第83話 エドガーの讒言
『竜の熾火』からの刺客を一蹴した『暁の盾』は、その後ダンジョンを駆け上がり、『メタル・ライン』の採石場まで辿り着いた。
「よし。予定通り『アースクラフト』を採取するぞ。他の鉱石はどうでもいい。とにかく『アースクラフト』だ」
彼らは宝石のように色とりどり輝く鉱石達の中から、わざわざ最も地味な色合いを放つ『アースクラフト』を選りすぐって採取していく。
「急げよ。あまり時間はないぞ」
レオンは焦燥感を募らせながらそう言った。
(『竜の熾火』が俺達に攻撃をしかけてきた。これの意味するところは分からんが、とにかく急いでロランと対応を協議する必要がある。一刻も早くクエストを終えて下山しなければ)
ジェフは『アースクラフト』を切り出しながらも、その傍にある『炎を弾く鉱石』に目を奪われる。
(『アースクラフト』よりも『炎を弾く鉱石』の方が高く売れる。少しくらい持って帰ってもいいよな?)
ジェフがそんなことを考えていると、モニカが声を張り上げた。
「皆さん、敵襲です!」
遠くの空に、硬い鱗を輝かせ翼をはためかせる『火竜』の姿が見えた。
「あれは『火竜』!」
「チッ、こんな時に」
「マズイぞ。今の俺たちの装備では……」
「皆さん、作業を継続して下さい。私が対処します」
モニカが『銀製鉄破弓』を構え、『赤矢』を放つ。
赤い矢は空を裂き、『火竜』の胴体スレスレを通り過ぎて行く。
(外れた!? これがロランさんの言っていた『赤矢』の貫通効果か。それなら……)
モニカは次は『赤矢』の貫通効果による軌道修正を計算に入れて矢を放った。
すると矢は『火竜』に直撃し、胴体を破裂させた。
『火竜』は真っ二つになって、背骨は砕かれ、美しい鱗を散らばらせながら墜落する。
「よし」
ジェフはモニカの射撃を見て唖然とした。
(あんなに遠くの『火竜』を一撃で倒すなんて……)
「ジェフ、どうかしたの?」
エリオが心配そうに尋ねる。
「っ。何でもない」
ジェフはこっそり採取しようとしていた『炎を弾く鉱石』を手放し、『アースクラフト』の採取を再開する。
(強くなるんだ。何を犠牲にしてでも!)
『暁の盾』に敗れた『竜騎士の庵』は這々の体で街に帰ってきた。
彼らから敗戦の報を聞いたエドガーとシャルルは首をひねる。
「おかしいな。Cクラスの冒険者が僕のBクラス装備に敵うはずないんだけれど」
「ギルバートの情報が間違っていたのか? それとも『竜騎士の庵』の奴らがヘマをしたのか?」
「零細ギルドにBクラス冒険者がいるとは思えない。つまりギルバートさんの情報に不審な点はない。やはり『竜騎士の庵』がヘマをしたんじゃないかな?」
「チッ。使えねーな、あいつら」
「ねえ、マズくない? 『竜の熾火』が『精霊の工廠』なんてどこの馬の骨とも知れないギルドに負けたなんて……。もしこれがギルド長にバレでもしたら……」
「そうだな。取り敢えずは秘匿しよう。時間を稼ぐぞ」
ギルバートは二人の会話を物陰に隠れながら聞いていた。
(チッ、使えない奴らだな。『鷹の目の弓使い』には気を付けろって、そう言っておいただろうが。こいつらに任せてちゃ、100年経ってもロランを倒せやしねえ。やはり俺が直接動くしかないか)
エドガーは失態を揉み消す方法について思案を巡らせながら廊下を歩いていた。
(『精霊の工廠』対策は急ぎ立て直すとして。当面の火消しが必要だ。このままじゃ間違いなくギルド長からの心象が悪くなる。どうにか誤魔化さねーと)
「エドガーさん」
エドガーが振り向くと、『竜騎士の庵』の装備を担当した職員の一人、ウェインが駆け寄って来た。
