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第84話 厄介な新人

『アースクラフト』を調達して街に帰還した『暁の盾』は、いの一番に『精霊の工廠』を訪れた。


 レオンはすぐ様、ダンジョンで起こったことについてロランと情報を共有する。


「『竜の熾火』が攻撃してきた?」


「ああ、こっちを攻撃してきた奴らを尋問したところ、そう言っていた」


「……そうか」


(『竜の熾火』が『暁の盾』を攻撃……。狙いは十中八九『精霊の工廠』(うち)に打撃を与えることだ。いよいようちに対して危機感を抱き始めたということか? だが、それにしては対応が中途半端なような?)


「ロラン、どうする? 何か対策を立てた方がいいんじゃないか?」


「大丈夫。いくら『竜の熾火』の錬金術師達が優秀であろうとも、攻撃してくる冒険者達はせいぜいBクラスやCクラス。アイナの『外装強化(コーティング)』とモニカの『鷹の目(ホークアイ)』には敵わない。特に予定を変更する必要はない」


「それじゃあ、俺達はこれまで通り『アースクラフト』を集めるってことでいいんだな?」


「ああ、それで問題ない。ただ、『竜の熾火』についてまた何か新しい動きを掴んだら教えてくれ」


「分かった」




「ロランさん。いいですか?」


 レオンとの協議を終えると、アイナが駆け寄ってきた。


「アイナか。どうしたの?」


「モニカさんに『赤矢』の使い勝手について、聴き取りをしたんですが、『銀製鉄破弓』との互換性について言われて」


「ふむ。確かに『赤矢』は『竜穿弓(りゅうせんきゅう)』用に開発した武器だからな。『銀製鉄破弓』とは相性が悪いか」


 ロランは少し考えた後、アイナの方に向き直る。


「アイナ。モニカ用に新しく装備を作ってみるかい?」


「え? 私がですか?」


「ああ、君にもそろそろAクラス装備の製造を任せてもいい頃かなって思っていたんだ」


「Aクラス……」


「うん。今後、僕は冒険者の鑑定作業に重心を置くことになると思うから、工房の管理は誰か他の人に任せなければならない。それを君に任せようと思ってるんだ」


「私にですか!?」


「Aクラス装備を一から作ることができれば、文句なしに任せることができる。どう? やってみる?」


「はい。やります。やらせてください!」


(よし。頑張るぞ)


 アイナは心の中で気合を入れた。


 ロランは彼女の返事を聞いて満足する。


(とりあえずアイナは大丈夫そうだな。モニカの参戦は予定外だったけど、アイナにAクラス装備の経験を積ませるには絶好の機会だ)


「さてと。僕は新しい職員の補充を急がないとな」


(『外装強化(コーティング)』の小売販売に加えて、Aクラス装備の製作。アイナの負担が増えるのは明白だ。それに備えて新しく職員を雇わないと)


 すでにロランは面接の手筈を整えていた。


 そろそろ、面接希望者がやって来る頃だった。




(『竜の熾火』が攻撃してきた。今のところはアイナの『外装強化(コーティング)』とモニカの『鷹の目(ホークアイ)』で凌ぐことができているが、敵が魔導師を繰り出してくるとそれも危なくなる。こちらも急いで、魔導師用の装備を作れる錬金術師を探さなければ……)


 ロランは応募してきた青年のスキルを鑑定する。


【ウェインのユニークスキル】

魔石切削(カッティング)』:E→A


(見つけた。ユニークスキル『魔石切削(カッティング)』の持ち主! 魔導師用の装備が作れる。しかも……)


【ウェインのスキル】

『金属成型』:B→A


(『金属成型』もすでにBクラス。将来的にはAクラスの資質。これならアイナの仕事も手伝える)


「ウェイン・メルツァです。ここに来る前は『竜の熾火』で働いてました」


「ほう。『竜の熾火』で。それは凄いですね。どうして辞めたんですか?」


 ロランがそう聞くとウェインはピクッと不機嫌そうに眉を動かした。


「ちょっと……色々あってな」


 ウェインは苦々しい顔をしながらそう言った。


「? そうですか。とりあえず今、うちでやって欲しいのは『金属成形』と……、後々には魔導師用の装備を担当して欲しいと思っているのですが」


「ああ、いいぜ。剣でも杖でもなんでも作ってやるよ。なんたって、俺は『竜の熾火』にいた錬金術師だからな。あんたんとこの錬金術師よりはマシなもん作れると思うぜ」


(なんだ? 随分な自信家だな)


