった。
ウェインが扉を開いて作業場に入ると、昨日とは少し様子が違うことに気づいた。
(あん? なんだ? 作業台が一つ増えてんな。しかも俺の作業台のすぐ隣に……)
「おはよう。ウェイン」
「ロラン、なんか作業台が増えてるんだけど」
「ああ、新人用の作業台だ」
「新人……?」
「そう。アイナには新装備の開発に取り組んでもらうことになったからね。代わりを務める人を雇ったんだ」
「ふーん」
(チッ。アイナの奴が新装備に取り組んでるってのに、俺は相も変わらずCクラスの装備かよ。チクショウ。やってらんねえぜ)
「もうそろそろ彼も来るはずだが……、おっ、来たようだ。紹介するよ。彼はアイズ」
「どもっす。アイズ・ガルナーと申します」
「おう」
「アイズ。ここが君の作業台だ」
ロランはウェインのすぐ隣の作業台を示した。
「作るのは鎧C。これが設計図だ」
「Cクラスっすか。それなら、まあ、なんとか作れるかな」
ウェインはアイズのことを訝しげに見る。
(なんだ。こいつ。大丈夫かよ?)
「アイズは以前までサポートスタッフでメインで成型を担当するのは初めてなんだ」
ウェインの表情を見て、ロランは補足した。
「あ、そうなんすか?」
「さ、それじゃあとりあえず始めていこうか」
ロランはウェインとアイナの間についたてを設けて、二人が互いを意識できないようにする。
こうして、ウェインがアイズとの競争に集中できるようにした上で作業を開始させた。
作業が開始された途端、アイズは凄まじい速さで鉄を叩き始めた。
(なっ、コイツ速い? それもアイナより……。ヤベェ。ただでさえ、アイナのヤツに負け越してるってのに。コイツにまで負けるわけには……)
しかし、アイズの成型した鎧はすぐに崩れ始めた。
結局、アイズの製作した鎧はEクラスだった。
「あれ? なんでだろ。上手くいかない」
ウェインはガクッと脱力する。
(んだよ、コイツ。速いだけで全然質が伴ってねーじゃねーか! 脅かしやがって)
「ったく。なってねーな。『金属成型』ってのはこうやるんだよ」
ウェインはハンマーを振りかぶってしっかりと鉱石に打ち付ける。
鉱石は形を変え、しっかりと固形する。
「あー、なるほど。それくらい力込めなきゃいけないんだ」
「お前は手を早く動かすばっかりで、一打一打の打ち込みが疎かになってんだよ。もっとゆっくり丁寧にやれ」
「ういっす」
ウェインとアイズはペースを緩めて丁寧に鉄を打ち始めた。
鉄は崩れることなく、鎧を形作っていく。
ロランはその様子を注意深く見守った。
(とりあえずは成功かな)
そうしているとサキがお茶を持ってきてくれる。
「おつかれさまです」
「サキ。ありがとう」
「また、新しい方が入られたんですね」
「うん」
「事業が軌道に乗っているようで何よりです。ウェインさんも今日は力みが取れて、調子が良さそうに見えます。昨日まではあんなに空回りしてらしたのに」
「ああ、昨日までは無理にアイナに俊敏で張り合って、調子を崩していたけど、競争相手がアイズに変わったことで自分を取り戻したようだ」
「そのためにわざわざ新しい方を?」
「ウェインは他人からの助言を嫌う負けず嫌いな性格だからね。アドバイスできない以上、自分で調子を取り戻せるよう環境を変えるしかない」
「なるほど。流石はロランさん。人を使うのがお上手ですね」
「それほどでもないよ。それに、まだ今日の仕事は終わっていない」
【ウェイン・メルツァのステータス】
腕力:30(↘︎10)ー70
耐久:30(↘︎10)ー70
【アイズ・ガルナーのステータス】
腕力:30(↘︎10)−60
耐久:30(↘︎10)−60
(二人とも腕力と耐久が落ち始めている。午後からが本当の勝負になるだろう)
「サキ」
「はい」
「ロディに午後からはこっちに来るように伝えてくれ」
午後になった。
ウェインとアイズの二人は昼食と共にポーションをしっかり摂って、体力を回復し、再び作業に取り掛かる。
「っし。体力も回復したし、今日こそはノルマを終わらせるぜ」
ウェインは気合を入れ直して、鎧Cの製作を再開する。
(午前中に作った鎧Cは4個。今日こそはノルマの10個を必ずやり遂げてやる)
ウェインは隣のアイズをチラリと見る。
アイズはまだ鎧Cを3個しか作っていない。
(よし。こいつには勝てるな)
ウェインは心の余裕を取り戻して、自然と製作に集中していく。
「っ」
アイズが顔をしかめた。
「ん? どうした?」
「いや、なんか腕に力が入んなくて」
「なんだぁ? だらしねーな、おい。そんなんじゃノルマは達成できね……、っ」
ウェインはハンマーを振り下ろした際、腕に返ってくる反動が先ほどよりも大きくなっていることに気づいた。
(ヤベェな。俺も腕力が下がってきちまった。くそっ。今日はノルマを達成できると思ったのに。ステータスさえ万全であれば……)
「アイズ。ちょっといいかい?」
ロランが割り込んだ。
「あ、はい」
アイズは素直に手を止める。
「さっきから鉄の成型が上手くいっていないように見える。腕力が落ちてるんじゃないか?」
「そうなんすよ。なんか二回に一回くらいしかきちんと力入んなくて」
「やはりか。それじゃ、午後からはロディのサポートを受けるんだ」
「サポート?」
「ああ、ロディ彼を手伝ってあげて。アイズの成型以外の力仕事は全て君が」
「はい。任せてください」
「へー、こここういうのもアリなんだ。すごいっすね。サポート充実してて」
早速、ロディはアイズのサポートに回った。
鉱石の運搬、製品の運搬、作業台の清掃、その他ハンマーで鉄を叩く以外のすべてのことをこなす。
「よっと、鎧裏返しとくぞ。次に打つのはここだろ?」
ロディが鎧を動かしてくれたおかげで、アイズは成型作業に集中できる。
「凄いっすね。こっちの叩きたいところ的確に分かるなんて。ロディさん、もしかして高ランクの『金属成型』もちですか?」
「まさか。ただ、サポートするのに慣れてるだけさ」
「いや、助かります。さっきから腕が疲れやすくなって、力入んなかったんで」
調子を取り戻したアイズは再び鎧を成型していく。
そして、4個目の鎧Cを完成させた。
(ヤバイ。このままじゃ追いつかれる)
ウェインは危機感を覚えた。
「おい、ロディ。次はこっちだ。サポートしろ」
「なんだ? 俺のサポートはいらないんじゃなかったのか?」
「いいからサポートしろよ」
「はい、はい。ったく、人遣い荒いんだから」
(やれやれ。こいつは気付いてないだろうな、ロランのおかげで調子を取り戻せたこと。ま、ロランがそれでいいならいっか)
ロディは苦笑しながらウェインをサポートするのであった。
こうしてロディは交互に二人のサポートをこなし、ステータスの消耗を軽減した。
その日、ウェインは鎧Cを8個、アイズは鎧Cを7個とノルマには届かなかったが、ステータスの消耗は最小限に抑えられ、次の日にはステータスの回復が起こった。
【ウェイン・メルツァのステータス】
腕力:50(↑10)ー70
耐久:50(↑10)ー70
俊敏:30(↑10)ー50
体力:60ー70