「俺の作った鎧、どうでしたか? いい出来だったでしょ?」
何も知らないウェインが鼻高々に言った。
彼はまだ『竜騎士の庵』がボコボコにされたことを知らないようだった。
エドガーはしばらくウェインの顔を眺めた後、名案が思いつく
(こいつを利用するか)
「ああ、お前の作ったあの鎧よかったぜ。あの鎧はほとんどお前一人の仕業……、じゃなくてお前一人の手柄のようなもんだ。こんな風に仕事を手伝ってもらって、全く、俺はお前に頭が上がらないぜ」
「いえいえ、そんな。大袈裟ですよ」
「そこでどうだ? お前さえよければ、今回の仕事、ギルド長にはお前の手柄として報告し、上級職員に推薦してやってもいいんだが?」
「えっ? いいんですか?」
「ああ、もちろんだ」
「いやー、なんか悪いですね。そこまでしてもらうなんて」
「気にするな。事実を事実として報告し、成果に相応しい評価で報いる。ただそれだけのことだろ?」
「ありがとうございます。そこまで評価していただいてたなんて。今後も俺はエドガーさんについて行きますよ」
「ああ、これからもいい仕事頼むぜ」
エドガーは意気揚々と立ち去っていくウェインの後ろ姿を見ながらほくそ笑んだ。
(単純な奴。悪いがお前には生贄になってもらうぜ)
エドガーは壊れた鎧に少し手を加えて、その足でメデスの下に行った。
「ギルド長、よろしいでしょうか?」
「おう、エドガーか。例の『精霊の工廠』対策どうなってる? 上手くいっているんだろうな?」
「それが少々妙なことになっていまして」
「妙なこと?」
「はい。実は『精霊の工廠』対策を担当してもらった『竜騎士の庵』から装備についてクレームが来ていまして。この鎧を見てください」
「なんだこれは? ボロボロじゃないか。これはお前が作ったのか?」
「いえ、作ったのはウェインです」
「ウェインが?」
「ええ。『精霊の工廠』対策について話すと、その仕事自分にやらせてくれ、と妙に熱心にせがんでくるので、まあ普段から彼は頑張っていますし、スキル的にもそろそろこのような仕事を任せてもよいかなと思い、思い切って任せてみたのですが……」
「なるほど。それでこうなったのか?」
「ここを見て下さい。妙に装甲が薄いの分かります?」
「ふむ。確かに。防具としてはありえない装甲の薄さだ。何を考えてこんな設計にした? 設計を担当したのは誰だ?」
「設計を担当したのはシャルルです。ウェインにはシャルルの設計通りに鎧を製造するよう言付けたのですが、この装甲の薄い部分だけシャルルの設計図通りじゃないんですよ」
エドガーはシャルルの書いた設計図を見せた。
「確かに。設計図に不審なところはないな。ウェインは一体なぜこんなことを?」
「うーん。実はウェインについてちょいとよからぬ噂を耳に挟んでいまして」
「よからぬ噂?」
「ええ。なんでもロランの奴と会って何か話していたとか」
「なに? ロランの奴と?」
「そうなんすよ。まあ、アイツが誰と会おうと勝手なんで何も言わなかったんですけれど、もしかしたら今回の件と関係があるのかも」
「ウェインの奴を呼べ」
「待って下さい。ウェインの奴に直接問い質したところでしらばっくれるかもしれません」
「確かに。自分が背任行為をしたと素直に認めるバカもおらんか」
「俺に考えがあります。こんなこともあろうかと、鎧がこの状態で帰ってきたこと、まだアイツには伝えてないんですよ」
「ほう? そうなのか?」
「そこでこのまま、鎧の破損については隠して、まずはアイツがこの鎧の製造を担当したということについて言質を取りましょう。アイツには鎧が無傷で帰ってきて、『竜騎士の庵』からの評判は非常に良かったと伝えます。その上で背任行為について問い詰めましょう」