「分かりました。では、採用とさせていただきます。早速ですが、明日から来ていただけますか?」


「明日と言わず今日からでもいいぜ」


「そうですか? では、今日から工房(アトリエ)に入っていただきましょう。ただ、今日はもう業務も終わりに差し掛かっているので、やるとしてもせいぜい顔合わせと明日の打合せだけになりますが……」


「ああ、それでいい。そういうのはさっさと済ませるに越したことはないからな」




 アイナは新たにロランから出された課題のことを思い出しながら、鉄の弓を成型していた。


「スキルの向上……ですか?」


「うん。Aクラス装備を作るには『金属成型』B、『外装強化(コーティング)』Cのままでは不十分だ。最低でもどちらか一方をAクラスにする必要がある」


「なるほど」


「とはいえ、今までとやることは変わらないよ。装備を作り、ステータスの向上を目指すこと。ただ、Aクラス装備のスペックのことは意識しながら取り組んで」


「はい」


「気合入ってるねアイナ」


 アイナが弓矢を作っていると、ロディが声をかけてきた。


「ええ、ロランさんからAクラス装備を任されちゃったからね。今まで以上に頑張らなきゃ」


「アイナ、ロディ。おつかれ」


 そう言いながらロランが工房(アトリエ)に入ってくる。


「あ、ロランさん、おつかれさまです」


 アイナは挨拶をしながらロランの隣に見知らぬ青年がいるのに気づいた。


「ロランさん、その人は?」


「紹介するよ。彼はウェイン・メルツァ。新しく『精霊の工廠』に加入することになった錬金術師だよ」


「ああ、以前言っていた新しい職員ですか」


「ああ、ようやくいい人が見つかってね」


「へえ。それは何より」


「私はアイナ。よろしくね」


 アイナはにこやかに手を差し伸べてウェインに握手を求める。


 ウェインはそれには応じず、工房(アトリエ)を見回す。


(あ、あれ? 聞こえなかったかな?)


 アイナは困惑気味に手を戻した。


「俺の作業台、あそこっすか?」


「いや、あそこはアイナの作業台だ。君のはこっち」


「なんだ。粗末な方かよ」


 ウェインはロディの方に向き直った。


「あ、僕はロディ。よろしくね」


「ああ、ども」


「『製品設計』を担当してるんだ。何か分からないことあったら、なんでも聞いてね」


「へっ、いいっすよ。俺、自分で『製品設計』もできますから」


「えっ? そうなの?」


「ええ。俺、『竜の熾火』から来たんで。」


「へぇ。『竜の熾火』から来たんだ」


 アイナが食いついた。


「凄いね。『竜の熾火』といえば島の最大手じゃないか」


 ロディが言った。


「むしろ、俺の方が皆さんに教えることの方が多いんじゃないかなぁ」


「さ、みんな、おしゃべりはそのくらいにして。ウェインも加わったことだし、明日のことについて打ち合わせしよう」


 ロランが言った。


「明日は『外装強化(コーティング)』した鎧Cを20個ほど作る予定だ。アイナ、君に責任者として指揮を取ってもらう」


「はい」


 ウェインはそれを聞いて眉を顰める。


(なんだこの工房(アトリエ)? 女が責任者なのかよ)


「それじゃあ、ウェイン。早速、彼女から説明を……」


「冗談じゃない。俺は女の指揮になんて従わないっすよ」


「なんですって?」


「要は鎧Cを10個作ればいいんでしょ。俺は俺で勝手にやらせてもらうんで。じゃ、そうゆうことで」


「今の言葉は聞き捨てならないな、ウェイン」


 ロランが言った。


「はい?」


「取り消せよ。今の言葉」


 ロランがそう言うと、ウェインはその表情に敵意を滲ませる。


 ロランも負けじと厳しい顔つきになる。


 工房(アトリエ)内は水を打ったように静かになった。


「聞こえなかったのか? 今の言葉を取り消すんだ」


「へっ、意味が分かりませんね。俺の発言のどこに問題が?」


「そうか。なら、もう君はこの工房(アトリエ)には来なくてもいいよ」


「なに!?」


「アイナはウチのエースなんだ。性別がどうたらとか、そんな訳の分からない理由で命令を無視する奴に、彼女の調子を崩されては困るんだよ」


「……」


「ウェイン、君も錬金術師だ。エゴを出したくなる時もあるだろう。だが、それはこっちの要求する最低限の要望を満たしてからだ。和を乱すばかりで、チームに貢献できない奴は、ウチのギルドにはいらない」


 ロランは出口を指差した。


「彼女に敬意を払えないと言うのなら、契約解消だ。即刻このギルドから出て行け」


 ウェインとロランはしばらくの間、にらみ合った。


 沈黙がその場を支配する。


「チッ。分かったよ。聞けばいいんだろ聞けば」


 ウェインはしぶしぶアイナの机に向き合う。


 アイナは打ち合わせしつつも、内心では納得のいかない気持ちを抱えていた。


(何よコイツ。失礼な奴ね。いいわ。そっちがその気なら、こっちだってアンタなんかと仲良くするのなんてお断りよ)


 ロディはアイナの顔色から彼女の心情を敏感に読み取っていた。


(あーあ。早くもチームがバラバラじゃないか。いいのかな。こんなことで。ロランもロランだよ。せっかくいい雰囲気だったのに。何でわざわざこんな奴雇うんだか……)


 その日は明日の打ち合わせをするだけで終わった。




 次の日、ウェインはブツブツ文句を言いながら『精霊の工廠』に向っていた。


(くそっ、気が滅入るぜ。『竜の熾火』で曲がりなりにもBクラスの鎧を任されていた俺が、こんなギルドで、しかもあんな女の下で下働きしなきゃならないなんて)


 ウェインが工房(アトリエ)の入口をくぐると、廊下の奥の椅子に座っているロランが見えた。


(あれはロラン? 何やってんだ?)


 ロランは一心になって剣を見つめていた。


 ウェインが入ってきたことにも気づかない。


 ウェインはロランの瞳がぼんやりと光っているのに気づいた。


(あれは鑑定スキル。こいつ、鑑定士……なのか?)


「チッ」


(ギルド長は鑑定士、責任者は女。無茶苦茶なギルドだな)


 ウェインは乱暴にドアを開け閉めして作業場に入った。


 作業場に入るとすでにアイナとロディがいた。


 アイナは自分のハンマーを布で拭いて、手入れしているところだった。


 ウェインを見ると、プイッとそっぽを向く。


 ウェインもウェインで一言も言葉を発さない。


(やっぱり。二人とも一言も話さない)


 ロディは二人の間で、気が重かった。


(はぁ。雰囲気悪いなぁ。こんなんじゃ、調子狂っちゃうよ)


「全員揃ってるかい?」


「あ、ロランさん……」


 ロランは工房(アトリエ)を見回して、すぐに昨日とは雰囲気が一変していることに気づいた。


(ピリピリしてる。いい雰囲気だ。多分、今日はいいことも悪いことも起きるだろう)


「よし。それじゃ、昨日言ったようにアイナとウェインは『金属成型』で鎧Cを10個ずつ作る。アイナはその後、『外装強化(コーティング)』。ロディは二人のサポート。二人とも設計図は持っているね」


 ロランがアイナとウェインの方を見ると、二人の机には設計図が置かれている。


「よし。それじゃ始めて」


(鎧Cか。チッ、ショボい仕事だな)


 ウェインはものぐさそうにハンマーを振り上げて、鉄の塊に叩きつける。


 鉄の塊は熱を帯びながら潰れていく。


(だが、今はここにいるしかねぇ。エドガーに復讐する。そのためにもまずは力を溜めねーと。俺は俺を追い出した『竜の熾火』の連中を見返してやるんだ。こんなところで(つまず)いてる場合じゃねえんだよ!)


 ウェインは次々と鉄を潰し、一つにまとめていく。


(要はあの女よりいい武器を作ればいいんだろ? そうすりゃロランも俺を認めざるを得まい)


 ウェインの作業台で鉄は一つに固まりつつあった。


(よーし。いい感じだ。これなら設計図の要件はクリアできるはず。あの女の方はどうなって……、えっ!?)