「分かった。そのようにしろ」
エドガーはすぐにウェインをギルド長室前まで連れて来た。
入室する前に打ち合わせしておく。
「んじゃ、前に言った通り、ブレダの鎧はお前が担当した。その上で俺はお前を上級職員に推薦する。それでいいよな?」
「はい。よろしくお願いします」
「よし。ギルド長、失礼します」
エドガーはドアを叩いて、ギルド長室に入った。
「おお。二人ともよく来てくれた。すまんな。仕事中に呼び出して」
「いえいえ、とんでもない」
「ウェイン。エドガーから聞いているぞ。今回の『精霊の工廠』対策で随分と頑張っとるようじゃないか」
「いえいえ。そんな。ただ、言われた通りのものを作ってるだけですよ」
「それにしてもその若さでこれだけの仕事をこなせるのは大したものだ。『竜騎士の庵』のBクラス冒険者ブレダは鎧の出来にいたく満足した、と言っていたぞ。実際、ワシも目を通してみたが、なかなか良くできた鎧だった。あの鎧はお前が作ったと聞いているが、本当か?」
「はい。確かに私が全責任を持って製造を担当いたしました!」
「ほう。そうか。やはりあの鎧はお前が……」
「ええ。なかなかの逸品だったでしょう?」
「バカタレ! これを見ろ!」
ギルド長が傍の布をまくると壊れた鎧が現れた。
さらに壊れた鎧をウェインの足下に向かって叩きつける。
「えっ? な、なんですかこれは? 一体どうしてこんなことに……」
「聞きたいのはこっちの方だ。一体どういうつもりだ? こんな風に装甲の薄い鎧を作るとは。ギルドの顔に泥を塗るような真似をしおって!」
ウェインは装甲の薄い部分を見て、青ざめた。
「なっ、そんなバカな。俺はこんな風に鎧を薄くしてなんか……。何かの間違いだ!」
(分かりやすくしらばっくれおって)
メデスはその猜疑心の強そうな小さな目をさらにすぼめて、ウェインを睨め付ける。
(やはりこいつはロランに買収されておるのか? なんにしてもこのような奴にギルド内をウロチョロされてはままならん)
「なるほど。お前は自分が鎧の製造を担当したと言っておきながら、この壊れた部分についてはなにも知らないと言うのだな? よし。お前の言いたいことはよく分かった。もう下がってもいいぞ」
ウェインは呆然としながらギルド長室を後にした。
「おい、ウェイン。大丈夫か?」
「あ、エドガーさん。俺……、本当に何かの間違いですよ。俺は鎧をあんな風には……」
「ああ、分かってる。お前はあんなことする奴じゃない。何か誤解があったに違いない」
「でも、ギルド長は……」
「ああ、完全にお前を疑ってるな。でも大丈夫。必ず俺が誤解を解いてやるから」
「本当ですか?」
「ああ、だからとりあえず持ち場に戻っとけ。まだ仕事残ってるだろ?」
「はい。あの、どうかよろしくお願いします!」
「ああ、任せとけ」
しかし、そんなエドガーの言葉とは裏腹にウェインには解雇通告が出された。
ウェインはその日のうちに工房から追い出される。
去りゆくウェインに対してエドガーからは一言もなかった。
「ちくしょう。エドガー。あの野郎、さては俺を嵌めやがったな? おかしいと思ったぜ。あの手柄の亡者のような野郎が気前よくこちらに重要な仕事を振り分けた上花を持たせるなんて。上手くいきそうな時はおだてて、手柄を横取り。失敗した途端、責任だけこっちに押し付けて自分は知らんぷりってわけか」
ウェインは憎悪を込めて、『竜の熾火』の工房を睨んだ。
「このままでは終わらせねえぞ。必ず復讐してやる」