 アイナは凄まじい速さでハンマーを打ち込んで、すでに鎧はその外形を整えつつあった。


(は、速い!? しかも、質も結構いいような……)


 ロランはアイナのステータスを鑑定した。


【アイナのステータス】

 腕力(パワー):50(↑10)ー60(↑10)

 耐久(タフネス):40ー50

 俊敏(アジリティ):70(↑10)ー80(↑10)

 体力(スタミナ):60-70


耐久(タフネス)が安定したことによって、腕力(パワー)俊敏(アジリティ)が上がっている。最近、緩んでいたけど、ウェインの加入により緊張感を取り戻したことで目覚めたな。一方で……)


【ウェインのステータス】

 腕力(パワー):40ー70

 耐久(タフネス):40ー70

 俊敏(アジリティ):20ー50

 体力(スタミナ):40ー70


(ウェインのステータス。流石に最高値は全体的に高いけど、ムラがありすぎる。酷いステータスだ。『竜の熾火』ではろくにステータス調整の指導もされていなかったのか? これじゃ力の半分も出せないだろ)


「ロランさん、鎧C1個目できました!」


 アイナが言った。


(なっ、もうできたってのかよ?)


 ウェインは驚いてアイナの方をふり仰ぐ。


 彼女の机には成型をし終えた鎧が安置されていた。


 アイナもウェインの作業台の上を見る。


 そこにはまだ作りかけの鎧が置いてあるのみだった。


 工程の半分も終わっていない。


(ふっ、『竜の熾火』に勤めてた錬金術師といってもこんなもんか)


「うん。完璧だ」


 アイナの鎧を鑑定したロランが言った。


「この調子で続けて」


「はい」


(くっ、ヤベェ。このままじゃ俺の評価が……。急がなきゃ)


 ウェインはペースを上げようとする。


 しかし、急げば急ぐほど空回るばかりだった。


 ハンマーを振る速度を上げようとすればするほど力むばかりで正確に打ち込めなくなる。


 アイナとの差はドンドン開いていき、消耗は激しくなるばかりであった。


(なんとかしねーと)


 ウェインは走って鉱石を取りに行こうとする。


「あっ、おい、そっちは……」


 ロディが止めようとした。


「どけっ」


 ウェインはロディを押し退けて棚に手を伸ばす。


 棚は倒れそうになった。


 ウェインは棚を立て直そうとしたが、力が入らない。


(やべっ、力が入らない)


 棚の中に入っている鉱石やら武具やらが、ウェインの上に落ちそうになる。


「危ない!」


 棚が傾きかけたその時、間一髪でロランが棚を支える。


 ウェインは小さな鉱石が手に当たるだけで済んだ。


「大丈夫か?」


「くっ」


【ウェインのステータス】

 腕力(パワー):10(↘︎30)ー70


腕力(パワー)が落ちてる。そんなステータスではまともに鉄を打つこともできないだろ。しばらく休んでおいで」


「くっ、分かってるよ」


「おい、怪我してるじゃないか」


 ロディが血の出ているウェインの手を見て言った。


「大丈夫か? 薬箱の場所分かる?」


「離せ! ガキじゃないんだ。そのくらい自分で探せる!」


 ウェインは工房(アトリエ)を出て休憩室に向かう。


「ロランさん、大丈夫ですか?」


 アイナが駆け寄ってきた。


「ああ、僕は大丈夫。それより、アイナ。今日、調子良さそうだったね」


「えっ? いやー、そうですかねぇ」


「ああ、この調子でいけば、スキルの向上もすぐそこだと思うよ」


「ホントですか?」


「Aクラス装備の方、期待してるよ」


「はい! 頑張ります」


「ロランさん、この後どうします?」


 ロディがウェインの作りかけの鎧を片付けながら聞いた。


「アイナは予定通り、『外装強化(コーティング)』で。ロディはアイナのサポートを頼む」


「わかりましたー」


(アイナとロディはこれでいいとして、問題はウェインか。彼は少し厄介だな。手がかかりそうだ)

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[一言] ウェイン、こういうタイプは根性から叩き直さないと実力差を思い知らせたり現実を知ると放り投げちゃうんですよね。意地でも自分の実力不足を認めない(苦笑) ロラン、毎回思うけど人間の心に無頓着、鈍…
[気になる点] > 「ウェイン・メルツァです。ここに来る前は『竜の熾火』で働いてました」 > 最初の挨拶の後、口調が別人になって、違う人が出てきたかと思いました。 これは修正ミスですか?
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